煉獄杏寿郎と巡るユグドラシル【オバロ×鬼滅】   作:空想病

21 / 43
第拾玖話  煉獄杏寿郎、夢を見る -2

/

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 煉獄杏寿郎は、どうやら夢の中で、己の祖先にあたる炎柱の記憶を見ている──そのように奇矯な体験をすることになった。

 

 これがどのような仕組みで杏寿郎の身に起こっているのかは判然としない。

 だが、事実として、煉獄はそのような体験を生々しい体験として、克明に見聞していく。

 後々にわかったことだが、彼らが書き記した書こそが、父がよく読みふけっていた炎柱の秘伝書、それであることに気づいた。

 杏寿郎は、そのなかでも特に言及されることが多かった一人の剣士について、大いに関心を寄せられた。

 

 はじまりの剣士が一人・継国(つぎくに)縁壱(よりいち)殿──

 

 日の呼吸と呼ばれる、はじまりの呼吸術の使い手。本物の“赫刀”を有し、太陽の恩恵を宿すがごとき額の痣と、母から贈られたという太陽の耳飾りが美しい、天賦(てんぶ)の剣才の持ち主。

 彼こそが、すべての呼吸術の元祖にして起源であり、彼が扱う日の呼吸──鬼を打倒し滅殺するのに強大な威を発するそれから、現在において杏寿郎たちが扱う「炎」などの呼吸術が派生・分岐した事実が、克明に記録されていた。彼の扱う十三の型によって、鬼の始祖をいま一歩のところまで追いつめた事実を、彼と共に研鑽を摘んだ炎柱の祖は、称揚し賞嘆して(はばか)らなかった。

 彼が鬼狩りを追放されるに至ったことは残念至極ではあったが、追放後も縁壱は炎柱をはじめ、数名の柱と連絡を取り合い、それをお館様も黙認してくれていた。

 当時の炎柱──煉獄の遠い先祖が、どれほどに彼のことを恩義に思い、同時に、彼の才覚との絶対的な懸隔(けんかく)を意識せずにはいられなかったか、切々と(つづ)られていた。

 

  彼さえいれば──

  彼がいてくれたら──

  彼が残ってくれていたら──

 

  彼がいなかったら……

  彼があらわれなければ……

  彼が鬼狩りに残っていたとしたら……

 

 それは、もはや賞賛や讃嘆というよりも、羨望(せんぼう)嫉心(しっしん)混淆(こんこう)したものであるように思えた。「日」より派生した「炎」などの呼吸術は、確かに鬼どもにとって脅威的な殺傷手段として有効に働いた。が、縁壱が扱う日の呼吸のそれとは、まさに天地ほどの隔たりを生じていた。どの呼吸術も、本当の呼吸術である日の呼吸・縁壱の扱う「透き通る世界」・武の極限たる天性の剣技には、遠く及びもしなかった。それが、当時の炎柱にとって、唯一無二の事実であり、絶対的な真実であったのだ。

 空に燦然と輝き、あまねく大地に恵みとぬくもりを届ける太陽のごとく、彼という存在が鬼殺の剣士たちに残した功績は、計り知れぬものがあったのだ。

 

 それを証明する事件が、次代の炎柱のときにあったと記されている。

 

 後に“痣者(あざもの)”と呼ばれる呼吸術の精髄に至った柱たちは、命の前借りのごとき術理の発現によって、齢二十五の短命に終わるものが多かった。秘伝書を書き記した炎柱も、その例にもれなかった。

 しかし、例外が一人いた。

 それこそが、はじまりの呼吸の剣士である、縁壱であった。

 彼は生まれたときからあったという“痣”を持ちながらも、二十五を超えて壮健であり、さらには齢八十を超えても生き続け、剣を振るい続けた。彼は鬼殺隊を追放こそされたが、日の呼吸の伝承は続けていた。

 すべては人々の大敵である鬼を滅し、その祖たる存在・鬼舞辻無惨を、討つために。

 

 

 

