蒼きウマ娘 〜ウマ娘朝モンゴル帝国について〜   作:友爪

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直前交渉について

 神聖ローマ皇帝は激怒した。

 必ずかの邪智暴虐の蛮族を除かねばならぬと決意した。

 

「痴れ者が、一度ならず二度までも、我を愚弄致すか!」

「陛下、その様なつもりは毛頭ございませぬ。どうか話をお聞き下され」

「もはや我慢なるものか、うぬらの主張は常軌を逸しておるわ」

 

 西の皇帝は、聞く耳持たぬと言わんばかりに席を立ち上がり、迎賓用テントを出た。モンゴル帝国の使者団は慌ててそれを繋ぎ止めようと、共に外へ出た。

 

 時の頃は正午、場所はポーランド西部、レグニツァ近くの平野であった。

 ヨーロッパ中の諸侯が参集した平野には、四万余りの兵で満たされていた。一度テントを出れば、そこには欧州各国の言語が飛び交っており、一瞬混乱してしまう様だった。

 此処レグニツァが瞬間的に最も国際色豊かな場所である事は疑いようがなかった。

 神聖ローマ皇帝はその間をずんずん歩き、使者団と、その護衛のモンゴルウマ娘は後を追った。

 

「陛下、お待ち下さい、どうか話を」

「話す事などあるものか。今更何もせず道を開けろ(・・・・・)だと? 正気で言っているのか、それとも寝ているのか」

「私は至って健常でございます、陛下」

「おぬし、チンギス何とかという者の下僕だか何だか知らぬが」

指導人(トレーナー)でございます」

「それよ、そもそも何故トレーナー風情が一国の代表面をしておるのか」

「それは、もう一朝一夕には語り尽くせぬ訳がございまして。とにかく、この親書をご覧下さい」

「親書、親書だと!? あの巫山戯た文章を再び読み直せと申すのか」

「それはごめんなさい」

「なんだァ……貴様……」

「あいや、しばらく、しばらく。此度は小生が書き直した親書にて、決して陛下をご不快になさる物ではないと存じます」

「結構。それではポーランド王に読ませるが良かろう」

「その御前を門前払いされました故、陛下に取り次ぎを願っているのです」

「全く順当な事だ。もう良い下がれ」

「陛下!」

 

 モンゴル帝国の使者代表──チンギス・ハーンのトレーナーが尚食い下がろうとすると、一人のウマ娘が横からさっと飛び出し、間に割って入った。

 

「トレ……皇帝陛下の御前であるぞ。何を無礼な、下がれ下がれ」

 

 銀に輝く甲冑に身を包んだ、金髪碧眼のウマ娘であった。トレーナーの一行は、人の丈以上もある(ランス)を手に威嚇するウマ娘駆士を前に立ち竦んだ。

 トレーナーの背後を付いてきたモンゴルウマ娘の護衛が、ぐっと身構える──しかし西の皇帝は、途端に声を晴れやかにして、そのウマ娘に声をかけた。

 

「おお、我が駆士ローランよ。ウマ揃えは済んだのか」

「はい、各国諸侯におかれましても万全にございます」

「重畳、良くやってくれたぞ。うむ、丁度良い。この無礼な使者めらに、我々の重駆士を見せてやろうではないか」

「はっ、良いお考えでございます」

 

 ローランと呼ばれたウマ娘は、ぱっと花が咲いた様な笑顔で応えた。神聖ローマ皇帝は、幾ばくか機嫌を直し、使者団に追従する様に言った。

 トレーナーは直感した、この二人には深い信頼関係があると。

 

 自称(・・)ローマ帝国の正当後継者、当時の神聖ローマ皇帝が、熱心な《バ間槍試合(ジョスト)》支持者であり、ウマ娘を多く抱えるトレーナーである事は有名な話であった。

 また個人としてウマ娘愛好家であり、度々自慢のウマ娘駆士を他人に見せたがる、という癖があった(その心情はモンゴル使者団も心底理解出来た)。

 

 その中でも《ローラン》は特に彼のお気に入りで、金髪碧眼の眉目は麗しく、ジョストで負け無しという才色兼備のウマ娘であった。

 チンギス専属のトレーナーをして、確かに彼女は美しく写った。しかし、それにしては──自称皇帝が足を止めた。

 

「刮目せよ、異国の使者。これが全ヨーロッパが誇る重駆士団ぞ」

 

 皇帝は高く息巻き、トレーナーたちは低く呻いた。

 ずらりと三重横列に並んだウマ娘重駆士は、真に圧巻の光景であった。

 分厚い金属板で喉から足首まで覆った鈍色の甲冑、右手には巨大なランスを持ち、左脇にはフルフェイスの兜を抱えている。それを被れば、正に全身鋼鉄の塊。

 繰り出される正面突撃は防ぎようのない衝撃力を生じさせるだろうと、容易に想像出来た。

 

