ルフラン及びガレリアの地下迷宮と魔女ノ旅団と魔女と2体の百騎兵   作:TAMZET

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舞台役者は揃った。
さあ、開演の時間だ。


明日は巣立ちの日。
揺り籠からの巣立ち。


第二章 第四話『旅の始まり』

 今日は、色々あった。

 お父さんが帰ってきて、学校に行って、お父さんが死刑になりかけて、王国の変な人に襲われて、学校に忍び込んで……ユリィカに本当の気持ちを伝えた。

 子供のように愚図って、泣いて、それで助けを求めた。ユリィカは、一つ返事でそれに答えてくれた。

 考えてみれば、なんと密度の高い1日だろう。

 

 そして今ワタシは、ユリィカに案内され、とある場所へと向かっている。

 ユリィカには全てを話した。お父さんが死刑になってしまう事、免罪符でそれを回避できる事。ゴズは金貨250枚で売ってくれる事。

 そして貯金は、現在金貨172枚あるという事。

 

 ユリィカはだいぶ悩んでいたが、やがてワタシの手を掴んで歩き出した。なにやら、『秘策がある』らしいのだが。

 そんなこんなで連れてこられたのは、ワタシにとって馴染み深い場所だった。

 

 ポルカ「ここって、ガレリア棟?」

 ユリィカ「その通り!! いつからあるのかすら定かじゃない、幻の旧校舎」

 

 昼間、ゴズと取引をした、例の旧校舎である。新校舎よりも巨大な、煉瓦造りの円形の建物だ。

 建物の周りには、何やら子供の落書きのような模様が描かれている。昼間は気がつかなかっなが、魔法のせいなのだろうか、これは夜になると光って見える。

 夜のガレリア棟は、新校舎の無機質な怖さとは違う、何やら生々しい怖さがある。

 まるで、建物自体が生きているような怖さ。

 昔父に聞いた事がある。このガレリア棟は人を食ってしまうと。今ならそれを信じられる気がする。

 ユリィカはガレリア棟の正面に構える大扉に手をかけ、軽く押した。重そうな扉はまるで意思を持っているかのように、埃を巻き上げ開いてゆく。

 

 ポルカ「幽霊屋敷かよ。怖すぎでしょ」

 ユリィカ「そうだよね〜。ワタシも最初は怖かったよ」

 ポルカ「なんでアンタは平気だし。こういうの苦手そうなイメージあるけど」

 ユリィカ「何度も通ってたら、慣れちゃった。それに、怖い事ばっかりじゃないんだよ。ここにはもう一つの顔があるの!」

 ポルカ「もう一つの顔? それってもしかして、怪盗が出るとかいう奴と関係ある?」

 

 ユリィカは、なにそれとばかりに首をかしげた。コイツは単純だから、嘘をつくとすぐに表情に出る。今回はその兆候は見られない。本当に分からない時の仕草である。

 

 ユリィカ「カイトウ? え、それって冷蔵庫に入れてるご飯を……温めるやつ?」

 

 彼女が言っているのは、多分電子レンジの事だ。その間の抜けた回答に、ワタシは思わず笑ってしまった。

 

 ポルカ「そこは私達似てるね」

 ユリィカ「似てる?」

 ポルカ「いや、こっちの話。けど、ユリの反応見る限り、多分関係ないなこりゃ」

 

 そこでまた、ワタシは自分の台詞の違和感に気がついた。朝の魔女発言と同じ、自分の意識の外から出てきた言葉があったからさ。

 

 ポルカ「ユリ、ユリかぁ」

 ユリィカ「どうしたの?」

 ポルカ「いや、中等生になってから、こうやって友達みたいに呼ぶの、初めてなんだけどさ。どうしても、初めてじゃないように思っちゃうっていうか」

 ユリィカ「それは、多分。初めてじゃ、ないからだよ」

 ポルカ「それ、どういう事?」

 

 灯に照らされたユリィカは、いつもの惚けた可愛らしい表情をしている。そのはずだ。けれど、どうしてだろう。今目の前にいるのはワタシの知るユリィカではない。そう感じてしまうのだ。

