ルフラン及びガレリアの地下迷宮と魔女ノ旅団と魔女と2体の百騎兵   作:TAMZET

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カンパニュラ、アストルムの奇品は手に入れた。
ウンブラムの二の舞だけは避けなければ。


ポルカが勝手に奇品を持ち出していた。
統制卿の誰かに渡っていやしないだろうか。


第二章 第一話『ヒルデブランド』

 気がつくとワタシは、家の前に立っていた。

 どうやって家に帰ったのかは覚えていない。

 足元を見ると、右足の靴が無かった。靴下には無数の穴が空き、黄ばんだ布地に血が滲んでいる。靴は近くに見当たらない。靴下のまま歩いて帰ってきたという事なのだろうか。

 全身汗まみれで、気持ち悪い。身体が、悪夢を見た時のように気怠い。まるで夢の中にいるかのようだ。だが、胸に残る気持ち悪さと、胸元の吐瀉物が、朧げに残る記憶が夢ではなかった事を証明している。

 ノブに手をかけ、ドアを押し開ける。鍵などかかっていないはずなのに、ドアはひどく重かった。

 

 ポルカ「ただい、ま……」

 

 玄関はいつも通り閑散としている。靴箱に靴は無い。

 

 ポルカ「あれ?お父さんは……!?」

 

 そこでワタシは思い出した。ゴズから聞いた、1ヶ月後の処刑の話を。

 背骨を電流が駆け抜けた。冷や汗が止まらない。

 ワタシは靴を脱ぐのも忘れ、息を切らせてリビングへと駆け込んだ。いつも通り散らかっているが、争いの形跡はない。鍋の火は消えている……うっすらと湯気が上がっている。少なくとも少し前までここに人がいたということだ。

 

 ポルカ「お父さんいないの!?」

 

 一階から返事はない。

 ワタシは息を切らせ、二階へと続く階段を駆け上がった。足裏の擦り傷に激痛が走る。けれど、そんなもの屁でもない。エルマ公王への反逆罪で父が処刑されると、ゴズは言っていた。なら、父を捕まえにくるのは公王の兵隊のはずだ。

 王都からここまでは、車を飛ばしても1か月以上かかる。ポータル術法があればその距離は飛躍的に縮まるが、それでもこの広い村の中でこの家を探し当てるまでには時間がかかるはずだ。

 つまり、まだ時間はある。公王の兵隊が来る前に父にどこかに隠れて貰えば、当面は追跡を凌げるかもしれない。

 否、凌がなければならない。父がいなくなってしまったら、ワタシは生きる意味を失ってしまう。父がいなくなり、誰も頼る人がいなくなった世界なんて、想像したくもない。

 ワタシは一縷の望みに希望を託し、二階にある父の寝室の戸を押し上けた。

 

 ポルカ「お父さん!!」

 

 果たして、そこには誰もいなかった。

 窓は大きく開け放たれ、カーテンのレースが風に踊っている。

 

 ポルカ「(遅かった、の……?)」

 

 絶望の雫が、心の生地に広がってゆくのが分かった。もし父が連れて行かれていれば、もうワタシになす術は無い。そうなれば、もう……

 

 ガタン!

 

 直後、背後で物音がした。

 慌てて振り返る。そこには、重厚な真紅の鎧に身を包んだ、若い騎士の姿があった。人形兵・ピアチャリオットの兵装だ。

 

 青年「手痛くやられたぜ。悪りぃ、俺以外の人形兵は、隠し部屋に置いてきちまった。次の探索で回収しねぇと」

 

 金髪碧眼で、精悍な顔つきの騎士。背丈はワタシより頭ひとつ分くらい大きい。童顔で、見た目の年齢はワタシと同じくらいだが、その鋭い目つきは、とても少年のものではない。

 彼の姿を見た時、ワタシは音の主が父ではなかった事に対し落胆したと同時に、深く安堵していた。

 彼は、ワタシの味方だからだ。

 

