蒼きウマ娘 〜ウマ娘朝モンゴル帝国について〜   作:友爪

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ポーランド《有翼駆兵》の成立
ポーランドの改悛王について


 バチカンや、神聖ローマ帝国の様に、大きく国力を衰退させた勢力が在れば、反対に飛躍させた勢力もあった。

 ポーランド王国である。

 

 一見奇妙な話であろう。

 ポーランド王国は《ワールシュタットの戦い》の舞台であり、レグニツァ十字軍に参加するポーランド諸侯も非常に多かった。

 その尽くが殺害され、政治秩序は完全に崩壊。神聖ローマ帝国の様に、内乱が発生する余裕すら無かった。

 

 しかし、ただ一人、落ち延びた参加者が居た。

 それこそが、歳若きポーランド王である。

 

 戦い以前の王は、全く傲慢で、情けない男であった。

 彼は、チンギス・ハーンの巫山戯た手紙に激怒し、欧州全土に檄文を発したは良いものの、スブタイ将軍の偽装撤退にまんまと釣られ、諸侯を煽った末、駆士ローランを罵倒し、神聖ローマ皇帝に殴り倒され、鼻血を流して平謝りする──と、散々である。

 忠告を聞かず、偽装撤退するモンゴルウマ娘を、戦車(チャリオット)で真っ先に追撃したのも彼である。

 それが何故生き延び得たのだろうか?

 

 あの時、ぴょんぴょん跳躍して渡河するモンゴルウマ娘を、欧州諸侯は川底を歩いて追いかけた。

 けれども、ポーランド王だけは渡河出来なかったのだ。何故か──戦車の御者ウマ娘が水恐怖症(・・・・)だったのである。

 

 子ウマの頃、川で溺れかけたらしい彼女は「絶対むりぃ」と涙目で、梃子でも動こうとしなかった。

 御者ウマ娘と、ポーランド王がわちゃわちゃ(・・・・・・)押し合い圧し合いしているうちに、対岸で壊乱した十字軍の惨状を目にする。

 

 モンゴル《走弓兵》による正に屍山血河の光景を目にした彼は青ざめ、一転、尻に帆を掛け逃げ出したのであった。

 その結果、モンゴル重駆兵の挟撃からも間一髪で逃れ(ジェベ将軍が健在であれば有り得なかったと考えられる)、僅かな供回りと共に、レグニツァ十字軍唯一の敗残兵となったのだった。

 

 

 ◆

 

 

 命からがら逃げ帰った王は、暗澹として塞ぎ込んだ。

 十字軍の全滅は自分のせいではないかという自責と、独りのうのうと生き残ってしまった事を深く恥じたのである。

 彼は部屋に閉じ篭り、食事を取らなくなってしまう。幼少時から従っている近習(じいや)の呼び掛けにも一切応えない。

 

 そして遂には、胸に短剣を突き立てんと自刃未遂を起こしてしまう。

 これは、夜の中庭で王を偶然目撃した近習に取り押さえられたものの、短剣を落とした王は泣き叫んだという。

 

「死なせてくれ。こんな男に生きる資格などない。レグニツァに散った勇者たちが、それを許してはくれないのだ。おお、神よ、どうして私を生かしたのですか──」

 

 その後、妻の献身的な説得もあり、再びの自刃未遂は無くなったものの──彼は王冠を脱ぎ、出家(・・)する事を決めた。

 

 国内諸侯が死に絶え、この上、国王まで居なくなったらポーランドはどうなってしまうのか──家臣の制止も顧みず、ポーランド王は黒い質素な僧服に身を包み、十字架(ロザリオ)だけを荷物にして、僻地の修道院に出立した。

 バ車を引くのは、お付きの御者ウマ娘──レグニツァの戦いで戦車を引いていた彼女であった。

 

 この時点で、王は自決の意志を捨てていなかった。出家というのは、王宮での邪魔を振り払うための方便に過ぎなかったのだ。

 修道院に向かう道中、剣呑な雰囲気を感じ取ったのだろうか、御者ウマ娘は足を止めて、主人に話しかけた。

 

「王様は、これからどうなさるおつもりですか」

 

 何処か現世を見ていない視線で、王は答えた。

 

