蒼きウマ娘 〜ウマ娘朝モンゴル帝国について〜   作:友爪

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十字軍の反撃について

 

 駆士団を蹴散らし、煙幕の向こうから踊り込んできたモンゴルウマ娘軍団は、レグニツァ十字軍へ散々に矢を打ち込んだ。

 近距離では重駆士のプレートアーマーすら貫通する強弓である。欧州諸侯の鎖帷子など薄布も同然。盾を掲げようにも《走弓兵》は縦横無尽に駆け回るばかりか、ぴょんぴょん跳ねて上下角すら付いた射撃に即応する事は不可能であった。

 

「卑怯者、正々堂々と剣で戦え」

 

 そう叫んだ諸侯は、目立ってしまったためか、胸喉頭と、三箇所同時に矢を受けて永遠に沈黙した。

 その光景を隣で見ていた同輩は、声を上げる事すら出来なくなった。ばたばたと倒れていく神の軍(・・・)は、光景の凄惨さとは裏腹に、不気味なほど静寂に包まれていた。

 

 沈黙の最中、欧州人は思った。

 我々の如何な罪深さのせいで、この様な罰が与えられたのか──最も悲劇的なのは、彼らの考える罪とやらと、この大厄の間に、何らの相関関係が無い事だろう。

 

 しかし、未だ十字軍は秩序崩壊に至っていない。僅かに残った供回りのウマ娘駆士が、主人を守ろうと奮闘していたためであった。

 走弓兵に心臓をずきゅんされてしまった弩兵のクロスボウを拾って、怯える主人の前で壁を作り、何とか応射をしていたのである。

 

 さしものモンゴル側も全くの無傷では済まなかった。

 この応射を受けて倒れたモンゴルウマ娘は、隣を走っている十人隊(アルバン)の仲間が、即座に背中に抱えて戦場を離脱していくのだった。

 しかし、これは極少数例である。全体の損害比としては、目も当てられない段階に達しつつあった。

 

 

 小高くなった場所に陣を据えるモンゴル軍総指揮官──スブタイ将軍は、刻々と変化する戦場を、冷徹な瞳で眺めていた。

 左右の目耳をじっと正面に向けて動かさない。何かを測っている様子であった。

 

「やっているな」

 

 集中が解かれたのは、背後から主君の声がしたからである。「我が君」将軍は直ぐさま床几を降りて膝をついた。

 チンギス・ハーンは、軽く手を振って言う。

 

「苦しゅうない、皆の者楽にせよ」

 

 言ったのだが、スブタイは従わず、頭を下げたままであった。将軍の護衛、従者は、自分がどうして良いのか分からず、困ってしまった。

 チンギスは呵呵と一笑して、親友の肩を二度叩く。

 

「うん、今日もお前はスブタイであるな。好きにするのが良いぞ」

 

 気に止めた様子も無く、皇帝は前に進んで、戦場を臨んだ。それでようやくスブタイは立ち上がって、親友の少し後ろに並んだ。

 チンギスは青毛の尻尾を振り子の様に揺らして、縦横無尽の走弓兵を眺めた。

 

「そろそろだな」

「今暫くではありませぬか」

「いいや、頃合いぞ。見よ。前のウマ娘は奮闘しておるが、後の奴らめは逃げる算段をしておる。ああなっては、いかん」

「は……大ハーンのご慧眼、感じ入るばかりにて」

「世辞はよせ、自慢にもならぬ」

「陣太鼓を叩きましょう」

「止めておけ、悟られるとも限らぬぞよ。先鋒隊長はボオルチュであろ、なれば問題無い」

「しかし、ボオルチュの姐さんに、果たして機微が読み取れましょうや」

「何だ、奴も随分信用を無くしたな。まあ、見ておれ。矢玉飛び交う戦場に在って、ボオルチュの果断に勝る者無し」

「大ハーンの仰せのままに」

 

 チンギスは外套を翻して、後方へ戻っていった。友達が心配だったのだろう。

 直々の勧告を受けた将軍は、素直に有難く思い、その背中に拱手した。

 それから傍のトレーナーたちに、あれこれ指示を出す。やがて彼らを散らせてしまうと、再び戦場を俯瞰する。

 そして考えた。

 

 彼らが命を賭す西方の神とやらは、どれだけ偉大な顔をしているのだろうか──スブタイには全然想像もつかなかった。

 

 

 ◆

 

 

