ルフラン及びガレリアの地下迷宮と魔女ノ旅団と魔女と2体の百騎兵   作:TAMZET

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ここが、三つ子世界だっていうのか?
この狭さで、上位26冠の欠片だっていうのか?


この世界での依代はコイツにしよう。
元の世界のボクに、とてもよく似ている。


第一章 第六話『ポルカの非日常1』

 ワタシは、頭部を襲う強い衝撃で目を覚ました。

 慌てて頭を上げると、誰もいない教室が目に入った。黒板の上で、時計の短針が12時ちょっと過ぎを指している。そうか、4時間も眠ってしまったのか。

 窓の外は、灰色に包まれていた。いつのまにか、雲が出てきたようだ。

 午前の授業が全て終わっている事に、ワタシは密かに喜びを覚える。

 だが、その喜びも、痛みすぐにかき消される。ジンジンするのは額だ。寝ている間に誰かに叩かれたのだろうか。

 あたりを見回しても……誰もいない。ワタシの席は教室の一番後ろ、しかも角っこである。

 額を抑えると、ジンと痛みが走った。手を見ると、うっすらと血がついている。自然に寝違えただけでは、こうはならない。誰かに頭を机に叩きつけられたのだろうか。

 犯人を探そうと立ち上がった……瞬間、肩に固い手の感触があった。ゴツゴツした感触に、背中いっぱいに怖気が走る。

 低い男の声が、すぐ後ろで響いた。

 

 低い男の声「よぉ、ご無沙汰じゃねぇか」

 

 ()()()を聞いた瞬間、息が止まった。

 その声の主に接近を許してしまった事に、抑えようのない後悔と恐怖の念を感じた。心臓が早鐘のように鳴り出し、喉から何か酸っぱいものがせりあがってくる。怖い……怖い……と、全身の細胞が震え始める。

 ワタシは恐る恐る振り返った。

 そこにいたのは、予想通りの人物であった。

 

 ポルカ「ゴ、ゴズ……!?」

 

 ベリーショートに刈られた白銀の髪、先生らしからぬ洒落た黒のスーツ。胸元から突き出たハンカチが、彼の自己主張を強めている。

 彼の名は、ゴズ・フェルマー

 考古学の教員で、同時にワタシの集めた宝物の取引相手でもある。迷宮で手に入れた品々を引き取ってくれるのだ。超安値で、という条件付きだが。

 

 ゴズ「フェルマー先生な」

 

 ゴズは冷たい目でこちらを睨んでくる。ワタシは恐怖のままに、ガクガクと頷いた。

 大前提として、ワタシは彼が大嫌いだ。

 理由の(しゅ)たるものは、ヌッタさんと同じである。ワタシの事を嫌らしい目で見てくるからだ。だが、彼への嫌悪感はヌッタさんへのそれとは別格だ。パンプルトンさんやヌッタさんとは違い、彼は明らかな悪意を持ってワタシの体を触ってくるのだ。拒否すれば、傷の残りにくい部分を殴られる。取引をダシに、下着姿の写真を撮られたこともあった。

 その日は、お腹の中のものが全部出るほど吐いたのを覚えている。ワタシが学校に行きたくない理由の8割はコイツと言っても過言ではない。

 

 ゴズ「おいおい、そう震える事もねぇだろう。お前はお前の味方なんだからよ」

 

 ゴズが、肩にかけている手に力を込めた。柔肉が、悲鳴をあげる。ワタシは抵抗せず、ひたすら痛みが過ぎ去るのを待つ。抵抗しようとしても、女子の非力では大人の男の腕力には勝てないからだ。

 

 ゴズ「例のブツは持ってきたか?」

 ポルカ「は、はい」

 ゴズ「よしよし。良い子だ」

 

 抵抗を止めたワタシの頭を、ゴズはこねるようにして撫ぜた。吐きそうなほど嫌だが、コイツには逆らえない。歳の差もあるし、男と女という事もある。一度だけ反撃して噛み付いてやった事もあったが、その時はその万力のような腕で押さえ込まれ、しこたまお腹を殴られた。

 後で保健室の先生に、内臓が酷く損傷していたと伝えられた。

 他の先生に言っても、信じてもらえなかった。その事がコイツにバレて、ワタシはまた、吐くまで殴られ続けた。

 味方がいないと分かってからは、ワタシは取引以外では学校に行かなくなった。それでも、お父さんに楽をさせてあげたくて。一番嫌なコイツとの取引だけは、続けざるを得なかった。

