蒼きウマ娘 〜ウマ娘朝モンゴル帝国について〜   作:友爪

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内乱の決着と結果について

 レグニツァ平原に親征するポーランド《改悛王》の進軍は、遅々としたものであった。

 既に初老に差し掛かっていた彼は、例の戦場へ近付くに応じて、冷や汗を流し息を詰まらせ、度々小休止しなければならなかったからである。

 

「どうかご無理をなさらず……お水をどうぞ」

 

 御者ウマ娘は、座り込む主君をしきりに気遣った。差し出された水筒を飲めば、ほのかに蜂蜜の甘みがあった。

 確か彼女の大好物だったはずだ。めっきり白髪混じりになった己だが、御者ウマ娘は相変わらず若々しく健気で愛らしい──王は、ようやく一息吐けた気がした。

 

「ありがとう、元気が出たよ。お前には助けられてばかりだ」

 

 笑いかけて御者の毛並みを撫でれば、彼女は頭をぐりぐりと王の脇腹に擦り付けた(御者ウマ娘の癖である)。

 

 進軍に先行するレグニツァ駆士団は、様々もどかしそうに二名を眺めていた。

 駆士の掲げた槍先には、吹き流しが悠々と風に靡いている。そこにはためく駆士団のシンボルを見るにつけ、改悛王の胸に複雑な想いが去来するのだった。

 

 願わくば、過ぎし日の子ウマには、戦と無縁でいて欲しかった。だが自由なる彼女らの幸せを、己が型に嵌める権利など、塵とも持たぬと知っていた。

 あの時、ごっこ遊び(・・・・・)に付き合ったばっかりに──甚だ人生とは、どうとも分からぬものなれや。

 

 遅々とした行軍の末、レグニツァ平原に至ったポーランド軍は、貴族子弟連合軍と対峙した。

 一見して、当初見込んだ数よりも多いと分かった。道中ぐずぐずしている間に増えたのだろう。その数、ポーランド軍に勝るとも劣らない。

 

 しかし、傭兵主体と聞き及んでいたが、それにしては格好が妙であった。どちらかといえば正規軍の様な、小綺麗な装備をしている。

 ドイツ風の。

 王は鼻を鳴らした。騒動の裏幕に、大方想像が付いたのだ。ポーランド王国の伸長を、快く思わない勢力も当然ある。この程度の奸計、もはや慣れたものである──ただ、心底不愉快だった。

 

 暫し睨み合う両軍であったが、その間、反乱軍はポーランド軍を指差し嘲笑して止まなかった。

 王直属にして最精鋭と音に聞くレグニツァ駆士団のウマ娘であるが、平原を思い思いに駆け出したり、仰向けにごろごろ(・・・・)したり、野花をむしゃむしゃしたりしていたからである。

 これではまるで勝負にならぬわ──とでも言いたげな貴族子弟の表情を眺めて、むしろ憐れむ様に改悛王は言ったという。

 

「まあ、そう思うだろうよ」

 

 彼はそれこそ、体調不良を引き起こす程に、その心情が身に染みて理解出来た。

 そして、開戦を合図する角笛が吹かれた──

 

 

 ◆

 

 

《第二次レグニツァの戦い》は、結果から言えばポーランド王の完勝であった。

 

 駆士団結成当初、ウマ娘たちは古いお下がり(・・・・)の重鎧を着ていた。しかし、彼女らが駆士道を諦めないと悟った改悛王は、新たな鎧を下賜していた。

 ウマ娘が大喜びで着替えたその鎧は、鉄と革とを混合させ、軽量化させた代物である。これは、駆兵突撃の衝撃を確保しながらも、機動力を殺さないという、均衡の取れた鎧に仕上がっていた。

 

 モンゴルウマ娘の《走弓兵》の様な機動力全張りの軽鎧は、欧州ウマ娘には適当でないとポーランド王は考えた。

 かの恐ろしき《跳躍射法(パルティアンショット)》は草原の民だからこその芸当である。ならば、突撃の長所を活かしつつも、戦術の幅を広げた方が良い──との判断であった。

 

 王の狙いは見事にはまった。

 従来、正面突撃一辺倒であった欧州駆兵である。比較して、ポーランド駆兵は状況に応じて戦場を駆け巡り、敵の急所を一気呵成に突き崩す、柔軟性と衝撃力を見せた。

 何時横腹を食い破られるかもしれないポーランド驃駆兵の恐怖に、周辺諸国は慄いたと言われる。

 

