蒼きウマ娘 〜ウマ娘朝モンゴル帝国について〜   作:友爪

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レグニツァ駆士団について

 子ウマたちの屋内全力疾走から、代々の美術品を避難させたポーランド王宮であったが、その質素が気にならない位に、王宮は賑わっていた。

 内務官に外交官が絶え間無く往来しており、そこかしこで政論が行われている。王座の周囲には常に複数の大臣がたむろしていて、次々と新政策を打ち出していくのである。

 

 そして、忙しい大人の足元を縫う様に、子ウマが「わーい」と駆け抜ける──ポーランド人たちは何時の間にか、この不可思議空間に順応してしまった。

 慣れ(・・)とは、恐ろしくも慈悲深い。

 

 その様な環境下で、すくすく育つ子ウマたちは、駆け回ったり王の髭を引っ張ったりするのを止めて、他の遊びに興じ始めた。

 駆士ごっこ(・・・・・)である。

 

 先だって旅のウマ娘吟遊詩人から《ローランの歌》を聞いた子ウマたちは、黄金の聖駆士に強い憧れを抱いた。

 ちゃんばらごっこには飽き足らず(植木を軒並みへし折る手柄を立てた)、倉を漁って古い駆士鎧を引っ張り出してくると、ぶかぶかのそれを着込んで、王宮内を行進し始めた。

 

「王様はあたしたちが守る」

『まもるー』

「あたしたちはレグニツァ駆士団」

『レグニツァ駆士団ー』

 

 甲冑の重みで、ふらふら危うげな行進を目撃した一人の執事は、速やかに王へ報告したが、

 

「良いではないか」

 

 答えは何時もの(・・・・)であった。

 どころか、家臣と合議中であった王の執務室に行進が突入してきて、

 

「王様、私たちに駆士じょにんを」

 

 と駆士団長(仮)が跪くと、王はにっこり笑って、ごっこ遊びに付き合うのだった。

 呆気とする家臣団を他所に、改悛王は壁に掛けてあった長剣を引き抜くと、優しくウマ娘の肩に当てた。

 

「ポーランド王の名において、汝らを駆士に叙任するものなり」

 

 子ウマたちは大いに喜んで、以後正式に《レグニツァ駆士団》を名乗る事となる。

 

 実は《ワールシュタットの戦い》以後、ポーランド王は壊滅した駆兵隊を再編しようとはしなかった。

 モンゴル軍に一方的に蹂躙される駆士の惨状が忘れられなかったから、というのが定説である。

 故に、ポーランド軍は長らく駆兵不在であったのだが──

 

 しかし、ごっこ遊びに過ぎぬと思われた《レグニツァ駆士団》は、本気も本気、真剣そのものだった。

 

 子ウマらは、元は水害により天涯孤独の身であった。親兄弟を失って泣き暮らし、お腹を空かせていた彼女らの身を引き受けたのが改悛王であった。

 家と食事を賜り、何より無償の愛を注いでくれた。ウマ娘は、何時か大恩を返さねばならぬと、彼女らなりに誓っていたのだった。

 そして時は経つ。美しく健やかに成長し、ぶかぶかだった鎧がぴったりになっても、ウマ娘たちは行進(・・)を止めなかった。

 

「我々は王の剣なり」

『剣なり!』

「我々は王の盾なり」

『盾なり!』

「我々はレグニツァ駆士団」

『レグニツァ駆士団!』

 

 むしろ行進は、年を経る毎に洗練され、続々参加者が増えていった。

 長槍は天を突く様に高々と、進ませる足の一挙一動までぴたりと揃い、忠愛に満ちた双眸が爛々と輝く。

 王宮の露台(バルコニー)から、この壮観な行進は眺められた。他国の使節などは漏れなく感嘆し、王の人徳を讃えたが──当の国王は極めて微妙な表情をしたと伝わっている。

 

 初代《レグニツァ駆士団》団長は、改悛王自ら駆士叙任を受けた事を生涯の誇りにした。

 駆士叙任式の様子を宮廷画家に描かせ(色々酸っぱく注文を付けた)、その絵画を団長室に飾っている事からも度合いが伺えよう。

 

 満足ゆくまで幾度も描き直させて、遂に神々しく仕上がった絵を主君にお披露目すると、王は何も言わず、ただ団長の髪が滅茶苦茶になるまで撫で回した。

 いっぱい褒められた(・・・・・・・・・)と思った団長は、益々自信を付け、得意満面で客人という客人に見せつける。

 ここから評判が拡がり、絵画《改悛王の駆士叙任》を褒めそやす声が高まると、ウマ娘は胸を張ったものだったが、王自身は概ね黙して語らなかったという。

 この中世を代表する名画は、現在もクラクフ王宮跡の博物館で展示されている。

 

 レグニツァ駆士団のシンボルとしては、もちろん聖駆士ローラン、その人を象ったものを掲げており、各々鎧の胸に彫られていた。

 我々こそが駆士ローランの精神的後継である、と自認していたのである。

 