 

 辛い思い出を頭から振り払い、ワタシは喉の奥から声を絞り出す。

 

 ポルカ「あの、場所、変えてくれない? 取引してる所、友達に……見られたくない」

 ゴズ「へぇ……いいぜ。分かったよ」

 

 ゴズはワタシの手を取ると、まるでエスコートでもするように、スイと歩き出した。大の男の歩幅は広い。ワタシは、置いていかれないように早足でついてゆく。

 すれ違う生徒達に顔を見られたくなくて、ワタシは俯きながら進む。

 どうせ、誰も助けてはくれないのだ。辺りを見る必要はない。

 側から見れば、先生が生徒を連行しているだけである。彼は表向きは人気の先生だ。ワタシが助けを呼んでも、皆がゴズの味方をするだろう。

 ユリィカもフルネラも、こういう時に助けてはくれない。ワタシに仲間はいないという事を、嫌でも思い知らされる。

 

 ポルカ「(お父さん……ワタシを守って……)」

 

 泣きたい気持ちをグッと堪え、ワタシは拳を握りしめる。ここで耐えなければ、お父さんに迷惑がかかる。何より、お父さんがこんな奴に頭を下げる姿なんて、絶対に見たくない。どれだけ嫌な事をされても、耐えてやる。耐えて、お金を持って帰るんだ。

 


 

 しばらく歩いた後……ゴズに連れてこられたのは、ガレリア棟の裏手にある庭だった。手入れもされていない、ツタだらけの庭園である。壊れかけの壁の奥から、厨房らしき部屋が顔をのぞかせている。

 ここは、ワタシ達がよく取引に使う場所であるが……何故だろう、ここに来ると毎回のように凄まじい既視感を覚えるのだ。

 

 ゴズ「ここなら、誰にも見られねぇだろ」

 

 ゴズはにこやかに微笑みかけてくる。その笑顔の裏にあるものを想像し、ワタシは口をキュッと結んだ。

 出来る事ならぶん殴ってやりたい。なんなら、護身用の人形兵を出してボコボコにしてやりたい。けれど、それをしたら、本来の目的が達成できなくなるし、何よりワタシがこの学校にいられなくなる。

 屈辱の味を噛み締め、ワタシは頭を下げる。

 

 ポルカ「ありがとう、ございます」

 ゴズ「なに、良いって事だ。人目につかねぇのは、俺にとっても都合がいいからな」

 

 ゴズは、ワタシの頭にポンと手を置き、ゆっくりと撫ぜた。まるで、お前の主人は俺だとでも言わんばかりに。死ぬほどの嫌悪感が、頭のてっぺんから足の先までを突き抜けた。

 それでも、抵抗は許されない。歯を食いしばってでも耐えねばならない。

 

 ゴズ「そういや、カイトウとか何とか、変な噂流してんの、お前か?」

 ポルカ「違う。知らない、全然……」

 ゴズ「って事は、噂は知ってんだな。不登校で友達もいねぇお前に、どうして噂が入ってくるのか知らねぇが、まぁいいか」

 

 友達ならいる。お前なんかに言われなくても。

 そう言い返そうとして、ワタシは慌てて口をつぐんだ。コイツにユリィカの事は知られたくない。直感的にそう思った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……想像しただけで、怒りが込み上げてくる。

 そんな妄想などつゆも知らない悪党(ゴズ)は、ワタシを見下し、嘲笑する。

 

 ゴズ「まぁ、そうだよなぁ。お前に、マトモな友達ができるわけねぇもんな。万年欠席の問題児と付き合うなんざ、バカのする事だ」

 ポルカ「……取引、さっさと済ませてよ」

 

 ワタシは探索の成果がぎっしりと詰まったカバンを、ゴズの前に投げ出した。これ以上このクズの言葉を聞いていたくなかったというのが本音だ。

 

 ゴズ「分かってるよ。ったく、面白味の無ぇガキだぜ」

 

 ゴズは悪態をつくと、バッグの中の成果物を漁り始めた。

 大量のマナを内包した魔石、おかしな石像、骨の形をした指輪、聖水の入ったビン、そして何故か調味料に使う塩。マナの気配が芳醇に漂う品の数々をバッグから引っ張りだし、ゴズはそれら手に取り、一つ一つ丁寧に観察した。

