《ワールシュタットの戦い》におけるモンゴル軍の布陣は実に不可解なものであった。
レグニツァは広い平原地帯であるが、態々河川を背に展開していたのである。
モンゴル軍の布陣図を見たヨーロッパ人は失笑した。
蛮人は戦の常道を知らぬ、これでは自分から逃げ道を塞いでいる様なものだ。
十字軍の誇る重駆士団で、ちょいと
「申し上げます。敵の重駆兵はなかなか、えいっえいっとは片付かぬ模様」
「六千か、やや多いな」
スブタイという戦術家は、事前の情報収集を最も重視した。
彼女は直轄の偵察部隊を擁し、全ての情報はスブタイまで集積され、必要とあらばチンギス・ハーンまで届けられるのだった。
モンゴルウマ娘による伝令の速きこと、中世最高水準であり、スブタイの戦術眼を冴えさせたと言われている。
「申し上げます。敵全軍はひょっと、ばばんばーとしております」
「四万、すると我が軍の倍近くなる。どうしてやったものか」
モンゴルウマ娘の報告は常に正確であった──が、それをトレーナーが読み取るのは困難を極めた。
次々と伝令を受ける将軍に、トレーナーが「よく分かりますね」と尋ねると、スブタイは「普通に分かる」と答えたという。
この事から、モンゴルウマ娘の伝令は同族のみに通じる符丁、または暗号の様なものを使っていたと考えられている。
正確性に加え、秘匿性をも担保していたのである。
集積された情報の読解は、スブタイによる
スブタイは特待の指導人を有さない珍しいウマ娘(曰く、別に寂しくないから)であったのだが、常に指導人に囲まれているという、不思議な立場だった。
『スブタイ将軍は可愛いので、何時も周りにトレーナーが一杯居た。羨ましい』
とは、麾下のウマ娘の感想である。
そんなトレーナーに囲まれた将軍が、想定以上の敵の多さに懊悩し、
「申し上げます。敵全軍は、やあっとおっと片付く数にございます」
駁毛の将軍は回る足を止めた。伝令を見れば、耳が得意げにぴょこぴょこしている。
「二万に届かぬとな。先の伝令は四万と申したぞ、随分と差があるではないか」
「確かに見てくれは四万にございます。が、気勢があるのはポーランド王、神聖ローマ皇帝、重駆士団くらいのもの。残りは士気も規律も低い、ただの寄せ集め。それ故に、数から引いたのでございます。我が軍の勝利、間違いなき事と存じまする」
「成程然り、良くぞ看破した!」
スブタイは膝を叩き、傍らの袋に手を伸ばした。
「慧眼の褒美ぞ。乾燥でない、生のニンジンだ。食うが良い」
「はっ、有り難き幸せ」
伝令は、本当に幸せそうに貴重な生ニンジンを齧りながら下がった。
《万バ不当》のスブタイはトレーナーの面々を見渡して言った。
「憂いは晴れた。太鼓を叩くぞ。諸君、戦だ」
◆
太鼓と共に飛来する一斉射によって《ワールシュタットの戦い》の幕は切って落とされた。
音は三度続けて鳴り響き、同じ数だけレグニツァ十字軍に矢の雨が降り、同じ数だけ悲鳴が上がった。
彼らには分からなかった。
何故、あんな
分からないが、欧州に名だたる諸侯の、絢爛豪華な甲冑を無き物のように貫通し、鉄くずと肉塊にならしめている事だけが確かだった。
遅れて盾が掲げられるも、矢雨の完全遮断は不可能で、矢じりが内側に飛び出してくる場合すらあった。
モンゴルウマ娘が、一人一つ、必ず肩に引っ掛けている小型弓は、遊牧民族特有の《
これは、イングランドの
一般的なモンゴルの複合弓は、屈強な男が拳一個分をやっと引けるか、という張力を有した。
これをモンゴルウマ娘は胸一杯に分けてみせるのだ。その上で「まだいける」と余裕だったが、技術的制約により不可能なのであった。
この弓は、矢を優に
しかし単純に命中率の問題があるため、射程は数百メートルにまで落ちるが、代わりに矢を重くして貫徹力の増強を図っていた。
