ルフラン及びガレリアの地下迷宮と魔女ノ旅団と魔女と2体の百騎兵 作:TAMZET
この世界だけはやらせない。
レキテーちゃんが守ったこの世界だけは。
⌘
ネルドちゃんもヌッタもいる。
今は二人を信じよう。
第一章 第一話『57頁』
君には想像すらできないだろう。
流れる星々すらを律し、命の灯を高らかに輝かす存在を。
エルマ公国。
おお、エルマ公国。
ついに創り出されたのだ。何者か、または何かに。
数多世界の統合者、生命の冒涜者。
お前には見えないのか? こんなにも、空が歪んでいるのに。
ここは玉座の間。
玉座には王が座る。
王の前には一人の魔女、そしてそれと向かい合う剣士……ネルドの姿があった。
ここで退けば、もうここには戻れない。
退路は既に絶った。
ネルドはレイピアを抜いた。
細身の銀の刀身が、鞘から現れる。無骨だが、どこか気品を感じさせる一品だ。その鋒が、かつての宿敵に向けられる。
腰まで伸びる黒髪をうねらせ、長身をしゃんと伸ばした黒い服の女。
美しさの中に危険度を隠し持った女だ。身の丈ほどもある錫杖を手に、女はにやりと頬を歪める。その笑みの何と怖い事だろう。
だが、ネルドは引かない。逆に前へと一歩を踏み出した。
ネルド「ドロニア……杖を下ろせ。君に公王はやらせない」
黒服の女「お前では無理だ。私には勝てない」
ドロニアと呼ばれた魔女……その姿が蜃気楼のように揺らいだ。瞬間、ネルドの剣を衝撃が揺らす。殴られたのだ、さながら雷の直撃の如き一撃に。
轟音と衝撃が、玉座の間を揺らす。
ネルドの足元では大理石が砕け、巨大なクレーターを形成していた。
ネルド「くッ……!?」
その一撃が杖による殴打だという事はネルドも見抜いていた。事実、着弾の瞬間に重心をずらす事により、衝撃の分散に成功していた。
だが、重い。
眼前の魔女の放つ一撃はそれでもなお異様な程に重い。
魔女は杖を横に薙ぐ。ネルドは敢えて距離を詰め、杖の根本で攻撃を受けた。直撃すれば即死は必死。なればこそ、衝撃の弱い根元で敢えて攻撃を受け、ダメージを減らす。
精一杯の抵抗であった。
防戦一方、そんな彼をつまらなそうに見下ろすと、魔女は身を捻った。
鋭く突き出されたつま先が、ネルドの腹に抉りこむ。命中箇所は急所でこそない、だが、重鈍な一撃である。彼はその場で膝をついた。
ドロニア「その程度の力でワタシを倒せるとでも思っているのか? ルカを守れるのか!?」
ネルド「うる……さいっ!!」
身を奮い立たせ、ネルドは立ち上がる。
ダメージに全身が震えている。口元からは、一筋の鮮血が垂れていた。
受けたダメージの影響か、顔色は青い。だが、その紅の瞳に宿る闘志の光は消えていない。
剣の柄握り直し、ネルドは再び地を蹴った。
ネルド「はぁッッッ!!」
地面スレスレの低い姿勢でネルドは剣を振るう。
力強い一撃だ。
錫杖でそれを受け止めたドロニアが、僅かに後退する。腰のバネを使い、返す刀でネルドは斬り上げを放った。斬撃は彼女の頬を切り裂き、柔肉から血を溢れさせた。
だが、そこまでだった。
青い稲光が轟いたかと思うと、ドロニアの周囲に滞留していたマナが、一斉に雷へと変化した。雷は龍の如く形を成したかと思うと、凄まじい速度でネルドへと迫った。
人智を超えた超速の一撃……躱せない!
