煉獄杏寿郎と巡るユグドラシル【オバロ×鬼滅】   作:空想病

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第拾伍話  煉獄杏寿郎、守りぬく──しかし

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 都市中央における戦局は、プレイヤー側の優勢へと推移しつつあった。

 繰り出される第十位階魔法や広範囲破壊を可能とする攻撃(アタック)特殊技術(スキル)の乱舞。これまでは都市防衛のために抑止されてきたそれらを惜しげもなく蕩尽(とうじん)することで、プレイヤーたちは謎のバケモノの群れ──後にプレイヤー内で定義される“悪鬼”どもは、超酸性の濃霧に崩れ、燃え盛る溶岩流に融かされ、落ちる隕石の一撃に覆滅される。大地の大波が敵を飲み込み、大地震が地割れを起こし、万の雷が地上の鬼どもを貫き、神の炎が不浄なるものすべてを焼き滅ぼしていく。

 その周囲にある建物──都市もろともに塵埃(じんあい)と化し、すべてが電子の世界に還元される。

 

『北西地区、完全に焼失を確認』

『つづいて西門広場、完全焼却を確認。敵勢力を殲滅』

『西郊外では、いまだにレイドボスが隔壁破壊を継続。爆撃部隊を投じます』

『侵攻を受けていた農産プラント、一号機から八号機──完全停止。自爆シークエンスへの移行を願います』

 

 耳飾り(インカム)ごしの通信に対し、ノーオータムのギルド長は即応して「やれ」と命じる。

 お嬢の命令から数秒後、開拓都市の南西方面に展開されていた農産工場地帯が、激烈な虹色の極光を吐き出して、ユグドラシルの夜を照らし、轟発。

 

「これで、第十一都市の北と西エリアは壊滅です。──お嬢、本当によろし」

「よろしいわけねえだろうが、ボケ」

 

 今夜の戦いで。第十一開拓都市──ミズガルズ《最奥》への道を開くための橋頭保(きょうとうほ)は半壊し、さらに被害の規模はいやますばかり。もはや、ここが都市として機能するための力は完全に失われた。残された開拓都市の方へ人員や資材を輸送したとしても、“ここ”に投じた人的資源と圧倒的な時間は、どうあっても取り返しようがない。

 まったくの大損となった。

 

「絶対に許さねえぞ、あのクソガキ」

 

 怨嗟(えんさ)を込めて、今回の負債をギルドに負わせた張本人と思しき存在を、お嬢は鋭い視線で睥睨(へいげい)する。

 準ワールドチャンピオンの繰り出した大攻撃──特殊技術(スキル)〈イナズマキック・改Ⅴ〉で生じた破孔の底にいる少年を、インターフェイスの拡大鏡(ルーペ)(課金アイテム)を使って視認。

 緑と黒の羽織に、五本の尖鋭的な触手を伸ばす奇怪な刀──大爆発の熱量を受けた総身は、並みのプレイヤーであれば“火傷(致死)”の状態異常(バッドステータス)に罹患するはず……なのに。

 

「あ、ああ、あ~あ……あ、あ、あぁと……いいいいぃいきなり、ひどいこと、しますねぇ、お嬢さん?」

 

 正真の化け物がそこにはいた。

 少年は重度の火傷に侵される身体を──全身が火だるまに覆われている体躯を、破孔の中心から引きずり出す。

 ふらつく身体で歩みを進めるごとに、炎は見る見るうちに沈下し、お嬢の蹴り足(イナズマキック)の直撃を受けて粉微塵に吹き飛んだ左眼と左脳も、防御に使った左腕全体も、完全に“復元されていく”。

 

「……ありゃあ、どう見てもプレイヤーじゃねえな」

 

 お嬢の率直な判断に、傍に控える木こり(ランバージャック)は首肯を落とした。

 いっそグロテスクなまでの敵少年の回復ぶり。筋繊維や神経節、内臓物の赤や頭蓋骨の白まで見事に再生され、元通りの少年の頭部を構築していく様は、通常プレイヤーにはありえざる事象である。プレイヤーにも“四肢欠損”などの重篤な状態異常は発生するが、それはユグドラシル(ゲーム)の仕様上簡略化され、まるでプラモのオモチャがもげた程度の外装変化しかもたらさない。だが、少年の変形ないし変型ぶりは、あまりにも精密かつ緻密さを備えていた。ああいうものが発生する例外は、ユグドラシル広しと言えどもただひとつ。