 本陣深くまでを押しに押されて、レグニツァ十字軍は壊乱の危機に瀕していた。

 ウマ娘駆士の顔に決死の覚悟が滲み出した頃である。

 

 無限に続くと思われた、降り注ぐ死の雨が、にわかに止んだ。

 常に最前線を掛けていた、小柄で芦毛のモンゴルウマ娘が、こう叫んだからである。

 

「なんてこった、矢が切れてしまった。これでは戦う事ままならん。逃げろ逃げろ」

 

 一目散に逃げ出した灰色の尻尾を見て、周囲のモンゴルウマ娘も呼応する様に叫んだ。

 

「わあ、ボオルチュ将軍が逃げてしまった」

「そんな、矢が無ければ戦えない」

「怖いよお」

「むりー」

 

 軍隊秩序の権化だったモンゴル走弓兵は、前線指揮官が逃げ出した事で、急速に士気を崩した。

 どたどた(・・・・)と逃げ出す敵軍を見て、血塗れの十字軍は呆気に取られたが、直ぐに熱狂に代わられた。

 

「やあ、蛮族が逃げ出したぞ。奴らは離れてしか戦えぬのだ。神は我々を救い給うた!」

 

 若い貴族が剣を掲げると、恐怖に縮こまっていた諸侯は、護衛のウマ娘の隙間から顔を出した。

 遁走する地獄の軍団を見るや、多くの者が、胸の前に十字を切って、手を合わせた。そして天に叫ぶ。

 

「恩寵に感謝致します。主は決して神の軍を見捨てなかった。今こそ反撃の時。神がそれを望まれる(デウス・ウルト)!」

 

 彼らは、信仰心と復讐心に滾った雄叫びを上げた。

 彼らの中で、神聖ローマ皇帝も、同じく雄叫びを上げていた。腕を振り上げ、その目は血走って、集団心理に泥酔していた。

 

神がそれを望まれる(デウス・ウルト)!』

 

 やはりそういう事にされた神の思し召しの大合唱が始まる中、駆士ローランは、畏まって主君に進言した。

 

「陛下、恐れながら申し上げます。我が駆士団は、もはや戦える状態にありませぬ。敵が退いたのなら重畳。ここは一度退いて、体勢を立て直すべきと存じます」

「何だ、そんな事を……」

 

 欧州屈指の指導人は、血走った目で寵愛するウマ娘の声を省みると、言葉に詰まった。

 ローランの美しかった金髪は泥と血に塗れ、頬は無数の細かい傷だらけで、あまつさえ肩に矢を受けて流血している。

 何故気が付かなかったのか──急速に血気の失せた目で、自慢の駆士団を眺めれば、顔ぶれの少なさに気が付いた。

 

「我が駆士ローランよ、オリヴィエは何処へ行った。リナルドは、テュルパンは」

「皆、討死しました」

 

 ローランは唇を噛んで、涙ながらに訴えた。

 

「正々堂々、立派な最期でございました。全ては陛下をお守りするため」

「おお、まさか、何と言う事だ」

 

 皇帝は、先程とは異なった意味で天を仰いだ。モンゴル走弓兵に対する恐怖よりも、愛するウマ娘の死が彼の胸を締め付けたのだ。一人のトレーナーは、がっくりと肩を落とした。

 

「分かった、お主の進言は尤もじゃ。これ以上の犠牲を出す訳にはゆかぬ、皆に言い聞かせようぞ」

 

 正気を取り戻した神聖ローマ皇帝は、急ぎレグニツァ十字軍の(名目上)盟主、ポーランド王の元に駆け付けた。

 年若いポーランド王は、彼自身の封臣に囲まれており、血に飢えた熱狂でぐらぐらと沸騰していた。

 そこに急に現れた冷静な人間とウマ娘、二名が撤退を勧めたのである。

 冷水をかけられた気がしたのであろう、ポーランド王は逆上した。話に耳を傾けるどころか、提案者をなじりすらした。

 

「これはこれは、敬虔な神聖ローマ皇帝とも思えぬお言葉。どうやら自尊心までも射抜かれ萎んでしまったと見えますな。主が与え給うた好機に背を向けるは、信仰に反するも同然ですぞ」

「うむ……しかし、既に我々は半壊しているのだ。追撃よりも、体勢を立て直すのが先決。今思えば、奴らはなぜ急に退いたのか。如何にも不自然ではないか」

「あの醜態が罠だとでも? あの蛮人共は、川を背にして逃げ場など無いというのに」

 