 使者団は絶句しながら、それでも指導人の性であろうか、重駆士横隊を検分して歩いた。

 西の皇帝は、自慢のウマ娘を見て驚いている蛮族の使者の様子を、口元を歪めながら横目に眺めていた。

 やがて、トレーナーたちは、ひそひそと話を始めた。

 

「余り元気そうには見えないな」

「見ろ、あの傷んだ毛並みを。櫛がけ(ブラッシング)はどうした」

「肌艶も良くないぞ、一体何を食べさせているのか」

「どうして無用な荷重を強いているんだ?」

「皆同じ様な強ばった顔をして、可哀想に。それに比べうちの娘は──」

 

 モンゴル高原における、世界最強軍団のトレーナー──即ち世界最高峰の凄腕(S級)トレーナーたちは口々に言った。

 使者団代表が「止めないか」と言うと、皆は黙った。しかし実際の所、チンギスのトレーナーも全く同感であった。

 駆士筆頭らしいローランとかいうウマ娘よりも、遥かにチンギスの方が勝り、あらゆる点で美しいと確信していた。

 もっとも、他トレーナーも自分の担当についてそう思っていた。

 

 つまり、この場にいる人間全員が「自分の担当が一番美しい」と思っていたのだった。

 しかし、決して口にはしない。言って良い事と悪い事が存在するのは、時代を越えて共通である。

 

 使者団代表の内緒話(・・・)を見て、そうと知らない皇帝は胸を張った。

 

「どうだ、この陣容を見れば、先程の様な寝言も言えまい」

「はあ、陛下の仰る通りです」

「そうであろう、そうであろう。それに比べ……」

 

 すっかり気を良くした神聖ローマ皇帝は、東方──モンゴルウマ娘たちの陣営を眺め、嘲笑した。

 数百メートル先のモンゴル帝国陣地では、ウマ娘たちがごろごろ(・・・・)していた。

 西洋重駆士とは比べ物にならない様な小躯に、薄っぺらい皮の鎧を着て、武装は腰に引っ掛けた小型弓と粗末な剣のみ。

 

 秩序高さも雲泥の差だ。

 西洋駆士が一糸乱れぬ三重横隊なのに対し、モンゴルウマ娘は──何、何だろうか。あれは何をしているのだ。ごろごろしながら、タンポポを食んでいるのか?

 その後ろでは、ぐるぐる駆け回って、あれは鬼ごっこか?

 その脇では、歌を歌いながら舞の練習をして──神聖ローマ皇帝は困惑した。

 取り直した様に、咳払いして言う。

 

「蛮族は、ウマ娘との付き合い方も知らぬ様だな」

 

 さしもの使者団も、これにはむっとして、大ハーン専属トレーナーが代表して言った。

 

「我々には我々のやり方があります故」

「知りたくもない事だな」

 

 改めて嘲笑すると、皇帝は手の平を前後に振った。

 

「さあもう良いであろう。見せるべきは見せた。帰って主に伝えるが良い、到底太刀打ち出来るものではないとな。我々とて、心から戦を望む訳では無い。今退くならば、後を追わぬようにと、諸侯に口添え位はしようぞ」

「それが出来るのならば苦労致しませぬ。そもそも私は、最初から……いやこれは詮無き事ですな。皇帝陛下。伏して、どうか私の立場も察しては下さいませぬか」

「うぬの立場が、どうしたと言うのか。失敗すれば殺されるとでも?」

逆にございます(・・・・・・・)。私は交渉に来るにあたり、チンギス・ハーンを苦心して説き伏せて参りました。ハーンは始め、私の交渉を断固許しませんでしたが、そこをどうにか曲げて来たのです。皇帝陛下、これは真に最期の機会ですぞ」

「無礼者めが、小賢しい脅しに屈する我ではないわ」

 

 皇帝は再び激高し、剣を抜いた。

 

「蛮族のトレーナーごときが、度重なる無礼な言動。ここで手打ちにしてくれようか」

 

 使者団一行は顔面蒼白になった。

 あの平らか(・・・)になった光景が、ありありと想起されたのである。使者団は一斉に平伏した。

 

「陛下、陛下。どうかそれだけはおよしなさい。あのルーシの一件は、お聞き及びの筈」

「おのれ、まだ申すのか、もはや堪忍──」

 