モンゴルウマ娘は、日常の狩りで戦と同じ弓矢を併用していたというが、矢が獲物の身体を貫通し、その向こう側の木に突き刺さる事がしばしばあったという。
その様な強弓の一斉射は、正に死の豪雨と化した。
死をもたらす雨は、しかし、三度までで終わる。
四度目の太鼓が聞こえないので、十字軍が戦々恐々、盾と死体の隙間から頭を覗かせると、モンゴルウマ娘は舌を
少し和みながらも、やはり腹を立てた欧州諸侯はお返しとばかり、怒号と共に激しくクロスボウを射立てたが、それは届くというだけで全く威力を持たなかった。
しかも、モンゴルウマ娘は
そしてまた舌をぺろぺろした。
欧州連合軍は歯噛みして、遂に駆士団に突撃の号令をかけた。
重駆兵突撃とは、特に中世ヨーロッパ世界においては必勝戦術であった。彼らの
欧州中の駆士が揃い踏みしている条件ならば、全く負ける道理が無い。ひとたび肉薄してしまえば、モンゴルウマ娘如き軽装兵など蹴散らせると盲信していたのである。
よって作戦に変更は無かった。
突撃によってモンゴル軍を河川際まで押し込み、自然と人力の挟み撃ちにする腹積もりである。
そして肝心要の駆士団は、未だほぼ無傷であった。
膂力のある彼女らは一層分厚い盾と、プレートアーマーを着込んでおり、先の矢勢に耐える事が出来たのだ。
その駆士は大いに怒っていた。
愛しい人たちが傷付けられ、自らの矜持すらも傷付いていた。
ウマ娘は
今か今かと待ちかねた突撃命令を聞いた駆士は口々に叫んだ。
『
そういう事にされた神の名を叫びながら、欧州ウマ娘は身の丈以上もある
この時に駆け出したのは、駆士団三列横隊のうち一列目である(後の二列は波状攻撃に備えている)。
あからさまに
が、スブタイ将軍までも怯ませる事は全く叶わなかった。敵を鼻で笑う──事すらせず、淡々と言った。
「何だあれは、私より足が遅いぞ」
かつて《走らずのウマ娘》と揶揄されたスブタイである。それを聞いた護衛のウマ娘は、冗談か否か判断しかねて、極めて微妙な愛想笑いをするに留まった。
渾身の自虐ネタがウケなかったので、スブタイは耳を倒して落ち込んだ──なお、耳を倒した様子を見た護衛は「将軍は不機嫌であらせられる」と唾を飲み込んだという。
重駆兵とモンゴル軍との距離は半分を切った。いよいよ怒り、地面を抉りながら一塊に突っ込んでくる欧州駆士の声が迫る。
その鋼鉄の塊に、散発的に矢が射掛けられるも、分厚い盾に阻まれた。
それを
この期に及んで、ヨーロッパ人はモンゴル軍の真価を分かっていなかった。
彼女らが何故軽装であるのか、何故弓が小型であるのか──答えは一つに集約する。
「
将軍の命令により、鶴翼陣形に展開したモンゴル軍の両翼が一斉に駆け出した。
何と、重駆兵突撃を
駆士は面食らった。まるで自ら槍に突き刺さりに来た様に見えたからだ。
遂に、槍先がモンゴルウマ娘の腹を貫くかと思われた瞬間──走弓兵は
駆士には一瞬何が起きたか分からない。フルフェイスの兜越しに覗く狭い視界から、敵が消えた、とさえ感じられた。
両者は接触するぎりぎりですれ違い、そして、
『オーッ! ハイッ!』
両側面から、死の雨が叩き付けられた──モンゴルウマ娘が、
ほぼ零距離からの矢勢は、重駆士の
鎧の隙間からじわじわ流れ出す血液が、草原を赤く濡らした。
必勝の確信を得ていたレグニツァ十字軍は、悪夢の様な光景に絶句した。
◆
ウマ娘朝モンゴル帝国の《走弓兵》。
近世以前の世界史上、無敵と言われる兵科である。所以は一つ、モンゴル走弓兵は、
一見簡単な事に思われるかもしれない。だが想像してみて欲しい。貴方は走りながら、矢を番え、狙いを定め、尚且つ的に当てる事が出来るだろうか?
