蒼きウマ娘 〜ウマ娘朝モンゴル帝国について〜   作:友爪

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我々は、その名をこそ知っておくべきであった──ワールシュタットの戦い後、とある欧州諸侯


万バ不当のスブタイについて

 ヨーロッパ世界を最も震撼させた将軍は誰かと聞いた時、先ず挙がってくるのは、ハンニバルか、サラディンか、スブタイであるかと思われる。

 

 いずれも稀代の名将であるが、特に行動範囲に着目した時、スブタイは他者の追随を許さない。

 結果的にスブタイ将軍は、中央アジアからフランス西岸までという長大な距離を戦い、走り抜けた。

 その全ての地域に並々ならぬ衝撃を与え、社会構造を変化、或いは崩壊させながらである。

 

 西ヨーロッパ諸国においては、長きに渡り《Subutai》が悪鬼の代名詞として扱われる程、影響が大きかった。

 憶測で描かれた肖像画は如何にも恐ろしげで、目と耳はつり上がり、尾は逆立ち、歯を剥いた口は噛み付かんばかり。

 きかん坊に手を焼く親は言った。

 

「良い子にしないとスブタイが踏み潰しに来るよ!」

 

 カルタゴの雷光以来、泣く子も黙る恐怖の大将軍──とイメージされる方も多いだろう。

 

 

 しかし、モンゴル側の記録を紐解けば、全く違う実像が見えてくる。

 

 スブタイは、モンゴル高原のある部族の子弟として産まれた。何の変哲もない小さな部族で、族長の血筋という訳でもなく、一介の部族構成員に過ぎなかった。

 

 そんなスブタイの容姿は、モンゴルウマ娘にしては、ずんぐりとした大きな体躯と、これまたずんぐりとした表情をしていた。

 鹿毛の下地に白毛が混じるという(ぶち)毛は、多量にして癖もかかってもさもさ(・・・・)しており、前が見えているのか時折不安になる様だった。

 

 とても俊足そうに見えない容姿は、事実その通りで、部族の子供たちとの駆け比べでは何時でもどんじりであった。

 余りに勝てないため、周囲の子供に度々揶揄された。

 

「やあいやあい、走らずのウマ娘(・・・・・・・)やあい」

 

 駆けを何より愛するモンゴルウマ娘の感性からすると、かなりきつい悪口である。

 酷くからかわれたスブタイは、しかし決して涙を流さず、じっと唇を噛んで、拳を握るだけであったという。

 

 屈辱の幼少期を過ごしたスブタイが年頃になると、彼女をからかっていた部族の駿メたちは、次々にトレーナーに勧誘(スカウト)された。

 モンゴルダービー選手として巣立っていく同輩たちを、やはりスブタイはじっと眺めていた。

 ついぞスブタイに、トレーナーから声がかかる事は無く、何処かチームに所属する事も叶わなかった。

 

『モンゴル競バに独りで挑む様なもの』

 

 とは高原の慣用句で、無謀な行為、自殺行為を表す言葉である。

 確かに、山あり谷あり砂漠に川ありのモンゴル競バ一千キロの道程は、チーム最大十人をして凄惨な血路である。

 ましてや独力となると、比喩でも何でもなく自殺行為だった。

 

 だが、寡黙な駁毛のウマ娘は慣用句を断行した(・・・・・・・・)

 

 他人は後ろ指を指して笑った。

《走らずのウマ娘》が遂におかしくなってしまったと。

 スブタイは気にしなかった、笑われるのは慣れっこだったからだ。

 モンゴルダービーに参加する事は、スブタイにとって()ではなかった。

 単に確定事項(・・・・)であった。

 

 開始直後からドンケツを行くスブタイを見て、人々は直ぐに脱落するだろうと笑った。無力を思い知り、諦めるだろうと。

 しかし、第二地点(200キロ)第三地点(300キロ)を過ぎてもスブタイは駆け続けた。前を走る選手の背中が遥か遠く、見えなくなっても《走らずのウマ娘》は走り続けた。

 岩肌から転げ落ち、濁流に揉まれても、レースを続行した。

 彼女にとり、他人と比べどうだこうだという事は、さしたる問題ではなかった。一重に駆け続ける(・・・・・)と決意していたから、曲げないまでであった。

 

