煉獄杏寿郎と巡るユグドラシル【オバロ×鬼滅】   作:空想病

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第参話   煉獄杏寿郎、モモンガと出遭う

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 DMMO-RPG〈Dive Massively Multiplayer Online Role Playing Game〉

 

 

 YGGDRASIL(ユグドラシル)

 

 

 西暦2126年にリリースされた、基本無料で遊べる仮想世界体感型ゲーム。

 破格とも呼べる「プレイヤーの自由度」で人気を博し、国内においては「DMMO-RPG」イコール「YGGDRASIL」と評されるほどになる。

 

 ユグドラシルとは。

 それすなわち北欧神話における世界樹の名であるが、YGGDRASIL(ユグドラシル)におけるバックストーリーは次のとおりである。

 

 《ユグドラシルという世界樹には無数の葉が生えていた。

  だが、ある日、その葉を食い荒らす巨大な魔物が出現した。

  それによって一枚一枚と葉が落ち、最後に残ったのは九枚の葉。

  それこそが、アースガルズ、アルフヘイム、ヴァナヘイム、ニダヴェリール、ミズガルズ、ヨトゥンヘイム、ニヴルヘイム、ヘルヘイム、ムスペルヘイム。

  九つの世界の元になった葉であった。

  しかし、その魔物の影は最後に残った九つの葉にも迫りつつあった。

  プレイヤーは、自らの世界を守る為に、広大な未知の世界を旅せねばならない──》

 

 無論、当然のことながら、原典であるところの北欧神話において、世界樹の葉を喰い荒らす巨大な魔物や、残った葉が九つの世界に──などという伝承は一切ない。

 そもそもにおける神話のはじまりには、“ムスペルヘイムとニヴルヘイム”──炎と氷の世界が最初から存在し、その中間地、狭間の巨大な深淵“ギンヌンガガップ”で生まれた存在……ユミルという神と巨人の始祖……それを育てるアウズンブラという牝牛などから、後の神々や巨人たち、そして、世界と人間たちが誕生していった、というのが北欧神話の大ざっぱな原点として語られている。

 

(『葉っぱが世界になるって、一体どういう発想の転換がそんな設定を産んだの?』って、タブラさんは真剣に考察し続けてたな)

 

 ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの仲間(ギルメン)の一人である知識人──蛸頭の大錬金術師──タブラ・スマラグディナのことを思い出しつつ、モモンガはミズガルズの大地を踏みしめた。

 転移魔法によって訪れたのは、九つある世界の中で異形種にとって比較的不利・人間種にとって比較的有利な世界、その中にある大草原の小川だ。

 モモンガたち異形種は、通常人間種のプレイヤーのみが使用・往来・居住することを大前提としている街や村などに、一息で転移することはできない。なので、こういった世界に用がある場合は、自然とその周囲にあるエリアフィールドに転移ポイントを設定して、そこから自分の足で街へ入り込むしかない──が、それにも多くのリスクが伴う。

 

(しかし……いやぁ、久々だな。こうして人間の世界(ミズガルズ)に来るの)

 

 モモンガは穏やかに流れる小川を覗き込み、その水鏡に映る自分を見つめる。

 今のモモンガの姿は、黒髪黒目の凡百な人間種プレイヤーの外装(アバター)を身に纏っている。装備品も、いかにもそこいらにいる人間種の魔法使い・魔法詠唱者(マジックキャスター)のプレイヤーといった具合であるが、これはいわゆる仮の姿。モモンガの種族固有の外装(アバター)である骨の異形を、変身を行えるマジックアイテムによって、人間のそれに上書きした感じというべきだろう。

 幻術魔法のみならず、この、部位としては「顔面」に装着している装備、世渡りの仮面(マスク・オブ・ゴーイングスルー)の効果で、異形種の立ち入りを制限する場所(フィールド)で自由に活動できるようになる。が、デメリットとしては異形種としての能力・死の超越者(オーバーロード)特殊技術(スキル)死霊術師(ネクロマンサー)の魔法を行使することは不可能となり、戦闘にでもなれば大幅なレベルダウン状態で戦うことを強いられる計算だ。