 ポルカ「マルク……戻ってたんだ」

 人形兵「あぁ。ポルカも学校お疲れ」

 

 マルクと呼ばれた人形兵は破顔一笑した。

 コイツはマルク。ワタシが12歳の時、最初に魂を込めた人形兵だ。ワタシがお父さん以外に無条件で心を許せる、たった1人の存在でもある。

 父さんがいない間、コイツが家事や用心棒を担当してくれる。他にも雑務等々をやってくれるが、コイツの主な役割は家事ではない。

 迷宮の探索だ。

 ワタシの部屋にあるワードローブの奥には、何故だかは分からないが広大な地下迷宮が広がっている。マルクは、その迷宮の探索隊長だ。迷宮の探索や他の人形兵のサポートは、コイツ主導で行われる。

 マルクはキザったらしく髪をかき上げると、ワードローブの戸に寄りかかった。

 

 マルク「相変わらずシケた顔してんな」

 ポルカ「うっさい」

 マルク「随分早いじゃん。さては、また学校サボったなお前。つか、どうしたその服?」

 ポルカ「うっさい、質問多い。アンタには関係ないし。それに、ワタシの夢は学校なんかに行かなくても叶うから」

 

 ワタシは制服の上着を脱ぎ散らかし、ベッドの上に腰掛けた。幸いシャツの方には汚れはついていない。今日はこのままの服装で大丈夫だろう。

 コイツの笑顔は、いつだって眩しい。直視できないくらいに。その笑顔に嫉妬を覚えるようになったのは、笑顔を返せなくなったのはいつからだろうか。

 コイツは人形のようなワタシとは違う。本当なら、コイツこそ学校に行って、友達とか作ってちやほやされるべきなのに。

 

 ポルカ「(って違う!今はお父さんがピンチなんだ!(くつろ)いでる場合じゃない!)」

 

 ベッドとマルクのせいで、危うくリラックスしそうになってしまった。ワタシは頬をパンパンと叩き、気合を入れ直す。

 

 ポルカ「アンタ、お父さん見なかった? 今日は家にいるって言ってたんだけど」

 マルク「あぁ、ネルドさんなら出かけてる。どこ行ったかは知らねぇけど、すぐ戻るって言ってたぜ」

 ポルカ「そ、そうなんだ。ありがと」

 

 ワタシは胸を撫で下ろす。

 とりあえず、今のところ父は無事のようだ。

 

 ポルカ「てか、遺物はどうだったの? 金になりそうなもの、あったよね?」

 

 ワタシは縋るようにマルクを見つめる。

 マルクは目を瞑り、首を横に振った。

 

 マルク「ダメだ。あの迷宮……カンパニュラにはもうお前の言うような奇品は無ぇよ。マナの気配がするモンは、もう鉱石くらいだ」

 

 ワタシは歯噛みした。彼の答えは、予想した答えと同じだったからだ。一番聞きたくなかった答えでもある。少しずつ希望を潰されてゆく感覚に、胸が締め付けられる。

 

 ポルカ「やっぱり……あーもう!! どうしよう……どうしよう……」

 マルク「そう焦っても仕方ないだろ。宝が見つからねぇのなんていつもの事だし、これまで通り、気楽にやってけば良いじゃねぇか」

 ポルカ「それじゃダメなの!! ワタシが頑張らないと、お父さんが!!」

 

 ワタシの剣幕にただならぬものを感じたのか、マルクはキュッと眉を顰めた。非常事態への対処が必要……そう感じた時に父がよくやる目だ。

 

 マルク「ネルドさんが、どうかしたのか?」

 ポルカ「あ、いや……」

 

 ワタシは咄嗟に口籠もってしまった。今になって、父の処刑の真偽が心の中であやふやになったのである。考えてみれば、ゴズの言っていた事は真実味を帯びていたが、確証は無い。本当の事かどうかは分からない。