 ユリィカは胸に手を当て、語り出す。

 

 ユリィカ「どこか別の世界でも、私達はきっと、友達だったんだよ。数多世界で紡がれた縁が、私達をまた友達にしてくれた」

 ポルカ「ユリ? ごめん、何言ってるか分かんないんだけど……」

 

 ワタシの理解を放って、ユリは続ける。

 優しく、諭すような口調で。

 

 ユリィカ「今は、分からなくてもいい。これだけは言わせて。私は、ナチを信じてるって」

 

 そう言って、ユリは満面の笑みを浮かべた。そこに現れた感情は、ワタシが見て察せない程深くて、多様で。コイツにこんな表情が出せるものかと、ワタシは驚いた。

 だが直後、その表情はまたあのとぼけた少女のものに戻った。不思議そうに目を瞬かせ、ユリは辺りをキョロキョロと見回す。

 

 ユリィカ「あれ?私、何か言ってた?」

 ポルカ「うん。なんかに取り憑かれたみたいだった。すごい、難しい事言ってた」

 ユリィカ「ええ!? 怖い事言わないでよ〜!!」

 

 ユリはいつものように、大袈裟に戯けてみせる。いつもの彼女が戻ってきた事に、ワタシは若干の安堵を覚えていた。

 安堵すれば、気持ちに余裕が生まれる。

 少し不安になった分、意地悪してやりたくなった。

 ワタシは頬を歪め、わざと声を低くしてやる。

 

 ポルカ「もしかして、ガレリア先生の幽霊でも取り憑いてたのかも?」

 ユリィカ「やめてってばぁ〜トイレ行けなくなっちゃう!」

 

 ユリは両腕を自分の二の腕に回し、震えている。眉が思いっきりハの字に曲がっている。こういうリアクションをするから、コイツを揶揄うのはやめられない。

 

 ポルカ「あ、そこに誰かいる!!」

 ユリィカ「きゃああっ!! ナ、ナチ」

 

 ユリはワタシに抱きついてきた。

 ワタシはそれをひらりと躱し、また「あっ」と声を上げてみせる。

 

 ユリィカ「ほら、そこにも!!」

 ポルカ「やめてってば〜!」

 

 もう限界なのか、ユリの目には涙が浮かんでいた。けれど、ここで辞めるのはもったいない。ワタシはさらに声を整え、ガレリア棟の中に灯る灯りを指さした。

 

 ポルカ「あっ、あそこに!」

 謎の声「そこに誰かいるのですか?」

 ユリィカ「ほらもうやめてって……」

 

 聞こえてきたのは、低い男の声だった。

 ワタシ達以外に誰かがいる。

 全身が総毛立った。

 背筋を冷たいものが走り抜ける。

 ワタシは瞬時にユリの身体を掴むと、ガレリア棟の方へと向けた。

 

 ユリィカ「ナチ。さりげなく私の事盾にしようとしてない?」

 ポルカ「してる」

 

 ワタシは(ユリ)を構えつつ、声のした方に目をやる。声はガレリア棟から聞こえてきた。ならば、ここから離れればいいのだ。

 

 謎の声「誰か、いるのですね」

 

 声は再びこちらへと聞こえてきた。

 その言葉に、ワタシは僅かに安堵する。

 向こうがこう聞いてくるという事は、声の主もワタシを見つけていないという事だ。

 ならば、一瞬で逃げて仕舞えば問題ないという事である。ワタシはユリから手を離すと、震える足に力を込めた。

 だが、ユリは違ったようだ。

 

 ユリィカ「い、いません!!」

 謎の声「そこにいるのですか?」

 ポルカ「バカ!! ユリ!!」

 

 ワタシはユリの頭に手刀を振り下ろした。ユリが「ぎゃっ」と悲鳴をあげる。

 もう場所はバレてしまった。ならば、逃げるしかない。ユリの手を引き、駆け出そうとした所で、ガレリア棟から声の主が姿を現した。

 意外にも、その人物はワタシの知る人物であった。

 

 ポルカ「ビスマン先生!?」

 