 ──そんな彼が、ある鬼との戦いで命を落とした直後、日の呼吸を教えられていた剣士すべてが、鬼舞辻と上弦の壱の手にかかって、鏖殺(おうさつ)

 

 

 

 この事件によって、一時的に鬼殺隊は壊滅状態に陥りこそした。が、鬼狩り内で新たに結成されていた(かくし)によって、お館様たち中枢部は危難を免れ、派生の呼吸術を使う剣士たち──次代の柱たちも生き延びることができた。単純に、鬼舞辻の復讐の念が、縁壱の扱う日の呼吸ひとつに絞られていたことが功を奏したという見方もできる。炎の呼吸が徹底して「日」と同じ読みの「火」の呼吸と呼称されぬよう、以前にもまして厳格に定義され徹底され、やがては「日の呼吸」それ自体が禁句のごとく扱われ、存在しえないものとして扱われた。──当時、その一語を知るものや口にするものあれば、必ずや鬼舞辻による襲撃と蹂躙を受け、一族郎党ひとり余さず貪り喰われるに至ったからだ。

 そうして、継国縁壱の喪失により、否が応でも鬼殺隊全体の衰退を余儀なくされた。先代の炎柱が予言した通りに──

 日の呼吸が完全に失伝されたのみならず、彼以上に剣技を教えることができるものはおらず、彼以上に呼吸術というものを個々人に合わせて指導することに長じた者は、この世には存在しえなかったのだ。

 日の呼吸の伝承は、無惨の手によって完全に潰え去ったかに見えた。

 鬼どもは跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)し、鬼舞辻は我が世の春を歌うがごとく、人の世を食い荒らしながら、数多(あまた)の悲劇と復讐の想念を産み続け、生き続けた。

 

 

 

 

 

 杏寿郎は、それらを先祖たちが書き記すさまを、彼らの手足に憑依するまま、見聞きした。

 そして、彼らの挫折と嫉妬を十分に理解しつつ、炎柱の秘伝書を、あますことなく脳内に書き残していく。

 

 同時に……何故、父・槇寿郎が、母・瑠火の死に絶望し、酒におぼれ、鬼狩りの任務を放棄するに至ったのかを、杏寿郎は理解した。

 

 理解せずにいられなかった。

 父は、この秘伝書を読みながら思い知らされたのだろう。

 

 あれだけ鍛錬を積んだ炎の呼吸が「ただの派生にすぎぬ」こと。「はじまりの剣士」以外に鬼の祖である鬼舞辻を追いつめた者がいないこと。どんなに努力し研鑽を重ね剣技を極めようとも──炎は日の呼吸に「遠く及ばない」こと──鬼との戦いは今後、未来永劫にわたって続くということ──その事実に対して、諦観の念を懐くに足ることを、杏寿郎は真摯に受け止めるに至った。

 

(……父上)

 

 泥濘(でいねい)の海に落ち、絶望の底へ叩き落されて尚あまりある、事実と時日の夜陰。

 父のみならず、すべてのものが膝を屈して当然の、四百年の記録。

 

(……それでも)

 

 煉獄杏寿郎は、先祖たちの記憶(ゆめ)の中、書き記された炎柱の秘伝書を胸に押し懐きながら、決意の炎を心にともす。

 それは、黒闇(こくあん)をほのかに照らすと灯火(ともしび)となって、立ちあがる彼の進むべき道行きを、導き出した。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 さらに二日が経過し、第十一開拓都市は更地に変わった。

 ただただ、広大な空き地。

 商店も倉庫も、宿屋も食事処も、政府庁舎や兵士宿舎、農耕地に工業用地、東西南北の大門も隔壁も、すべて、なくなった。数年をかけて造営された何もかもが消え失せていた。

 商業ギルドの駐在員らの立てた仮設拠点──アイテムの秘密基地(シークレット・ベース)地下壕(シェルター)が点在しているが、この地が万単位のプレイヤーが行き来していたフィールドであったとは思えない閑散ぶりである。