 そして、第七地点(700キロ)に到達した時、スブタイの肺は破れ、喀血した。

 

 ぼろきれの様なウマ娘が、口から血を吹いて転がり込んできた時、酒場の主人(第七地点はモンゴルに珍しい固定酒場)は仰天した。

 小心者の主人は、すわ暴力沙汰に巻き込まれたかと思ったが、ウマ娘が懐から木札を取り出して見せると、ようやくダービー選手だと気が付いた。

 

「飯と水を」

 

 息も絶え絶えに言うモンゴルウマ娘の足元には、今にもぽたりぽたりと血が落ちている。

 尋常ではない様子に、店主は青ざめて言った。

 

「およしなさい。今から前に追い付けるはずもありません。本当に死んでしまいますよ。何も駆けのために死ぬ必要は無いではありませんか」

 

 飯の包みと水筒をひったくる様に受け取ると、スブタイは毅然として言った。

 

「勇士は駆けの為に死すのだ」

 

 愕然とする小心の店主を背後に、スブタイは振り返らず駆け出した。

 その頃、既に先頭集団は最終地点を抜けており、優勝チームによる勝利の舞が披露されていた。

《走らずのウマ娘》に勝利の舞は無縁なりけり──スブタイは自らの血に溺れながらも走った。

 

 一方、スブタイの母親(ウマ娘)は、その舞に目もくれず、ゴール地点に立ち尽くしていた。娘の完走を信じていたのである。

 巷では、崖から落ちるのを見た、川に流されたのを見た、身の程知らずの事をして死んだ──等々の証言が流布していた。

 

 三日三晩の宴が終わり、それでもゴールで待ち続けている母に対し、陰口を通り越して哀れみが向けられ始める。

 遂に女は膝を折って、天を仰いだ。

 

「天上におわす天空神(テングリ)よ、草原を駆ける精霊よ! どうか娘をお戻し下さい。娘の意志は強固にして、出走を阻む事は出来ませなんだ。もしも、たった一人の娘を連れて行くと仰るならば、私も生きていかれる事は出来ないのです。この瞬間にも雷霆を遣わし、共に天に帰らせ給え──」

 

 祈りが通じたか通じまいか。母が顔を天から下げると、地平の向こうに影が一つ。

 あれは娘だ──母には直ぐ分かった。

 もさもさした駁毛は泥に塗れ、口から足までが鮮血に染まり、傷だらけの幽鬼の様な出で立ちで、尚も走り続けるスブタイだ。他にそんな者が居る訳が無い。

 ほとんど死人の様相で、ゴール板を通過したウマ娘は、その瞬間に倒れ伏す。母は、娘が地面に接する前に胸で受け止めた。

 

「ただいま」

 

 消える様なスブタイの声を母は確かに聞き、はらはらと涙を流したのだった。

 それから、二ヶ月の間スブタイは死線を彷徨う事となる。

 

 

 ◆

 

 

 事態が変わってきたのは、例の第七地点の酒場からだった。

 小心者の、しかしお喋りだった店主は物凄いウマ娘(・・・・・・)に出会った体験を、興奮しながら客に話した。

 曰く、口から血を吐いてでも、そのウマ娘はレースを続行したのだと──お喋りな店主の話に、客はすっかり感心した。

 その酒場から噂は広まり「凄い奴が居るものだ、天晴れ」という事になった。

 特に、モンゴルウマ娘の胸をうったのは、

 

『勇士は駆けの為に死す』

 

 という、そのウマ娘が去り際に残した言葉だった。

 喀血しながら走ったという威容も相まって、モンゴルウマ娘たちは、話中の人物に対し完全に参って(・・・)しまったのである。

 

 この《格言》が口伝えに伝わり、若者たちの間で大流行した頃、一命を取り留めたスブタイが、二ヶ月ぶりにゲルから顔を出した。

 当然この言葉を耳にするのだが──スブタイは自分の発言を全く覚えていなかった。

 というのも、血を吐く位なのだから、当時の意識は朦朧としており、ただ無我夢中の想いで一杯だったのである。

「偉い奴も居るんだなぁ」くらいの認識で、スブタイは気にも留めず、元の通り羊の世話をしていた。

 

