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「ファルコン! ふんばれ!」
「タカナシさんの方こそッ!」
「チーウー、
「攻撃魔法一発分だけ」
「……そうか」
“元”クラン:鬼殺隊に所属していたガスマスク姿の傭兵タカナシは、元の仲間たちと共に、ミズガルズの防衛に尽力していた。
ツークフォーゲルの人形群やパワードスーツ、鍛冶師グルーの姿も見える。
が、無限の悪鬼の物量に、ホームタウンへの敵の侵攻を許しかけた時。
「あ……な、なんだ?」
無限の悪鬼たちが一斉に、まるで凍り付いたかのごとく、行軍を停止。
次の瞬間には、ボロ炭となって消え失せていた。
「……夢、じゃ、ないよな?」
彼は呟きながら、焼け野原と化したミズガルズの大地を眺める。
世界樹の木陰が微風に揺らめき、ボロ炭と化した者たちの戦塵をいずこかへと運んでいった。
数瞬おくれた後、大歓声が、各ワールドを包み込んだ。
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ヘルヘイム。氷河城の“氷の神殿”にて。
「…………や」
「……やった、のか」
「どうやら、そうらしい」
モモンガとカラスの問いかけに、アースガルズ・ワールドチャンピオンが断定の声を紡ぐ。
「……たったこれだけの人数と脱落者で討伐できるとはな」
「そこは、柱の皆さんのおかげ、というところですかな?」
二人のワールドチャンピオンが意見を交換し合いながら、九人の柱たちを見ていた。特殊クラス【Demon Slayer】──彼らの超人的なステータスは、一時的ながらワールドチャンピオン級を軽く上回っていた。
無惨討伐を確認したのと同時に、運営の案内ガイダンスが流れ始める。
《ワールドエネミー・鬼舞辻無惨の討伐、成功! おめでとうございます!》
何の公式情報も寄こさない割に、こういったイベント後には素知らぬ顔で運営はガイダンスを垂れ流すのだからタチが悪い。
《報酬として、
空間に現れたのは、明滅する光の
「ここで代表者って言っても」
「やっぱり。ここは、煉獄さん達の誰かに」
「ああ」
「異議なし」
「
モモンガとカラス、ワールドチャンピオン二人が提案する間もなく、煉獄は申し出を固辞した。
「実は、もう一歩も動けそうにない……すまないが、カラスくん。頼めるか?」
「わ、わかりました!」
そういって、カラスは首を傾げた。いくらワールドエネミー戦の死闘の後とはいえ、体を動かすことぐらいはできてもよさそうなもの。実際、ワールドチャンピオン二人も、モモンガやカラスの仲間たちも動く分には支障がない。釈然としないながらも、黒髪の武士姿の青年は、クラン:鬼殺隊の長として、光の環の中に。
そうして、光の中に包まれたカラスが、手を差し伸べると、目を開けていられないほどの光量で輝きが増した。
「! こ、これって?」
はじめてのことで戸惑うカラスは、自分の差し伸べた両手の先にあるものを、正確に洞察する。
「……青い、……彼岸花?」
カラスたちは知らなかった。
それは、鬼舞辻無惨が求めてやまなかったもの。
それを、彼の亡き後にプレイヤーの手に授受するとは、いかにも運営らしい皮肉と言えた。
「煉獄さん── ?」
カラスは振り返って柱たちを見た。
「煉獄さん?」
誰一人として、その場から動こうとしない……極度の疲労で刀を放り棄て、膝をつくか倒れ伏すかの二者択一の中、煉獄は刀を杖になんとか踏ん張っている。
「どう、やら、……我々の任務は──達成された』
そう言っているうちに、異常な事象が起こった。
煉獄たち柱の姿が、光の粒子に還元されたように
『最初から、こうなる予感はしていた』
水柱・冨岡義勇が安堵の吐息を吐いて、蟲柱・胡蝶しのぶと共に消え去った。
蛇柱・伊黒小芭内も、恋柱・甘露寺蜜璃と手を繋いで、光の粒と化していく。
岩柱・悲鳴嶼行冥が礼を述べつつ消え去っていき、風柱・音柱・霞柱も後に続いた。
あの鬼の炭治郎が、煉獄を「
煉獄は告げる。
『我々は鬼殺の柱だ。鬼舞辻無惨が斃された以上、この世界に留まる意味はない』
「な、なにを、何を言ってるんですか、煉獄さん!」
『オーディン殿からも、話は伺っていたしな』
