/
・
伊黒と甘露寺は、“音楽劇場”で歌う鬼に手を焼いていた。
琵琶を弾き、城そのものを操る上弦の肆と、似ているようで異なる戦法。
「この、歌、声は、」
「しょ、衝撃、波?」
あれも炭治郎が悪鬼化させた、この城の住人だろう。
漆黒に塗りたくられた影絵のごとき歌姫の魔女は、その美声をもって、柱たちの接近を許さない。
「くそ、これはこれで」
「厄介な相手、ですね」
無数にある観覧席の最後列で、思わず二人同時に、あの時のことを思い出すのは不謹慎だろうか。
あの時は
「今は、援軍を待つ余裕はなさそうだ」
「ですね!」
劇場の出入り口はすべて封鎖され、甘露寺の圧倒的な
「前の敵を倒す以外に、道はないな──」
「大丈夫。私と伊黒さんなら、きっと!」
伊黒が赤面するようなことを言いつつ、恋柱は頬を熱くして前進し、己の呼吸を練りあげた。
「恋の呼吸 陸ノ型 猫足恋風」
・
「ここは……」
「御館様の、お屋敷?」
そう見まがうほど似ている日本庭園であった。
よく手入れされた庭。白石の質感や小川のせせらぎまで、何もかも、今はなき
「やぁ、行冥、しのぶ」
二人は日輪刀を構えたまま、そこに佇む気配に
一族の呪いで紫に変色した顔の痣。手足の先も呪いの痣に侵され、立っていることすら儘ならない。
だが、その声──まるで子を慈しむ父か母のごとき愛情のこもった声は、柱であれば聞きたがえようもない。
「…………お」
「御館、様?」
喪服のごとき召し物に、白地に淡い色彩の羽織を纏った、男性の微笑。
幻術だ。
幻覚だ。
幻影にちがいない。
そういう血鬼術だと判断できたのは、悲鳴嶼の方が先であった。
「御館様の姿に化けるなど、無礼千万!」
彼は鉄球を振り回して烈怒する。
即座に岩の呼吸を発し、壱ノ型を繰り出す。蛇紋岩・双極による鉄球と手斧の同時投擲で挟み込まれた御館様は、ものの見事に破砕され、肉片の残骸と化す。
「ひどいじゃないか、行冥」
二人はぎょっとしつつも再び振り返る。見れば、小川の石橋のあたりに佇む御館様の姿と声が。
「これ、また偽物ですか?」
「どうやら──そのようだ」
岩柱の盲目の眼には、「透き通る世界」が見えている。
御館様の筋力や臓器は、“あれほどまでに精強であるはずがない”のである。
「どんなに姿形を真似ようとも、我等には通じん」
「それはどうだろうね」
胡蝶たちは視線だけで振り返った。
「僕たちのつとめは、君たちをここで食い止め続けること」
「悪いけど。行冥としのぶには」
「僕らとの戦いに付き合ってもらうしか、ない」
岩柱と蟲柱は背中合わせに刀を構える。
わらわらと湧いて出てくる、
それらすべてを相手にせねばならないという、精神的にもキツそうな状況でも、二人は構えた日輪刀を下ろすことはない。
・
「まったく、なんだってんだ、この戦場は」
「泥臭いというか、生臭いというか……いやな環境ですね」
鉄条網を幾重にもひいた荒野。泥の跳ねる
「姿を消す血鬼術と、弾丸の血鬼術か……クソ、厄介だな」
試しに宇随は忍特製の爆薬を四方にまき散らし、敵の反応を窺う。うまくいけば首は落とされ、敵の正体を幾許かでも知ることはできただろうが。
「ま、一筋縄にゃあ、いかねえわな」
手ごたえなし。
弾丸の
「宇随さん、今度は僕が試してみます」
「霞の呼吸か……よし、頼むぜ!」
霞柱は塹壕を臆することなく飛び出し、「霞の呼吸 伍ノ型 霞海の海」で戦場を席巻する。
瞬く間に純白の霧に覆われる戦場。時透は身体感覚を鋭敏に研ぎ澄まし、霧の中を移動する兵士の一群を見つける。
「霞の呼吸 壱ノ型 垂天遠霞」
刺突攻撃は兵士たちの中心──頚を貫いたかに見えた。
くずおれる兵隊。これで終わりかと呆気なさを感じる無一郎のこめかみに、弾丸の気配が迫っているのを知覚。
「時透!」
だがそれは天元の放った
霞柱は塹壕内に戻り、自らの失態を謝した。
「すいません、宇随さん。お手数をおかけして」
「なあに、気にするんじゃねえよ。……しかし」
宇随は狭い塹壕から音の広がりで戦場の全体像を把握しつつある。
時透が仕留めた兵士は、どうやら鬼の気配を纏った
そして──驚愕の事実を把握する。
「どうなってやがる、この戦場は?」