 クラン:キサツタイの屋敷も解体され、建材に使われていた資材類も、構成員(メンバー)たちのボックスに収められた。

 いまだに意識を回復しない煉獄杏寿郎は、胡蝶しのぶらに付き添われる形で、ミズガルズ最奥の地からより安全な地域──ギルド:ノー・オータムの根拠地となっているシュヴェルトライテ公女領に移された。

 都市機能を完全に失い、傭兵NPCによる防御システムも機能しなくなったこの地は、もはやミズガルズ《最奥》の名にふさわしい「危険地帯」だ。この空き地も、放置しておけば三日で周囲の大森林に飲み込まれ、人の手が加わる以前の姿に戻るだろう。野営(キャンプ)地として、商業ギルドの後始末部隊が尚多く逗留しているが、あと一両日中に撤収することが決まっている。そうなれば、ここは樹齢1000年を優に超す怪物のごとき森林群に飲み込まれるだけ。それでも、アンデッドなどのモンスターの巣窟と化し、それが上位種への進化を果たすのに(くら)べれば、はるかにマシだ。実際、ユグドラシルの中にはそうして廃都化したフィールドが存在し、ほかの領地や区画を襲撃する高レベルモンスターの巣窟となり、世界の最深部への道を妨げ、超レア素材の鉱脈への道が閉ざされたりした例は、数多い。そうならないために、つぶれた都市の解体は入念にかつ完璧に施工するのが、都市を放棄するうえで絶対的に必要とされるのだ。それを怠れば、そのギルドやプレイヤーたちはユグドラシル内で非難の集中砲火を浴び、針の(むしろ)にさらされる。それがきっかけとなって、やむなく引退することも余儀なくされるなど、たいていがろくな目に遭わないのである。

 そうして、クラン:キサツタイも今日、自分たちの根拠地としていた屋敷を手放した。

 

「短い間だったけど、おつかれさま」

 

 カラスは空き地となったエリアに頭を下げた。

 わずか数ヶ月ながら、ここでの生活はクラン長であるカラスにとって、得難い体験となった。

 クラン代表の手形認証つきの証文を通し、道場プラス鍛冶工房つきの日本家屋は解体された。

 キサツタイの隊員たちはそれを見届け、短くも波乱に満ちた月日に思いを致す。

 

「……ねえ、どう思う?」

「どうって、何がです?」

「言わなくてもわかるっしょ? あの“ひと”らのこと」

 

 童女の博士──ツークフォーゲルがわかりきったことを聴くなという風にたずねる。

 カラスはその話題には触れないように努めた。

 

「自分は、別に気にしませんよ」

「カラスくん。さすがに気づいてないわけないよね? 煉獄さん……あのひとがどんだけやばげな」

「気にする必要があるんですか?」

「気にする必要って……こう、言っちゃなんだが、なぁ」

 

 黒いガスマスク姿の傭兵──タカナシも怪訝(けげん)な声を隠さない。

 カラスはあらためて主張するのみ。

 

「タカナシさん達のいうことは“もっとも”だと思います。けれど、俺は、煉獄さんについていければ、それでいいと思ってるので」

「……カラスさん。ここいらで手を引いておきませんか?」

「今回の事件、というか騒動の中心は、間違いなく……煉獄さんのせいだと思う」

 

 聖騎士のファルコンが難色を示し、魔法使いのチーウーが警戒を促す。仲間たちの気遣う声に、カラスは頑として首を縦に振らない。

 クラン・キサツタイは、分裂の憂き目にあっていた。

 原因はただ一つ──クランの発起人であった煉獄杏寿郎について、それぞれが疑念を懐き始めているからだ。一日目は何らかの不具合か何かだと思うことはできた。だが、二日経ち三日が過ぎ──煉獄杏寿郎は、ゲーム内で昏睡し続けた。……一度もログアウトせずに。

 タカナシは率直かつ決定的な疑念をこぼす。

 