 それに、ワタシ自身ゴズの言っていた事を信じたくない。マルクにこれを伝えたら、自分の中でこの受け入れ難い現実を信じる事になる。それには、途方もない勇気が必要だ。

 いろんな気持ちが錯綜して、頭が混乱する。気が緩むと、泣いてしまいそうだ。でも、コイツの前でだけは涙を見せたくない。どうしてだろう、コイツには素直になれない。

 ふと、マルクが「あっ」と呟いた。

 

 マルク「そういえば、さっき変な服着た奴らが家の近くでウロチョロしてたぜ。全身黒ずくめで、変な制服着てた。ありゃ、王都の連中じゃねぇかな」

 

 息が止まった。

 頭の中で、言葉にならない感情が爆発する。

 ワタシは反射的に、マルクの鎧の首元あたりをひっ掴んでいた。

 

 ポルカ「なんで……」

 マルク「お?」

 ポルカ「なんでっ、それを早く言わないのよバカッッ!!」

 

 マルクを突き放すと、ワタシはわき目もふらず、階下へと駆け出した。

 

 マルク「うお、危ねぇな!? だからどうしたんだって!!」

 ポルカ「そいつら、どっち行った!!? さっきっていつ!? 何時何分何秒前!!?」

 マルク「いや、方向までは分かんねぇよ。時間は……大体30分前くらい前からじゃねぇか?」

 

 階段を駆け降り、玄関へと急ぐ。マルクが後をついてくる。鎧を着ているせいか、遅い。だが、彼を待っている暇はない。

 もう家の場所はバレていた。とすると、もう取れる手段は一つ、王家の人がお父さんを捕まえる前に、ワタシがお父さんを見つけるしかない。

 扉を開ける。

 気だるい夏の熱気が、体いっぱいに吹き付ける。

 

 ポルカ「あうっ……」

 

 全身を疲労感が襲った。喉がカラカラだ。乾いた汗の膜の下から、また新しい朝が噴き出そうとする。

 だが、こんなものに負けてられない。一刻も早く、父のところに行って危険を知らせなければ。

 

 ポルカ「走ればまだ間に合うかも! 間に合えばいいなじゃない、間に合わせないと!!」

 マルク「おい!! どこ行くんだって!!」

 ポルカ「お父さんの所!」

 

 駆け出そうとしたその瞬間、ワタシは足を止めた。否、止めさせられたのかもしれない。真夏の暑さを一瞬でかき消すような悪寒が、全身を駆け抜けたのだ。まるで、白刃のナイフを首元に突きつけられたかのような。

 恐怖の正体がわからないまま、ワタシは辺りを見回す。視界には何も映らない。しかし、この感覚は……

 

 女性の声「ネルド・コルベールさんはご在宅ですかしら」

 

 すぐ後ろ聞こえてきた女性らしき声に、ワタシは一瞬で振り返った。そこにいたのは、フード付きの黒いローブを羽織った人物であった。

 ローブはあちこちに金糸で刺繍がされた、高価なものだ。生地は、この夏だと言うのにだいぶ厚い。胸には、金糸でカカリマの紋章が刺繍されている。丈が非常に長く、足の先まで隠れている。引きずって汚れとかつかないのだろうか。

 背丈はワタシよりかなり高い。ローブの上からでも分かるほど、スタイルが良い。単に胸が大きいというわけではない、鍛えている感じがするのだ。何より彼女が纏っている異質な感覚に、気配の正体はこの人だと直感した。

 

 ポルカ「だ、誰ですか?」

 女性「これはこれは、申し遅れました。ワタクシ、エルマ公国東部世界群第三統制卿補佐……ヒルデブランドと申します」

 

 黒衣の女性は、仰々しく頭を下げると、被っていたフードを取った。

 はらりと、艶めいた黒髪が露わになる。

 そこには、まるで女神像を切り取ったかのような真白く美麗な面相……そして、優しさの内に冷徹な意思を秘めた紅の瞳があった。

 


 