 その時である、使者団の背後に控えていた護衛のウマ娘が、いきなり剣を抜き、神聖ローマ皇帝に斬りかかった。

 それは恐るべき、人間離れした速さと、鬼の様な形相であった。次の瞬間には、皇帝の脳天がザクロの様に爆ぜるものかと思われた──が、そうはならなかった。

 間一髪で駆士ローランが、稲妻の如き一刀を防いだのである。

 駆士は怒りを込めて、しかし余裕たっぷりに言ってみせた。

 

「気性の荒い不埒者が。何のつもりかは知らぬが、まあ、その忠節は見事だったぞ」

 

 刀を防がれたモンゴルウマ娘は言った。

 

「よもや、防がれるとは思わなんだ。汝、ローランといったか。お主こそ、見事な奴」

「名を聞こうか」

「私こそは《四駿四狗》が筆頭、スブタイなり」

「スブタイ、覚えておこう」

「その必要無し。この二の太刀を見切れるか──」

 

 火花を散らしながら、じりじりと鍔で迫り合う両名の剣戟が始まる前に、鋭い声が制止した。

 

「止めんかあっ!」

 

 平伏していた使者代表は起立して、スブタイの二の太刀を停止させた。斬りかかった者よりも、増して鬼神の形相である。

 鍔迫りの力は緩めず、将軍は述べる。

 

「ハーンは下知なされた。トレーナーを害する全てを排せ、と。背く訳には参らぬ」

「我が身は未だ息災なり。然ればよ。ハーンは私に、交渉の一切を名代せよと仰った。即ち、私の言葉はチンギス・ハーンの言葉に同じである。スブタイ将軍に命ず。剣を収め、非礼を詫びよ」

 

 スブタイは、トレーナーとローランの顔を交互に睨めつけてから、力を緩めた。

 剣を鞘に収めると、一歩下がり「ご無礼つかまつった」と不服そうに詫びの言葉を口にした。

 相手の刀身が収まったのを確認してから、駆士も刀を収めた。

 

「大変に失礼をば致した」

 

 チンギスの指導人は、再度頭を下げた。鬼神の如き顔は、福々とした笑顔に取って代わられていた。

 言葉も無かった神聖ローマ皇帝は、ようやく「うむむ」と、ただ呻く様な声を発した。

 

「陛下のご決心の、いと固き様、小生如きが覆す事叶わぬと覚りました。この上は、我が君に仔細報告申し上げ、判断を仰ぐ事に致します。ああ、もう会うことも無いでしょう。どうかご壮健で」

 

 使者団一行は、欧州陣営を抜け出すべく、自称皇帝が呆けている間に踵を返した。

 欧州陣地が恨めしそうにその背中を眺めていると、モンゴル第一の凄腕トレーナーは、ふと気が付いた様に振り返った。

 

「それから、ローラン殿には野菜を食べさせておやりなさい」

 

 今度こそ早足に去っていく、凄腕(S級)トレーナーの背中が見えなくなる前に、神聖ローマ皇帝は憤慨して言った。

 

「何なのだ、あれは。終始訳の分からぬ事をほざきおって。我が駆士ローランよ、大事無いか」

「はい、皇帝陛下。しかし、あのスブタイとやら。大した使い手であります」

「お主には及ぶまい」

「そう在りとうございます」

「流石、ジョストの王者は謙虚よの。お主の美徳だ」

 

 金髪を撫でられたローランが頬を紅潮させると、皇帝の声は柔らかくなった。

 

「さあローラン、勝利の宴は、さぞ豪勢なものとなろうぞ。何せヨーロッパ中の諸侯が集結しておるのだ。主役はお主じゃ、これだけは誰の文句も言わせん。さあ何が食べたい、遠慮無く申せ」

「ええと、ではニンジンを……」

「はっはっはっ。何じゃ、さっきの捨て台詞を気にしておるのか? 良い良い、気にするな。そんなものでは力が出まい。肉を用意するぞ、骨付きの、一抱えもあるやつをな。お主の好物であろう」

「はい、陛下」

 

 ご機嫌に宴の皮算用を始めた皇帝を他所に、ローランはまだ見ぬ肉塊に胃がもたれる様であった。あの麗しきニンジンを最後に口にしたのは、一体何時の事であったか。

 それにしても──駆士は東方の蛮族陣営をちらりと見た。

 やはり、モンゴルウマ娘が草の上でごろごろ(・・・・)している。何と情けなく、みっともない姿であろう。

 

 しかし、あんなに幸せそうなウマ娘の姿を、ローランは見た事が無かった。

 

 

 ◆

 

 

 使者団が皇帝の天幕(オルド)に帰ってきた時、チンギス・ハーンは満面の笑みで迎えた。

 

「我が半身よ、良くぞ戻った」

 

 落ち着きなく耳と尾を動かす青毛のウマ娘は、担当トレーナーの両肩を何度も叩いた。

 

