煉獄杏寿郎と巡るユグドラシル【オバロ×鬼滅】   作:空想病

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第肆話   煉獄杏寿郎、モモンガたちと戦う

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 炎を思わせる剣士──彼のふるう一刀によって、モモンガの異形種としての力を隠匿していた仮面(アイテム)が割れ砕けた。

 

「ッ!」

 

 なんという失態、そう思う間にモモンガは顔面を押え、心の底から憤慨しつつ、慌てず冷静に状況を見据える。

 顔面の装備が破壊されたことで、隠匿していた骨の(かお)が露わとなった。

 相対する金髪に赤の混じる青年は、鬼気迫る声音で怒号を放つ。

 

「さぁ! おまえたちの相手は、俺だ! 街へは一歩たりとも踏み入れさせん!」

「な」

 

 なにを言ってるんだコイツは?

 そう言ってやる気力すら失せるほど、煉獄ナントヤラ……そう自称してくれた剣士から発せられる、圧倒的な威圧感。

 あるいは、殺気。

 猛禽のように切れ上がった双眸は(らん)と輝き、まるで本当に生きているかのような表情を、モモンガたち異形種プレイヤーの三人チームへ差し向けていた。

 ただのPKプレイヤーとは一線を画す雰囲気──本気の本気で、悪意と敵意と殺意を向けられるなど、長いDMMO-RPG歴においてはじめてとなる出来事だ。

 

「くそっ、なんなんだ、いきなり」

 

 抗弁の声を大きくしようかと思う矢先、モモンガは周囲からたちのぼる喧騒を感じる。

 それはまるで気化したガソリンが発火・炎上するように、都市の門前で行われる戦闘への興味と好奇をミズガルズの人間種プレイヤーたちに伝播(でんぱ)させる。

 

「なになに?」

「モメごとか?」

「辻決闘かも?」

「いやPKじゃね?」

「それともPKKかな?」

「いや、待て。膝をついてるあいつの手……頭……頭蓋骨!」

「ちょステータスめっちゃ異形種じゃん! え、なに? なんで誰も気づかなかったわけ?」

「あれ? あの骸骨のプレイヤー、どっかで、見た、気が?」

 

 まずい。

 ざわつく周囲の音が耳を圧迫した。

 人の視線が圧力を持つものだと理解させられる。

 事の次第を遠巻きに眺める連中は、完全に骸骨種の外装をしたプレイヤーへの蔑意と、彼の正体を(あば)いた煉獄という剣士への敬意とで半々という割合だろう。

 モモンガは現実の身体に脂汗をかいた。

 たまらず、護衛役として同行してくれた姉弟……ぶくぶく茶釜とペロロンチーノに謝辞をこぼした。

 

「すいません、二人とも──ドジりました」

 

 申し訳なさそうに項垂れるギルド長に対して、二人は人間種の偽装に笑顔のアイコンを浮かべてくれた。

 

「いいや、モモンガさんのせいじゃないですよ」

「弟の言う通り──てか、なんであいつだけ、見破れたわけ?」

 

 疑問は当然。

 周囲のプレイヤーは誰一人として気づけなかったアイテムの効果を、煉獄という剣士ただ一人だけが見破り、なんの躊躇もなく攻撃を放った。

 偽装も幻術も完璧だった。

 にもかかわらず……何故?

 

「──とにかく、ここは撤収します」

 

 モモンガの判断は的確であり迅速であった。

 アイテムを失い、多くのプレイヤーに正体を露見してしまった以上、街の中へ入ることは難しい。街の中にさえ入ってしまえば安全は保障されるが──それまでにここにいるプレイヤーの半分が、モモンガを狩り取ろうと壁を築くだろう。それは絶対ともいうべき結果。人間の世界(ミズガルズ)にいる異形種は著しく能力を削られる環境下にあり、くわえて、異形種PKポイントが稼げるチャンスを、彼らが逃す手はないのだ。

 姉弟は同時に頷く。

 モモンガは即座に〈転移門(ゲート)〉の魔法を開いた。

 

「逃がさん!」

 

 煉獄が即応する。

 その尋常でない踏み込みの速度は、ペロロンチーノの弓の射撃も虚しく空を搔くだけ。

 さらに驚愕すべき煉獄の力──

 

(ちょ、ウソだろ!?)