「煉獄の旦那──そりゃ、最初こそはおもしろい“なりきり”さんだ、ぐらいにしか思わなかった。──けど、さすがにおかしいだろ?“数日間ログインしっぱなしなんて”よ」

 

 煉獄は昏睡状態を維持している。

 その状態を維持したまま、ゲーム内に、ユグドラシル内に存在し続けている。

 はっきり言って、そんなプレイヤー──人間が存在しているのは、奇妙を通り越して奇怪そのものでしかない。キサツタイ隊員らにも、それを異常ととらえる常識は持ち合わせていた。煉獄はいつでもゲームにログインしていた。誰よりも早くIN(イン)して、皆がOUT(アウト)していくのを気持ちよく見送る──重度のゲーマーであれば不可能ではない。廃課金プレイヤーの中にも、連続二十四時間プレイを断行しようとするものもおり、煉獄もあるいはそういうたぐいなのだと認識されていた。

 だが、だからといって、ゲーム内で昏睡し続けるというのは、どのような説明がかなうのであろうか。

 日々の生活は?

 リアルの食事は?

 体内から減少していく、ナノマシンの定期補給は?

 無論、何らかの手段で現実の肉体に栄養補給を行い、生理現象も適時処理し、体内へのナノマシン注入を行うことも可能だろう。たとえば長期入院中の傷病者など。

 だが、もしも、それらを一切必要としない存在が煉獄杏寿郎なのだとしたら、キサツタイの隊員たちにも、得体の知れなさに怯懦(きょうだ)疑心(ぎしん)を覚える者がいるのは当然の事態だ。

 しかし、カラスは端然と告げる。

 

「俺は、煉獄さんのおかげで、このゲームに留まることが出来ました。いや、少し違うか。煉獄さんに出会えたから、このユグドラシルを続けることができたんです」

 

 彼の意図を図りかねるタカナシたちは、互いに顔を見合わせた。カラスは語を続ける。

 

「煉獄さんと出会えて、俺は、このひとのようになりたいと思った。このひとみたいに、まっすぐで、自由に駆け回れるひとに──リアルのくそみたいな世界を忘れられた。煉獄さんの稽古は、まぁ、キツかったですけど、彼と一緒にいられて、皆と一緒に走り回ることが出来て、それだけが、俺にとっての救いでした──煉獄さんのおかげで、こうして皆さんとも知り合えて──本当に、今日まで本当に、たのしかったです」

 

 彼の事情を知っているらしいシマエナガとオオルリだけは、静かに耳を傾けていた。

 

 煉獄やみんなと共に、竜種や魔獣を狩った──

 昼にも輝く幻想的なオーロラの下で野営した──

 狩ったばかりの素材で闇鍋パーティーもやった──

 クラン居住地の借家を改装する時は様々な意見が出た──

 煉獄の的確な教練のおかげで、ゲーム内での戦いに慣れた──

 煉獄の言う“鬼殺の剣士”を探そうと、掲示板やスレを使いまわった──

 未発見の鉱脈を見つけて、クラン:キサツタイの存在が周知されるまでになった──

 

 それら輝かしい思い出をひとつひとつ脳裏に思い浮かべながら、カラスは言ってのけた。

 

「みなさんを引き留めるつもりは、俺にはありません。クラン:キサツタイは、もともと煉獄さんと俺たちだけではじめたことです。煉獄さんと一緒に行く気がないというのであれば、それで構いません。どうか、これからは皆さんの自由にしてください。俺が言うべきことは、もう、なにもありません」

 

 彼の意思は固かった。カラスの今の戦闘スキルなら、他のギルドでも主力を張れるとタカナシは誘いをかけたが、聞き入れることはできなかった。

 

「……そうかい」

 

 クラン長の主張に、隊員たちは覚悟を決めた。

 結果、クラン:キサツタイは、初期メンバーの三人を残して、ほぼ全員が脱退するに至った。

 傭兵タカナシは手を振った。「いろいろたのしかったぜ、本当に」

 聖騎士ファルコンは祈った。「どうか皆様がたに、幸運がありますように」

 女魔術師チーウーも告げた。「本当にごめんなさい……煉獄さんによろしくね」

 そして、童女の博士ツークフォーゲル、鍛冶師グルー……九人中五人が、やめていった。

 