「皆無事か、怪我は無いか、何か盗られた物は?」

「壮健にございます、我が君」

「おおそうだ、腹が減ったであろう。これは気が利かなかった。乾燥ニンジンが取ってあってな、これが絶品なのだ。これ誰かある、食膳を用意せい。大の男の飯だぞ、酒もしこたま」

「我が君、我が君。食事は後で一緒に頂きましょう。先ずは報告をさせて頂けませぬか」

「何、そうか、確かに食事は一緒の方が美味いからな。これはしたり」

 

 チンギスは呵呵と笑い、どんどんと足で地面を叩いた。トレーナーが、主君の二の腕辺りを何度か撫でると、チンギスは徐々に落ち着きを取り戻した。

 指導人は、担当ウマ娘の扱い方を熟知していた。

 そして何の準備もしていなかった食膳係はほっとした。

 

 チンギスは玉座に戻り、徐に肘を付いた。目を瞑り深呼吸すると、耳の動作がぴたりと止まる。

 瞼を開き、皇帝は言った。

 

「委細話せ」

『はっ』

 

 使者団、将軍、付き人──全ての者が平伏した。

 今やひりひりと張りと詰めた空気がオルドを満たし、主の許可無しには一挙一動も許されなくなった。

 もし隣人が首を刎られようとも──これが《チンギス・ハーン》というウマ娘だった。

 

「交渉は失敗しました。欧州の連中は、一歩たりとも前を退きませぬ」

「何、それでは戦うというのか。珍しい事(・・・・)だな」

 

 世界中の誰が何と言おうと、チンギスの認識ではそうであった。

 

「初め、総大将のポーランド王の元に赴きましたが、これは門前払い。次に神聖ローマ皇帝へ取り次ぎを申し出ましたが、取り付く島もございません」

「他の諸侯は」

「同じ事でしょう。彼らの神は頑迷です、我々を神の敵であると見なしております」

「我らは血を望まぬと、伝えてもか」

「彼らは信じません、本性からして疑り深いのです。和解の筋道は完全に途切れました。一重に私めの力量不足でございます、何なりと処罰を」

「良い、許す。元は私の失態である。一々謝るな、かえってむず痒い」

「我が君のご厚恩に感謝致します」

「他に要項はあるか」

「……ございません」

 

 チンギスは、トレーナーが僅かばかり言い淀んだ事を即座に看破した。目を細め、トレーナーの更に後方の将軍に問う。

 

「スブタイよ」

「此処に」

「お主から申す事はあるか」

「は。神聖ローマ皇帝、かの匹夫は、トレーナーを斬ろうとしました」

 

 大ハーンの瞳の底がぎらりと閃いた。肝を潰す様な圧がのしかかる。暫し呼吸を忘れた新米指導人が、顔を青くしている。

 しかし、スブタイは平然としていた。

 長い沈黙の後、チンギスは尋ねる。

 

「我が命を忘れたか、スブタイ」

「“指導人を害する全てを排せ”」

「その通りだ。だが、汝の革鎧は返り血を浴びた様には見えぬがな。どういった訳か」

「直ぐさま、奴めの頭をかち割って(・・・・・)くれようと剣を抜きましたが、阻まれ申した」

 

 チンギスは目を見張った。

 

「お主の剣を防ぐ者が居ったのか。かの如き迅雷の剣を、まさか……」

 

 専属指導人は無言で首肯し、スブタイの言葉に偽りの無い事を保証した。

 

「驚いた、壮士というのは西の世界にも居た様だ。名を聞いたか」

「ローランと申しました。黄金の毛並みに、澄んだ天上(テングリ)の目。匹夫の皇帝とは違い、大したウマ娘でございます」

「それで、どうした」

「二の太刀をくれようと思いましたが、代表殿に止められました」

 

 使者団代表は、また頷いた。

 チンギスは大方の事情を察し、怒りの矛を収めた。

 

「ならば、良い。交渉の件、委細分かった。スブタイ、太鼓を叩け。皆に戦備えをさせよ」

「諾」

 

 将軍が下がると、その他面々も、戦備えのため散っていった。

 オルドには、チンギスと専属人のみが残された。チンギスは肘をつき、声色低く己が指導人に聞いた。

 

「我が半身よ。お主から見てローランとやらは、どうであったか」

「率直に申し上げて、我が君の方が、あらゆる点で美しくあります」

「バ鹿者。そういう事を聞いているのではないっ」

 

 チンギス・ハーンは怒ったが、それ以上何も聞かなかったし、青毛の耳の動きは素直だった。

 指導人は主君に対して正直であり、やはり担当ウマ娘の扱い方を熟知していた。

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