モモンガとカラスは思い出した。
(──「俺が聞きたいのは、戦いの終わった『後』のこと、自分たちはどうなる?!」)
あれは、そういう意味で聴いていたのかと納得を得る二人。
聞いた当初は、そういうロールプレイの一環かと思ったが、煉獄はどこまでも本気だったのだ。
オーディンは、こう答えていた。
(『この世界から消えてなくなるだろう』)
と。
「そんな、そんなこと!」
事実を受け入れ切れないカラスに対し、モモンガは理解と得心をえていた。
煉獄杏寿郎は、よくいる「なりきり」のプレイヤーでは、なかった。
──ワールドチャンピオン級の力量。
──ユグドラシルに対する無知っぷり。
──彼ら彼女らの、その言行の、すべて。
九人の柱は、運営によって創りだされた存在であったか、あるいは……
(いや、まさかな)
頭に湧いた可能性に失笑してしまうモモンガ。
彼が亡霊……ゲーム内の種族ではなく、本物の
──本当に、本物の煉獄杏寿郎である──などと夢想した自分を恥じるように忍び笑う。
煉獄はすでに体の半分以上──下半身のすべてが光の粒子と化していた。
彼は一人ひとりに礼を告げるような瞳を差し向けてくれる。
『モモンガ殿』
「煉獄さん、今まで、ありがとうございました」
『茶釜殿と、ぺロロン殿にも、くれぐれもよろしくお伝えしておいてほしい』
「わかりました、煉獄さん……お疲れ様でした」
うんと頷く炎柱。
『ワールドチャンピオンの御二人』
「いや、俺らは何というか」「それよりも、“お仲間の方”を優先してください」
こういう場にふさわしい言葉を持たぬ剣帝と、几帳面に応答する死霊王。
『カラス殿、シマエナガ殿、オオルリ殿……?』
煉獄は気づいた。
『シラトリ殿はどちらに?』
「え──あれ、シラトリさん? いつの間に」
仲間たちもようやくシラトリが消滅していた事実に気づく。
『名残惜しいな。シラトリ殿には、此度の戦いで大変世話になったというのに』
「……俺らが代わりに言っときますよ、お礼」
『うむ。世話になったカラス殿』
「いえ、こちらの方こそ、俺、はじめてこんなに楽しいこと──っ」
「カーくん……」
「カラスくん……」
泣いてはいけない。
号泣するほどの精神作用は、ゲームの仕様上の安全措置──ニューロン・ナノ・インターフェースの機能によって、自動でログアウト処理が施されてしまうから。
「煉獄さんのおかげで! 俺! 本当に楽しかったです!」
『そうか!』
炎柱は満面の笑みを浮かべて頷く。
消えかけの掌でカラスの肩を叩く煉獄。
その質感を確かめるように、決して忘れまいと心に刻むように、カラスは握り返す。
『どうか、鬼のいない世界を、生き抜いてくれ』
「はい…………必ず…………」
半泣きになりかけるのを、カラスは必死でこらえた。
煉獄は己の巡り合わせに、感嘆せずにはいられない。
『ははは! よもやよもやだ! 柱として、鬼舞辻無惨と戦い、これを滅することができた! まったく! 良き人生だった!』
煉獄は決して涙を流すことなく、終始笑顔のまま消えていく。
『それでは皆──達者でな──』
煉獄の腕の感触が途絶え、カラスは面を上げた。
もうそこには、あの金髪の偉丈夫の姿はどこにもない。
まるで夢のような体験であったが、カラスの左手には、
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九人の柱たちが去った後も、ユグドラシルは続いていく。
プレイヤーたちは変わることなく、日々ゲーム世界を愉しみ、娯楽に
いつかは終わる時が来る。
どんなに貴重な宝物でも。
手放す時は、きっと来る。
柱たちのことは忘れ去られる。
無限の悪鬼の脅威も、
竈門炭治郎の襲撃も、
鬼舞辻無惨の存在も、
すべてがユグドラシルの陰の歴史に、電脳世界の
だが、
それでも、
彼らが生きてきた事実だけは消せはしない。
青い彼岸花のように、
どこかで小さく芽吹く奇跡のように、
誰かと共に駆け抜けた記憶は、その心のうちに残り続けるだろう。
そのことだけはどうか、忘れないでいてほしい。
ここで本来は完結なのですが、もうちょっとだけ続きます。
次回の【後日談】で、完結──
本日18:30更新予定。
お楽しみに!