 懐から取り出した虫眼鏡を使ったり、コツコツと叩いてみたり、その様子は本物の考古学の先生のようだった。まぁ、本当に先生なのだが。

 やがて、一通り全ての品を観察し終えたゴズは、舌打ち混じりにワタシを睨んだ。

 

 ゴズ「3週間籠ってこれだけかよ。どれもマナが薄い。探索の才能だけはあると思ったんだがな」

 

 やっぱりいい品は無かったのか。

 ワタシは心の内で舌打ちする。

 探索開始の頃は、一目でわかる【ヤバい品】を発見する事ができていたのだ。

 巨大な妖精の背中に刺さっていた槍だったり、小人の王国を支配する機械人形の部品だったり。

 だが、最近はそれらの収穫もほとんど無くなってきている。理由は単純、迷宮の探索が手詰まりになってきているからだ。地図にはまだ不透明な部分が多くあるが、その地域にいる魔獣は人形兵では歯が立たないのだ。だから、迷宮の品も回収できないのである。

 苛立っている様子のゴズに、ワタシは抵抗の意を込めて口を開く。

 

 ポルカ「ワタシが悪いわけじゃないし。迷宮が深くなると、その分探索もキツくなるの」

 ゴズ「言い訳は聞きたくねぇ。マナの質も悪ィ。本当に深部まで潜ったのか? どれも良くて金貨4枚ってところだな。4かける6で……金貨12枚だ」

 

 ゴズはポケットから金貨を取り出すと、ワタシの足元に放った。まるで、野犬に餌でもやるかのような仕草だ。

 ちなみに、金貨一枚で銀貨100枚分の価値がある。学食のパン・オ・レーズンが、銀貨1枚で買えると言えば、その価値が想像できるだろうか。

 ワタシはもちろん抗議する。仕草ではなく()()()だ。

 

 ポルカ「いつもの半分以下じゃない! てか、4かける6なら24でしょ!!」

 ゴズ「手数料だ。嫌なら、他の奴に売ればいい。こんな気味悪いだけのガラクタを買ってくれる奴がいればの話だけどよ」

 

 ワタシは、口を(つぐ)む。

 ゴズの意見は正論だ。この品々に価値を見出しているのは、この村ではゴズのみだ。他の人達にとって、これらは一山いくらのゴミクズに過ぎない。

 ワタシは唇を噛み、こくりと頷いた。

 

 ポルカ「う……ん、わかった。12枚でいい」

 ゴズ「聞き分けがいいな。仕方ねぇ、1枚サービスしといてやるよ。次はもっといいのを期待してるぜ。つか、見つかるまで学校来るんじゃねぇぞ」

 

 ゴズは重そうにカバンを担ぐと、新校舎の方へと歩き出した。

 ワタシは足元の金貨のうち一枚を素早く拾い、ゴズに向けて投げつけた。まだ話は終わっていないのだ、帰られてたまるか。

 岩のような背広が、鬱陶しげに振り返った。

 

 ポルカ「あそこの迷宮、もう何も無いよ!! これ以上潜っても、アンタの言ってる奇品なんか出てこないと思う。それに、こんなピンハネ続けるなら、今度からこういうの、王都に持ってくから」

 ゴズ「あ?」

 ポルカ「アンタとこうやって会うのも、もうこれっきりにしたいの。変な噂立てられたら嫌だし……その、距離感、近いし」

 ゴズ「おいおい、何言ってんだよ」

 

 ゴズは、脅迫するような台詞とは裏腹に、にこやかな調子でこちらへと戻ってきた。教え子達に見せる、柔和な笑顔である。

 その調子に、少し頬の硬直が解けかける。だが、これまでコイツから受けた仕打ちが、ワタシに警戒心を取り戻させた。

 壁を背に、ジリジリと横に移動する。

 

 ゴズ「あのな、俺はお前のためを思って言ってやってんだぜ。王都にお前のガラクタを買ってくれるやつがいるのか?」

 ポルカ「も、もう決めた事だから」

 ゴズ「そんな事言って、親父さん、火の車だろう? 金が入り用なんじゃねぇか?」

 