 薄い灯りを手にワタシ達の前に現れたのは、このアステリア教育学校の校長、ビスマン先生だった。

 先生と思えない立派な貴族の装束に身を包み、腰には細身のサーベルが下がっている。何時代の人かと思うが、本当にそんな感じなのだから仕方がない。

 彼の正式な名前は、アステリア伯ビスマン・ド・フロー・ゼットさん、ユリのお父さんの上司に当たる人物だ。

 ビスマン先生は生気のこもっていない瞳でこちらを見やった。

 

 ビスマン「お久しぶりです、ナチルさん。あと、私を呼ぶ時は、敬称をつけるか校長先生と呼ぶように」

 ポルカ「は、はい」

 

 生気のない顔だ。目元にはくっきりとクマが刻まれている。抑揚のない声は、まるで本物の幽霊のようだ。

 ワタシは頷きかけ……ふと、何かがおかしい事に気がついた。ワタシは免罪符を盗みに、ユリはワタシを探しにきたからここにいるのは分かる。

 でも……

 

 ポルカ「何でビスマン先生がいるんですか? それも、使われてない旧校舎に」

 ビスマン「ユリィカさんから聞いていませんか? ユリィカさんがあなたをここに連れてきたという事は、その時が来たという事でしょう」

 

 ビスマンさんは顎に手を当て、ユリの方をジトッと睨んでいる。ユリは「あわわ」と頭を抱えている。

 訳がわからなかったので、ワタシはとりあえず本当の事を言う事にした。

 

 ポルカ「何も聞いていないです。本当に何も」

 ビスマン「ユリィカ様、説明はしっかりとしていただかなければ困りますよ」

 ユリィカ「ごめんなさい。えへへ……」

 

 ビスマン先生はため息をつくと、ユリの頭の上に手を持ってきた。

 叩くのか!? 

 びっくりしたが、ビスマン先生は特段暴力を振るうことはせず、拳骨の先でユリの頭をちょいとさする程度だった。

 

 ポルカ「あ、叩かないんだ。アレ?」

 ビスマン「当然です。体罰は教育上良くありませんから」

 

 ともかく、ユリが傷付かなくて良かった。ワタシは安堵するが、同時に何か違和感のようなものを覚えていた。

 本来ならここは叩く場面だと、根拠のない思考が頭の中に浮かんでいるのだ。

 思えば、今日はこの手の違和感を覚える事が本当に多い。ユリの変なセリフといい、ワタシの周りで何が起きているのだろうか。

 

 分からない。

 

 


 

 ワタシはビスマン先生とユリに案内され、ガレリア棟を進んでいた。この建物は外見通り円柱造り(ロトンド)になっており、中央の大講堂を中心に幾つもの教室が円柱の外側に配置されている。

 

 ワタシが連れてこられたのは、中央の大講堂だった。重い扉を押し上げるや、ユリィカは両手をいっぱいに広げて中に駆け込んだ。

 

 ユリィカ「じゃじゃーん! ここが大講堂でーす!」

 ポルカ「いや、来た事あるから。分かってるって」

 

 このアステリア教育学校が抱える生徒を集めるには広すぎる程の大きさの坑道。

 中央には、何やら多いがかけられた巨大な何かが鎮座している。

 忍び込むたびにアレの取ってやろうと頑張ったが、その度に誰かしらの先生に見つかって大目玉を食らったものだ。

 

 ポルカ「で、ここに何があるんですか?」

 ビスマン「あなたの求めるものですよ。ポルカさん」

 

 ビスマン先生は抑揚の無い口調でそう答えた。

 

 ガシャン

 

 スイッチが入る時の特有の音と共に、大講堂の照明がついた。闇に慣れた目に、光の矢が突き刺さる。ワタシは目を覆い、ゆっくりと光に目を慣れさせた。

 目を開けた時、ワタシはそこに広がっている光景に息を呑んだ。

 

 ポルカ「あ……ぁ……」

 

 そこには、宝の山があった…………

 一眼で見て分かる、持ち主の思念が宿った品々の数々。ワタシが迷宮で探していたような品が、そこにはこれでもかと言うほど積まれていた。

 