雷は彼の身体を貫き、膝をつかせた。
立ち上がれない彼を見下ろし、ドロニアは不敵に笑う。
ドロニア「ふん。所詮はその程度か。そこで見ていろ。私が……を殺すところを」
ドロニアはネルドに背を向け、跳躍した。
彼女の錫杖の先には、玉座……そこに鎮座する、仮面をつけた魔女の姿がある。ネルドの表情が焦燥に歪んだ。
ネルド「やめろッ!!」
歯を食いしばり、立ち上がる。
ここで彼女を死なせるわけにはいかない。
威志が彼の身体を立ち上がらせたのだ。
少女の声「ダメです!! ネルドちゃん!!」
背後から幼い少女の声が響く。
だが、ネルドは止まらない。剣を構え、跳躍する。フクロウの翼が、彼に尋常ならざる飛翔能力を与えた。
ドロニアはネルドに背を向けている。錫杖の先には雷撃が滞留している。いつ放たれてもおかしくない。
ネルド「ドロニア! 亡霊は暗黒に帰れ!」
剣の鋒は空気の壁を貫き……ドロニアの背へと達した。背の柔肉を突き抜け、その豊満な胸部から鉄の刀身が姿を表す。
錫杖に蓄えられた雷電が霧散する。
空気の抜けるような音と共に、二人は落下した。
ドロニアは口から血を流し、笑っていた。
ドロニア「やるじゃないか……ネルド…………お前が、ルカを……」
そう言い残し、彼女は目を閉じた。
玉座の間に、静寂が戻った。
そこには、一体の木彫りの人形が転がっているだけであった。
ネルドは宿敵の目をすっと閉じさせ、振り返った。そこには、今にも泣きそうな少女が立っていた。手には顔のついた本を持っている。
少女は怒りに震える双眸でネルドを睨みつけている。
ネルド「ルカさん……」
地鳴りが、足元から上ってくる。
立っていられないほどの怒号が。
瞬間、玉座の間が崩れ落ちた。
ネルド「ルカさんッ!!」
布団を跳ね上げ、ネルドは跳ね起きた。
動悸を抑え、辺りを伺う。
ベッドの端を照らす日の灯りが視界に映った事で、ようやく彼は今までの出来事が夢の産物であった事を認識した。
額についた汗を拭い、のそりとベッドから起き上がる。もう彼の呼吸は乱れていない。夢であれば、何も悩む事はないからだ。
彼は手早く着替えを済ませると、近くにあった灰のコートを着用した。
ルフラン市で起きた騒乱からはや1年。戦いが終わってからしばらく、ネルドは同じような悪夢に苛まれていた。
悪夢の終結は、決まって宿敵たる【夕闇の魔女】ドロニアの死で決着する。
戦場の高揚感や不安が見せる幻覚のようなものだと彼は考えていた。事実、時が経つにつれ悪夢の頻度は日に日に減っていった。
この数ヶ月、悪夢に襲われた事はない。
だからこそ、彼には僅かばかりの動揺があった。
ネルド「僕はまだ、アイツを許していないのか」
だが、もう戦いは終わった。
腰に下げた剣の手入れを忘れてしまうくらいに、平和な日々が続いている。この悪夢を忘れられる日が来るのも、時間の問題だろう。
部屋の戸を開けると、夏の風が彼の髪を撫でつけた。風は部屋へとなだれ込み、一枚の小さな紙を彼の手元へと運ぶ。
紙には拙い文字で文章が記されていた。
『朝ごはん置いておきます。早く食べないと冷めちゃいますよ ルカより』
部屋を見やる……机の上で、小麦色のスープが湯気を立てていた。
美味しそうな香りが鼻腔をくすぐる。
彼は頬を綻ばせた。
ネルド「これは……朝食。もうこんな時間か」
スプーンをスープに差し込むと、固い感触があった。相変わらず、芋であった。
スープを食べ終え、一階へと降りると、そこには彼が支える少女……ルカの姿があった。黄色を基調としたディアンドルを身につけた、可愛らしい金髪の少女である。
小さな身体で、彼女はトテトテとネルドの方へ駆けてくると、ペコリと可愛らしい仕草で頭を下げた。
ルカ「おはようございます! ネルドちゃん!」
ネルド「おはようございます。ごめんなさい、朝食の支度手伝えなくて」
ネルドはバツが悪そうに頭を掻く。
ルカは少し首を傾げ、思い出したようにムーッと頬を膨らませた。
ルカ「そうです! ネルドちゃんはおねぼうさんです。おねぼうさんはメッですよ。メッ!」
ネルド「ごめんなさい! いつもならもっと早く起きてるんですが、悪い夢を見てしまって」
悪い夢……その単語に、ルカは表情を変化させた。
眉をハの字に曲げ、心配そうにネルドの顔を覗き込む。
くりくりとした深青の瞳で、じーっと……
ルカ「悪い夢、ですか? どんな夢ですか?」
ネルド「それは……」
ネルドは口籠もった。