 しかし、周囲のモンゴルウマ娘は違った。是非とも、噂の勇士をお目にかけたいと、真相を探り始めた。

 彼女らは、噂の根源である酒場の店主から、当時の状況や、そのウマ娘の人相を聞き出した。

 

 すると驚くべき事に《走らずのウマ娘》スブタイとしか考えられない、という結論に至る。

 そもそも、彼女が生きているとも思わなかったウマ娘たちだったが、直ぐにのんき(・・・)に羊を追っているスブタイを見付ける。

 

 捕まえて聞けば、確かにモンゴルダービーを独力で走り切ったと言う。

 それだけでも驚天動地のウマ娘らであるが、噂の人物はお前だろうと尋ねると、本人は覚えてないと言う。

 それならばと、スブタイを伴って件の酒場へ行くと、姿を見るなり店主は飛び跳ねて彼女の手を取り、

 

「またお会い出来るとは光栄の極み。あなたこそ、万バ不当のウマ娘です」

 

 と感激して言ったので、噂の人物は正しくスブタイであると決まった。

 本人は、終始不思議そうな顔をしていたという。

 

 

 噂はチンギス・ハーンの耳にも届いた。

 

「そんな勇士が居るのか、私見たい」

 

 と皇帝が呟いたので、スブタイは直ぐさま引っ張って来られた。

 何だか良く分からないが、大ハーンが自分を呼んでいると言うので、スブタイは素直にやって来て、頭を垂れた。

 チンギスは若者に問うた。

 

「ダービーを独力で走ったというのは汝であるか」

「はい、そうです」

「何故そんな事をしたのか、無謀にも程があろう」

「確かに、死にかけてございます」

「幼き頃から、鈍足を揶揄されたというではないか。そやつらを見返すためか」

「いいえ」

「然らば夢か憧れか」

「違います」

「ほう、では何だと申す」

「ずっと昔から決めていました故、そうしたまででございます。特別な理由はございませぬ」

 

 それを聞いたチンギスは、膝を打って高らかに笑った。

 皇帝を取り巻く側近らに言う。

 

「聞いたか皆の衆。この者は、自分で決めた事を一直線に成したのだ。偉い! モンゴルウマ娘たるもの、こうでなくてはならぬぞよ」

 

 気分を良くしたチンギスは、続けて問う。

 

「“勇士は駆けの為に死す”とな。感心したぞ。お主の言葉であろうが」

「真に申し訳なき事ながら、実は、言ったか否か覚えておりませぬ。その時は意識朦朧としており」

「正直な奴だ、むしろ感心が深まった」

「しかし、私は不思議に思うのです。僭越ながら、大ハーンにお尋ねしたく存じます」

「何か、問いを許す」

「この言葉が、それほど高尚なものでしょうか? モンゴルウマ娘なれば、至極当然の事と思われるのですが……」

 

 この接見で、チンギス・ハーンはスブタイの事がいたく気に入った──この会話が後に、チンギスに《遠駆け》を決心させた一因にもなったという。

 皇帝は、どうしてもこの若者を取り立てたいと言い出した。こうなった皇帝はどうしようもないと、臣下一同は知っていた。

 そうして、良く分からないまま連れてこられたスブタイは、やっぱり良く分からないまま大ハーンの臣下に収まったのだった。

 

 このスブタイの荒行以降『モンゴル競バに独りで挑む様なもの』という慣用表現は、従来の意では全く適当ではなくなってしまった。

 そのため、以後《無謀・自殺行為》という意味から《強い信念があれば困難な壁を乗り越えて成就させる事が出来る》という意味に変わったのである。

 

 

 ◆

 

 

 チンギスに取り立てられたスブタイは、みるみる頭角を現した。

 後世の大将軍としての評価から、軍法戦略によって、と思われるだろうが、実はスブタイ当初の活躍は文官的なものだったのだ。

 

 軍事訓練の諸準備であるとか、兵站部隊の編成であるとか──ウマ娘もトレーナーも、微妙に手が回らない位置に、すっぽりと収まったのである。

 黙々と仕事をこなすスブタイは、信頼を得て順当に出世し、大ハーン近衛兵団の教練を一任されるまでになった。

 