 ポルカ「これは……?」

 ビスマン「ポルカ様の求める奇品です」

 

 ビスマン先生は淡々と答える。

 キヒン? ワタシがこれを欲しがっている? どういう事なのだろう。

 たしかに、ワタシはゴズから免罪符をもらうためにお金が欲しい。そのためには迷宮で取れた品物が必要だ。だが、それとビスマン先生の宝物がなんの関係があるのだろう。

 とりあえず、一から質問してみよう。

 

 ポルカ「キヒンって、なんですか?」

 ビスマン「持ち主の強い情念が込められた並々ならぬ品を指します。あなたがゴズに渡していた品は、作り手の並々ならぬ情念を持つ……私が蒐集するに足る品だったのですよ」

 

 ビスマンさんは不気味に笑った。喜んでいるのではない、愉しんでいると言う事がよく分かる笑顔。幼稚園児が見れば、確実に「ワルモノの顔だ」と言うだろう。

 ビスマン先生の説明だと、作り手の情念が篭っている品を奇品と言うらしい。

 とはいえ、ビスマン先生の説明ではそれしか分からない。ワタシは事情を知っていそうなユリをチラリと仰ぎ見た。

 ユリはワタシの視線に気が付いたのか、コクリと頷き、解説を始めた。

 

 ユリィカ「えーっと、ビスマン先生は、奇品のコレクターさんなの。沢山の奇品を集めて、ここに飾りたいんだって。私は、その奇品集めのお手伝いさん。このガレリア学園に広がるすっごい広い迷宮を、こうりょ、こう……」

 ポルカ「攻略?」

 ユリィカ「そう、攻略してるの。えへへ、すごいでしょ!!」

 

 ユリは無邪気に笑っている。

 ユリの説明も大概だったが、事情は大体わかった。

 このガレリア棟には、多分何かしらの迷宮がある。そして、この奇品(?)とやらは、その迷宮から回収してきたものである。

 おそらくこの品々は、ワタシがゴズに渡してきた物と同じ種類のものなのだろう。だから、ビスマンさんはこの品を「ワタシが欲しい物」だと言ったのだ。

 何故ビスマンさんがワタシとゴズの取引の事を知っているのかは気になるが、この際それは一度置いておく。

 とはいえ、まだ謎は多い。

 一つ一つ明らかにしていこう。

 

 ポルカ「迷宮って、どこにあるんですか?」

 ビスマン「それなら……」

 

 ビスマンさんはツカツカと大講堂の真ん中にある布掛けの元へと歩み寄ると、バサッとそれを引き払った。

 中から現れたのは、一台の衣装箪笥だった。

 巨人の服でも飾るかのような、凄まじく巨大な箪笥である。形は我が家にある物とそっくりだが、大きさがダンチだ。

 それを見た瞬間、ワタシは凄まじい既視感に襲われた。頭の中に浮かんだのは、ユリと喋っている光景。ユリの格好は、制服姿ではない。もっと昔の、それこそ何百年も昔の格好だ。

 

 ビスマン「迷宮は、このワードローブの先に。ポルカさん、これはあなたもご存知なのでは?」

 

 ワタシはおずおずと首を縦に振った。

 先程までのよくわからない感覚とは違う。確信を持って言える。ワタシはこの衣装箪笥を絶対に見た事があると。

 頭の中に浮かんだイメージの正体は分からない。だが、ワタシの中には凄まじいレベルの好奇心が湧き上がってくるのを感じていた。

 この衣装箪笥の中に、ワタシの求める全ての答えがある。そう感じていた。

 ワタシは衣装箪笥の戸に手をかける……すると、ビスマン先生が凄い勢いで手を伸ばしてきた。

 

 ビスマン「中に入ることはお勧めしません」

 ポルカ「な、なんで?」

 ビスマン「中には、凶暴な魔獣が数多徘徊しているのです。備えもなしで入れば、10分と持たずにお陀仏でしょう」

 

 魔獣、その言葉に寒気を感じる。

 この時代、魔獣など森の中にいる絶滅危惧種くらいの印象だ。会えば怖いが、会う事はない。だが、そんなものが徘徊しているとしたら……

 ワタシはすっと扉から手を離した。

 

