ルフラン及びガレリアの地下迷宮と魔女ノ旅団と魔女と2体の百騎兵 作:TAMZET
揺り籠は整った。
あとは、生まれるのを待つだけだ。
⌘
卵を植え付けてやった。
青虫の幼虫に寄生する蜂の子のように。
森を抜けると、硬い土の道が砂利道に変わる。見上げると、すぐそこにアステリア教育学校の校舎が見えてくる。
レンガ造りの二階建てで、あちこちに蔦が絡まっている年代物だ。
正門口からは、校舎の天辺に備え付けられた大時計があり、登校する学生は歩くか喋るか、走るか諦めるかを選ぶ事ができる。ワタシは、後半のどちらかを選ばされる事が多い。
大時計の針は、8時を指している。引きこもる前と校則が変わっていなければ、ホームルームは8時半のはずだ。まだ大分時間がある。
辺りには、学生の姿がちらほらと見受けられた。この時間に登校してくるのは、優等生のいい子ちゃんか、純粋に学校が好きな変人だけである。
素朴な、田舎者の学生達。彼等の中で一人の者はいない。必ず、誰かと話しながら、あるいは連みながら後者を目指して歩いている。
楽しそうに……楽しそうに……
彼等の作るまばらの列の中にいると、ワタシのようなボッチはどうしても浮いてしまう。それを認識するたび、心がキュッと締め付けられる。
ポルカ「(コイツらに見つかるのは嫌だな)」
ワタシはなるべく道の端に寄り、気配を消して歩く。もし声をかけられでもしたら、揶揄われでもしたら……考えるだけで吐きそうになる。
そもそも、ワタシが学校に行くのは、鞄の中身を換金するためだ。あと、学校に行っている姿を見せてお父さんを安心させてあげるため。学校にいるだけでいいなら、何もコイツらと一緒にいる事はない。早く教室に行って寝ていればいいのだ。ワタシは辺りの様子を伺い、接近距離5mに人がいない事を確認すると、歩調を早め……
生徒「ナ〜チ〜!! おはよっ!!」
すぐ後ろから、聞き覚えのある声がした。落ち着きのない、ワタシと同じ歳くらいの女生徒の声だ。この世で恐らく一番聞き慣れた……そして、今この瞬間では一番聞きたくない声の襲来に、全身の毛が逆立つ。
ポルカ「(これは、まずい!)」
足音から距離を計算し、ワタシは重心を右にずらした。背後からの乱入者は1秒前までワタシがいた位置を突き抜け、顔面から砂利道に思い切り突っ込んだ。
生徒「いだっ!?」
そう叫んだきり動かなくなってしまった女生徒を放って、ワタシは校舎の方へと歩を進める。僅かに後ろを振り返ると、まだ彼女は倒れている。
アステリア制服を着た小柄な女生徒。丁寧に整えられた金髪が、気品を感じさせる。彼女はユリィカ・ド・ソレイユ。この辺りの土地を所有する貴族の娘。ワタシにとってはただのクラスメイトだ。
入学した頃からの腐れ縁で、幼い頃は、家も近くないというのによく遊んでいた。ワタシが学校に行かなくなってからは、交流もなく疎遠になってしまっている。
ポルカ「(もう……コイツと話すわけにはいかない)」
ユリィカは「うぅ」とうめき声を上げながら、よろよろと立ち上がった。幼いながらも端正な……はずの顔が、泥と砂で汚れてしまっている。ユリィカは口をへの字に曲げ、抗議の声を上げた。
ユリィカ「もう、なんで避けるの!?」
ポルカ「……」
ワタシはユリィカの抗議を無視し、歩き続ける。彼女は親鳥の後ろを付き従う雛鳥のように、ピッタリと後ろをついてくる。
ユリィカ「なんか、久しぶりだね。えと、最後にお話ししたのが剣技大会の日だから……3週間前?」
ワタシはフケだらけの髪をガシガシと掻く。
鬱陶しい。
わざと無視してるのが分からないのだろうか。いや、きっとコイツには分からないのだろう。ワタシの気持ちなんて、これっぽっちも。