恐らく、番えるまでは出来たとしても、身体がぶれてしまって狙う所ではないだろう。しかし、その点はモンゴルウマ娘とて同条件である。
違いは、モンゴルウマ娘が
それは《跳躍射法》と呼ばれた。
走りながら矢を番え、射つ直前に地面を踏み切り、約十メートルを跳躍、その
この滞空時間中は、かなり身体の自由が利き、腰の回転によって、左側面に百八十度以上の照準が可能であった。
また、跳躍の角度調整により、鉛直方向にもある程度の射角を確保出来るという。
遥か十世紀前、かのローマ帝国を散々に痛めつけた、ウマ娘朝パルティアが編み出した事から、別名《パルティアンショット》とも呼ばれている。
モンゴルウマ娘にとって跳躍射法とは、特別な技術ではなかった。
幼い頃からモンゴル高原をぴょんぴょん飛び跳ね、獲物を狩る事は至極当然の日常であった。
チンギス・ハーンが特異であったのは、この当然の技術を、一糸乱れぬ集団戦法にまで昇華させた事である。
「オーハイ」
とは、モンゴルウマ娘が好んで使用する掛け声だ。元はモンゴルの祝詞の一種であったが、何時しか走弓兵の掛け声に用いられる様になった。
モンゴル走弓兵は
隊長が「オー」という声と共に、手にした矢で標的・跳躍角度を後続に示し「ハイ」という声で、同時に地面を踏み切り射掛けるのである。
大ハーンの意向を受けたスブタイ将軍は、この一連の動きを徹底的に調教した。
初めこそ天衣無縫のモンゴルウマ娘は、行動を束縛されるのを嫌がったというが、最終的には、
「みんな狩りが上手くなった」
と喜んだという。
軽装の素早さ、複合弓、跳躍射法、集団戦法──これは足し算の解に過ぎなかったが、ヨーロッパ人にとっては地獄から湧き出てきた悪夢だった。
◆
重駆兵の第一陣を叩き潰されたレグニツァ十字軍は、驚愕と恐怖の両方で静まり返っていた。
だが、第二第三陣の駆士たちは、その限りではなかった。
目の前で、仲間が、友達がやられている。中には即死を免れ、助けを求めている者がいる──例え悪魔が相手でも、座して見ている事など出来なかった。
命令の無いまま、全駆士は突撃を開始した。
駆士団長ローランは、死に向かう同胞を必死で止めようとしたが、叶うものではなかった。
猛り狂い、無策に迫る重駆兵は、モンゴル走弓兵の格好の餌食だった。
「猪狩りだな」
スブタイが呟くと、とある拍子で陣太鼓が叩かれた。モンゴルウマ娘たちは耳をぴくりと動かし、全てを承知した。
走弓兵は、第一陣の焼き直しの様に、接敵するぎりぎりで矢を放ち、即座に離脱した。
重駆兵は怒って追いかけようとするが、軽装のモンゴルウマ娘に追い付ける筈もない。すると別方向から矢が飛来してきて、一撃離脱で逃げていく。
これが執拗に繰り返され、疲労困憊した重駆兵の足が止まった。
すると今度は、一塊に立ち止まった敵の周囲を回りながら、雨あられの様にパルティアンショットが繰り返された。
突破力も体力も失った重駆兵は、為す術なく外側から削り取られていった。
倒れゆく駆士たちが、最期に思った事がある──それは「どうして、自分は向こう側ではないのか」という疑問であり、切望だった。
生まれてこの方、思う存分まで草原を走った事がない。ウマ娘にとっては、余りに狭過ぎる貴族の荘園に縛り付けられ、特に好きでも無い競技をして、鬱陶しい鉄板を纏わなければならない。
対して、モンゴルウマ娘はどうか。
あの牧歌的な姿よ!
今、次々に駆士を射ち抜いている格好でさえも、のびのびとして、何と自由な事か。
嗚呼、きっとそれこそが《ウマ娘朝モンゴル帝国》だったのだ。
願わくば、次に生まれ変われるなら、遥かなる草原へ──
数多の名も無き駆士たちは、レグニツァの平原に散った。
◆
ヨーロッパウマ娘たちの惨劇と同時並行して、スブタイ将軍は別働隊に命令を出していた。
突出した駆士団と、十字軍本陣との間に
油と薬品を染み込ませて火を付けた草束を、尾っぽに縛り付けたモンゴルウマ娘が、激しい煙を発生させながら重駆兵と十字軍の間を往復した。
この煙には粘膜を痛め付ける効果があり、否応なく流れ出す涙と鼻水で、十字軍は何らの対抗手段を打ち出せなかった。
悪い事に十字軍側が風下であって、早々の煙の解消は絶望的だった。
「魔術だ、蛮族が魔術を使いおった」
とあるドイツ諸侯が、涙に塗れて叫んだ。これは全く的外れな見解であり、普遍的な化学反応と、スブタイが近隣住民に風向きの聞き取りをしていただけである。
ようやく煙が晴れた時、彼らが目にしたのは──虎の子の重駆兵部隊が壊滅し、残党狩りをしながら此方に向かってくるモンゴル走弓兵の大軍だった。