 

「運営の用意した、イベントNPC、ってところか?」

 

 無言で側近の大男が頷くのを横目に、お嬢は観察と推察を続ける。

 まるで地獄の亡者のような、凶悪な面構えだ、優しさと慈しみに溢れる微笑を刻む左の顔とは裏腹に、右側の肉腫が膨れ上がった表情は殺意と怨念が凝縮された鬼面のそれでしかない。

 

「運営からのイベント告知は?」

「現在、本部で問い合わせておりますが、それらしきものは何も」

 

 お嬢は大きく舌を打った。

 ユグドラシル、というよりも、DMMO-RPGは、その広大さゆえに、各ワールドごとにイベントが常時多発している。討伐クエストや収集クエスト、場合によっては過去イベントのボスキャラまで復刻されているため、遊びたおすには無限の時間が必要に思われるほどだ。

 さらに、あのクソ運営のことだ。水面下で秘匿イベントを進めておいて、事態が混迷を深めたころに、九つの世界全土にイベント告知を大々的に発することも十分ありうる。

 曰く「その方が臨場感があっておもしろいだろう」とのこと。

 

「くそ運営のやることは分からん。……胸糞悪い」

 

 ユグドラシルの運営会社の“上”に位置する大企業──ストームグレンは、本当にこれでいいと思ってやっているのか疑わしいレベルだ。

 異形種PKポイントでのプレイヤー抗争しかり。

 壊れ性能の世界級(ワールド)アイテムしかり。

 とりあえず、臨場感があるという言は認めてもいいお嬢であるが、それによって自分のところのギルドがクソみたいな被害を被ってしまっては、どう考えても面白くない。無論、運営のそういった傾向──放埓(ほうらつ)気儘(きまま)なイベント投下を十分警戒するために構築したのが、ギルド:ノー・オータムの都市防衛システムであったのだが、今回は何故か、それが一切通用しなかった。お嬢はふと思い出す。

 

(確か、先代のころ、ワールドエネミーの九曜喰らいが眷属を率いて攻めてきた時も、こんな感じだったっけな……)

 

 などと、懐かしい回顧録を紐解いている場合ではない。深さ十数メートルの破孔の底で完全に傷を癒しつつある少年の様子を見るに、うかうかしていられる状況ではない。

 袖付きグローブを固く嵌めなおし、極光をまとうブーツをいつでも起動できるように足を半歩開いて準備する。

 お嬢が〈竜殺しの外套(タルンカッペ)〉で致命個所(クリティカル・ポイント)の首元を覆い、敵意を剝き出しにして少年へと蹴りかかろうとした、その時。

 

「ま、まって……くれ」

 

 木こり(ランバージャック)の巨大な肩にかつがれた剣士(ソードマン)……白い羽織を纏い、赫い刀を死んでも放すまいと固く握った男が、意見具申を求める。

 煉獄杏寿郎──第十一開拓都市で、キサツタイなる組織(クラン)のまとめ役に近い男は、片目を開けてお嬢を見やる。

 

「か、彼は、俺が……竈門少年を名乗る、お、鬼は、俺が、相手、を」

「そんな状態でよくもまぁ──」

 

 なりきりプレイを強行できるな、とは言明しないお嬢。

 ユグドラシルには様々なプレイヤーがいる。

 過去作品のなりきりキャラなど、それこそ()いて捨てるぐらいに。

 残念ながらお嬢は、煉獄杏寿郎が都市の住人であること──ほかの都市住人たちからも、その戦闘力や為人(ひととなり)から信頼を置かれていることは認知しているが、彼が演じる作品のキャラ──バックストーリーにかんしては、まるで興味を(いだ)いていなかった。

 

「おい。早いとこ、そいつをクラン連中のとこに運んどけ」

 

 この戦況で遠くのバリケードからバケモノ連中を仕留めて前進してくる者たちに一瞥(いちべつ)をくれるお嬢。治癒薬もかけておいてやれよと促しておく。

 

「わかりました、お嬢──存分に、暴れてらっしゃいませ」

 

 待てと呻く煉獄であったが、重体の身で大男の膂力(りょりょく)を引きはがすことはできなかった。煉獄を戦線から引きはなしたお嬢は、改めて竈門少年なる少年と対峙し

 

「──ッ」

 