・
第二階層“ダンスホール”にて。
ここに残された炭治郎とモモンガたちもまた、死闘を演じざるを得なかった。
「モモンガさん!」
「
軍師・ぷにっと萌えの号令に伴い、死霊術師は炎属性の魔法を鬼の少年に浴びせかけるが、
「効果はいまいち!」
試せるだけの魔法を試し、試せるだけの戦術や戦法をぶつけてみたが、そのどれもが竈門炭治郎には通用しなかった。まるで、すべての属性に耐性・無効化を有するがごとき強健すぎる鬼の肉体。反則級なまでの一撃死性能の刀──竜尾が五本も生えた刀の威圧感と圧倒感。
「クソ、一旦後退します!」
「そう簡単にひかせるわけ」
「いいや、ひかせてもらう」
待機がずしんと重くなったような、声音。
アースガルズ・ワールドチャンピオン──“剣帝”が動いた。
彼は対艦刀とも呼ぶべき巨大な武器を器用に振るい、まるで野球のボールよろしく竈門炭治郎の肉体を豪快に吹き飛ばしてみせた!
「おやおや、“吹き飛ばし”効果ですか。これではこちらも引かざるをえませんね」などと暢気に宣うヴァフスルーズニルを放置し、剣帝は告げる。
「一旦体勢を立て直す! 一階に降りろ、アインズ・ウール・ゴウンのお歴々!」
すでに炭治郎との戦闘で、
そんな二人を連行し、症状を分析・解析する“大錬金術師”タブラ・スマラグディナ。
「二人とも、徐々に鬼化が進行していますね──彼の攻撃は厄介の極みだ」
「……一旦、死に戻ってくるっていうのも、いい作戦じゃないか?」
「……不覚を取っただけだ。次は絶対に
二人が損傷・切断したのは右腕と左腕──あれほど超高速に伸縮変形する攻撃など、対応できるのはワールドチャンピオン級の実力者のみである。
「勇ましいのはいいですけど。無茶はしないでください、二人とも」
タブラ・スマラグディナが錬金術で二人の治療を試みる。
「とりあえず錬成調合してみた抗生物質を投与してみました。けれど、次に攻撃をうけたら」
「おしまいってか?」
「くそ、笑えねえ!」
「……………………」
モモンガは沈黙して考えにふける。
このまま仲間を危険にさらすことと、今回の作戦を天秤にかける。
煉獄たち柱たちを分断した意図──ユグドラシルプレイヤーであるモモンガたちを残置した理由──炭治郎の目的は、
「自分たちを悪鬼に変えて支配下におこうとしている?」
つい口を突いて出た言葉を、モモンガは慌てて飲み込んだ。
だとすると、なんとかして柱たちと合流せねば。
当初の作戦だと、九人の柱──竈門炭治郎と戦闘可能な彼らのサポートをしつつ、ワールドエネミー・鬼舞辻無惨の掃討に手を貸すというのが、作戦の大前提だ。
だが、転移阻害装備効果を貫通するほどの強力な〈転移〉で、柱たち九人は行方不明。
大幅な計画の見直しが求められていると、モモンガは肌で感じた。
(最悪の想定、九人の柱を一人ひとり潰されでもしたら)
今回の奇襲作戦は失敗に終わる。
だが、氷河城に乗り込んだ今をおいて、ベストなタイミングなんて存在するのだろうか。
「おっと──」
「どうかしまし」
たかという前に、モモンガは周囲を見渡す。
無限の悪鬼の群れが、モモンガ一行とアースガルズ・ワールドチャンピオンを取り囲んでいた。
「ようやく、ちょうどいい戦場になってきたな」
「え……剣帝、さん?」
モモンガが問うよりも先に、彼は
「これで“
モモンガは不安げにたずねた。
「いけますか?」
「ここに来る前に、軽く“ウォーミングアップ”してきたからな。打ち合ってるうちに、こいつの効果が上がることを祈ろう」
「もういいですか、作戦時間は?」
そう促してくる炭治郎は五本の竜尾の刃を下段に構えて、アースガルズ・チャンピオンの出方を見る。
「おたくらはヴァフスルーズニルをどうにかしておいてくれ。さすがに、あれを気にしながらだと集中して打ちこめない」
「わ、わかりました」
チャンピオンに言われるまま、モモンガたちはヴァフスルーズニルへと照準を定める。
「今だ!」
剣帝の声と共に、全員が動き出した。
悠然とそれに対処しようとした炭治郎の前に、“世界意志”の樹剣を構えた剣士が立ちふさがる。
転移の魔法などではなく、
(いやいやいや、速すぎだろ!)