「本当に、これで良かったの?」

 

 こういったゲームで、クランやギルドの解体や離散は日常的。──それでも。

 全員が去っていったあとで、白髪の女武者姿・シマエナガが問うた。

 クラン長は恥ずかしそうに黒髪の頭をかいた。

 

「無理に押しとどめる理由がないし……実際、煉獄さんがおかしいことは、事実と言えば事実だし」

「うん。思えば。私らがブラックゴブリンに包囲された時から、だったわね」

 

 初心者では絶体絶命の窮地を、颯爽と現れた炎の剣士に救われた──そのときのことを思い出して、カラスは恥じ入るように後頭部を撫でる。

 

「あのときは、ほんとに、足ひっぱってごめんな」

「何言ってんの。……同じ病棟の仲じゃないのよ」

 

 小声で言い含められた内容に、カラスは小さく頷いた。

 

「でも、意外でしたよ。シラトリさんが残ってくれるなんて」

「…………」

 

 牛のような角付きの鬼面を被った鎧武者は、言葉もなく頭を下げる。

 思えば彼(もしくは彼女?)も不思議な人だ。

 クラン:キサツタイの存在が噂で広がった頃に、煉獄と共に隊員を募集していたカラスたちのもとにふらりと現れ、加入用紙に記名した。

 白鳥(はくちょう)などという呼び名からはおよそ縁遠い無骨な鎧武者であり、その戦闘力も卓越している。槍や弓の名手で、腰にある大刀四本を戦闘でつかったところを見たことがないほど、長物と弓撃の扱いに長けていた。その全容は謎に包まれており、本人もあまりおしゃべりを好む性ではなかったが、クランの中では煉獄と一、二を争うほどの戦闘技能の保有者である。

 

「シラトリさんは、どう思っていますか? 煉獄さんについて──」

 

 そう問いかけてはみるが、シラトリは頭を振って何も語らない。カラスと同様、論じるには値しない、という意志の表れだろうか。それにしてもなぜ、キサツタイに留まる必要があるのか。

 今一度、もう少し個人的に踏み込んだ質問をしようとして、カラスは〈伝言(メッセージ)〉を受け取った。

 発信相手は、今回の騒動で縁が出来た商業ギルド:ノーオータムの長から。

 キサツタイの発起人──煉獄杏寿郎がようやく目覚めたという報せであった。

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 ミズガルズ、シュヴェルトライテ公女領。

 シュヴェルトライテ城内──医務室にて。

 

「なんというか、まぁ──」

 

 一時保護という名目で、ギルド拠点内の一室を貸し与えたお嬢は、目を瞠った。

 報せを聞き〈転移〉の魔法で招き入れられたクラン:キサツタイの四人も、至極平然と彼の“食事”風景を眺め、安堵の息をつく。

 起き抜けに「腹が減った!」と豪語した入院着姿の男は、用意された病院食──ギルドの料理人に作らせた最高級品質の回復素材製──を、計二十人前、ぺろりと平らげ、そして一言。

 

 

「うまい!!」

 

 

 炎柱の豪食を微笑ましげに眺める胡蝶しのぶをはじめ、冨岡義勇、伊黒小芭内、不死川実弥との再会を果たした煉獄は、率直に驚いた。

 

 

「よもや、こうして再び(みな)と会える日が来るとは! 息災そうで何よりだ! 四人とも!」

 

 

 四人もそれぞれの思いで煉獄との再会を喜びはしたが、いまは状況が状況であった。胡蝶が一同を代表して話し始める。

 

「お久しぶりです、煉獄さん。昏睡から目覚めた直後で恐縮ですが、いろいろとお話を聞かせていただきたく」

「うむ! 胡蝶の言うことはもっともだ!」

 