 ビスマン「懸命な判断です」

 

 しかし、一つ疑問が湧いてくる。

 

 ポルカ「魔獣がいるって言うけど、この中ってさ、どうやって探索してんの?」

 

 魔獣がいるなら、先生はどうやって中身を探索しているのだろう。この村には軍隊はおろか、腕利きの人物は父しかいない。

 そんな中で、魔獣が徘徊する迷宮の探索なんてできるものだろうか。

 ワタシの疑問に手を挙げたのは、まさかのユリィカだった。

 

 ポルカ「え、アンタがやってるの?」

 ユリィカ「うん! ワタシが迷宮探索隊のリーダーなんだよ!」

 

 えっへん、とまな板をそり返らせるユリィカ。

 ワタシは呆れてしまった。

 その身体でどうやって魔獣と戦うのだろう。小学生でももっとマシな嘘をつくぞ。

 

 ポルカ「……悪いけどワタシの方が強い自信あるよ」

 ユリィカ「あぅ……それは、ワタシナチみたいに重くないから勝てないかもだけど」

 ポルカ「は? 今なんて?」

 ユリィカ「でも、ワタシにはこの子達がいるから!」

 

 ユリはワタシの追求を華麗に無視し、とあるものをワタシの前に差し出してきた。

 手のひらに収まるレベルの人形。手には、強そうな武器を持っている。

 それは女性型の人形であったが、ワタシが今腰に下げているマルク人形とどこか似ていた。人形の中から、情念のようなものを感じるのだ。

 ワタシの頭の中で、一つの仮説が浮かんだ。

 

 ポルカ「ユリ、これもしかして……人形兵?」

 ユリィカ「正解! すぐ分かっちゃうなんて、やっぱりナチはすごいなぁ!」

 ポルカ「い、いや……それほどでも……あるけど」

 

 しかし、と言う事は、やはりそう言う事なのだろうか。

 

 ポルカ「もしかしてユリも人形作れるの?」

 ユリィカ「うんっ! 実はそうなんだ!」

 

 ユリは元気に頷いた。

 それでワタシは確信した。

 人形に魂を込め、人のように動かす力。今まではワタシだけの力だと思っていた。だが、この力……は、ワタシだけが使える力ではなかったのだ。

 ユリは次々と人形を持ってくる。ゴシックコッペリア、アステルクロウ……どれも、よく手入れされた一級品だ。

 

 ビスマン「ユリィカさんは優秀な人形使いです。蒐集した奇品は既に30を超え、その内には特殊な能力を持つ奇品も存在します。例えばこの仮面……【ポルテの鉄仮面】といいますが」

 

 ビスマンさんは奇品の山の中から一つ奇品を選びこちらへ持ってきた。

 嘴の形をした、ペストマスクのような兜であった。見た目に違わずずっしりと重い。

 ワタシは思わず息を止めてしまった。その奇品から感じる情念は、ワタシがこれまで探してきた奇品とは比べ物にならない程重く、凄まじいものだったからだ。

 近いものは、カンパニュラでマルクが拾ってきた槍や、アストルムの歯車などだろうか。

 

 ポルカ「これ、結構えげつないですね。込められてる情念がすごすぎる……」

 ビスマン「この奇品は装着した者の魔力を制限する。言わば、魔女や魔獣を閉じ込めておくための拷問器具です。作者の念と使用者の念が入り混じった、特異な奇品、言うなれば特異性奇品と言えるでしょう」

 ポルカ「うわ……」

 

 ワタシは二の句が継げなかった。

 負の念が込められた特異性奇品、今まで自分が扱ってきた品物の危険性を、やっと認識したのだ。

 そう考えると、ビスマン先生の集めているコレクションが、急に恐ろしいものに思えた。

 動けないでいるワタシの手から、ビスマン先生は特異性奇品をゆっくりと取り上げた。

 瞬間、金縛りが解けたように、身体が動くようになった。コレが奇品の魔力だろうか。

 

 ビスマン「本来奇品とはこういったものです。生身の人間が触るには危険すぎる品。それ故、探索や実験にはユリィカ様の人形兵を使用しているという訳です」

 