 スブタイは、チンギス・ハーンの意向を正確に汲み取り、集団・機動戦術を徹底させた。

 溢るる情熱に任せ好き勝手な方向に走っていきがちなモンゴルウマ娘たちを一から調教し、十人隊(アルバン)を最小単位として、百人隊(ジャウン)千人隊(ミンガン)万人隊(トュメン)と集団階層ごとの軍制を整備した。

 

 モンゴルウマ娘の機動力と忍耐力を活かし、高度な連絡網を作り上げ、変化する戦場に、より柔軟な対応を可能にした。

 軍団の連絡距離が伸びた事により、仮に軍団を分割しても、一つの巨大な生物の様に相関した行動が可能になった。

 モンゴル軍は最大行軍幅一千キロ(・・・・・・・・・・)という、中世の常識では有り得ない分進を可能したのだ。

 

 ここに至り、スブタイは《四駿四狗》筆頭であると自然に見なされ、チンギス・ハーンの最も信頼厚い大将軍にして、友人となった。

 

 モンゴルウマ娘というのは、人間同様の高等知性を持っているが──持ち前の牧歌的気質により、余計な事(・・・・)にその知性を使いたがらなかった。

 しかしスブタイは、モンゴルウマ娘が最も重視する俊足の才を得られなかったがため、仲間とは少し異なった知性の使い方をした、と言われている。

 

 また、彼女は楽器と歌の名手でもあった。

 特に《バ頭琴》に関しては、高原に並ぶ者無し、と評された。

 

 バ頭琴とは、モンゴルの民族楽器である。

 先端部にはモンゴルウマ娘の信仰する四本足の《草原の精霊》の顔が彫り込まれ、ウマ娘の尾毛を弦に張ったバ頭琴は、味のある独特の旋律を奏でるのだった。

 ウマ娘の身体の一部を使用した楽器のため、扱いは慎重にしなければならないとの戒めがあり、自分の尾毛を使ったバ頭琴を贈る事は、最大級の信頼(愛情)を示す行為であるとされた。

 

 スブタイのバ頭琴の弦は、親友ジェベの栗色の尾毛を張ったものであった。

 ジェベは舞の名人であり、この二人組による演奏演舞は、チンギス・ハーンを大いに喜ばせたという。

 それだけに《ルーシの悲劇》によってジェベが失われた時、積年の相棒を失ったスブタイは胸を潰した。

 ジェベの訃報を知らされた夜、そのバ頭琴に合わせた鎮魂歌は、一層もの悲しく陣に響き、皆を涙させたと伝わっている。

 

 

 ◆

 

 

《遠駆け》開始後のスブタイ将軍は、正に水を得た魚であった。

 彼女が主導して教練したモンゴル軍は、正に剽悍無比。破竹の勢いで西へ西へと駆け抜けた。

 

 モンゴル側の会戦の記録が簡潔極まる、と筆者は先述した。

 これは、モンゴルウマ娘の書記係が能天気だったから──というよりも(実際それもあるかもしれないが)、そう感じられても仕方がない程に簡単に勝てた、という可能性を示唆している。

 

 相手側の記述を読めば、当時の会戦の推移を知れるが、いずれも実に鮮やかなものである。

 最も有効な兵数、地形、タイミング、角度から、モンゴルウマ娘は相手に近付いて(・・・・)おり、敵は散々な敗走に追い込まれている。

 

 これは、ほぼ全ての場合、スブタイ将軍が総指揮官を務めていたのだ。

 

 モンゴルウマ娘たちは、そんなスブタイの凄まじさには余り気がいかなかったらしく、

 

『バ頭琴と歌の上手い人』

『演奏に合わせて踊るのが楽しい』

『大ハーンの一番の友達』

 

 とかいう記述ばかりが残っている。

 そんなスブタイ将軍は、人知れず激務であったと推察されるが、本人は壮健そのもの、疲労の色は全く見えなかったという。

 モンゴルダービーを独りで完走する程の無尽蔵の体力と精神力とが、彼女を支えていたのだった。

 

 かつて《走らずのウマ娘》と揶揄された鈍足の少女は、今や《四駿四狗》筆頭にして、無敗の大将軍へと成長した。

 

 そして、欧州連合軍との戦い以降《万バ不当のスブタイ(・・・・・・・・・)》として、ヨーロッパ世界に名を轟かせる事になるのである。

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