ユリィカはトテトテと早歩きすると、ボロボロの手帳を私の前に差し出してきた。そこには、体操服姿の私が倒れている写真が挟まれている。
ユリィカ「ほら、やっぱり合ってた! ナチあの時盛大にすっ転んでて……面白かったなぁ〜!」
ポルカ「……」
ワタシはユリィカから手帳を引ったくると森の方に向けてズンズンと歩き出した。疲れきった足が悲鳴を上げるが、そんなの怒りの前ではへのカッパである。当然のように、ユリィカは後をついて来る。
ユリィカ「ご、ごめんってば。無視しないでよ〜!! あ、トイレ? なら一緒に行こう!! 森の中、2人で行けば、怖くない!!」
森に入ってすぐ、ワタシはユリィカの胸ぐらを引っ掴むと、近くの木に押し付けた。
ユリィカ「ぐえっ」
カエルが潰れる時のような声を出し、彼女は両手を上に上げて降参のポーズを取った。どうやら、抵抗の意思はないようだ。ワタシは、彼女を解放してやった。
大きく息を吐き、彼女を睨みつける。ユリィカは何故怒られているのかが分からないのか、まだ「えへへ」と笑っている。それがまた腹立たしくて、ワタシはさらに眉を顰めた。
ポルカ「あのさ、学校では話しかけないでって言ったよね」
ユリィカ「言われた……っけ? それに、ここまだ学校じゃないよ」
ポルカ「通学路も学校みたいなもんでしょ。そんぐらい分かってよ。てか、これ言うの9回目だし」
ユリィカ「そんなに!?」
ポルカ「そんなに」
ユリィカは目を丸くしている。
自分で言っていても冗談みたいな回数だが、本当にその位言っているのだから質が悪い。ワタシが睨みつけると、ユリィカは頭の上のアホ毛をしゅんと萎れさせてしまった。
ユリィカ「えへへ……ごめんね。私、バカだから……でも、そんなに忘れられるなんて、逆にすごいかも。ナチはすごいよね。何回注意したかも覚えてるんだから」
ポルカ「何? 喧嘩売ってる?」
ユリィカがまた降参のポーズを取る。
怒られても抵抗せず、ふざけて笑って受け流す。これがコイツなりの処世術なのだろうか。これをやられると、あまり怒れない。そう考えると、これはかなり効果的な戦術なのかもしれない。
ワタシは彼女に背を向け、歩き出す。
今は、彼女に自分の顔を見られたくなかった。
ポルカ「ま、まぁ、学校で話しかけなければいいだけだから……てかさ、前から思ってたけどそのナチっての、何なの?」
ユリィカ「え? ナチはナチでしょ?」
ポルカ「ワタシの名前はポルカ。ナもチも無いんだけど」
ユリィカ「でも、ナチはナチだよ?」
ポルカ「……ごめん、意味わかんない」
ユリィカは、「えへへ」と笑っている。
そのおちゃらけた調子に、少しだけ笑ってしまいそうになる自分がいる。けれど、それに飲まれてしまいたくない、いじっぱりな自分がいて。
ワタシは、歩調を早めた。
ポルカ「……ワタシ先行く。遅刻してゴズ先生に吊し上げられるのだけは勘弁だし」
ユリィカ「えー!? 一緒に行こうよナチー!」
数秒前の会話の内容が全て飛んでいるのか、はたまた理解していないのか、ユリィカはまたワタシの後ろをついてくる。頭の中に、急速に怒りが戻ってくる。ワタシはキュッと手を握り締め、鼻から息を吸い込んだ。
ポルカ「ついてこないでって言ってるじゃん!」
ユリィカ「ふぇッ!?」
ワタシは、怒気を込めてユリィカを睨みつけた。彼女はサファイア色の瞳を潤ませ、許しを哀願してくる。きっと、今ワタシはひどい顔をしているのだろう。けれど、この胸の中にあるムカつきは、どうにも抑える事ができない。
ポルカ「何度同じ事言えばいいの!? ワタシの話ってそんなにどうでもいいかな!!」
ユリィカ「あぅ……」
ユリィカは両手を胸の前でキュッと結び、下を向いてしまっている。怒られている時はいつもそうだ。態度で哀願すれば、許してくれると思っているのか。甘えるのも、いい加減にしてほしい。
