ルフラン及びガレリアの地下迷宮と魔女ノ旅団と魔女と2体の百騎兵   作:TAMZET

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狭い世界を存続するためには憧れが必要だ。
憧憬の象徴は、目に見えるものであるべきだ。


公王様よりお赦しが降りた。
世界を独立させ、離宮として止めおく。



第一章 第三話『ポルカの日常2』

 制服の埃をはたき落としながら、ワタシは田園の小道を征く。

 右を見ても左を見ても、見渡す限りの稲葉の緑海。熱を孕んだそよ風が、緑の波を巻き起こす。

 これでも、世界絶景図鑑の巻末に載るような価値ある景色らしいのだが、生まれてからずっとこれだと、気が滅入ってしまう。

 これでも、まだ学校までは距離がある。あと数分はこの景色だ。

 電子端末がかき鳴らす戦前のジャズ【オールドファッションラバーガール】が、イヤホンを伝い鼓膜に流れ込む。あぁ、心のオアシスよ。

 

 我が家からアステリア教育学校までは、バカにならない距離がある。

 具体的には、直線距離で3km程だ。

 たかがそれくらいと思う人は、実際に3kmを計測しながら学校に通ってみてほしい。賭けてもいい、途中で辞めたくなるから。

 運動不足の私にとって、炎天下の3kmは地獄に等しい。いや、春夏秋冬いつでもキツイんだけどさ。

 

 やがて、眼前に二つの道が現れた。

 どちらも、学校へ続く道には変わらない。どちらの道を通るべきか。ワタシは思考を巡らせる。

 

 一つは、麦畑を進む道。

 こちらは、家から学校までの道を遮る森を迂回してゆくルートとなる。こちらはおよそ1時間を要し、四季折々の豊かな田園風景が見える代わりに、ワタシのふくらはぎと(もも)が破壊される。

 安全だが、遠回りとなるルートと言った調子だ。

 

 もう一つは、森を抜けてゆく道だ。

 こちらのルートでは、20分ほどで学校に到着できる。足にも優しく、遅刻もしない。ただ、もちろん良いことばかりではない。

 森には小型の魔獣がウロウロしているのだ。もちろん、出くわしても逃げ切れる範囲のものではあるが、危ない事には変わりない。

 何時代かとか思うかもしれないが、森には未だに中世ごろの生態系が持続しているのだ。何なら、人面鳥が出ると言う噂すらある。

 森ルートは、命を賭けての通学だ。

 だが、ワタシはこっちを選ぶ。スリルがあった方が、人生面白いし。

 

 森の中は、夏でも冷やりと湿っている。

 足元には小川の支流がいくつもあるので、間違えて躓かないように注意しなければならない。

 森に足を踏み入れてしばらくすると、小さな石造りの建物が見えてくる。アレは、マルドールのアトリエ。昔の芸術家が実際に使っていたアトリエらしい。400年近く前からあるらしく、革命前の建築様式を(うかが)い知れる貴重な建造物なのだとか。

 だが、そんな建物も、数年前にとある人物によって礼拝堂に改造されてしまった。その人物は、父の知り合いで……

 

男の声「ポルちゃん、おはよう」

 

 ふと、背後から聞こえてきた低い男の人の声が、ワタシの名前を呼んだ。振り返ると、そこには見知った2人の中年男性がいた。

 まるまるとした体格の男の人は、町役場に勤めている役人のパンプルトンさん。村の人達皆に頼りにされている、凄腕の役人さんだ。

 痩せこけた浮浪者のような風貌の男の人は、ヌッタマッタさん。パンプルトンさんと違い、汚い服装で胡散臭い事ばかり言っているので、村の人からは嫌われている。何なら、少し臭い。

 2人に共通点は無いのだが、何故だろう、よく一緒にいるのを見かける。

 

ポルカ「あ、パンプルトンさん。おはようございます。ヌッタさんも」

 

 ワタシは2人に向けて、ペコリと頭を下げた。

 久しぶりの動作に、腰がグキッと嫌な悲鳴をあげる。

 

パンプル「おはよう。しばらく会わないうちに、随分大人びたねぇ」

ヌッタ「ひ、ひ、久しぶりだなぁ。相変わらず、夢に溢れたいい胸してんなぁ。オイラ嬉しいよ……」

 

 ヌッタさんの目が濁っている。頬の辺りに、若干の紅潮が見られる。まさか、こんな朝っぱらからお酒を飲んでいるのだろうか。

 それに、目線がおかしい。視線の先は……私の胸の辺りだ。このエロオヤジめ。ワタシは手に持った鞄で胸の辺りを隠す。

 

ポルカ「あの、ワタシ、時間ないんで。その、学校行かなきゃいけないから」

パンプル「珍しいね、ポルちゃんが学校なんて」

ポルカ「う……久々にやる気出しただけです」

ヌッタ「が、学校なんてつまんねぇだろ。そんな事よりさぁ。おじさん達と遊んでいかねぇかぁ」

 

 ヌッタさんが近づいて来る。目が真剣なのが怖い。これは、早めに離れた方が良さそうだ。ワタシは眉を顰めつつ、2人に頭を下げる。

 