 いまは時間が惜しい。情報共有は速やかに行われた──カラスたちキサツタイ残存隊員と、ノー・オータムのギルド長、幹部の大男の前で、柱たちは自分たちの状況を整理した。

 ユグドラシルという世界について。

 自分たちがこちらに来たタイミングの誤差。

 そして、先日の戦闘で判明した──自称・竈門炭治郎と、鬼舞辻無惨の存在。

 

「そうか、その氷河城とやらに、鬼舞辻と自称竈門少年はいるのだな!」

「ええ、その可能性は高いと思われます……そうですよね、お嬢さん?」

 

 問われたお嬢は、とりあえず首肯してみせた。

 

「ヘルヘイムの氷河城は、現在までにプレイヤーが到達したことのない最難関のダンジョンとして有名よ。おまけに、そこに至るまでのフィールドの悪辣さ加減から言っても、籠城(ろうじょう)するにはうってつけの立地だわね」

「というと?」

 

 煉獄の(ただ)す声に、お嬢は空間に映像を投影するが、心底めんどくさそうに──「この程度の常識も知らない(てい)なのか」──という風に頭を搔きだした。

 彼女の後を継ぐように、カラスが説明を始める。

 

「氷河城の周囲には、何層にも取り巻く猛吹雪の壁があり、何の対策もなく突っ込めば数分で〈凍死〉します。この吹雪は、究極の気候操作──超位魔法〈天地改変(ザ・クリエイション)〉でも三回は使わないと完全に晴れることはありません。けれど、ただダンジョンに入るためだけに、三回も超位魔法を使わないといけないフィールドの奥にあるダンジョンの攻略は」

「“負け確”もいいところなのよ」

 

 実際、過去に氷河城攻略を試みたギルドは数多くあったが、どれもこれも頓挫(とんざ)している。

 無理な雪中行軍を試みて全軍が凍死したり、即死のクレバスにはまって侵攻部隊が瓦解したり、何より、プレイヤーの大群の気配に対して過敏に反応するモンスターの組織的な攻撃にさらされて、全滅するものが後を絶たなかった。一時期はムスペルヘイムから最上位炎竜(グレイテスト・フレイム・ドラゴン)炎巨人(ムスペル)の大軍を引き連れて攻略に再三挑んだ団体もあるにはあったが、結局は徒労に終わった。氷系モンスターの対極にして天敵にあたる炎系モンスターは、氷河城周辺の気候には順応できず、また、数の差からして絶望的であったのだ。こちらが引き連れていけて100であるのに対して、むこうは10000を超える生息数で踏み荒らしてくるのだから、当然の帰結ともいえた。

 その後、氷河城を本格的に攻略しようとするものは完全に潰え、現在ではワールド・サーチャーズのヘルヘイム調査団が、その内部潜入を試みていた程度である。

 

「おまけに、氷河城の主と目されている“ヘル”は、ユグドラシル──北欧神話における冥界の女主人。いったい、どれだけ強力な存在なのか、見当もつきゃしない」

「おいおいィ。妙なこと言うじゃねぇかァ」

 

 不死川が純粋な疑問を投げかけた。

 

「誰も到達してねぇはずの城の主人が、いったいどこの誰さまなのか、どうやってそんなことを知ってやがる? それも、げえむとやらの仕様なのかァ?」

「いいや? ユグドラシルは基本的に、プレイヤー自身で未知を既知に変えていく──ヘルヘイムとは別の冥界“ニヴルヘイム”のことは?」

「話だけは聞いたことがあるな」

 

 伊黒が白蛇の鏑丸を指先で戯れさせながら話した。

 

「ユグドラシルにある九つある世界の中で、冥界と称される二つの世界──ヘルヘイムとニヴルヘイム。ギョッルという名の大河が流れ、大叫喚泉(フヴェルゲルミル)という湖を共有する、だったか?」

「確か。先日の戦いで煉獄さんが相対した銀髪の女騎士さんも、そのあたりのご出身だとか?」

 