「本来なるべき様に、この身を処するだけである」

「それはどういう意味ですか」

「お前もレグニツァの地で見ただろう。王侯貴族も駆士も、勇敢に戦い果てた。しかし、私だけが違った。罪から逃れる事は、出来ぬ」

 

 するとウマ娘は泣き崩れて訴えた。

 

「いいえ、王様は悪くありません! 全ては私の臆病のせいで御座います。王様の罪は、同じく私のもの。私はお付きの御者であります、せめて何処までも陛下にお供させて下さい」

 

 余りに必死な様子である。自分のけじめに、無垢なウマ娘を巻き込みたくないと思ったポーランド王は、悩んだ末、王宮に引き返す様に言った。

 すると御者ウマ娘は大いに喜んで、尾っぽを激しく振りながら言った。

 

「実は、近くの村に生家が御座います。寄っていかれませんか」

 

 王が浅く首肯すると、御者ウマ娘は先と比べ物にならない位に軽やかな足取りでバ車を走らせた。

 着いた村は、何の変哲もない中世の村だったが、王宮から殆ど出たことの無かった王にとっては珍しく、しきりに辺りを見回した。

 御者が、一件の小屋の戸を叩くと、中から子ウマが飛び出してきた。

 

「おねえちゃん、おねえちゃん」

 

 御者が、喜んで腰に抱き着く妹の頭を撫でていると、奥から妙齢の母ウマ娘が嬉しそうな顔を出す。

 

「あらあら、急なお帰りだこと。そちらはええと……お坊さんかしら? よくいらっしゃいました、どうぞ中へ」

 

 修道僧の格好をしたポーランド王は、暖かい笑顔に招かれるまま小屋に入った。

 

「お腹が空いたでしょう。何日も食べていない様な顔をしていますよ。少し待って下さいね、麦粥を温めますから」

 

 痩せこけた王の頬を見て、心配した様子で鍋を温める母ウマ娘に、王は戸惑った。

 しかし、御者ウマ娘に椅子を勧められたので、大人しく待つ事にした。

 

「さあどうぞ」

 

 にこにこしながら差し出された、椀一杯に盛られた麦粥を、彼は一口食べた。

 そして驚く──この世の物とは思えない程に美味い。飢餓状態であった彼は、貪る様に麦粥を流し込んだ。

 その食べっぷりに、母ウマ娘は耳を弾ませて喜んだ。

 空になった椀を置いて、僧服の王は感謝した。

 

「何とも生き返った心地です」

「余程お腹が空いていたのですね。修行も良いけれど、全ては生きてこそ」

「はい……」

「この間、大きな戦いがあったでしょう。この娘は、名誉な事に王様の御者をしております。けれど、戦いの生き残りは居ないと聞いて、目の前が真っ暗になりました。王様を連れて生き残ったと聞いた時は、本当に嬉しかった」

「嬉しかった?」

「ええ、本当に。これぞ神の思し召し。あの酷く悲しい戦いで生き残ったのは、きっと神がそれを望まれる(・・・・・・・・・)という事でしょう」

 

 それは何処かで聞いた言葉であった。しかし今では意味合いが全く異なって、彼の心に染み入った。

 ポーランド王は、隣に座る御者ウマ娘を見た。彼女が涙目で深く頷く。

 王の頬を、涙が激しく伝った。十字架を握り締める様に手を組む。

 

「有難う、有難う。神よ、貴方がそれを望まれるなら、私は従います。生きる限り、残された者の責務を果たします」

 

 体力と、生きる気力を回復させた王は、急ぎ王宮へ戻る様に御者ウマ娘へ言った。

 別れ際「しっかり王様に仕えるのですよ!」という母ウマ娘の激励に赤面しながら、御者ウマ娘は飛ぶ様にバ車を走らせた。

 

 

 ◆

 

 

 出家を取り消し、再び王冠を被ったポーランド王は、まるで生まれ変わったかの様だった。

 自尊心が高く、傲慢で、非情な若者の姿は今や消え失せた。勤勉で、慎み深く、慈悲深い真人間になったのだ。

 一体何が起こったのか──暗愚な主君に、戦の大敗と、ポーランドの行く末を憂いていた家臣は驚愕したものの、ともかく深淵なる神の恩寵に感謝した。

 

