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ヘルヘイム。
グレンデラ沼地地帯の最奥。
──ナザリック地下大墳墓──表層にて。
「そういえば聞きましたか、モモンガさん?」
「なんですか? ペロロンチーノさん?」
「例の噂ですよ。ウ・ワ・サ」
「噂、ですか?」
中央の墳墓入口の階段に座りながら、雑談に興じようと話題を口にした
「このヘルヘイムではないんですけどね。最近、ミズガルズあたり、人間種が中心になってる世界とかで、ものすごく強い炎属性の“剣士”が現れて、そいつが人間のプレイヤーを助けて回っている……って話です」
「へぇ。それは初耳ですね」
ペロロンチーノは人差し指を左右に振ってみせた。
「チッチッチッ。情報は武器ってもんですよ? とくに、その剣士ってのは、異形種を優先的に狩ってるって話です。ウチらみたいな異形種ギルドにとっては、天敵みたいなやつですからね。気をつけてください?」
「あーははは」
モモンガは存在しない耳元を掻きながら、額に汗を流すアイコンを頭上に浮かべる。
自らの不見識を恥じるようなモモンガを見かねたのか、
「──はぁ。無理ないよ、人間種のプレイヤーに不利なここいらには、まるで関係ない話だし? ていうか、ウチの弟の話、あんまり信用しない方がいいよ、モモンガさん?」
「──んだよ、姉ちゃん。俺が“うそつき”だなんて、モモンガさんに吹き込みたいわけ?」
「その噂話にしたって、ただの噂ってだけでしょ? 情報確度としては“下の下”。攻略サイトの掲示板でも、目撃情報は十数件ってレベルだし。ワールドサーチャーズみたいなしっかりとした情報源があるわけでもないんだから、気にするだけ無駄ってもんでしょ?」
「でもよぉ。もしもそんな奴がさ、モモンガさんと一戦交えることになったら激ヤバだろ? 骸骨に炎は相性最悪じゃん?」
「まぁ、確かに」
「心配してくれてありがとうございます、ペロロンチーノさん、ぶくぶく茶釜さん」
「プレイヤーを助ける剣士、ねえ……」
話は終わりかと思いきや。
二人とはモモンガを挟んで反対側に座る男、羊頭に仮面をつけた悪魔のプレイヤーが話に加わりだした。
「なぁにを考えて“人助け”なんてロールプレイをブチかましてるんだ、そいつは? ひとさまを助けて自分に酔いしれてる
悪魔の
「……それは、私のことを言ってるんじゃないですよね、ウルベルトさん?」
純白の聖騎士が険しい声を発するのも無理はない。
彼こそは、人間種プレイヤーに
額に青筋が浮かぶのを幻視するほど、静かに激昂する男の声音。それに気づいていないはずもないだろうに、ウルベルトはさも愉快げにくつくつと含み笑いながら、中身が昆虫種の聖騎士を煽りたてる。
「もぉ~ちろん、違いますとも~? あなたは「異形種を助けるプレイヤー」なんですからぁ? 人間種を助ける輩よりも、さらに奇妙奇天烈っていうべきですかねぇ?」
一触即発の空気。
おもむろに立ち上がり、アイコンも出さずに額を突き合わせる両者だが、この二人に割って入れるものは少ない。
片やギルド最強の前衛。片やギルド最強の後衛。ワールド・チャンピオンとワールド・ディザスターが、ガチでやり合おうというのを、誰もが黙して見守るしかない状況で、
「二人とも! 今は喧嘩してる場合じゃないですよ!」
ギルド長であるモモンガの、意外と強めな発言に、二人は互いへの戦意を霧散し腰を下ろす。
他にいるメンバーたちがほっと胸を撫で下ろした時、毒の沼地へと斥候に出ていたザ・ニンジャ──種族としてはハーフゴーレムの弐式炎雷が、ちょうど良いタイミングで帰還をはたした。
「来たぞ、来たぞ、お客さんが!」
ウキウキと肩を弾ませる青い忍。