 

 ほんの一歩で距離をつめるスピード──三人が転移魔法をくぐる間隙すら与えない超速攻──どころではない。

 

(〈転移門〉を、“斬った”?! なんなんだこいつッ!?)

 

 現れた転移魔法の黒い門が、煉獄の刀の一撃をあび、霧が散るように消滅する。周囲で沸き起こる歓声。彼らの目から見ても、煉獄の示した攻撃性能は驚嘆に値した。

 推測するに、彼の刀には〈魔法解体(マジックディストラクション)〉か何か、敵の魔法を打ち消す効果なりが組み込まれているのだろうか。

 

(どう考えても、こんな序盤のフィールド、ホームタウン周辺にいるべき人材じゃないだろ!)

 

 もっと世界(ワールド)の深部にいるべき存在──少なくともLv.90以上は確定的だ。というか、確実にLv.100か。

 あまりの速度に対応しかねる魔法詠唱者(マジックキャスター)・モモンガ。彼を守るぶくぶく茶釜であったが、彼女が構えていた盾が両断・破砕され、ダークエルフの外装に少なくないダメージを被る。

 

「く!」

「姉ちゃん!」

 

 これは無理からぬ結果ともいえる。

 異形種から人間種に化けた状態の彼女もまた、普段通りの戦闘力を発揮できない。

 

「二人とも逃げろ!」

 

 エルフの青年に化けていたペロロンチーノがアイテムボックスから何かを取り出す。

 そうはさせじと返す刀でペロロンチーノの右腕を的確に薙ぎ払う煉獄。彼が取り出そうとした逃走用アイテムが、炎のエフェクトの中で砕け消えた。

 

「チッ!」

「弟合わせろ!」

 

 ぶくぶく茶釜は煉獄の背筋へと肩から突っ込む。

 女ダークエルフの挙動に、態勢を崩されんとした煉獄であったが、

 

「ちょ! 何、このひと! (カタ)すぎぃ!」

 

 まるで鉄柱にでも激突したように、(ガン)と弾き返されるぶくぶく茶釜。

 そんな姉の言に対し、弟はひとつ苦言を呈する。

 

「姉ちゃん! その台詞(セリフ)は、さすがにちょっっっと問題かなーと!」

「だまれ(〇〇〇〇)!」

 

 本来の戦闘能力が発揮できない苛立ちに声を荒げ、弟への自主規制必至の蔑称と共に中指を突き立てる人気声優。

 

「二人とも! とにかく人目のつかないエリアへ!」

「わかった!」

「了解です!」

 

 モモンガの指示のもと即座に行動する姉弟。

〈転移門〉は斬り捨てられたこの上は、手段はひとつしかない。

 ──戦いながら逃げるのみ。

 

「逃がさんぞ、鬼ども!!」

 

 おに?

 オニとはなんのことだと、煉獄の言に対して、内心首を傾げるモモンガ。

 否。

 今はとにかく、この状況への対応が優先される。

 

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)心臓掌握(グラスプ・ハート)〉!」

 

 第九位階死霊系魔法。これは対象への即死攻撃をもたらし、仮にこれをレジストされても、副次作用として相手を昏倒させる効果をもたらす。

 しかも、それを三重に最強化したものは、死霊系魔法を得意とする死の超越者(オーバーロード)・モモンガの十八番(おはこ)であった。

 

「ッ、くぅ!」

 

 はじめて煉獄の足が止まる。

 

(よし、効くには効くようだ!)

 

 都合三度も心臓を掌握してやったのだ。握りつぶして即死させるまではいかないにしても、心臓の動きを止めるぐらいのことは、できて当然ともいえる。

 

「一時撤退します! 〈全体飛行(マス・フライ)〉!」

 

 骸骨の魔法使いが〈飛行〉の魔法を付与し、人間種に化けた仲間たちを連れて都市に背を向ける。

 ここまで来た苦労は水泡に帰すが、こんなところであんな大人数を前に、自分たちがギルド:アインズ・ウール・ゴウン関係者だと判明されては、厄介の極みだ。

 

(それを危惧して、いつもの装備を置いてきたんだ──あの1500人の大侵攻、その結果を、根に持ってる(やから)に見つかるのは、面倒だからな)

 

 だからこそ、ペロロンチーノもぶくぶく茶釜も、異形種(いつも)の見た目に戻れなかった。骸骨のプレイヤーはそれなりの数がいるだろうが、翼人(バードマン)とピンクの粘体(スライム)を連れた死の超越者(オーバーロード)など、いくらユグドラシル広しといえど、たった一人──悪名高いギルドの長一人しか該当しない。