 王が初めに行ったのは、猛勉強であった。

 というのも、レグニツァ十字軍の悲劇は、何より無知と相互不理解が原因である、と考えたからだ。

 古今東西のあらゆる書物を読み漁り、時にはギリシャやアラブからすら文献を取り寄せ、先進的な思想を学んだ。

 宗教や文化を問わず、ひとえに良きもの(・・・・)を吸収しようとする若者は、急速に為政の能力を開花させた。

 

 平行して、封建領主が討死した広大な荘園を直轄地として接収、王権を強め、混乱を鎮めた。

 労働力を大きく損なった国力を回復させるため、数年間の無税を布告する。

 その間には法外な税制を改めて民の負担を軽減、理不尽な裁判制度を廃止し正義を示した。

 

 バチカンが十字軍を破門した、という問題に対しては、彼は非常に憤慨した。

 自分はともかく、神の名の下に戦った死者に対して何たる仕打ちかと、バチカンに猛抗議する。

 あちら側でも、命乞いはしたいが、流石に後ろめたかったのだろうか、

 

『ポーランド王の破門は解くが、十字軍の破門は解かない』

 

 という、玉虫色の回答が返って来る。

 しかし、どうしても納得がいかないポーランド王は、生涯を賭してレグニツァ十字軍の名誉回復活動に邁進する事となった。

 

 また、ポーランド王は度々国内を行幸して回った──あの御者ウマ娘を伴って。

 実際に民の生活を見なければ本物の為政者とは呼べない、と考えたからだ。

 そして民衆生活を目にした彼は《ウマ娘》という存在が、農業、流通、建築、その他諸々の経済にどれだけ寄与しているかを知った。

 ウマ娘との接点と言えば、お付きの御者くらいしか無かった彼は、この時に至り、かつて神聖ローマ皇帝に殴られた本当の意味を悟ったのである。

 

 過去の自分を恥じ入った若者は、ウマ娘を優遇した。

 古代の記録を参考に、王宮近くの平野に競バ場を設営し《バ間槍試合(ジョスト)》に代わる平和的な娯楽を提供した。

 もちろん国内のウマ娘は大歓喜し、国王に感謝した。それどころか、国外にも噂が広がり、次々に各地の駿メが参集した。

 ポーランド競バは大いに盛り上がりを見せたと伝わる。

 

『駿メを欲さば、先ず競バ場を建てよ』

 

 とポーランドの諺にあるが(環境を整えれば才人が自然に集まるの意)、これが欧州競バの起源とするのが有力説である。

 競バが存在しない、ウマ娘にとっての暗黒時代──と呼ばれていた中世ヨーロッパであったが、ポーランド王によって打ち破られたのだった。

 

 上記一連の大胆な改革は、若き王に忠実で有能な家臣を選抜し、王宮の行政組織を整える事で、次々に押し進められた。

 皮肉な事に、異議を唱える古い諸侯が死滅(・・)していたため、改革は円滑に進んだという。

 

 疲弊したポーランド王国は、集まったウマ娘の力も借りて、みるみるうちに豊かになった。

 この稀なる善政に、国内外の名声が高まる中も、彼は勉強を続けていた──否、彼は生涯学び続けた。

 学び、分かり合う事こそが、唯一平和の道であると信じていたからだ。

 人民は、醜い自分を悔い改めた姿勢と、いつ何時でも人間とウマ娘の幸せを考える彼の美徳を指して、

 

《改悛王》

 

 と呼び習わし、賞賛するのであった。

 

 

 ◆

 

 

 ポーランド《改悛王》の王宮は、非常に質素なものであったと言われている。

 王が贅沢を好まなかったから、というのが一つ、しかし他に重大な理由があった。

 壮年期に差し掛かり、髭を蓄えたポーランド王は、それは威厳に満ちた姿であったが、王宮内はそうでは無かった。

 

 子ウマたちが、きゃっきゃと駆け回っていたのである。

 

 というのも、当時近隣の村で水害があって、身寄りを無くしてしまった子ウマたちを、臨時的に王宮で引き受けたからである。

 豊かな国庫を解放し、水害復興は順調に進んだ──が、王に懐いた子ウマたちは傍を離れようとせず、離そうとすると泣き喚いた。

 困り果てた家臣たちだったが、王は笑顔で受け入れたのだった。

 

 そうして、お墨付きを得た子ウマたちは、毎日元気一杯に王宮を駆け回るのであった。

 当初、家臣は止めようとしたらしいが、

 