 さらに、実に厄介な弱点が“もうひとつ”あるのだが、今日の“おでかけ”の目的は戦闘がメインではないため、とくに問題ないだろう。

 

(自前の幻術に加えて、超一流の錬金術師、タブラさんが作ってくれたアイテム(これ)の効果を、見破れるプレイヤーは多くない。いたとしてもPK(プレイヤーキル)禁止のはじまりの街(ホームタウン)に入り込んでしまえば、事を起こすことはできない。──その先(・・・)へ行けば、人間種に化け続ける意味もないし)

 

 このゲーム、ユグドラシル内において、プレイヤーがプレイヤーと戦い殺す行為、いわゆるPKが行使可能だ。

 ただし、人間種同士でのPKにはペナルティが発生したり、モモンガのような骸骨種をはじめとする異形種プレイヤーへのペナルティは発生しない──むしろ、一定の職業レベルを得るためにはPKポイントが必要になるなど、運営側がPKをほぼほぼ推奨しているような形となっている。

 しかしながら。

 これからモモンガが行く都市──ミズガルズの開始地点(ホーム)──“樹界都市”と称されるアスクエムブラ*においては、運営の強権によって、PKは完全に禁じられており、絶対安全が保証されている。これはミズガルズだけの話ではない。九つの世界それぞれに存在するはじまりの街──プレイヤーがレベル最弱の“1”で訪れるホームタウンにおいて「PKが可能」とされては、新参のプレイヤーを狩る悪質な連中の好餌(こうじ)となりかねないのだ。そのようなプレイスタイルはリスボーンキルよりもタチが悪い上、そんなことまで認めてしまっては、ゲームへの新規加入者が離れる事態を避けられない。いかにクソ運営と評されるユグドラシルのGMでも、それくらいのことは理解できているようだ。

 

(しかし、いつ見てもきれいだな、ミズガルズの世界樹は)

 

 フードの裾を上げて、蒼穹と新緑の共演を眺め見る──否、美麗なのは、荘厳な大樹のありさまだけではない。

 せせらぎを奏でる風雅な小川。鳥のさえずりと草花が風と踊る音色まで精緻の極みといえる。

 モモンガたちが主に活動するヘルヘイムは、北欧神話における冥界そのもの。陽の差さない、毒々しい世界から抜け出し、お日様の光を散々と輝かせる青い空を眺めると、いろいろと感慨深いものが込みあがってくる。自然をこよなく愛するギルドメンバー──ブループラネット──彼の手がけたナザリック地下大墳墓の第六階層“ジャングル”の「空」のように、こうした自然のありさまさえも、自由に自儘(じまま)に、自らの手で製作しうることが、仮想世界体感型ゲーム・DMMO-RPGの醍醐味にして真骨頂とも言えた。

 モモンガの視線の先には、空を覆い尽くさんばかりに高く伸びていく大樹がある。まさに“世界樹”というべき様相を呈しているが、この世界そのものが世界樹に残された葉から生じたというバックストーリーを思いだすと、もとの世界樹とやらはどれだけの設定だったというのか、もはや想像もつかない。

 

 ──このような、自然豊かな場景(じょうけい)を見るというのは、2100年代の現実においては非常に難しい。

 

 モモンガたちの住む現実の世界──現代の地球は、環境破壊が深刻化し、大気汚染で人工心肺(マスク)なしでは生きていけない世界となっている。

 そんな人類にとって、この仮想現実によってなる世界は、ありし日の地球の姿を体感する装置としても有用な働きを示すものなのだ。

 

(まぁ、五感に制限がある世界じゃ、どれほど精巧でもニセモノなんだけどね)

 

 流動する白い雲の変幻自在ぶりを眼で楽しみ、風の音に耳をすますことができる──が、電脳法によって五感のうち味覚と嗅覚は削除されており、触覚についても制限がもうけられているので、頬を叩く風というものは、あまり感じ取れない。それが残念と言えば残念であった。