ワタシは、口調も荒く続ける。
ポルカ「アンタは仮にも貴族の御息女。ワタシは退役騎士の娘。身分が違いすぎるの。そのぐらい分かるよね!?」
ユリィカ「で、でも、ナチは友達だよ? 学校でももっとお話ししたいよー」
ポルカ「アンタと私が良くても、アンタの友達のお嬢様連中が許してくれないっての。ただでさえ私は、『引きこもりのポルカ』なんだから。格好の笑いの的でしょ」
ユリィカ「それなら……大丈夫!! 私、友達いないから!! 『バカのユリィカ』だよ!!」
ユリィカは自慢げに無い胸を張ってみせた。自分が何を言っているのか分かっているのだろうか。呆れて物が言えない。
ワタシは彼女に背を向け、歩き出す。
ポルカ「それ、自慢げに言う事じゃないし。とにかく、もうワタシに付き纏わないで。今度学校で話しかけてきたら、呪うから」
ユリィカ「うぅ……ナチの意地悪」
ポルカ「意地悪で結構。知らないの? 意地悪ってのは、魔女にとっては褒め言葉なんだから」
そこまで言ったところで、ワタシはふと自分の言葉に違和感を覚えた。
感情のままに発してしまった言葉だった。
ポルカ「
アルソイルの魔女は、50年前の第三次魔導大戦で完全に滅んでしまったはずだ。この現代、魔女なんて言ったら時代遅れと笑われる。
でも、先程の台詞は、まるで自分が魔女かのような口ぶりだった。何故自分の口から、そんな言葉が出たのか、全く分からない。
ポルカ「ワタシ何で魔女なんて……」
ユリィカ「ナチ!! 危ないよ!!」
ワタシの思考は、ユリィカの叫びによって遮られた。見ると、目の前には大きな木が立っていた。どうやら、考え事をしている内におかしな方向に進んでいたらしい。
危うく、鼻が凹んでしまうところだった。
ポルカ「ぁ、ありがと……」
ワタシは、足早に歩き出す。
これまでの怒っていた手前、恥ずかしい。
何故だろう、アイツと話してると、それまで思ってもなかった事が出てくる。アイツの事考えてると、心がざわざわする。もう、後ろから足音は聞こえない。なんだか、寂しい。
ポルカ「バカのユリィカ、か」
ワタシは、さりげなく後ろを振り返った。
そこには、他の生徒たちと和やかに談笑するユリィカの姿があった。
ワタシの前でやるように、おちゃらけた調子で話している。
ポルカ「友達いないなんて、嘘つき」
心がザワザワする。やってられない。これ以上、彼女達と同じ空間にいたくなくて……ワタシは、制服のポッケに手を突っ込んで、校舎へと急いだ。
ポルカの日常編まだまだ続きます。
この世界の彼女もまた、アルステラの彼女のように自分の居場所が無いように感じています。同じような因果を持った世界では、役者が異なってもそっくり物語をなぞるように運命は紡がれるそうですね。
ネルド父さん≒ニーナ母さん、ナチル≒ポルカ。だとすれば、この世界の行く末はどうなってしまうのでしょうね。
ガレリア編は基本的にゆっくりな所はゆっくりです(原作準拠)。
更新していないはずの滅亡迅雷の方より数字が伸びないの辛いです。まぁ、あっちは永遠に戦ってるだけですが。
次のお話は次の3つのうちどれがいいですか。
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【ルフラン編】 復活のドロニア様
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【魔女百編】 思い出のルッキーニィ
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【魔女百2編】 帰ってきた妹ラマン