 ようとした瞬間、白銀の機械槍を真上に感じた。

 しかし。お嬢はごく自然に体を揺らし、流れるような手捌きで槍の軌道を柔らかく押しのけ、合気の技で見事に払いのけてしまう。槍の投手は空中へ放り出された槍の噴進材を起爆し、どうにか体勢を立て直すのが見えた。「しまった」と思うお嬢。父親から叩き込まれてきた体術をゲーム内で使用するなど、彼女の流儀に反したのだ。

 

「モーズグズ……なるほど、ユグドラシルの各地のボスキャラが、竈門少年とかいうNPCの支配下ってわけね」

 

 冥府の橋の門番たる彼女だけではなく、都市のプレイヤーと戦うヴァフスルーズニルやグレンデル・マザー、ちょっかいをかけてくるプレイヤーを翻弄(ほんろう)する女神フレイヤなども見て取れる。

 

「はっ。雑魚ボスが」

 

 神クラスなど恐るるに足らずと拳を握って突撃するお嬢。

 実際問題、モーズグズ程度の敵であれば、準ワールドチャンピオンと評される出力を持つお嬢の敵とはなりえない。

 課金拳の一撃で葬り去ろうと、拳の攻撃出力を倍加させる──だが。

 

「あ?」

 

 モーズグズの中心──胸部装甲を貫き抉るほどの一撃を、モーズグズは平然と受け止め、耐え抜いた。

 それ自体は驚くには値しない。何らかのイベントアップデートという線は十分ありえる。だが、しかし、

 

(こいつ、……こんな表情だったっけ?)

 

 かつて、モーズグズとやりあったことのあるお嬢は、その場に決然と踏みとどまり、槍の穂先で必壊の拳に拮抗する女騎士のありさまに、しばし魅入る。

 首元にはまるで、一度首斬られた後に接合された痕のような腫瘍が膨れる、銀髪褐色の眼鏡女。

 

(なんか、“いきいきしてる”?)

 

 お嬢は自分自身が懐いた感想に対し、内心で頭をひねった。

 何か文句でも言いたげな──しかし、ただのNPC故に発話機能など持ちえない冥府の女門番の表情に対し、女拳士は興味と好奇を覚えながら、なんの容赦もなく蹴りを入れた。

 一瞬にして建物数棟を破砕し、西門のあたりまで飛びすさるボスキャラ──文字通りの一掃である。

 そちらを完全に無視し、竈門少年なるクソボスへと、二秒で肉薄。

 

「死ね」

 

 振りかぶった拳が虹色に激発する。

 決着は一瞬かと思われた──が。

 

「ずいぶんと、足癖の悪いお嬢さんだなぁ」

 

 異形の少年は薄ら笑いを浮かべて、お嬢の拳を阻む。

 神器級(ゴッズ)装備以下であれば容易に破壊可能な威力を込められた一撃が、少年の振るう五本の竜尾の一本のみで絡め防がれた。

 

「てめえ」

「それでは、お返しです」

 

 言うが早いか、鬼顔の少年は残る四本の刃を躍動させ、お嬢の背後から一挙に貫こうとした。……しかし。

 

「壱ノ型 不知火!」

 

 極火の一閃が、両者の間に割って入った。

 

「な?」

「ちッ」

 

 木こり(ランバージャック)の救援と治癒の手から逃れ、技を繰り出した煉獄が、すんでのところで異形の攻刃を(はば)んだ。驚くお嬢と、不快気に舌打つ炭治郎。

 だが、煉獄は技の反動を受け損ね、血反吐を吐きながら転げまわるも、依然として、闘気と戦意の炎は揺るがない。

 炭治郎はあきれ顔で肩をすくめる。

 

「あーあー、いい加減にくたばったらどうです、煉獄さん? もー、呼吸するのもつらそうじゃないですか?」

「貴、様、が、竈門、少年、称する、以上、俺は、けっして……貴様を許さない!」

「……本気でウゼェな、おまえ」

 

 炭治郎の瞳に、憎悪の埋め火が見え隠れする。

 息をするのもつらそうな煉獄の隣で、お嬢は慨嘆にも似た感じで、煉獄杏寿郎のありさまに見入ってしまう。

 

「──あんた、まるで本当に、生きてるみたいね」

「……、……、……なに、か?」

「いんや。なんでも」

 