 ふと、モモンガの背後に〈転移門(ゲート)〉が開く。

 

「モモンガさん! 遅れて本っ当にすいません!」

「ごめんね~、ウチの馬鹿弟が遅刻しやがって~」

 

 現れた姉弟は、モモンガのよく知るペロロンチーノとぶくぶく茶釜に他ならない。

 だが──

 

「いえいえ。少しも待ってませんから、大丈夫ですよ」

 

 応じるモモンガが人間に化けているのと同様に、翼人(バードマン)粘体(スライム)の異形種である二人も、普段の外装(アバター)とは全く違う姿形を披露していた。

 

 ペロロンチーノの姿は、普段使っている武装よりも数段以上ランクの劣るコンポジット・ボウと、多数の短剣で武装した、見目麗しい金髪森妖精(エルフ)の青年。

 ぶくぶく茶釜の姿は、これまた普段使っている武装よりも劣悪な槌矛と盾と皮鎧を帯びる、蠱惑的な美貌と肉感的な褐色肌が艶っぽい、桃髪の女闇妖精(ダークエルフ)である。

 

 姉弟は互いが幻術魔法とアイテムによって作られた人間種としての姿──魔法使い役のモモンガを護衛するための偽装を見て、同時に“溜息”の感情(エモーション)アイコンを浮かべて、息を吐く。 

 

「……姉ちゃん、またそのアバター? いくらDMMOだからってさ、盛り過ぎじゃね?」

 

 エルフの青年が肩をすくめるジェスチャーに対し、美しい女ダークエルフが見下すようなポーズ……挑発的に突き出した指の形とともに言って捨てる。

 

「なんだぁ文句あんのか弟ぉ? 姉がダークエルフで、いったい何がご不満なわけ?」

 

 普段の口調とはかけはなれた声質の変幻ぶり。女帝のごとき悪意と酷烈にまみれた美声は、さすがは現役の人気声優というべき貫禄があった。

 そんな実の姉の演技ともつかぬ一声に対し、弟は飲みこまれたように一歩をさがる。

 

「いや不満というか何というか……自分のNPCもダークエルフにするぐらい闇妖精が好きなら、もういっそのことそっちのキャラでプレイしたら?」

「あらあら? そんなに私をギルドから追い出したいわけ? うちのアインズ・ウール・ゴウンの加入条件のひとつは、“異形種プレイヤーであること”だものね?」

「──チッ、バレたか」

「口やかましい姉の小言から解放されようなんて、夢にも思うんじゃねぇぞおいこら」

「だ、誰もそこまで言ってねえしッ!」

「は。どうだか?」

「まぁまぁ」

 

 ギルド長に両手で抑えられる姉弟。

 まったく非常に険悪な感じしか受けない二人のやりとりだが、モモンガは二人がそんなに本気で互いを嫌い合い罵り合っているとは感じていない。

 口ではあーだこーだと言い合っても、二人が正真正銘の「家族」であり「姉弟」であることは、まぎれもない事実なのである。

 モモンガは護衛役を引き受けてくれた仲間二人に謝意を示した。

 

「お二人とも。今日は自分の我儘に付き合わせてしまって、本当にすいません」

「いいんですよ。これぐらいのこと」

「そうそう。姉ちゃんの言う通り!」

 

 茶釜とペロロンチーノが、謹直に腰を折るギルド長に“笑顔”のアイコンで応じた。

 

人間の世界(ミズガルズ)は、ウチら異形種プレイヤーにはクソ不利な環境ですし。むしろ、護衛なしでうろつく方が危険ですから」

「まあ、どうせなら、ワールドチャンピオンのたっちさんが護衛につければ、安心だったんですけどね」

「確かに。でも現実(リアル)の、お仕事の都合じゃ、仕方ありませんよ。なにせ現職の警察官ですから」

 

「ですねー」と頷き合う姉弟。

 