 胡蝶の指摘に、お嬢はひとまず頷いた。

 

「モーズグズ、ね。まぁ、おおむねそんなところ。そして、この“二つの冥界”というのが、今回の話の肝ね」

 

 彼女は吹雪の中に聳える氷河城のデータ映像から、おどろどろしい暗黒を貫く鋼鉄の城を空間に投影した。

 

「通称、ニヴルヘイムの黒城。ヘルヘイムの白城・氷河城と対をなす鋼鉄城を攻略したギルドから、氷河城にかかわる情報が共有されたのがきっかけね」

「その鋼鉄城を攻略したぎるどというのは?」

 

 これまで沈黙していた冨岡がたずねた。

 

「現ニヴルヘイム・ワールドチャンピオン“最上位死霊王”が率いるギルド──アンチクショーが鋼鉄城の腐植姫・ヘルと共同統治をはじめたおかげで、氷河城にいる災厄姫・ヘルのことも、少しだけわかったのよ……まったく、おもしろくねえったらないわね」

 

 全員が頭を傾げそうになる言行に、お嬢の側近は声を低めて注意を促した。

 

「……今回は、恥を忍んでアンチクショーにも協力を持ち掛けることで、合意した。今回の騒動の主因──竈門ナニガシとその一味の連中は、アタシらのギルドに喧嘩をふっかけた。当然、売られた喧嘩は買うのがウチの流儀。──絶対に絶対に叩き潰してやる」

 

 傲然ともいえる決意表明であったが、柱たち五人の援助となる点で言えば、心強い援軍である。

 

「攻略の概要は追って伝えるから、その間にアンタらも、戦力を整えておくことね」

「戦力を、って」

「なるほど、相わかった!」

 

 疑念を零しかけたカラスに代わって、煉獄が闊達に応えた。

 

「れ、煉獄さん……その、すごく言いにくいことなんですけど」

「クランは、私たちのキサツタイは、その……」

 

 仲間を半分を失ったという事実。

 しかし、煉獄は一度おおきく「そうか」と頷いて、別れることになった五人のことを偲ぶ。

 

「だが、今しなくてはならないことは、他にある!」

 

 煉獄は知っている。

 時の流れは止まってくれない。

 一緒に立ち止まって励ましてなどくれない。

 

「我らがなすべきことは、鬼舞辻無惨を斃すための力を整えること! そのために、もっと広く、もっと遠くまで、鬼殺隊がこの世界にあることを知らしめよう! 胡蝶らのように、この世界に来ているやもしれない鬼殺の剣士を、可能な限り集めねばならない!」

 

 どこまでも実直で、どこまでも剛毅な、炎柱の宣布。

 彼の変わらぬ様子に四人の柱は頷きを返し、クラン:キサツタイに残った四人も、それに(なら)う。

 

「それと、胡蝶たちに()きたい!」

 

 

 杏寿郎の胸には、いまひとつ試案があった。

 

 

「すまないが、竈門少年のこと……彼の使うヒノカミ神楽……日の呼吸などについて、何か知っていることはあるだろうか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 ムスペルヘイム。

 ──炎巨人の誕生場にて。

 炎熱に炙られる超重量の鉄塊が、(ゴウ)と唸りを上げていた。

 

「南無阿弥陀仏……」

 

 通常、人間種のプレイヤーでは、完全耐火性能に特化した装備でもなければ一秒で焼死しかねない灼熱地獄の只中で、一人の大男が念仏を唱えながら、重さ数十トンもありそうな重量上げを繰り返している。

 

心頭滅却(しんとうめっきゃく)すれば……」

 

 山伏か仁王像を思わせる強面(こわもて)、筋肉の鎧かと見まがうほどの巨躯を誇り、見えぬ目ですべてを見透かす、(ほとけ)菩薩(ぼさつ)のごとき男──

 

「火もまた涼し……」

 

 岩柱・悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい)は、炎巨人(ムスペル)のプレイヤーたちと共に、鍛錬と修行の日々を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。