 ヒルデブランドと名乗った黒衣の女性。

 先程感じた殺気のような気配が気のせいだったのではないかと思うほど、彼女は穏やかな雰囲気を纏っていた。今も、何をするでもなく、柔和な表情で微笑んでいる。

 それでもまだ、冷や汗は止まらない。ワタシの本能が、この人の危険度に異常のアラームを鳴らし続けているのだ。

 ワタシは汗まみれの手を後ろに組み、彼女を見上げる。彼女はワタシの前で、今もたおやかに笑っている。

 

 ポルカ「お父さん、今いないんです。どこかに、行ってしまっていて」

 ヒルデ「そうですか……それは残念です。ですが、ワタシも主人より必ずネルド様にお伝えするようにと仰せつかっておりますので……」

 

 ヒルデブランドさんは、眉をへの字に曲げた。その表情だけで、本当に困っている事がわかるくらいに、顔の情報量が多い人だ。

 この人の言う事を信じるなら、お父さんはまだ公国には捕まっていない。なら、ここに留めて情報を聞いたほうがいい。

 そう判断したワタシは、彼女を家に招き入れる事にした。キッチンに残っていた紅茶の葉を適当に混ぜ、ポットのお湯をぶち込む。

 結果出来上がったのは、どす黒い飲み物だった。

 一口つけたヒルデブランドさんは、なんとも言えない表情を浮かべ、そっとカップをテーブルの上に戻した。

 さて、先制点を取った所で、聴取開始だ。前のめりになり、ワタシはヒルデさんの真っ赤な瞳を覗き込む。

 

 ポルカ「ヒルデ、ブランドさん、だったよね。公国の人って言ってたけど、本当?」

 ヒルデ「はい。覚えにくければ、ヒルデで構いませんよ」

 

 ヒルデブランドは、ニコニコと微笑んだまま、そう答えた。敵意など微塵も感じられない、無防備な笑顔だ。もしワタシがナイフで刺そうとしても、防御はおろか反応もしなさそうな、そんな無防備さである。

 

 ポルカ「ヒルデ……さんは、お父さんとどんな関係だったんですか?」

 ヒルデ「旧知の仲でございます。お父様が王国騎士の任に就任されていた頃から、任務を共にしておりましたの。あなたの事も伺っておりますわ、ポルカさん」

 ポルカ「へ、へぇ。お父さ……父はワタシの事、なんて言ってました?」

 ヒルデ「大変聡明なお嬢さんだと自慢しておられましたよ。会うたび会うたびその話ばかりで……お会いするのが楽しみでしたわ」

 

 ヒルデさん初対面のワタシの前だというのに、まるで同窓会で思い出話でも語るように楽しそうに話をしている。とても嘘を言っているようには見えない。ワタシは自分の中で、不信の氷が融解してゆくのを感じていた。

 ダメだ、思い直せ。理性がそう叫ぶ。

 そう、公国は父を処刑しようとしているのだ。ここで少しでも情報を得ておき、この女の正体を暴かなければならない。

 ここは、揺さぶりをかけてみるか。

 ワタシは眉をキリリと引き締め、ヒルデさんを睨む。

 

 ポルカ「あの……ワタシの名前、本当はナチって言うんです。ポルカはワタシの再従兄弟の知り合いで。失礼ですけど、本当にお父さんの知り合いですか?」

 ヒルデ「えっ!?」

 

 ヒルデさんは、白手袋をつけた滑らかな指で口元を押さえ、目を丸くした。貴族らしい、お淑やかな仕草だ。

 ナチはもちろん偽名だ。なんなら架空の人物ですらある。ユリィカからいつも呼ばれているあの変な名前を咄嗟に使ったのだ。

 

 ヒルデ「ナチ……?封印が……しかしそんなはずは……どうでしょう……障害に……魔力の有無は……」

 

 ヒルデさんは、何やらブツブツとつぶやいている。動揺しているのだろうか、先程の笑顔が、僅かに崩れている。これはチャンスだ。とにかく、今はコイツから少しでも多くの情報を引き出したい。