「とは言え、生存率をあげようと、大人数でミズガルズ(このあたり)をうろつくのも、まぁさすがに無理ですしね?」

「ていうか、うちの大事なギルド長の護衛が、うちのバカ弟だけなんて、超がつくほど心配ですから」

「んだとー?」

「んだよー?」

 

 今にも掴み合いそうな二人のやりとりに、モモンガは現実の肉体の方で笑みを浮かべた。

 仕事用の声ではない、ロリっぽい、作った感じがまるでしない普段通りの声で話すぶくぶく茶釜。それに応じる友人については言わずもがな。

 モモンガは心から思ったことを声にする。

 

「そんなことありませんよ、茶釜さん。

 お二人がいてくれれば、それだけで千人力です! ──あれ、十人力だったかな?」

「あー、それたぶん“百人力”ですよ、モモンガさん」

「でもま、千人力の方が強そうでよくね?」

 

 教師(やまいこ)の真似をしつつ甘い声音で訂正してくれるぶくぶく茶釜と、調子を合わせてフォローしてくれるペロロンチーノに対し、モモンガは照れ笑うようなアイコンを浮かべて頭を掻いた。

 いずれにせよ、モモンガの仲間に対する信頼は篤いことは、姉弟二人もよく理解できている。

 

「じゃあ、いきましょうか。

 アースガルズへ繋がる唯一の橋──“虹の橋(ビフレスト)”へ!」

 

 本日の最終目的地、そこへと至る手段をめざし、黒髪の行商人と二人のエルフは、それっぽい初心者チームのごとく森の小川から街道へと歩き出した。

 

 

 

 

 

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「──む?!」

 

 煉獄は、鬼狩りに励む最中、奇妙な感覚を覚えた。

 

『ガあああああアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 ()き吠える巨躯(きょく)の鬼。丸太よりも数倍太い両腕がふるう超重量の鉄槌(てっつい)をものともせず、煉獄は首への一撃をあびせた。

 日輪刀と炎の呼吸によって、悪逆なまでに猛々しく(ふく)れた肉体を(ちり)にかえした直後、それを感じ続けた。

 

(──何か(・・)、来た?)

 

 またか、と思う。

 この世界で戦うこと既に数週間。

 血振りし納刀する間にも、煉獄杏寿郎が鍛え上げた知覚力が、その“何か”を察知し続けた。

 

(この山から、距離にして十里(じゅうり)か。

 走破することはいかにも容易。だが──)

 

 山に巣くっていたらしい大鬼(オーガ)の群れと、その首魁であった巨躯の鬼──山岳の(マウンテン・)妖巨人王(トロールキング)──を滅して、煉獄は体力的な疲労を感じる、などということはありえない。基礎体力の向上と疲労からの脱却をもたらす呼吸法、全集中の常中は、柱と呼ばれる剣士であれば基本中の基本。よほどのことでもない限り、本当に死ぬ領域の損傷を肉体が受けない限り、煉獄杏寿郎の身体が音を上げて、戦闘を忌避するということはありえない。

 

「あ、あのー」

 

 鬼たちと戦っていたらしい老若男女の徒党、その代表らしい壮年の男性にたいし、煉獄は一言。

 

「すまんが火急の要件ができた! 君らは君らで山を下りてくれ!」

「ちょ、あの、ドロップの山分けはいいんすか!?」

「ドロップ要らないなら、なんで助けたの?!」

 

 近頃よく耳にする単語を羅列した疑問に背を向けて、煉獄は一目散に走り出す。

 急がねばならない。

 その理由は、感じられる気配の、その“異質さ”にあった。

 

(この感じは、「人に化けている鬼」か? しかし、今まで見てきたこの世界の鬼どものそれとは比べようもないぞ? これでは人間とまるで変わらぬ、おそるべき擬態性能──これは、まさか、鬼舞辻の血が濃い鬼──よもや“上弦”か!?)