ポルカ「本当に急ぐんで! それじゃ」

パンプル「まぁヌッタさん、そうがっつかずに」

 

 パンプルトンさんがヌッタさんを止めてくれた。チャンスだ、この隙に逃げてしまおう。棒になりかけた足に力を込め、腰をかがめる。

 

パンプル「そうだ。今度、おじさん達と王都の方に行ってみないかい?」

ポルカ「()()!?」

 

 ワタシはスタートダッシュにブレーキをかけ、勢いよく振り返った。

 王都とはこの世界アルソイルの中心地だ。ワタシだけでなく、この村の人達皆の憧れの地でもある。

 

 王都はこの世界を収める君主……公王エルマが住む巨大な都市らしい。

 パンプルトンさん曰く、王都には天突く銀色の摩天楼が並び立ち、この村では考えられないような奇抜なファッションの人達が闊歩しているとか。学生は皆私服で、お腹を出して歩く女性が多いらしい。本当だろうか。

 さて、ここまでらしいを連発するのは何故か。それは、ワタシが一度も王都に行った事がないこらだ。

 理由は一つ、()()()()

 王都までは車を飛ばしても数ヶ月かかる。専用のポータル術法を使えば一瞬移動できるらしいが、残念ながらこの村には、その魔法の使い方が載っている書物が無い。

 王都に行けば、今持っている迷宮の品々を、高額で換金できる。そうでなくても王都は流行の最先端だ、目を引く品はそれこそ無限にあるだろう。

 このアステリア村では、王都に行った事があるだけで特別扱いである。それくらいに、王都は憧れの的なのだ。

 ワタシはあくまで平静を装い、パンプルトンさんに問い返す。

 

ポルカ「王都、ですか? まぁ、興味ないわけじゃ、ないです、けど。何しに行くんですか」

パンプル「いや、少し前に仕事で行った事があってね。良い雑貨店を見つけたんだよ。ポルちゃん、古物商の知り合いを探してるんだろう? 紹介できるかもしれないよ」

ポルカ「本当ですか!?」

 

 心臓が激しく脈打つのが分かる。

 王都に、古物商。これが本当なら、渡りに船だ。お金があれば、お父さんも仕事をしなくていい。そうすれば、ずっと家にいてくれる。

 これまでの頑張りが、報われる時が来たのだ。

 ワタシの気迫に気圧されたのか、パンプルトンさんは若干視線を逸らし、口元を手で押さえた。

 

パンプル「あ、あぁ。本当だとも。ピンク色の、お城みたいな建物の雑貨店でね……」

 

 ん? 

 ()()()()()()()()()()()? 

 何かが引っかかる。

 ワタシがじっと見つめると、パンプルトンさんはさらに視線を遠くへと送ろうとする。何やら怪しい。

 

パンプル「ねぇ、ヌッタさん?」

ヌッタ「そ、そうだそうだ。ラ○ホテルってヤツだ。そこで俺達が大人の妙技ってやつを、たーっぷりと教えて……」

 

 やっぱりそういう話か。期待したワタシが馬鹿だった。

 ワタシは大きくため息をつくと、即座に踵を返し、腰をかがめた。無駄な時間を過ごした。一刻も早くこの場を離れたい。

 だが、それを阻むように、ヌッタさんが、垢まみれの汚い手をこちらへと伸ばして来る。

 垢だらけの爪先が、制服の端にかかる……だが、その瞬間、聞き覚えのある声が2人の動きを止めた。

 

女性の声「はいア・ウ・ト! そこの破廉恥極まりない中年男性のお二方、ちょ〜〜っと、お待ち下さる?」

ヌッタ「ぎっ!? お、お前、修道院の!?」

 

 振り返ると、2人の後ろには、長身の女性が立っていた。片目に眼帯をした赤髪の修道女……マリエッタさんだ。厚手の修道服の上からでも明らかにわかる、ものすごいスタイルの持ち主である。女の私でも憧れる、バインバインのボインボインだ。

 この人こそ、父の古くからの友人であり、マルドールのアトリエを礼拝堂に改造した張本人である。本来ならヌッタさんやパンプルトンさんの視線は彼女の胸に行きそうなものだが、2人は必死に下を向き、マリエッタさんの胸部から目を逸らそうとしている。

 

 理由は一つ、2人とも彼女が怖いのだ。

 

 異名は、マルドールの天使。または、マルドールの破戒尼僧だ。

 穏やかそうな見た目とは裏腹に、怒った時の気性の荒さは凄まじいものであり、誰もが彼女に逆らう事ができない。この村の裏のボスである。

 現実、今二人を見下ろしている彼女の目は、全く笑っていない。2人はプルプルと身体を震わせている。まるで見えない銃を突きつけられているかのようだ。凍てつく視線に晒されながら、パンプルトンさんは震え声で、彼女に弁解を始めた。

 

 パンプル「破廉恥って、誤解だよマリエッタさん。私はポルちゃんと大人のお店の話をだね」

 マリー「あらあら、いい歳してやらしい目。一体何の誤解なのか、詳しく説明してくださいな?」

 パンプル「そ、それはだね。ポ、ポルちゃんに大人の教育を、だね」

 マリー「あら何かしら私も聞きたいです。この後懺悔室でじーっくりと、お話下さいね」

 