「良いではないか」

 

 と、王は重要政治文書を片手に、満面の笑みだった。

 神聖ローマ皇帝から引き継いで、二代目《欧州一のウマ娘愛好家》の呼び声高い改悛王であった。

 その結果、王宮を駆け回る子ウマたちは、有り余る情熱で以て、数々の美術品を破壊(・・・・・・)した。

 これは流石に堪らないとして、使用人たちが急いで展示物を片付けたので、王宮内は一見して質実剛健、質素な趣になったという事である。

 

 この時期の王宮を訪れた他国の外交官は、非常に驚いたという(当然だ)。

 子ウマに髭を引っ張られながら政務を行う王の姿を目撃した外交官は、やはり《改悛王》は只者でなし──と本国に報告書を提出した。

 

 ある日、とある国の失敬な外交官は、この光景を見て嘲笑した。

 

「やはり、ウマ娘というのは獣に近きものですな」

 

 すると、髭を引かれて微笑んでいたポーランド王は、にわかに顔色を変えると立ち上がり──外交官を殴り倒した(・・・・・・・・・)

 

「恥を知れこの匹夫めが! ウマ娘に敬意も無いのなら、貴様こそが獣であろう!」

 

 余りの豹変に、外交官は鼻血を流して平謝りした。

 このやり取りを見た、王の近習(王の教育係、件の戦いにも参加した最古参)は、大口を開けて笑い、その後で感涙を流した。

 

「まさか坊ちゃんから、あの時(・・・)と同じ言葉を聞くとは。爺は感無量で御座います、何も思い残す事は御座いません」

 

 かつて殴られる側であった改悛王は、赤面しながら答えたという。

 

「ウマ娘に比ぶれば、人間はか弱い葦に過ぎぬ。しかし考える葦である。伸びもしよう」

 

 

 ──さて、王宮に訪れたのは、外交官ばかりではない。

 繁栄するポーランドの首都クラクフには、時に旅の吟遊詩人が訪れた。彼らの歌は、気苦労の絶えない為政者の心を慰めたと言われている。

 ある日、ドイツのベルリン村(・・・・・)出身であると自己紹介したウマ娘吟遊詩人が、ポーランド王のためにリュートを奏でた。

 

 

 ローラン ローラン──

 遥か駆けた西の果て 真の勇士を見つけたり

 勇士の名はローラン 壮麗なる黄金の駆士よ

 金の御髪を靡かせて 命は惜しまぬ忠のため

 雲霞の敵を前にして 一歩も引かぬ愛のため

 ローラン ローラン──

 

 

 気高く美しく、非常にキャッチーでありながらも、何処か物悲しい旋律であった。

 吟遊詩人の演奏に、王を初め、家臣や、子ウマたちですら聞き惚れたという。

 改悛王は、感じ入った様子で問うた。

 

「ローラン、懐かしき名前だ。身を以て忘れられぬ。あのレグニツァの戦いで、神聖ローマ皇帝に仕えた駆士であろう。何故お主が知っておる」

「聖駆士ローランとは、ベルリン村の同郷(・・・・・・・・)で御座います。血縁は有りませぬが、妹の様に可愛がってもらいました」

「何と、そうであったか。しかし見事な曲よ」

「実は私めの作曲ではありません」

「では誰の」

「かのスブタイ将軍で御座います」

スブタイ(・・・・)だと……っ」

 

 改悛王は、危うく王座から転がり落ちる所であった。顔面を蒼白にして、ぶるぶる震え出す。

 恐怖の代名詞《Subutai》の衝撃は、彼の根底にこびり付いていたのである。

 子ウマたちの心配する声に、何とか正気を取り戻した王は、咳払いをして旅の吟遊詩人に言った。

 

「ともかく見事な腕前よ。お主さえ良ければ、宮廷楽長として取り立てたいと思うが、どうか」

「身に余る光栄に御座いますが、私は旅人として、聖駆士ローランの歌を世界に広めたく思うのです」

「残念な事だ。それでは、せめて援助をさせてくれ」

「有り難き幸せ」

 

 そして、袋一杯の金貨を受け取ったウマ娘吟遊詩人は、再び旅立っていくのだった──その後《ローランの歌》は欧州全土に広がり、聖駆士の気高き生き様は、現代に至るまで残される事となるのである。

 

 

 

 

 

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