 

「……すいません、二人とも」

 

 謝り倒すモモンガに対し、姉弟は当然のように笑顔のアイコンを浮かべ首を振ってみせた。

 その背後から、

 

「逃がすものかぁああああああああああああああああ!!」

 

 再び迫る喚声。

 心停止レベルの激痛、それによる昏倒、状態異常(バッドステータス)から、煉獄という男はどういった手段でか即座に復活してくる。

 

「~ッ、しつこい!」

 

 さすがのモモンガも呆れ果てて侮蔑が短くなる。

 しかし、幸いにも追ってくるのは煉獄一人だけ。

 

(自分たちがアインズ・ウール・ゴウン関係者とは気づかれずに済んだか……にしても、変わらずに追ってくるコイツは、いったい?)

 

 森の中を飛行するモモンガ一行を、徹頭徹尾、猟犬もかくやという勢いで追跡する煉獄。

 悪路など知らぬ顔で踏み越え、大地を割るような足音が、その爆走が距離を詰めつつある事実を教えてくれる。

 

「──中位アンデッド作成、死の騎士(デス・ナイト)!」

 

 飛行するモモンガは置き捨てるように、黒く禍々しい鎧と、フランベルジュで武装した騎士を作成。

 壁役としては申し分ない不死者(アンデッド)モンスターだ。モモンガはこれと同じようなモンスターを、一日十二体まで作り出すことができる。

 

「行け!」

 

 けたたましい雄叫びをあげて、プレイヤーの指示に従う死の騎士(デス・ナイト)

 複雑な戦闘行動は不可能な召喚NPCだが、主人たちを敵認識(ターゲティング)している相手に突撃するぐらいの単純な動作機能は持ち合わせている。

 そして、煉獄のレベルならば、その決着は一太刀で済むことも、予測済み。

 

「やっぱりだめか」

 

 一合(いちごう)も交わすことなく、死の騎士は煉獄の炎を(まと)う一刀に焼き滅ぼされる。あのアンデッドは、どんな攻撃でも体力(HP)1まで耐久出来る壁役としての性能があるが、何かしらの連続攻撃でダメージヒットを与え続ければ、耐えられる道理がない。なので、煉獄に──あの炎のエフェクトを生じさせる刀で、瞬殺できても不思議ではなかった。

 しかし、時間稼ぎとしては有効な働きを示した。

 モモンガは友人を振り返る。

 

「ペロロンチーノさん。周囲で見張っているプレイヤーは?」

「うーん──たぶん、大丈夫ですね、モモンガさん」

 

 モモンガの魔法で飛行しつつ、セオリー通りに狙撃手としての“目”を働かせるペロロンチーノは、これといったプレイヤーの存在を確認できない。

 加えて、モモンガがアイテムボックスから取り出し発動したマジックアイテムでも、情報系魔法による監視の類は認められない。

 

「んじゃあ、私らの偽装を()いても、問題なし?」

「おそらく。ただ、少しだけ、個人的に戦闘よりもやってみたいことがあります──」

 

 やってみたいこと?

 姉弟は首を傾げつつ、モモンガの提案に乗ることにした。

 

「それじゃあ、やってみますね」

 

 まるで悪戯を思いついた子どものように含み笑いつつ、モモンガは〈全体飛行〉を解除し、追撃者のいる方へ向き直った。

 

「む?」

 

 追ってくる煉獄も、湧き起こる警戒心から足を止める。

 

「────ひとつ、話をする気はないか、煉獄(れんごく)……あー?」

「────煉獄杏寿郎(きょうじゅろう)だ」

 

 骨の面貌(めんぼう)に火の瞳をくゆらせる異形をまじまじと見据えつつ、煉獄は油断なく刀を構える。

 

「そう、杏寿郎さん! ひとつ提案したいことがあ」

「断る」

「早! 判断、早ッ!」

 

 モモンガの軽い語調が意外だったかのように眉を(ひそ)めつつ、煉獄は一歩、また一歩と間合いを詰めていく。

 

「ここに来る前に、同じような調子で“すばらしい提案”などをしてきた(おに)がいてな。

 個人的に、そういう提案は受け入れられない、そういう提案をする鬼のことは、嫌いだと思っている」

「へ……へぇ。そうなんですか、煉獄さん」

 