 二人は、刀と拳を同じ方向に向けて構える。

 竈門炭治郎と自称する鬼が、遊弋する蛇のごとき異形の刀身を揺らめかせながら牽制している状況で、お嬢が治癒薬を取り出すのは致命的な隙を生じるだろう。

 炭治郎が嘲弄めいた目つきで二人を睨むこと、数瞬。──戦場の一角で、金属同士の響く高音が響いた。

 お嬢が目をやると、都市の建物の上を勇躍し跳躍する人間と異形の姿。……このとき、音もなく飛び立って高速飛行する翼人(バードマン)と、彼に連れられた骸骨の魔法使い──悪のギルド長を正確に捕捉できた者は一人もいない。

 彼女が見て取れたのは、煉獄に似た衣服の上に美麗な羽織を纏う女性剣士と、彼女の追撃を必死にかわしつつ、盾で応酬するピンク色の粘体(スライム)

 

(あれは?)

 

 女性剣士の方に見覚えはなかったが、粘体の方は、どこか見覚えがある気がした。

 しかし、どこで見たのかは思い出せない。

 思い出せないが、この都市を襲っているバケモノの一体と見做(みな)すのが筋というところだろう。お嬢は耳飾り(インカム)で部隊のひとつを呼びつけた。

 

「狙撃班B。大市場南西の建物屋上に敵兵、見えるか? そうだ。粘体のやつを狙撃しろ。間違っても人間のほうには当てんなよ?」

 

 戦場に複数展開した狙撃チームのひとつが即応する。

 甲高い発砲音と共に、粘体種にも有効な弾頭──魔法弾が放たれる。

 

 

 

 

 

 

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「〈シールドアタック〉〈シールドスタン〉〈メガインパクト〉!」

 

 執拗に繰り出される盾の連撃に、胡蝶しのぶは辟易しつつも、柱たちの中で随一と称される“突き”の連撃で応じる。

 

「あなたがたの目的は何です? どうしてこの都市に、人間の街に、異形種と呼ばれる方々がいらっしゃるので?」

 

 逃げた仲間(モンスター)たちから“チャガマさん”と呼ばれていた粘体は、しのぶの問いかけに応じようとしない。

 ただただ、胡蝶の注意を自分一人に集めている──理由など明白だ。逃がした仲間たちを追わせないためにすぎない。

 その意気込みは殊勝(しゅしょう)であり、戦場においては褒め讃えるべき美徳ともいえるが、しのぶとしては、いい加減に我慢の限界が近かった。

 

「蟲の呼吸 蜈蚣(ごこう)ノ舞 百足蛇腹(ひゃくそくじゃばら)

 

 建物の屋根を蹴り砕くほどの、踏み足。

 これまでのものとは比べようもない突進連撃に対し、粘体は即座に防御を張る。

 

「〈ウォールズ・オブ・ジェリコ〉!」

 

 城壁もかくやという防御スキルの形成。

 まんまと攻撃を防がれてしまった胡蝶は、更に困惑を深めた。

 

「あなた、今の私の技がどんなものであるか、見切りましたね?」

 

 否。

 見切ったという次元ではない。

 あれはもはや、最初から何が起こるか知っていたというべきだろう。

 そうでなければ、あれほどタイミングよく防御壁を築けるものだろうか。否、出来はすまい。上弦との戦いでこそ直接的には及ばなかったが、胡蝶しのぶの剣技は間違いなく、柱に列せられるにたる領域に位置していること疑いないのだ。

 対して、逃げるピンク色の粘体は応じない。

 不定形の触腕で二つの盾を構え、胡蝶の攻勢をしのぎ続ける手技は見事であるが、だからこそ()せない。

 

「私の技がなんであるか知っているのなら、お仲間の二人と共に、私を攻略することも容易だったのでは? なぜ、そうなさらなかったのです?」

「……それは」

 

 相手が言い淀む姿勢を、胡蝶は見逃さない。

 

「蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れ」

 

 毒薬を調合して、得意の刺突連撃を放った。

 無論、茶釜はそれをも防御しきった──かに思われた。

 

「な!」

 

 粘体の彼女が驚愕するのも無理はない。

 今回、蟲柱が調合したのは、鬼を殺す毒というよりも、装備品である金属を溶かす劇薬を調合したのだ。そんなものを調合して日輪刀自体は大丈夫なのかという疑問は自然と湧くのだが、どうやらこの世界では、そういった薬の調合も、そして、それを武器に通してしまうことも大いに有効なようだ。胡蝶がアルフヘイムで学んだ新戦術である。