 

 脳裏に閃く最悪の可能性。

 否が応でも、無限列車で対峙した上弦の参、彼の悪辣(あくらつ)なまでの戦闘性能を想起してしまう……

 

 この国、この世界、このミズガルズという地に渡り来てからも、煉獄は相も変わらず鬼狩りを続けてきた。

 鬼は切っても斬っても数が減らず、そこは日本(ひのもと)と大差がないように思えるほどだ。

 しかし、中には奇妙な鬼がいた。いることに気づき始めた。

 その鬼どもに共通しているのは『人間に擬態していること』と『奇怪な言動をすること』などで一致していた。

 鬼は元々が人間であるため、人語を解する者がほとんどだ。鬼にされて間もなくのものは血の昂りによって人語を発しえないことが多いが、ある程度の人肉を喰らうことで自我を取り戻すことは共通している。

 しかし、この世界──ミズガルズという国で出会う鬼の中には、理解に苦しむものがいた。

 とくに、『“げえむ”という特異な単語を連呼すること』があげられる。

 たとえば、

 

『“げえむ”にマジになるなよ!』

『“げえむ”だからって、そこまでします?』

『“げえむ”の中で英雄気取りですか、はいはいそーですかコンチクショーメ』

 

 などなど。

 煉獄には、彼ら彼女らが何を言っているのか分からなかった。

 鬼どもの詭弁(きべん)断末魔(だんまつま)にしても、意味不明瞭(いみふめいりょう)の極みであった。

 さらに、何よりも特筆すべき、炎柱・煉獄杏寿郎が憂慮(ゆうりょ)している点が、一点。

 

(この世界で、俺が見てきた鬼のほとんどは、『太陽の下でも活動できている』)

 

 その事実が、煉獄の脳裏に、けして小さくない引っかかりを生じさせているのだ。

 

(もしや……この世界の鬼は、鬼舞辻(きぶつじ)の造り出したものとは、違う……のか?)

 

 そんな疑念に一瞬でも駆られる(おのれ)を、煉獄は即座に叱咤(しった)する。

 

(──悠長に考えている暇はない)

 

 悩んでいても意味はない。

 迷うことは害悪ですらあった。

 煉獄が、悩み、迷い、判断を一瞬一秒でも遅らせれば、それによって鬼による被害が増える。

 躊躇(ちゅうちょ)など不要。

 問答(もんどう)など不要。

 それでよい。

 それでよかったはず。

 少なくとも、先日の柱合会議までは。

 

 鬼でありながら無害な存在、竈門(かまど)少年の妹・禰豆子(ねずこ)という例外は確かに、確かに、あった。

 

 しかし。

 それでも。

 だとしても。

 

 人に化け、人に(あだ)なし、人を喰らおうとする鬼がいる事実に変わりなし。

 煉獄が合流すべき鬼殺隊(きさつたい)が、影も形も存在していないことも、煉獄の強硬なまでの鬼狩り任務続行の点火剤となっていた。

 これほど人に化けることに(ちょう)じた鬼が街に入れば一大事──その一念を心の臓腑(ぞうふ)に響かせながら、煉獄は山を翔け(くだ)った。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

「お、見えてきたかな?」

 

 モモンガ、ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜。それぞれが人間種の姿──それも、初心者じみた感じに化けた異形種プレイヤー三名が、ミズガルズの樹界都市・アスクエムブラの門にまで、あと数百メートルというところまで来た。

 

「いやぁ。やっぱりすごいですよね、このアイテム。道中、他のプレイヤーとすれ違っても、バレる気配皆無なんて」

 

 金髪エルフ姿に化けたペロロンチーノ、彼が顔をつつく動作で示す通り、世渡りの仮面(マスク・オブ・ゴーイングスルー)の効果は絶大と言ってよい。

 この手のマジックアイテムでありがちな、装着者の弱体化・本来の種族職業レベルの能力は使えないという不利益は(まぬが)れないものの、他のプレイヤー……特に、幻術対策や異形種を感知する能力に長けた職種に正体がバレないのは、なかなかに得難い効能である。とくに、余計な戦闘を避けたい場面やフィールドでは、ありがたいことこの上ない。ホームタウンから次の街への主要な街道となっている道のりは、初心者や玄人(くろうと)問わずにプレイヤーの往来が多い。モモンガたちの懸念は玄人レベル……特に、異形種への何らかの特効持ちなどが厄介の極みだったが、どうやら無事に第一関門を突破できる空気だ。