 因みに、ほぼ同時期にドイツ地域でも《ベルリン駆士団》が結成されており、シンボルも似たものであった。

 当然、何方が正当な後継なのか、と両者はいがみ合う。互いに主張を書き連ねた手紙を送り付け(団員自ら配達)、大論争を巻き起こす。

 

 しかし、片や聖駆士終焉の地であり、片や出生の地である──議論は平行線の堂々巡りで、とうとうレグニツァ駆士団長は、育ての親であるポーランド王に泣きついた。

 

「あの娘たちが真似っこするんですよっ」

 

 王は微笑み「君たちが本物だよ」と慰めると、団長は耳をぴょこぴょこさせて帰っていった。

 ここで、あくまで個人見解に留め、世間に向け正式に意思表明をしない辺り、王の政治的センスが光る。

 

 八百年を経た現代も、この議論の決着は付いていないのだが──駆士そのものが名誉職となったため、両団はそれなりに仲良くしている。

 互いの国の、出生と終焉の聖地(・・)を訪問、案内するという交流は、今でも続いている。

 

 

 ◆

 

 

 欧州屈指の名君と知られるポーランド《改悛王》であったが、国内が安定すると、王権に反発する勢力が現れた。

 かつて王に荘園を奪われた(と思い込んでいる)貴族の末裔である。

 

「王は戦後の混乱に乗じて不当に父祖の土地を没収した。この上は、速やかに正統の領主に返還されよ」

 

 と主張する彼らであったが──民からは完全に無視された。

 民にしてみれば、善政を敷く者こそが正当(・・)なのであり、それは《改悛王》に他ならなかった。

 そもそも、再び彼ら貴族が台頭出来たのも、国が豊かになった故であり、そうでなければ完全に没落していたのだが──流れの図式を、若い貴族の子弟らは理解していなかった。

 

 憤懣やるかたない貴族らは、勇んで傭兵を結集させる。

 反乱軍が集結地点に選んだのは、何とレグニツァ平原(・・・・・・・)であった。

 王に対する当てつけ、明らかな侮辱である。

 

「やい、出てこい。それとも臆病者の王は恐ろしくて戦えないか」

 

 そう言って嘲笑する貴族連合に、王は眉を顰め「捨ておけ」と言ったのみで、まともに取り合わなかった。

 王は、無益な流血を常に倦厭する人であった。

 

 実は、思う所もあったのだ。

 モンゴル軍による統治機構完全崩壊の後、領内の混乱を収拾させるためとはいえ、荘園接収をしたのは事実である。

 考え様によっては「不当に没収された」という彼らの主張も無理筋ではなかった。

 内政志向が強く、侵略的拡大戦争を生涯行わなかった改悛王である(同盟参戦、外交併合は多数)。彼らの身元を確認して、統治能力を測ってから、正式な手順で荘園返還を行う事もやぶさかではなかった。

 

 しかし、事は上手く進まなかった。

 地元の領民が大反対したためである。彼らは、何処の誰かも知れない領主様(・・・)よりも、賢く慈悲深い王に統治される事を望んだのだ。

 どうか考え直して欲しい──という旨の嘆願書が執政机に山積みになり、内務官は頭を抱えた。

 

 そして何より、レグニツァ駆士団が激怒していた。

 

 命の恩人にして育ての親を侮辱され、駆士団の聖地たるレグニツァ平原を汚されたのだ。

 特に駆士団長の怒りは凄まじかった。煮え滾るはらわたを抱えて、逆立つ尾毛と、自慢の長槍をりゅうりゅう振り回し、十数年ぶりに王宮の備品を破壊した。

 更には悔し涙を流し、奇怪な雄叫びを上げて、王宮近くの競バ場を十周回すると、ようやく理性を取り戻して、団員たちに号令した。

 

「おのれ、許しておくべきか! 憎き貴族のバ鹿息子、如何な外道の道理もて、我らが改悛王を侮辱せしめん。我が駆士団の面々に問う、君の心を団長に聞かせよ」

『許すまじ、許すまじ!』

「然ればその心は、改悛王を尊ぶか」

『いとも尊き改悛王、英智は遍く地上を照らしたもう!』

「然ればその心は、改悛王を愛するか」

『いとも優しき改悛王、慈愛は万民に注がれたもう!』

「然ればその心は、かの地レグニツァに居座る逆賊を如何に処す」

『不倶戴天の逆賊は、尽く討ち倒されるに定まれり!』

「聖駆士ローランも御照覧あれ。その駆士道こそ誇るべし──」

 

 王宮の中庭に集結したウマ娘を、露台(バルコニー)から様子窺いしていた改悛王は微妙な笑顔になって、

 

「是非も無し」

 

 傍の軍務大臣に漏らすと、急ぎ出陣の準備を整える様に命じた。

 王は、胸が苦しくなるのでレグニツァ平原に近付きたくもなかったが、事ここに至っては、一戦交える以外に是非も(しょうが)無かった。

 




 ポーランド王国については、あと少しだけ続きます。
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