 年下の青年の無礼な物言いに、皇帝がぐっとこらえて食い下がると、ポーランド王は矛先を変えた。

 

「まさか、お付きの駆士に唆されたのですかな……おいそこの(・・・)、恥を知れよ。聖十字に仕える駆士なれば、命を賭して異教徒を打ち倒すのが当然であろうが。ふん、戦う事しか能の無いウマ娘如きめ。まさか蛮族に内通しているのではなかろ──」

 

 彼が最後まで言葉を繋ぐ事はなかった。

 神聖ローマ皇帝が、思い切り殴り飛ばした(・・・・・・)からである。

 地面を転がる一国の王の姿に、皆が驚き固まって言葉も無い中、欧州一のウマ娘愛好家は激昂した。

 

「貴様こそ恥を知れ、匹夫の小僧! 今の今まで駆士の背中に隠れておきながら、よくも抜かしたものだな。

 ウマ娘に戦うしか能が無いだと。では聞くが、広い麦畑を耕し、重い石材を運ぶのは誰のお陰だ。貴様はパンを食わぬのか、それとも城に住まぬのか。

 そこに感謝も無いのなら、貴様こそが蛮人だ。神に祈る前に、先ずウマ娘に謝れ。謝らんかあっ!」

 

 余りに凄まじい剣幕なので、敵軍より先に殺されかねないと思ったポーランド王は、鼻血を流しながらローランに非礼を詫びた。

 それでも怒気の収まりきらぬ皇帝を、ウマ娘が宥めると「ローランに免じて許す」と、ようやく気を静めたのだった。

 

 内輪で一悶着あった十字軍であったが、結局、追撃を中止する事にはならなかった。

 皇帝や王といった立場の者は既に乗り気でなくなっていたが、欧州各地の諸侯らは加熱しきっており、もはや止まらなかったのである。

 

 中世ヨーロッパ封建社会において、王や皇帝はあくまで並み居る諸侯の代表人に過ぎなかった。封臣に対する絶対権限を有さず、従って行動を極端に制限する事も出来なかった。

 その様な社会構造としての脆弱さが、戦場で露呈したのである。

 

 諸侯らは、思い思いのタイミングで、戦車(チャリオット)を走らせた。この追撃は全く疎らであって、相互協力など存在しなかった。

 神聖ローマ皇帝は深く失望し、しかし優しい声で、駆士ローランに言った。

 

「我が駆士ローランよ、ご苦労だった。残った団員を連れて、故郷に戻れ。この様な戦に付き合う義理は無いのだ」

「それでは、陛下はいかがなさるのですか」

「我は西方ローマの皇帝だ。即ち十字世界の守護者である。神に与えられた役目を放棄し、十字の軍を見捨てる事は出来ぬ。しかし、お主は違う。お前の帰りを待っている者が、村に沢山居るであろう。いや、いっそ敵に投降しても良い。同じウマ娘なのだ、命までを取られる事は──」

「陛下、それ以上情けない事を言われますな!」

 

 血と砂に汚れたローランは主君の言葉を遮り、跪いた。

 

「陛下は民の税を軽くして下さった。水路を拓き、村を潤して下さった。村の子供たちが、春を待たず飢え死にする事を無くして下さった。貴族が民を虐めるのを、戒めて下さった。まだまだ、言葉には並べられぬ程に」

 

 黄金の駆士は、詰め寄る様に、為政者としての皇帝の仕事を称えた。

 僅かに残った駆士たちも、同様に頷き、涙を流した。

 

「私は、心から嬉しかったのです。貴方の役に立ちたかった。取り立てられたあの日から、とうに陛下と身命を共にする覚悟。例え死して骸を晒し、骨拾う者なくしても、悔いはない。駆士は忠愛の為に死すのでございます」

 

 決死の訴えを聞き届けた皇帝は、やがて徐に自らの剣を引き抜いた。

 刀身に接吻し、その剣の腹を、未だ跪く駆使の肩に当てた。ローランの駆士叙任式以来の光景であった。

 

「そなたこそ、駆士道の鑑。ローマ皇帝の名において、汝ローランへ聖駆士(パラディン)の称号を授けるものなり」

「ははっ……」

 

 ローランは涙を流し、叙任を受けた。

 そして、神聖ローマ皇帝は戦車に飛び乗った。手を組み、祈りを捧げる。

 

「神よご照覧あれ! あなたの下僕は、自らの役目を果たすのです。神の軍とウマ娘に幸いあれ。下がって愚なる我が身に、あなたの祝福がありますように」

 