 ヒルデさんはワタシの方に顔を戻すと、紅の瞳をキラリと輝かせ慌てたようにペコリと頭を下げた。

 

 ヒルデ「これは失礼しました! 娘さんがお二人もいらしたとは聞いていなかったもので。うぅ……調査不足です」

 ポルカ「い、いえ! 父が話していないのがいけないんですから」

 

 言ってから、ワタシは後悔する。

 この人に何をフォローする事があるだろう。ここは、相手のミスを責めて情報を吐かせるのが定石だ。

 ヒルデさんはまた困ったように眉をへの字に曲げている。ワタシが男ならすぐにでも助けてあげたくなるようなお淑やかさだ。演技なのだろうが、凄まじい威力である。

 ヒルデさんはその困り顔で、ワタシに尋ねる。

 

 ヒルデ「実は、至急お伝えしなければならない用件がございまして……お父様の外出先など聞いておりませんか?」

 ポルカ「し、知りません。父は仕事で忙しいので、いつ帰ってくるかなんてワタシにも。用件なら、ワタシから伝えます」

 ヒルデ「しかし、あの……それではワタシが主人に……」

 

 ヒルデさんの手が僅かに震えている。彼女の主人にひどい事をされてしまうのだろうか。しかし、本当に父がいない以上、ワタシは彼女の望みに応える事ができない。

 ヒルデさんの表情を覗き込んだワタシは、思わず息を呑んだ。目を涙に潤ませ、必死に泣くのを堪えようとしている。こんなに良い人を、こんな顔にさせるなんてダメだ。父を公国に連れて行かれるわけには行かない。だが、彼女はどうにかしてあげたい。

 

 ポルカ「わ、分かりました。父がどこに行ったかはわかりませんが、探してみます。行き先にいくつか心当たりはあるので……」

 

 ワタシの返事に、ヒルデさんは、ぱあっと顔を輝かせた。

 

 ヒルデ「そ、そうですか、ありがとうございます! ごめんなさい、ワタクシなどのために……」

 ポルカ「いえ。ヒルデさんが悪いわけではありませんから。大丈夫です」

 ヒルデ「お父様の説得のために、ナチルさんも人質として来てもらえますか?」

 ポルカ「もちろんです! ヒルデさんと会えると知ったら、父も喜びますよ」

 

 ヒルデさんは、腕を前に差し出した。掌には、おかしな魔紋が緑色に輝いているワタシに向けて、満面の笑みで微笑みかけた。

 その腕をワタシの頭に押し付け、膨大な魔力をワタシの意識に……

 瞬間、巨大な古塔槍がヒルデさんの腕を突き飛ばした。槍を握っているのは、マルクだ。その衝撃の威力に、ヒルデさんは受け身を取り、机を挟んでマルクと向かい合った椅子から転げ落ちてしまった。

 

 ヒルデ「どういう事でございますか?」

 マルク「残念だったな。お前の催眠術は俺には効かない。似たような攻撃を知ってるからな」

 

 戦闘態勢を取るマルク。ヒルデさんは槍に突かれた腕を押さえ、憎しみを込めた目で今にも泣きそうな顔でマルクを見ている。

 ワタシはマルクを止めるべく、2人の間に割って入った。

 

 ポルカ「何してんだよマルク! ヒルデさんに!」

 

 マルクを嗜める。マルクは何も答えない。

 両腕に魔法を展開し、戦闘態勢を取るただうずくまり、怯えているだけのヒルデさんに向けて、マルクは腰を低く落とし突撃の構えを取る。

 

 ヒルデ「おやりになりますね。流石公王の娘が制作した人形ですわご、ごめんなさい! 許してください! 変な事はしませんから、乱暴しないで……」

 ポルカ「マルク! 良い加減にしろ! ヒルデさんは何も悪い事してないだろ!」

 マルク「コイツ……気がついていないのか!?仕方ないか……!」

 

 マルクは槍を地面に突き刺し、ワタシの前で両掌を打ち合わせた。

 

 ガンッ! 