 片方の盾が融けたことで、一枚の盾のみを構えざるを得なくなった粘体の乙女は、それでも尚、抗戦する気概を保ってみせた。

 いったい、なにがそこまで彼女にさせるのか、胡蝶は興味本位で尋ねてみる。

 

「そんなにお仲間さんを逃がしたい事情が?」

「……そりゃあ、まぁ」

 

 茶釜は盾を構えたまま、胡蝶しのぶに話し出す。

 

「正直──こんな状況でなければ、あなたのような鬼滅のキャラクターとは、戦いたくありませんでしたし」

「……きめつ、の? キャラ?」

 

 彼女が意味のないことを言って(けむ)に巻こうとしている、とは、とても思えなかった胡蝶は首をひねるしかない。

 

「でも、モモ──うちのギルド長を、危険にさらすわけにはいかないんで。うちらの判断ミスで脱出のタイミングを逃したけど、私一人が(おとり)になって、仲間と弟を無事に逃がせれば、それで万々歳ってわけで」

「……そうですか」

「それに、最近はある人、煉獄さんの影響で、ゲームで真剣(マジ)になってみるのも、正直ありかなぁって」

「…………煉獄? あなた、まさか、煉獄さんを!」

 

 知っているのかという声は言葉にならなかった。

 その前に、都市を席巻し始めた商業ギルドの部隊によって、ぶくぶく茶釜は完全に狙撃された。

 

 

「あ」

 

 

 発砲音と共に、片腕に残っていた盾が音高く砕け、同時に、魔法の炎が粘体の周囲で連鎖爆発した。通算二十回分にはなるだろう魔法ダメージだ。

 胡蝶が助けようと延ばされた手は届かず、ぶくぶく茶釜は衝撃にうちのめされるまま、建物の屋上・五階から墜落を余儀なくされた。

 狙撃班は、べしゃりと市場の石畳に撒き散らされた粘体のさまを確認した。

 

「標的は…………まだ生きていますね」

 

 スコープで確認した狙撃手は舌を巻いた。

 彼らは知らぬこととはいえ、ぶくぶく茶釜はギルド:アインズ・ウール・ゴウンの誇る防御役(タンク)の一人だ。その純粋な防御力は、通常の粘体種のそれではない。

 

「しかし、赤色系統の粘体(スライム)なんて、そこまで珍しくもないモンスターですが、仕留める必要が?」

「うちのギルド長の命令だ。都市にいるバケモノ連中は一切合切、全員始末せよ、ってな」

「了解」

 

 狙撃班Bは次発装填を終える。

 茶釜はなんとかその場を脱しようと触腕を伸ばすが、〈意識昏倒〉の追加状態異常(バッドステータス)に襲われ、身動きもままならない。

 これは私刑(ボコ)られるの確定したなと諦念しつつ、続けざまの砲撃音──トドメの魔法式誘導弾頭ミサイルの襲来を遠目に見つつ、茶釜は目を閉じた。

 だが、

 

「?」

 

 予期していた衝撃は訪れなかった。

 代わりに、ものすごくたくましい腕のぬくもりを感じた。

 茶釜は目を開けた。

 

「…………へ?」

 

 彼女は、常とは違う高さの視線を味わった。

 そして、感覚をいくらか遮断するゲームではありえない感覚を、彼と共有した。

 荒い呼吸音が至近で響き、焔のように熱い血潮が巡る胸板に、彼女は、粘体の顔をうずめていた。

 その事実に気づいた瞬間、茶釜は現実の心臓がやけに高鳴り、鼓動が熱くなっていくのを感じる。

 遅れること数瞬。

 何者かの一太刀によって、魔法のミサイル弾が一刀両断にされ、木端微塵に吹き飛んでいた。

 その超絶技を重傷の身をおして放った男は、危機に瀕していた友人を固く腕に抱いて、離さない。

 

「れ、…………煉獄、さん?」

 

 茶釜を助けた炎柱は、深い呼吸を繰り返し、口元を血反吐で濡らしながら豪語する。

 

「──彼女は、“(オニ)”ではない!!」

 

 誰もが驚愕することを宣言した。

 キサツタイを組織した男が、その片腕に異形(バケモノ)を乗せ、決然とした眼差しで、戦場に満ちるプレイヤーたち──キサツタイの皆が遠く見守る中で、告げる。

 

 

 

 

 

「彼女に手を出すものは、この煉獄杏寿郎が、相手になろうっ!!」

 

 

 

 

 

 いかなる反言も抗弁も許さないという、決然たる瞳。

 都市のプレイヤー全員が瞠目(どうもく)沈黙(ちんもく)する中、豪気に言い放った煉獄に向けて、玩弄(がんろう)するように鼻を鳴らしたのは炭治郎であった。

 

「ぷはッ。何を言い出すかと思えば、そいつがオニではな~い?