モモンガは記憶にあるたっち・みーと比較してみたが、彼の方がより速度の面で押している気がする。あれも
「──ッ」
剣帝は無言で悪鬼を討ちとりつつ、炭治郎の竜尾五本を一挙に相手取る。
徐々に所有者のステータスを増幅させていく“世界意志”の樹剣に、炭治郎の竜尾一本が、折れて砕けた。
「いける!」
そう確信したモモンガ。
やはり、上の上に位置しているプレイヤーは格が違うことをまざまざと思い知らされつつ、ヴァフスルーズニルの攻撃魔法を、剣帝の方へもっていかせない。
さらに、三重強化した〈心臓掌握〉が、確実に黒髪白衣の魔法詠唱者の心臓を捕らえスタンしていく。
『っ、っ、……邪魔を』
「よし、今だ、タブラさん!」
「〈
ゲームの仕様上、あまり遠くまでとばせえない敵──第一階層の“氷の螺旋階段”くらいだろう──に敵を分断したモモンガたちは快哉をあげる。
「こっちはなんとか押さえますから、剣帝さんは」
「おう。任せとけ!」
頼もしい声を受けて、モモンガたちは一路“氷の螺旋階段”へと向かった。
ダンスホールには立った二人の剣士二人が相対するのみとなる。
「──なめた真似してくれるじゃないですか?」
「おまえ一人なんぞ、俺一人で充分ってことだ」
事実を告げる樹剣の保持者は、巧みな剣術を披露するが、炭治郎もまたそれに負けない剣技を披露する。
さすがのアースガルズ・チャンピオンも肝が冷えた。
ワールドエネミー攻略は初の仕事ではないが、ここまで厄介な邪魔が入るのは、想定外にもほどがあった。
「おまえ、一体なんだ」
「…………
そこで
「僕は、──違う、
至高の渦にはまる敵。
「
それなのに、竜尾を使った剣戟は衰えることを知らない。
(NPCにしては人間臭い奴だ)という判を押しつつ、剣帝は“
その時だ。
「『そんなことなど関係ない、そうだろう、炭治郎?』」
ノイズのように響く男の声が、炭治郎の口から零れ出ていた。
「な、なんだ?」
「はい、無惨様」
無機的に応対する敵に対し、アースガルズ・チャンピオンは突貫する──が、その横合いから横やりが入った。
「モーズグズか!」
主人の危地を救うべく、アースガルズの裏ヴァルハラから帰還帰投を命ぜられた女騎士が、尋常でない気迫と剣技でアースガルズのワールドチャンピオンを圧倒していく。
剣帝は肝が潰れる思いで迎撃し続ける。まだ途上とはいえ、“世界意志”の力以上の力など限られている。
(この力! 今こいつ自身がワールドチャンピオン級じゃ!)
雑魚相手には無双し増強できる力も、同格同等の相手には分が悪い。
壁際に追い込まれた剣帝は、モーズグズの振るう機械槍の一撃をモロに浴び、窓外の猛吹雪の底に落ちていく。