 

 凄まじい金属音がし、ワタシの平衡感覚が揺らぐ。

 同時に、今まで見ていた景色がぐにゃりと揺らいだ。

 

 ポルカ「あれ……?」

 

 ヒルデさんが、笑っている。しかし、それは先程までのお淑やかな笑みではない。目を鋭く尖らせた、捕食者の笑みだ。

 

 ヒルデ「猫騙し……いえ、気付けというやつね。珍しい技を知っておりますのね。せっかく公王の娘を生け捕りにできる所でしたのに」

 

 頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 どうしてヒルデさんがそんな顔をしているのだろう。ヒルデさんは優しいはずなのに。

 

 ポルカ「ヒルデさん?」

 ヒルデ「あ、あらナチルさん。ごめんなさい。そこの人形兵に襲われて……ついカッとなってしまって……」

 

 ヒルデさんはまたあのお淑やかな笑みを取り戻し、ふふっと笑ってみせた。ヒルデさんの赤い目がキラリと輝き、視界がぐにゃりと歪む。

 

 ポルカ「……どうしてヒルデさんが人形兵の事を……ッ!!」

 

 割れるような痛みが頭を襲い、ワタシは地面に膝をついた。マルクがワタシを庇うように、ヒルデさんの前に立ちはだかる。ワタシの家で戦闘が起きているという非日常。でも、頭が反応してくれない。

 

 ポルカ「何が、起きてる……の……?」

 マルク「お前、連れてかれようとしてたんだ。催眠術……コイツの能力の一つだ。奴の紅眼を見たが最後、現実を正しく認識出来なくなる」

 

 マルクにそう言われ、ワタシは唐突に思い出した。そうだ、ヒルデさんは……いや、この女はお父さんを探しにきたんだ。多分公国の命令でお父さんを処刑するために。そして、情報を聞き出そうとしたワタシは、逆に催眠術にかかってしまった。

 ワタシはズキズキと痛む額をさする。そこには、僅かなマナの跡と共に、ベットリと血がついていた。あの時、魔力を注入されかけた時についた傷だ。

 眼前で微笑む麗人は……敵。ワタシはそれを改めて認識する。

 

 マルク「キナ臭くなってきたな。公国が送り込んできたのが催眠術使いって事は、ネルドさん、なんかやばい事に巻き込まれてるぜ」

 

 ヒルデブランドは真っ赤な目をカッと開き、こちらを睨み据える。数秒とて直視できない、怖い目だ。誰かを必ず痛めつけてやると念じた時、このような目になるのだろう。

 体が震える。心が逃げたいと叫ぶ。

 けれど、この目がお父さんに向けられる……そう考えるだけで、恐怖を勇気がかき消してくれる。

 

 ポルカ「アンタ達みたいな奴らに、お父さんは連れていかせない!!」

 ヒルデ「仕方ありませんわね。戦闘は本意ではありませんが、なるべく痛みのないよう、制圧して差し上げます」

 ポルカ「行けっ! マルク! コイツをぶちのめせッ! お父さんを殺そうとしてる公国の情報を手に入れるんだっ!」

 マルク「応ッ!!」

 

 かくして、ワタシと公国のお偉いさん、ヒルデさんとの戦いが始まった。

 憎しみと勢いのままに、6時間ほど前まで平和だった我が家は、非日常の殺し合いの場へと変貌した。




なんだかんだ書いてたらこんな時間になりました。
前半は日常パートしかなかったので退屈だったと思いますが、後半はテンポ良くやっていきます。

アンケートに回答いただき、ありがとうございます。
今のところルフラン優勢です。というか、今なら多分入れればそれが採用されると思います。

次のお話は次の3つのうちどれがいいですか。

  • 【ルフラン編】 復活のドロニア様
  • 【魔女百編】 思い出のルッキーニィ
  • 【魔女百2編】 帰ってきた妹ラマン
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