 どこをどう見れば、それがオニじゃないって言うんです?

 どっからどうみても、異形のバケモノでしょうが?」

 

 彼が指摘する通り、煉獄の片腕に抱かれる異形は、人のそれとは(こと)なる(なり)であった。

 

「つくづく見下げ果てたものですね。そんな出来損ないの異形を守って、いったい何をしようってんです? 煉獄さん?」

 

 煉獄はしばし呼吸を整えた。

 そして(のたま)う。

 

「鬼舞辻無惨を斃す」

 

 続けざまに告げる。

 

「鬼舞辻無惨を滅する」

 

 ただそれだけだと、語り終える煉獄杏寿郎。

 そんな彼の愚直さに、竈門炭治郎は怒髪天を突く思いで()めつけた。

 

「──調子に乗るな、デク人形ごときが! いったいドノクチで、ダレを斃すなどと!」

 

 憤怒の瘴気を背後にくゆらせる炭治郎が、煉獄への攻勢に討って出ようとした、その時。

 

 

 

 

《 炭治郎 》

 

 

 

 

 どこからともなく声が(とどろ)いた。

 この場にいるすべてのプレイヤーは勿論、煉獄にも、柱にも、そして──炭治郎にも。

 

《なにをしている、炭治郎?》

「あ、──あ、あ」

 

 炭治郎の表情が、一変。

 血流が滞ったかのように面貌は蒼褪(あおざ)め、(おか)にあげられた魚のごとく、息ができないでいるように見える。

 姿なき男の声は続ける。

 

《冷静に、周りをよく見るのだ、炭治郎》

 

 促された少年は都市を見やった。

 都市を攻囲していたはずの悪鬼たちの陣容は崩れ去り、敵対勢力──プレイヤーたちの逆撃、大部隊からなる殲滅魔法によって、覆滅される個体数は増加していた。いかに炭治郎が鬼どもを量産できても、このままでは(らち)が明かなくなること疑いない。趨勢はまさに火を見るよりも明らかだ。

 

《すでに状況は決した。これ以上、そこに留まるは、利が薄い。

 であれば“退却せよ”──炭治郎》

 

 命じられた少年は(あえ)ぐように虚空へと語った。まるで幼児が親に悪戯の言い訳を述べ立てるような、途切れ途切れの口調で。

 

「し、しかし、しかし、まだ、僕は、あなた様の、ご、ご命令を!」

 

 与えられた使命を完遂できていないと(おび)えすくむ少年の姿が、そこにはあった。

 そんな彼の耳朶(じだ)に、声の主は透き通るような慈愛の言葉をかけてやる。

()い》と。

《佳いのだ》と。

 

《これ以上は何の実りも得られぬ。ならば、おまえは戻るべきだ。“私のもとへ”。そうだろう? 炭治郎?》

「あ、……わか、──わかり、ました」

 

 その一言を聞いて満足したように、男の声は消え去った。

 残された炭治郎は、殺し損ねたキサツタイ──その発起人である鬼殺の剣士──煉獄杏寿郎をギッと睨み据える。

 

努々(ゆめゆめ)忘れるな。

 キサツタイ──おまえらは、僕が、必ず殺してやる!」

 

 その一音を最後に、炭治郎はヴァフスルーズニルが詠唱した〈転移門(ゲート)〉の闇に沈む。

 続けて、眼鏡にヒビの入ったモーズグズ、正気に戻ったグレンデル・マザー、あくびを吐くフレイヤの順に門をくぐり、最後は都市郊外にいたファフニールたちも去り、都市のそこら中に跋扈していたバケモノたち──“悪鬼”のすべてが、闇色の底に没して消えた。

 

 残されたのは、建造物の八割九割が全壊し炎上した、都市の夜景。

 

 すべてが歪な悪夢であったかのように消え去った後で、煉獄杏寿郎は膝を屈し、泥のように眠り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※お嬢が言及している企業名は、原作にはない独自要素です。
 ただ、わかる人には「おや?」と思える名前でもあります。
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