夢の内容を正直に話しても良いものか、迷ったのである。
正直、ルカに隠し事をしたくはない。
彼女は鋭い感覚を持つ少女である。とかく人の嘘には敏感だ。
だが、夢の中でネルドが何度も殺した魔女……ドロニアは、ルカにとっては恩人にも等しい存在だ。
そんな彼女を殺す夢を見たなど話したら、ルカはどう思うだろうか。
熟慮の末、ネルドは夢の内容を隠す事にした。
ネルド「いや、ルカさんが心配するような事では無いです。どうせ夢の話ですから」
ルカ「そうですか? ……ネルドちゃんは溜め込んじゃう所があるので、ルカは心配です。この前も、お腹が空いているのに我慢して、劇の途中で倒れちゃって」
ネルド「アレは……ごめんなさい。今はいつも懐にチョコを忍ばせているので、大丈夫です」
ネルドが笑ってみせると、ルカはまた頬を膨らませた。
ルカ「そういう事を言っているんじゃありません! ルカは、ネルドちゃんに……」
ネルド「分かりました。もしまた同じ夢を見る事があったら、その時は相談させて下さい」
ルカは何か言おうと口をパクパクさせていたが、やがて諦めたように短く息を吐いた。
代わりにその深い青の瞳で、ネルドを真っ直ぐに見つめた。
ルカ「……約束です。ルカとの約束です!」
ネルド「はい。破ったら、針千本の刑ですね」
ネルドの冗談に、ルカもようやく破顔した。
ワカメのようにうねる金髪を揺らし、コロコロと元気に笑う少女。
こんな少女が、一年前にこの世界を救った英雄なのである。あの事件後、ルフラン市は影も形も無く消滅した。
だから、彼女の活躍を知る者は今やネルドを含め数人しかいない。
あの日を境に、彼女はどこか変わった。
何かを我慢するかのような、影のある表情を浮かべるようになった。
以前もそのような表情は垣間見える事があった。だが、最近の彼女のそれは、どこか昔のそれとは違っていた。
ネルド「髪、伸びましたね」
ルカ「はい! めざせドロニア様です!」
ルカは肩まで伸びる金髪をくるくると指に絡め、自慢げに胸を逸らせてみせる。
彼女の発言の中に出てきたとある単語に、ネルドは目を曇らせた。
ネルド「ドロニア……」
彼にとってドロニアは、妹の仇である。
ルカが彼女を師匠と呼び慕っていた手前、彼女を悪く言う事はできない。だが、ネルドは彼女の事を完全に許してはいなかった。
彼にとってドロニアは、バーバ・ヤーガの手先であり、冷酷な殺戮人形なのだ。
ネルド「ルカさん。あの日ルフラン市の地下で……ドロニアと何を話したんですか?」
この質問は、通算で5回目になる。
ネルド自身、この質問に答えを返してもらえるとは考えていなかった。ドロニアがルカの中で特別である理由に少しでも近づければいい、そう考えていた。
案の定、ルカはネルドから視線を逸らし、口を閉じてしまった。
ネルドは黙って、彼女の返答を待った。
沈黙の末……
やがて、ルカは笑みを作り、口を開いた。
ルカ「……えへへ! それは、秘密です! ネルドちゃんにも秘密の、大事な大事な秘密です!」
ネルド「……わかりました。また話せる時が来たら、教えてください」
ルカは「えへへ」と笑うと、馬車小屋の玄関の方へと歩いてゆく。ネルドから逃げるように。その歩みに、ネルドは一抹の寂しさを覚えていた。
ルカ「ドロニア様は、カカ様のお墓の蓋を閉めに行ったんです。あれで、良かったんです」
ルカが扉を開けると、夏の朝日が差し込んできた。朝露混じりの、湿った風が肌を撫ぜる。外では、何やらトンカンと金属を打ち合わせる音が聞こえてくる。
マリエッタ「ルカ様〜? テントの準備がもうすぐ終わりますわ〜!」
ルカ「はい〜! 今行きまーす!」
外から飛んできたマリエッタの声に、ルカは元気に返事をした。
ルカ「今日は学校に行くんだよ〜♪ 久しぶりに学校に行くんだよ〜♪ みんな元気にしてるかな〜♪ ルカの事〜♪ 覚えてるかな〜♪」
鼻歌混じりに光の中へと消えてゆくルカを、ネルドは見送るしかない。薄暗い馬車小屋の中で……ふと、背後に視線を感じ、ネルドは振り返った。
そこには、誰もいなかった。
ネルド「ルカさん……アイツはまだ、あなたの中で生きているんですね」
戦いも終わり、はや一年。
彼等の日常もまた、変わりつつあった。
やった台詞が書けました。
ルフラン編はネルドちゃん寄りの三人称です。
次のお話は次の3つのうちどれがいいですか。
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