 ウマ娘を聖駆士に叙任した剣で、前方を指し示した。

 

「全軍突撃!」

 

 合図と共に、御者のウマ娘が勢い良く戦車を引いた。残った僅かの駆士たちが、高声を上げ主君の後に続き、草原を駆けた。

 

 神聖ローマ皇帝と、駆士団は既に死に溢れたレグニツァの平原を行く。

 彼らの命運は、ここに定まった。

 

 

 ◆

 

 

 モンゴルウマ娘は「わあ」や「きゃあ」等と叫びながら、尾っぽを振り振り、先とは比べ物にならない遅速で逃げ出している。

 そして間もなく、川岸に達した。追撃を仕掛ける十字軍は、遂に蛮族を追い詰めたと思った──が、モンゴル軍の遁走はそこで止まらなかったのである。

 

 モンゴルウマ娘は、川から所々突き出した岩肌を、ぴょんぴょん跳躍して渡り出した(・・・・・・・・・)のだ。

 それなりの幅がある河川であったが、彼女らは四五回足を着くだけで、向こう岸まで到達してしまった。

 

 諸侯はその身軽さに呆気にとられた。まるで軽業師の曲芸を見ているかの様だ──欧州人は知る由もなかったが、モンゴル軍は世界一過酷な障害物競走《モンゴルダービー》の走破者で構成されるのである。

 

 彼女たちは、高山を越え峡谷を跨ぎ、大河を泳いで砂漠すらも闊歩した。

 この程度の河川であれば、有って無いような障害であった。

 あっという間に全軍渡河してしまうと、再びのろのろ(・・・・)逃げ出した。

 

 しかし、十字軍はそうはいかない。

 重武装の駆士は、跳ねるどころか、岩の上でバランスを保つ事すら難しかった。それも人間であれば尚更である。

 追撃続行のためには、地道に川底を歩くしか術がなかった。

 

 絶妙であったのは、この川が、頑張れば渡れない事もなかった(・・・・・・・・・・・・・・)点にある。水かさは膝を超えるが、腰までは来ない位で、少なくとも溺れる心配は無かった。

 これがもし、鎧を着て転んだら間違いなく溺死する──そういう深さであったのなら、十字軍は渡河を諦めただろう。

 

 結果的に、十字軍は追撃を断念しなかった。

 駆士は水底をじゃぶじゃぶ歩いて、御者のウマ娘は戦車を担ぎながら、その後ろを、おっかなびっくり人間共は付いて行った。

 

 その間、モンゴルウマ娘は先に進んでいた。

 川の中から何とか様子が窺える──その様な距離間で、何やら仲間同士で取っ組み合いをしていた。

 ウマ娘二名が、お互いの腰辺りを両手で掴み、右へ左へよろよろしたかと思えば、片方が地面に投げ飛ばされる。

 時には平手で打ったり、足を引っ掛けたりしながら、相手を転ばそうとしているのだった。

 

 仲間割れをしている──レグニツァ十字軍は確信した。

 蛮族は天に背かれ、今、人に背かれた。正に逆転勝利は間違い無し。彼らは互いを励まし合いながら、渡河を急いだ。

 

 全軍が渡りきり、脱落者が居ないか点呼を始めた時も、モンゴルウマ娘は取っ組み合いを続けていた。

 一際大きな叫びが上がって、そちらを見れば、もさもさした駁毛の将軍が、青毛の蛮族王を投げ飛ばした所だった。

 遂に首脳までが争い始めたと合点し、諸侯は各々陣容を整えようとした。

 

 

 その時、あの陣太鼓(・・・・・)が再び鳴り響いたのである。

 

 

 現代の我々は、両軍の布陣図を俯瞰的に眺める特権がある。

 始めモンゴル軍は川を背にする、言わば《背水の陣》であった。

 これは、兵に決死の覚悟をさせ起死回生を目論む陣形であるが、スブタイ将軍の狙いは全く別だった。

 

 十字軍が渡河を完了した時点の布陣図を見てみよう。

 何時の間にか、立場が逆転しているのである。即ち、十字軍が川を背にして、それをモンゴル軍が挟み撃つ形である。

 

 スブタイの立案した陣形は、戦の常道を無視した訳でも、起死回生を狙った訳でもなかった。

 全てはこの時のために──敵に背水を強いる(・・・・・・・・)事に集約されていたのである。

 

 

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