 父の名前を持ち出され、心臓が止まりかけた。家が貧乏な事は、やはりバレていたのだ。

 この男が父に接触したら……そんな想像に、怒りと恐怖が、同時に去来する。ワタシはそれらを拭い去ろうと、大声を出した。

 

 ポルカ「そんなの、ワタシが頑張ればどうとでも!」

 ゴズ「頑張る、ねぇ。頭も悪ぃ、人脈も無ぇ、顔もそんなに良くねぇ、スタイルは及第点。そんな奴がどうやって揃えんだよ、金貨250枚」

 ポルカ「……そんなの分かってる! ゆっくり、頑張って貯めてくから。それに、金貨250枚なんて一生かかっても無理だから。そんなに無くても、生きてくには困らないし」

 ゴズ「そうか? お前は確かにそうでも、お前の親父はどうだろうな。一月後には、生きてるかどうかも分からねぇってのに」

 ポルカ「滅多な事言うなっ! お父さんは傭兵で、強いんだ。アンタなんかにやられたりしない! それに……」

 

 そこで、ワタシは言葉を切った。気がついたのだ。眼前のゴズが、醜悪な、悪魔のような笑みを浮かべている事に。

 明確な形を持たない嫌な予感が、頭の中を駆け巡る。考えてはいけないと分かっているのに、思考を巡らせてしまう。心臓の鼓動が速くなる。胸を押さえても、息を止めても、拍動が止まらない。

 たまらず、ワタシは喉から声を絞り出した。

 

 ポルカ「もしかして、もう……お父さん、に……何か、あったの?」

 ゴズ「へへ……なんだろうなぁ」

 

 ゴズは相変わらずニヤついている。腹立たしい表情だが、我慢する今はそれより焦りが勝る。お父さんのことが知りたい。

 

 ポルカ「教えて! お父さんに何があったの!?」

 ゴズ「おうおう()()()()()くるなぁ。まぁ、隠しても仕方ねぇ。俺とお前の仲だ、教えてやるよ」

 

 ゴズは壁に寄りかかり、さも楽しそうに頬を歪めた。ワタシは荒れ狂う心臓の鼓動を必死に止めようと、息を止める。

 どうか、お父さんに不幸がありませんように。

 そればかりを願いながら、悪党の話が始まるのを待つ。たっぷりと時間をかけ、彼は口を開いた。

 

 ゴズ「とある傭兵がな、酔っ払って公王の馬車の前を横切ったんだよ。それも、王都で最も敬愛すべきエルマ公王の馬車だ。それを止めに入った傭兵が、うっかり馬車の金具を壊しちまってな。両方とも不敬罪だ」

 ポルカ「そんな、こと、今の時代であり得るの? そもそも、それとお父さんと関係なんて……」

 

 ゴズはそこで、満面の笑みを浮かべた。吐きそうにるほどの邪悪な笑み。ワタシの不安は、最高潮に高まる。

 息ができない。

 その先がワタシの想像しているものと同じなら……思考を読んだかのように、ゴズが、口を開いた。

 

 ゴズ「その傭兵の片割れが、お前の親父だとしてもか?」

 ポルカ「ッ!?」

 

 ゴズの言葉は、ワタシの予想したものだった。不敬罪……よく知らないけれど、とても重い意味を持つ非日常の言葉。

 喉に何かがつかえて、息ができない。

 全身から、冷えた汗がとめどなく噴き出る。

 手の震えが止まらない。

 

 ゴズ「何なら、電話で聞いてみるかい?」

 

 ゴズは下卑た笑みを浮かべながら、ワタシの前に電子端末を差し出してきた。そこには見覚えのある電話番号が映し出されている。

 お父さんの番号だ……

 嘘だ、コイツの言ってる事なんか信用できない。そう頭が叫んでいる。

 けれど、目の前のコイツの余裕綽々な態度が、ワタシの心を信用させようとする。

 思考がまとまらないまま、ワタシは通話のボタンを押した。

 通話口からは、ツー、ツーと、着信拒否を示す音が聞こえてきた。

 

 ゴズ「おっと、そういやお前の親父さんには着拒されてたな。俺は信用がなかったからなぁ!」

 

 ゴズは震えるワタシの手から端末を奪い取ると、またポケットにしまった。答えを聞けなかった事で、ワタシの不安は激増した。全身を悪寒が襲い、まともな思考が出来なくなる。