 煉獄の正直な言葉にとりあえず頷くモモンガ。

 後ろで固唾(かたず)をのんで見守る仲間たちに手を振って動かないよう抑えつつ、モモンガは煉獄に話を合わせる。

 

「ええと、煉獄さん。オニというと、やっぱり、あの鬼ですか? 頭に角が一本か二本はえてる」

「鬼は鬼だ」

 

 少々食い気味ではあったが、「よしよし」と思う。

 モモンガは内心冷や汗を流しつつ、煉獄が会話してくれる事実をポジティブに考える。

 

「鬼はすべて滅ぼす。貴様たち鬼は、人々に害悪と災禍をもたらす。人を喰う鬼は許されない。喰われた命は戻らない。俺は炎柱(えんばしら)煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)。貴様ら悪しき鬼を、一人残らず滅するのみ!」

 

 な、なるほど、そういう設定かと分析しつつ、モモンガは決断する。

 

「俺、ああいや、自分は鬼ではありません! 自分は骸骨(スケルトン)種族の死の超越者(オーバーロード)! ペロロンチーノさんは翼人(バードマン)ですし、茶釜さんは粘体(スライム)です! 鬼なんかじゃありません! ちゃんと見てください! ほら!」

 

 モモンガが振り向くと、二人は自分たちの本来のアバターに戻った。

 金髪エルフの青年が、全身に羽毛を(まと)う鳥と人の中間のような異形へ。

 桃髪の女ダークエルフが、ピンク色のテカテカとした肉塊じみた異形へと。

 

「ね! どこをどうみても鬼なんかじゃな」

「たわけたことを抜かすな!!」

 

 煉獄の一歩が、大地を震撼させた。

 肉体の挙動のみで〈地震(アースクェイク)〉の魔法と同じ事象が現れるとは、いったいどういうエフェクトツールのなせる(わざ)なのやら。

 炎を纏うがごとき剣士は、大音声(だいおんじょう)でまくしたてる。

 

「鬼の形に定型などない! その肉体性能も! 血鬼術(けっきじゅつ)も! すべてが異質かつ異様なものだ! 影のごとき空間を操る鬼や、音色で人の神経を惑わせる鬼もいる! 中には列車そのものへと化けるものまでいる始末だ! 貴様らの言うことなど、信用するに値しない!」

 

「やっべえ~、地雷踏んだかな~」とモモンガは慌てかける自分を落ち着かせ、尚も説得を試みる。

 営業サラリーマンの最終奥義よろしく、その場に膝をついて土下座までしてみる。

 

「ほ、本当です! 信じてください!」

 

 さすがの煉獄も、そこまでして抗弁する鬼と出くわしたことがなかったのか、大いに鼻白(はなじら)む。くわえて、この世界(ユグドラシル)において、ここまで煉獄と戦闘をこなせるもの・説得までもっていけたプレイヤーは、ミズガルズのエリア特性上絶無であった。

 それでも、モモンガの骨の(かんばせ)を、人間のそれとは隔絶しきったそれを見るにつけ、食って掛からずにはいられない。

 

「……貴様らが鬼でないと、どうやって証明する?!」

「しょ、証明?」

「貴様らは、人を喰わないと、そう断言できるか!?」

 

 断言できる──と言いかけて、モモンガは自分たちのギルド拠点・ナザリック地下大墳墓にある諸々を思いだす。

 ペロロンチーノが造り出した吸血鬼(シャルティア)は、人の生き血を啜るモンスターだし、ぶくぶく茶釜の粘体(スライム)種も、場合によっては人を食す設定。

 しかし、それは“ゲーム”の話、だから気にしないでくれ──なんて言っても、「煉獄杏寿郎」という存在は、絶対に許容してはくれないだろう。

 

「どうなんだ!?  竈門(かまど)少年の妹のように!! 人を喰わないと言えるのか?!」

「い、言えます!!」

「本当か!?」

 

 ほんの少しばかり喜色(きしょく)を面に浮かべる煉獄。

 

「す、少なくとも、自分は! 人を食べたことなんて、ありません!」

「おお!!」

 

 快哉をあげかける煉獄。

 嘘ではない。

 モモンガは誓って嘘を言ってない。

 少なくとも、物理的に食べた記憶は全くない。

 PKKの時とか、ギルド防衛の時とか、やむにやまれぬところで人間種のプレイヤーを()ったりもしているが、誓って、食べては、いない。

 しかし、煉獄は執拗(しつよう)に問いただす。

 