 これで、全ての謎が解けた。

 ビスマン先生もユリも、奇品を集めていたのだ。探索する迷宮は違えど、ワタシ達は同じ事をしていたのだ。

 そう考えると、なんだか安心する反面、腹が立ってくる。

 

 ポルカ「ふぅん。ワタシと同じような事してたんだ。てか、さっきの口ぶりだと、ビスマン先生は知ってたんだよね。多分、ユリも」

 ビスマン「ええ。ゴズから聞かされていましたから」

 ユリィカ「ナチはすごいねってみんなで話してたんだよ。私はビスマン先生に探検道具もお金も揃えてもらえるけど、ナチは全部1人で作ってたんでしょ?」

 ポルカ「うん。まぁ……そうだけど。でも、そんなに大した事してないよ。人形兵を作って、傷ついたら修理して、時々お守りとか作って」

 ビスマン「ゴズに人形兵をせがまれた事があったでしょう?」

 

 そういえば、そんな事もあった。

 数ヶ月前、いきなり言われたのだ。人形兵には魂を込めてある。丹精込めて作った人形をゴズに渡すのは死ぬほど嫌だったが、結局ワタシはゴズの暴力に屈してしまった。

 

 ポルカ「はい。適当なの作って渡しましたけど」

 

 ビスマン先生は衣装箪笥付近に置かれた箱から人形を一つ掴むと、ワタシに見せた。

 それは紛れもなく、ワタシがゴズに渡したマギアコンシェリの人形兵だった。

 傷こそあるものの、何度も修理した形跡がある。大切に扱われていたようだ。

 

 ビスマン「この人形も、ユリィカさんの人形作りのサンプルになっていたのですよ。非常に素晴らしい出来でした」

 ポルカ「いやいや……それほどでも」

 ユリィカ「あ、ナチ照れてる!」

 ポルカ「うるさいし!」

 

 ワタシはユリの頭を小突き、ビスマン先生と向かい合った。この人はワタシの知らない話をいくつも知っている。

 父を助ける手立ても、手に入るかもしれないのだ。ビスマンさんは姿勢を正し、また口を開いた。

 

 ビスマン「ゴズ・フェルマー。彼の持つ考古学の知識を買い教職員として雇い入れましたが……元はごろつきだったのでしょうね。数日前から彼とは連絡が取れていません。酔って公王の馬車を横切ったらしく、それを止めようとした傭兵と共に指名手配されました。今や彼は王都から追われる身。恐らく、雲隠れしたのでしょう」

 

 やっぱり、と心の中でつぶやく。

 父が寄って公王様の馬車を横切るなんてあり得ないのだ。どちらにせよ処刑の決定は変わっていないが、ゴズの嘘に少しでも心を動かされてしまった自分が恥ずかしい。

 

 ビスマン「問題は、彼の持ち逃げした奇品の数々です。その中には、私のコレクションに加わるはずだったものもありました。あなたも、二束三文で奇品を買い叩かれたでしょう?」

 

 ワタシはコクリと頷く。

 流石ゴズ、清々しい程のクズである。

 

 ポルカ「これと似たようなヤツはいくつか見たことあります。全部、ゴズに渡しちゃいましたけど」

 ビスマン「おそらくいくつかは闇市の彼方でしょう。取り戻すのは至難の業です」

 ポルカ「そう、だったんですね」

 

 ビスマン先生は憎々しげに奇品の山を見つめている。思えば、今日初めてこの人が感情を露わにしているのを見た気がする。コレクターである彼に取って、コレクションを盗まれるのは堪え難いことなのだろう。気持ちはわかる。ワタシも、隠していたエロ小説をマルクに捨てられたりすると凄い嫌だ。

 ふと、気になった事がある。

 先程ビスマン先生はゴズがワタシから二束三文で奇品を買い叩いたと言っていた。

 

 ポルカ「ちなみに、私が送った奇品って、一つくらいどれくらいの値段で売れるんですか?」

 

 ビスマン先生は指を一本立てた。

 金貨10枚という事だろうかと予想していたが、ビスマン先生の答えはワタシの予想の遥か上絵を言っていた。

 