 このあたりは、少し外れた小道や草原に入ればモンスターとの会敵もあるが、モモンガたちの目指す街まではそういった心配の必要がない。なにしろホームへと帰る道のりだ。猛毒や呪詛、逃走不可などの悪辣なスキルを持つモンスターや、状態異常解除不能なエリアフィールドなどではない。比較的おだやかで、のんびりとした風情(ふぜい)さえ感じられる。

 そんな雰囲気にあてられ、愉快げなアイコンを浮かべる彼の様子を、姉は「油断すんな」と言って即時牽制する。

 

「まだ街に入れたわけじゃないから。狙撃とか急襲とか受けないように、しっかり見張っとけ弟」

「へいへい」

 

 警戒を緩めないぶくぶく茶釜の姿勢は正しい。このゲームにおいては、数キロ先から攻撃や特殊技術(スキル)を飛ばすという芸当も可能だ。それこそ、ペロロンチーノが本来の状態で、本来の装備を所持していれば、それぐらいはやり果せられる。

 とは言え、モモンガたちの懸念するようなプレイヤーの速攻や遠隔攻撃はなさそうに思えた。道行く本物の初心者さんと会釈してやる余裕さえあった。

 

 しかし、

 それは、

 来た。

 

「──うん?」

 

 あとわずか十メートルそこそこ、

 門の守衛NPCの顔まで判別できる距離で、

 黒髪の初心者魔法詠唱者(マジックキャスター)に化けたモモンガは、何故か、瞬間、足を止めた。

 

「? あれ?」

「どうかしまし」

 

「たか」といいかけたペロロンチーノが、最初に気づき振り返った。

 

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

 

 盛大に燃えあがるがごとく、(はじ)ける声量。

 そして、彼ら三人の視界の端で、大地を踏みしめ抜刀(ばっとう)せんとする、一人の剣士の姿が。

 

 

「 炎の呼吸 一の型 」

 

 

 一瞬。

 

 

「 不知火 」

 

 弓を盾を、何かしら武具を構える余裕もない、一刹那。

 とっさに、モモンガを軽く突き飛ばすペロロンチーノ。

 途端、彼らがいたはずの地点を、空間を、一条の炎熱が(ゴウ)(ほとばし)った。

 

「────────は?」

 

 (あか)い炎のエフェクトに、指先が焦げ付くような畏怖を覚えた。

 モモンガには視認不可能だったが、それは、彼自身が一筋の炎となったがごとき一撃、その残り火でしかなかった。

 同時に、

 彼の顔面に装備していた仮面が、竹を割ったように割断される。

 

「な、な、な?」

 

 破壊され、消え去っていくモモンガのアイテム。

 混乱の極みで腰を抜かしかけたギルド長を、闇妖精(ダークエルフ)に化けたぶくぶく茶釜が支え立たせた。

 

「姉ちゃん! モモンガさんを!」

「任せろ」

 

 即座に弓矢を番えるペロロンチーノも、無傷。

 応じて女騎士の盾を構えるぶくぶく茶釜も、その襲撃者を視野に収めた。

 赤色を灯す長い金色の髪に、切れ上がった双眸、(ほむら)のごとき羽織を背に纏い、正眼に構えた刀の色は、赫。

 

 

 

「人に化けた鬼どもよ!」

 

 

 

 周囲にいたプレイヤーたちの喧騒渦巻くなかで、モモンガを襲った男の声は朗々と響き渡る。

 

 

 

「いかなる企みがあるのかは知らんが!

 炎柱・煉獄(れんごく)杏寿郎(きょうじゅろう)が!

 相手になろう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*
北欧神話における原初の人間の男女。男・アスクと、女・エムブラ。

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