今日ゲームにログインしているメンバーが、ナザリックの表層へと迎撃に出て、ナザリック最強格の二人が喧嘩をやめる理由が、これであった。
「やー、久しぶりだな、侵入者と
「前の“1500人侵攻”から、だいぶ日が経ってますからねぇ」
「あー。あれでウチに楯突くことの愚かさを覚った連中が、大勢いましたからね?」
「あんなのやられちゃ、誰だって侵攻する気なくすってもんでしょ?」
「モモンガさんの大金星でしたね」
「あ、はははははは」
照れ笑うアイコンを浮かべるモモンガ。
ほぼ同時に、ナザリックの周辺がにわかに騒がしくなり始めた。
最後の侵入者迎撃用の罠──ナザリックの近衛兵らが隊伍を築いて、大墳墓入口の門扉を堅守しようとしてくれているが、時間の問題だろう。
「さてと」
モモンガは異形種のギルドメンバーたちを率いて、その日ナザリック侵入を試みたプレイヤーたちを撃滅した。
・
ミズガルズ。
ホームタウン・西エムブラ地区。
──
「うまい!!」
驚くほど大きな声が、亭内に轟いた。
「うまい! うまい! うまい!!」
声の主は、年の頃
食事の美味なるを称賛する声は、一口一口に覇気が宿っており、聴く者の耳朶をこれ以上ないほど叩きつける。
「うまい!!!」
とても幸せな声が轟く。
張り上げた声を聞く客──プレイヤーたちは、その威風堂々たる食いっぷりに驚きを隠せない。
カウンターテーブルにしこたま積まれた皿の量は、「空腹」の
いくら仮想現実とは、何がその男の食欲を旺盛にしているのか、聞いて確かめてみようという度胸の持ち主など、この食堂内にはいなかった。
合計ニ十皿にも及ぶフレイムドラゴンステーキセットを平らげ箸をおく男──名を煉獄杏寿郎。
最後に注文しておいた緑茶を
「うむ! 大変
挙句に男はNPC──ノンプレイヤーキャラクターの店主へ向かって、律儀かつ丁寧に礼を述べるものだから、周囲から失笑の吐息さえ漏れだす始末。
しかしながら、そんなことなど意に介さず、炎柱・煉獄杏寿郎は、財布の中から金貨の山を掴み出し、食事の支払いを済ませた。
店の主人、ガングレリ*は、“笑みを浮かべて応答する”。
『またのお越しをお待ちしております』
「うむ! また来よう! それでは!」
幾人かが、煉獄の奇行に吹き出してしまった。
彼が店を後にすると「ロールプレイにしても、やりすぎw」という忍び笑いが漏れるが、聞こえてくる会話の内容は煉獄にはさっぱりわからないし、そのようなことを気に留めるほど煉獄は暇でもなかった。
「実にうまかった! 弁当がないことが惜しいくらいだ!」
食べ物が美味なることは幸福なことだ。
一口一口ごとに感謝を忘れないよう、存分に腹を満たしたことで、煉獄は鬼殺の任務に向かうことができる。
腹が減ってはなんとやらだ。
「それにしても! 不思議な国だな、ここは!」
煉獄は店の入り口に面した大通りを
空を見上げると、そこには樹があった。
巨大な樹だ。
あまりにも巨大だ。
天突くほどの巨木であった。
蒼穹と白雲をくすぐるように、新緑の枝葉が無尽に伸びている様は圧巻の一言だ。
見上げる空の半分ほどを埋め尽くす大樹など、煉獄は、
さらに驚くべきことに、空を飛ぶ乗り物や生き物が存在し、それらは主に“魔法”によって動いたり生きているのだという。
結論。ここは煉獄の知る国──日本に
「だが!
何はともあれ!
俺のやるべきことに変わりはない!」
悪鬼滅殺。
日輪刀に刻まれた大義の下に、煉獄は今日も任務に就く。
お館様や同輩たち……なにより父や、弟の
それに、確実にわかっていることはある。
──この世界にも、人を襲う
ならば、やるべきことはひとつだけ。
煉獄はいついかなる時でも、弱きものを守り、悪しき鬼を斬る。
知り合いとなった西門の
彼は野へ山へ谷へと足を運ぶ──己の力を必要とする者のために、炎柱は