 ビスマン「ゴズが回してきた品であれば、一つにつき、少ないものでも銀貨100万枚」

 ポルカ「百ま!? って事は、金貨に換算すると」

 ビスマン「ええ、千枚は下らないはずですよ。ポルカさんが集めていたとは知りませんでしたが」

 

 そう考えると、急に怒りが込み上げてきた。

 ワタシはこれまで、宝の山をタダ同然でゴズに貢いでいたのである。それで、成果が悪いと蹴られ、殴られた、吐かされ……

 本当なら、免罪符を買えるだけの金だってとっくに貯まっているはずなのに。

 怒りを堪えきれず、ワタシは拳をぎゅっと握りしめた。

 

 ビスマン「事情を聞いた限り、ゴズに金を渡してもあなたの願いは叶わないでしょう」

 ポルカ「なんで? 免罪符があれば、どんな罪もなかった事にできるんじゃ……」

 

 ビスマン先生はやれやれと肩をすくめた。

 どういう事なのだろう。ゴズの話に嘘があったという事なのだろうか。

 ユリも、真剣な面持ちだ。自分の事でもないのにこんな顔ができるのは、本当に凄いと思う。コイツのこういう所が大好きだ。コイツが友達で本当に良かった。

 

 ビスマン「紙切れ一枚で罪が綺麗に浄化される。そんな都合のいいモノがあれば、この世は犯罪者だらけになりますよ。あなたの父親が不敬罪で処罰されるなら、我々にそれを止める手立てはありません」

 ユリィカ「そうなんですか!?」

 ポルカ「そんな……」

 

 絶望が心に突き刺さり、ワタシは思わず崩れ落ちそうになった。免罪符は唯一の希望だったのだ。それが無くなれば……

 だが、ユリは違った。

 

 ユリィカ「ビスマン先生!! 私に、出来る事ありませんか? ナチのためなら、私なんでもします!!」

 ポルカ「……私も、なんでもします。お願いします。だから……力を貸してください」

 ビスマン「私にお願いされても、不可能なものは不可能です」

 ユリィカ「お願いしますっ! ナチは、友達なんです! どうしても助けたいんです!」

 

 ユリの剣幕に圧されたのか、ビスマン先生は一つ咳払いをし、顎に手を当てた。

 真面目に考えてくれるようだ。

 

 ビスマン「しかし、処刑を止めるなど、それこそ革命でも起こらない限りは……」

 

 そこでビスマン先生は声を止めた。

 

 ポルカ「作戦があるんですか?」

 ビスマン「いえ、しかし……あまりにも荒唐無稽ですが、いや、これは……だが……我が主の願いもまた……」

 

 何かに気がついたように、奇品の山を見つめ、首を振る。それを何度も繰り返した。

 やがてビスマン先生は顔を上げた。その額には脂汗が浮かび、目が泳いでいる。

 ワタシ達が見守る中で、ビスマン先生はゆっくりと口を開いた。

 

 ビスマン「一つだけ、あるのですよ。ポルカ様のお父上をお救いし得る方法が」

 

 その重々しい口調に、ワタシもユリも声が出せない。

 まるで、悪魔との契約を結ぼうとしているような、そんなおどろおどろしさがある。

 ビスマン先生は続ける。

 

 ビスマン「それは、悪魔の手。この世界に存在する全ての魂と、あなたのお父上の魂を天秤にかけ、お父上を選ぶ行為。壮大かつ苛烈な、罪の旅路となるでしょう」

 ポルカ「どんな、作戦なんですか?」

 ビスマン「革命を起こすのですよ、王都に」

 

 ビスマン先生の言った事は、数分前のワタシなら妄言と片付けていただろう。1人を助けるために、エルマ公国を崩壊させ、そこに住む全員を戦火に巻き込む。

 どんなバカでもわかる、間違った選択肢。

 だが、ワタシはそれでも一歩を踏み出した。その作戦の続きが聞きたかった。だって、ワタシは……お父さんを助けたいから。

 