 マリエッタさんの威圧の前に、パンプルトンさんの太り肉の身体ががくりと崩れ落ちた。彼女は満足げに微笑むと、狼を前にした羊のように震えているヌッタマッタさんに、その天使の笑顔を向けた。

 

 マリー「ヌッタマッタさんは……もう情状酌量の余地はありませんね。神に赦しを乞うか、ここで神隠しに遭うか、お選び下さい」

 ヌッタ「ひ、ひいぃ!? ゆ、許してくれぇ!!」

 マリー「謝るなら、私ではなく神にですよ」

 

 マリエッタさんが笑顔で両腕を大きく広げる。もしかして、その巨大な胸で押しつぶすつもりなのだろうか。固唾を飲んで見守っていると、天使の目がふとこちらを向いた。その目の怖い事怖い事。

 理由もないのに、体が硬直してしまう。

 

 マリー「あら、ポルカさん。おはようございます」

 ポルカ「おっ! おはようございますっ!」

 

 ワタシは上官に呼ばれた一兵卒のように、直角に頭を下げた。

 人間は普段どれだけサボっていても、命の危機の前では機敏な動きができるのだと知った。マリエッタさんは天使の笑みを少し和らげ、ワタシの方へと近づいてくる。

 

 マリー「この前お願いしたアレなのですけど、出来上がっているかしら?」

 ポルカ「あ、はいっ! それなら……」

 

 ワタシは急いで、カバンの中から複数体の人形を取り出した。緊急用に持ち歩いている、小型の人形兵である。力を込めると、これが急速に巨大化して戦闘用の人形兵になるのだ。

 とはいえ、ワタシの力がなければこれらはただの良くできた人形である。マリエッタさんの希望を満たすような、子供用の玩具にもなるのだ。

 

 ポルカ「こんなのでいいですか? 見た目はちょっとアレですけど、ちょっとやそっと遊んだくらいじゃ壊れない作りになってますんで」

 マリー「すごいです! 修道院の子達も喜びますわ」

 

 どうやら、人形はお眼鏡には適ったらしい。マリエッタさんから受け取った金貨2枚の報酬を、ワタシはそそくさと制服のポケットにしまいこむ。金貨2枚で、1月分の食事代くらいにはなる。

 マリエッタさんは、ワタシの人形を買ってくれる取引先でもあるのだ。

 

 マリー「それにしても、ポルカ様の作るお人形は不思議ですね。まるで、生きてるみたい」

 ポルカ「ひひ、まぁ、全部手作りですから。丹精込めて作った作品は、作り手の魂が宿るって言いますし」

 マリー「それもそうなのですけど。それだけじゃなくて、なんだか本当に魂が乗り移ったような……」

 ポルカ「まぁ、本当に魂入れてますからね」

 

 ワタシは揶揄うように、ヒヒ、と笑ってみせる。

 ふと、視界の端で何かが動いた気がした。見ると、例の2人がマリエッタさんの目を盗み、コソコソと逃げようとしていた。

 

 ポルカ「あ」

 ヌッタ&パンプル「「シーッ!! シ──ッ!!」」

 

 2人は、ワタシよりも格段に大きな声で、沈黙を促す。

 だが、その行為を見逃すマリエッタさんではない。

 矮小な逃走者は、あっけなく天使の両腕に捕まった。

 マリエッタさんは困ったような顔で彼等の顔を交互に覗き込むと、彼等の首にヘッドロックをかけ、そのまま締め上げた。

 胸と腕に挟まれた2人の、声にならない悲鳴が聞こえてくる。アレでは息ができないだろう……私は彼等に、心底同情した。

 

 マリー「ポルカ様、私はこの2人の懺悔をたくさ〜ん聞かなければ! これで失礼致しますね」

 ポルカ「う、うん。そうして」

 

 天使に連行され、2人の中年男性がとぼとぼと歩き出す。

 

 マリー「さて、今日もたくさん懺悔しましょうね」

 ヌッタ「き、今日は懺悔の日じゃねぇだろ? オイラ、今日は家畜の世話がだなぁ」

 パンプル「私も、これから役場の仕事がだね……」

 マリー「問答無用! 煩悩退散です!」

 

 3人は、礼拝堂の方へと消えていった。

 かなり時間を使ってしまった。これでは、急いで歩かないと遅刻してしまう。私は足早に、森の小道を歩き出した。

 




中々話が進まないように感じられるかもしれませんが、このパートはどう頑張っても削れませんでした。次回から、少しずつ話が動きます。
父しか身寄りがいない、寂しがりやのポルカ。彼女が大きな問題に巻き込まれるのはまだ先です。今はしばらく、この奇妙な日常をお楽しみ下さい。

次のお話は次の3つのうちどれがいいですか。

  • 【ルフラン編】 復活のドロニア様
  • 【魔女百編】 思い出のルッキーニィ
  • 【魔女百2編】 帰ってきた妹ラマン
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