「噓ではあるまいな!?」

「嘘じゃないですッ!!」

「本当に本当かっ!?」

「本当に本当です!!」

 

 二人の声を大にした寸劇(やりとり)を見つつ、姉弟は声をひそめて言葉を交わす。

 

「これ────助けなくて大丈夫かな、モモンガさん?」

「かなり“濃い”ひとだわ~。マジモンかよ、って感じ?」

 

 そちらには目もくれず、煉獄はモモンガに最後の確認を行う。

 

「……では、これから俺がいうことを復唱して言ってみろ。そうすれば、おまえは俺の知る鬼とは無関係だと見做(みな)そう!」

「は、はい」

 

 とりあえず頷くしかないモモンガ。

 煉獄は、まっすぐな視線と姿勢で、死の超越者(オーバーロード)たる骨の異形に言ってのける。

 

 

 

 

「──『鬼舞辻無惨を(たお)せ』」

 

 

 

 

 煉獄が復唱を命じたものは、ひとりの怨敵の名前。

 

 

「言ってみろ」

「き、きぶつ? え? なに?」

「『鬼舞辻無惨』だ」

「き……きぶつ、じ、む、ざ、ん?」

「────『鬼舞辻無惨を斃せ』」

「き、『きぶつじ、むざん、を、たおせ』──?」

 

 ナニソレと言わんばかりに首を傾げるモモンガ。

 対して、

 

「………………………………………………」

 

 深い沈黙を保つ煉獄。

 そんな彼の様子を見つめながら、剣士は刀を納め、その両手をモモンガの肩に伸ばす。

 

「もう一度」

「き、器物、寺、夢、斬、を斃せ?」

「もう一度だ」

「きぶつじ、むざ──あの、すいませんどういう漢字です、これ? それとも外国語? ドイツ語じゃなさそうですよね?」

 

 その名の意味を、本当に理解できていない骨の異形の様子に、煉獄は満面の笑みをもって応えた。

 

「そうか!

 おまえは鬼舞辻の鬼ではないのだな!

 はははは! そうかそうか! それはすまないことをした! なるほどそういうことだったのか! そこの二人も!」

 

 言ってみせてくれと告げられ、翼人と粘体の姉弟も、鬼の始祖にして禁忌の存在を口にし、それを(たお)すことを言の葉にしてみせる。

 ──『鬼舞辻無惨を斃せ』

 そのようなことを口にできる鬼は、少なくとも煉獄の知る鬼には不可能なことだ。

 さらに、あれだけの戦闘力を持ちながら、目に“十二鬼月”の証もないため、確定と言ってよいだろう。

 煉獄はモモンガの両肩を持ち上げるようにして、彼を立ち上がらせる。驚くべき腕力だが、驚いたり戸惑ったりで、モモンガはなんとも言えない。

 まるですべてを燃やし尽くす燎原(りょうげん)大火(たいか)のごとき苛烈な雰囲気は鳴りを潜め、まさに太陽の光のごとく明るく闊達(かったつ)な笑顔のまぶしい青年は、好意的に言葉を交わす。

 

「いや、これですっきりした! ありがとう! そうだ! 時に、君の名前は何だろうか、()いてもよいか?」

「え……あ、モ、モモンガです」

 

 普通に名乗ってしまったモモンガ。

 

「なるほど! そうか! あの空を飛ぶ獣の名か! 珍しいが実に良い名だ! いやはや、今度からは気を付けるとしよう! ありがとう、摸模具和(ももんが)殿!」

 

 呵々大笑(かかたいしょう)しつつ、大いに手を握って友好を深める煉獄とモモンガ。

 

「どうだろう、君たち! 竈門(かまど)少年の妹のように、鬼殺隊に入る気はないか? それだけ不思議な力があれば、きっと鬼殺の任務もこなせるだろう! 柱たる俺から推薦する!」

「え、えと、それって、ギルドのお誘いですか?」

「ぎるど!? うん、違うぞ! 鬼殺隊への勧誘だ!」

「き、きさつ、たい? えーと、どういう設、て、いや、どういう隊のことです? それ?」

「知らんのか! まぁこちらの国にはない様子だから致し方ないか! 鬼殺隊というのは!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから小一時間、モモンガたちは煉獄の身の上話を聞くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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