 ポルカ「革命って、この国に不満を抱いてる人がそんなにいるんですか?」

 ビスマン「はい。公王の圧政により、城下を始めとする複数の都市では革命団なる組織が暗躍しています。その数、千を超える魔女軍団とも、万を超える人形兵団とも噂されます」

 

 眉唾ものだが、本当なら凄い話だ。

 だが、仮にそれ程の軍隊がいたとしても、公王を倒すには足りないだろう。

 歴史の教科書には、エルマ公国は300万を超える人形兵団を抱えている。革命団が何万人いようと、勝負にならない。

 そこでワタシは一つ思い至った。

 埋まらない戦力差をどうすれば埋められるか。1対100では勝ち目はない。けれど、その1人が1000人分の力を持っていれば? 

 例えばそう、奇品の力とかを。

 

 ポルカ「もしかして、その革命団に奇品を渡すんですか? それで、公王を倒すみたいな」

 ビスマン「察しがいいですね。その通りです。彼等に奇品を渡し、公王を倒すのです。そうすれば、処刑自体がなくなるでしょう」

 

 自分で思いついたはずのアイデアなのに、ワタシは震えが止まらなかった。ユリもビスマン先生も同じようだ。当然である、この作戦で相手にするのは、公国そのものなのだ。

 ビスマン先生は続ける。

 

 ビスマン「これは、悪魔の道です。それでもなお、貴女はお父上をお救いする道を……選ばれますか?」

 

 ワタシは迷わず頷いた。

 背を襲う寒気は止まらない。だが、ここで行動しなければお父さんを助けられない事くらいワタシにも分かる。

 ユリがそっとワタシの手を握ってくれる。勇気が、あったかい手を伝って心臓に流れ込んでくる。暑すぎるくらいの勇気が。

 今こそ、殻に籠った自分を捨てる時だ。

 

 ビスマン「いいでしょう。全ての奇品の収集は、我が家の悲願。それが成されるとなれば、私は協力を惜しみません」

 ポルカ「いいんですか!!」

 ビスマン「ただし、条件があります」

 

 ビスマン先生は一本指を立てた。

 

 ビスマン「貴女方に課す条件、それはこの迷宮の完全攻略です。それが成されるまで、例え奇品が出ようが、お父様が生還しようが、世界が崩壊しようが、鬼が出ようが神が出ようが、迷宮探索は続行していただきます」

 

 ビスマンさんの目は、尋常ではなかった。冗談など一欠片も言っていない、心の底から提示した条件であった。

 もし目の前に公王がいたら、この人は迷わず斬り殺すだろう。凄まじい執念を宿した暗い瞳。それを、ワタシは真っ向から見据えた。

 

 ビスマン「よろしいですか?」

 ポルカ「分かりました。その依頼、引き受けます」

 ビスマン「果てしない長旅になるかもしれませんよ。あなた達も、二度と戻ってくる事はできないかもしれない。それでも、よろしいですね」

 ポルカ「はい」

 

 ワタシの覚悟は固かった。

 ビスマン先生はふっと息を吐くと、衣装箪笥の戸に手をかけた。

 

 ビスマン「承りました。では、ご案内いたしましょう。我が学園の地下に広がる、雄大にして無尽蔵の地下迷宮」

 

 ぎぃと、音を立てて扉が開く。

 そこには、子供が落書きで書いたような拙い小宇宙が広がっていた。青のクレヨンで塗られた空の中で、星の一つ一つが引き込まれるような輝きを放っている。

 その奥には、無限の空間が広がっていた。

 

 ビスマン「ようこそ、ガレリアの地下迷宮へ」

 

 こうして、ワタシ……ポルカ・コルベールの冒険が始まった。それは、これから始まる豪快な魔女達と、不思議な魔法生物との冒険への第一歩であった。




次のルフラン編は少ししてからの投稿とさせて下さい。
地の文以前に台詞が書き上がってないのです。
へるぷ。

次のお話は次の3つのうちどれがいいですか。

  • 【ルフラン編】 復活のドロニア様
  • 【魔女百編】 思い出のルッキーニィ
  • 【魔女百2編】 帰ってきた妹ラマン
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