 

 ポルカ「と、と……止めに入った方が、お父さんだったの?」

 ゴズ「残念だが、酔ってた方がお前の親父だよ。一昨日裁判所で判決が下された。極刑だ。処刑は1ヶ月後。縛り首だそうだ」

 ポルカ「!?」

 

 縛り首。つまり、死刑だ。

 足に力が入らなくなって、ワタシは、その場に崩れ落ちた。

 頭の中を、無数の単語が駆け巡る。

 

 ポルカ「(お父さんが死ぬ……死刑……犯罪者……信じられない現実……縛り首……これからの人生……学校……友達……どうしよう)」

 

 身体全体が、ひどく寒く感じる。手の先の感覚が無い。嘘だ、これはきっと夢だ、そう叫ぼうとしても、声の出し方が分からない。

 

 ポルカ「……っ! そっ……止める、ほうほう、とか……っ! 裁判、とか! ない……の?」

 ゴズ「あ? 何寝言言ってんだ。処刑の"判決"が出たって言ったろ。国王がそう言ったんだ、止める術はねぇよ」

 ポルカ「で、でもっ! きょ……あさ、お父さんと……ワタシ……あって……元気で」

 ゴズ「恩赦でも降りたんじゃねぇのか? 1日だけ、娘に合わせてあげます的なよ」

 

 ゴズの引き笑いが聞こえる。だが、それに対する感情が湧いてこない。心が、明らかにキャパオーバーを起こしている。ゴズはワタシの前にかがみ込むと、ヤニだらけの歯を見せてにいっと笑った。

 

 ゴズ「そんなに親父が大事か? それなら、助ける方法が無いわけでも無いんだがよ」

 

 助ける方法が、ある? 

 その言葉に、ワタシは顔を上げた。

 吊り下げられた、希望の糸。それがたとえ悪魔の垂らしたものでも、ワタシはすがりつかずにはいられなかった。

 

 ポルカ「教えて! どうやったらいいの!?」

 ゴズ「王都には免罪符っつう便利なものがあってな。罪人に渡せばあら不思議、罪も仏も綺麗さっぱり無くなっちまうんだよ」

 

 免罪符……歴史の授業で習った単語だ。

 確か、宗教関係の罪を揺るための紙だったはずだ。それ以上の知識は無い。もっと歴史の勉強をしておけばよかったと、ワタシは猛省する。もう遅いのだけれど。

 

 ポルカ「その、免罪符って、どうすれば……」

 ゴズ「残念ながら並のルートじゃ手に入らねぇ。だが、俺も並じゃ無ぇんでな」

 

 ゴズは懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。見るからに高そうな素材の紙である。彼はこの展開を見越していたのだろうか。だとしたら、相当に嫌な奴である。

 ワタシはその紙を見るや否や、即座に飛びついた。それを奪ってしまえと、心が叫んでいた。

 だが、ゴズの方が一枚上手だった。ワタシの肩をブーツの裏で押し留めると、そのまま壁に向けて蹴り抜いたのである。

 

 ポルカ「ッ!?」

 

 壁に背中を打ち付け、肺の中の息が全部吐き出された。再び飛びかかろうと息を吸い混もうとすると、再び蹴りが飛んできた。

 つま先が鳩尾にめり込む……息を吸う事ができなくなったワタシは、頭を地面に垂れて蹲った。

 

 ポルカ「げぇ……ッ!!?」

 

 ゴズは気持ち良さげに笑っている。心も体もボロボロのワタシとは対照的だ。悔しい……けれど、これが現実だ。彼は全てを持っている。ワタシは何も持っていない。

 彼は免罪符をワタシの眼前でヒラヒラと揺らした。紅いカカリマの紋章印が押された、立派な紙だ。

 

 ゴズ「裁判所の印鑑付きだ。俺とお前の仲だ、売ってやるよ。特別に、金貨250枚でな」

 ポルカ「にひゃく、ごじゅ……そんなの、ワタシに払えるわけ……ない……」

 

 肺の奥から、必死に吐き出した言葉。哀願にも近い屈辱的な行動。矜持も何もを捨てた、ワタシにできるただ一つの行動。だが、ゴズは冷血であった。

 

 ゴズ「それじゃあ、仕方ねぇな。コイツも希少品でな。もっと高く買うって奴もいるんだ。この話はなかった事にしてくれ」

 ポルカ「待ってぇッ!!」

 

 ワタシは額を土に擦り付け、懇願する。満足に息もできない体で、必死に謝り続ける。だが、ゴズはそんなワタシの謝罪を見下し、嘲笑った。まるでサーカスのショーでも見るように、下卑た笑いをこぼしながら。

 

 ポルカ「後から絶対にお金は払う!! 何年かかっても、絶対払うから」

 ゴズ「返すつもりの無ぇ奴はみんなそう言うぜ。それに、お前は俺の信頼を何度裏切った? 学校に来いといっても来ねぇ、奇品を持って来いと言っても満足に探索もできねぇ。そんなお前を、まだ信頼しろってのかぁ!?」

 

 無防備な頭が、ゴズの靴に踏みつけられる。ブーツの踵は硬く、痛い。土が口に入って、苦い。今きっと、ワタシはすごくみっともない格好をしているんだろう。服従を誓った、奴隷のようなポーズを。

 けれど、今はそれでもいい。何ならコイツの靴を舐めてもいい。それでお父さんが助かるなら、なんでもする。

 涙混じりに、ワタシは懇願を続ける。

 

 ポルカ「ごめんなさい……それでも、お父さんを、助けてください。お父さんがいなくなったら、ワタシ……」

 ゴズ「そうだよなぁ。高飛車で、俺の事をいつも見下しやがるような父親だ。そんなクソでも、お前の親父だもんなぁ」

 ポルカ「ごめんなさい……ごめんなさい……ワタシはどうなってもいいですから。お父さんを助けてください……」

 ゴズ「チッ、仕方ねぇな」

 

 ゴズはワタシの頭から足を引いた。

 気が済んだのか、飽きたのかは分からない。ともかく、屈辱的な痛みからは解放された。

 

 ポルカ「……? ……ッッ!?」

 

 頭を上げようとしたワタシは、すぐにまた身を強張らせた。頭皮に痛みが走ったからだ。前髪が鷲掴みにされているのだ。ワタシはゴズにされるがまま、強制的に立たされた。力の入らない足で、なんとか全身の体重を支える。

 ゴズはワタシの目を覗き込み、問いかける。

 

 ゴズ「お前の貯金を考えると、この免罪符を売ってやるのに、足りない金貨は80枚。そのためなら、なんでもするか?」

 ポルカ「なん、でも?」

 ゴズ「あぁ。何でもだ。例えば、こんな事もな」

 

 ゴズはそう言うや否や、掴んだ前髪を下に引いた。痛みと共に、視界がぐらりと揺れる。

 

 ポルカ「え?」

 

 ワタシの目の前で、ゴズはズボンのチャックに手をかけた。

 チリンと、小さな鐘のような音が鳴った。

 そこには、ありえないものがあった。

 ワタシにとっての非日常の門が、広がっていた。

 

 ゴズ「なんでもするんだろ?クソガキ」

 

 ゴズの醜い笑い声が、頭上から聞こえてくる。自分がされようとしている事も分からないまま、目を閉じる。

 

 謎の声「おやおや、宝物の匂いがすると思って来てみれば……」

 

 頭上から、聞き覚えのある声が降ってきた。

 記憶に残らない、霞のような声である。

 顔の横に吹き付ける風に、ワタシは我に返った。

 

 謎の声「いけない夜遊びの次は不純異性交遊とは、感心しないね、ナっちゃん」

 

 目を開け、風の吹いた方角を見る。

 そこには、もう1人の非日常が立っていた。

 銀のオペラマスクで顔を隠し、黒のタキシードに身を包んだ、赤い夢の住人……噂の怪盗が、そこにはいた。

 




今回のパートは、本当は1つの『ポルカの非日常』として投稿するつもりでした。が、異様に1パートが長くなってしまったため、このように分けて投稿する事にしました。
一応、今後まとめて読めるロング版も投稿する予定ですが、この小分けで投稿するバージョンも残しておこうと思います。

次のお話は次の3つのうちどれがいいですか。

  • 【ルフラン編】 復活のドロニア様
  • 【魔女百編】 思い出のルッキーニィ
  • 【魔女百2編】 帰ってきた妹ラマン
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