 忠愛に燃えるレグニツァ駆士団の勇猛果敢さを差し引いたとしても、しかし、貴族子弟が《改悛王》を破る事は不可能であったろう。

 開戦前に、王が「捨ておけ」と言ったのは、暗に戦えば絶対に勝つ(・・・・・・・・)という余裕の表れであった。

 

 稀代の勉強家である王の研究対象は、統治技術に留まらず、軍法戦術にまで及んでいたのである。

 彼の師はアレクサンドロス、ハンニバル、ベリサリウス、孫子──史上に燦然たる名将であった。特に、自ら苦渋を飲まされたスブタイ将軍の緒戦は、徹底的に分析していたのである。

 それこそ、モンゴル帝国側の文献に乏しい緒戦の推移が現代に伝わるのは、彼が収集編纂したお陰という程に。

 蘇るトラウマに嘔吐しかけながら、彼はスブタイ将軍の機動戦術に学び続けた──研究は実を結び、例の戦い以降、勇猛果敢の《レグニツァ駆士団》をも得た改悛王は正に常勝無敗であった。

 

 

 その例に漏れず急所から散々に突き崩された貴族子弟連合である。

 彼らはふん縛られた上で、怒ったウマ娘にぽかぽか殴られ、王の御前にぱんぱんに腫れた顔を晒した(中世ヨーロッパの戦では要人の生け捕りが通常、モンゴル軍の鏖殺が異常)。

 彼らは額を擦り付けて命乞いする──と思いきや、リーダー格の若者は、むしろ胸を張って臨んだ。

 

「負けだ、見事な負けだ。しかし、我々は道を違ったとは思わぬ。先祖代々の土地を不当に奪われたまま取り返そうとしないのは、それこそ父祖に顔向け出来ぬからだ。

 王よ、この首を切り落とすがよい! その悪行は必ずや、久遠に書き記されようぞ」

 

 意外にも気骨のある反応に、ポーランド軍は驚いた。駆士団長などは、感心した様に頷いている。

 しかし、よくよく見れば若者の膝は震えていた──この虚勢を、王は一笑に付すと、ごちんと一発拳骨をくれた。

 

「嘴の黄色い小僧がほざきよる。間者に何を吹き込まれたのか存ぜぬが、ものを知らぬから都合良く使われるのだ。小僧は小僧らしく、勉強せよ(・・・・)

 

 子弟らは後ろ手に縛られたまま、乱暴にウマ娘に担がれて、王宮まで運ばれた。

 まとめて一部屋に投げ込まれた彼らは、そこが牢獄かと思ったが、どうやら違った。人数分の文机が並べられている。首を傾げていると、眼鏡を掛けたウマ娘が一人入ってきて、彼らに言った。

 

「そこに座りなさい愚か者共。これから言う事を覚え聞かなければ、即刻斬り捨てます」

 

 極寒の声色である──震え上がった小僧らは素直に従った。

 

「机に本が入っているから、今すぐ表紙を開きなさい。開きましたね。では先ず、ポーランド王国の成立から──」

 

 そのウマ娘は何故かいきなり講釈を始めた。

 もはや訳が分からなかったが、従わなければ速やかに殺されると思ったから、必死になって聞き入るのだった。

 

 

 ◆

 

 

 講師を務める眼鏡のウマ娘──何者かと言えば、ポーランド内務副大臣(・・・・・)だった。

 正真正銘の知的エリートである。

 

 彼女は、レグニツァ駆士団長と同郷のウマ娘であった。

 即ち、水害により天涯孤独となった彼女は、改悛王に引き取られたのである。

 皆と同じく聖駆士ローランに憧れた彼女であったが──生まれつき足が遅く、目が悪かったがために、その道は諦めざるをえなかった。

 これでは恩返し出来ないと、思い詰めた彼女は、独りしくしくと泣いた。

 すると、その姿を見付けた王は、優しく子ウマを抱き寄せて、膝の上に乗せた。

 

「何がそれ程悲しいのか、教えてご覧なさい」

「王さま、私は足が遅く、目が悪いのです。力も弱くって、とても役に立てそうにありません。それが申し訳なくて、恥ずかしいのです」

 

 すると改悛王は明るく笑いかけた。

 

「私の御者のお姉さんは知っているね」

「うん、何時も優しくしてくれます」

「あの娘は昔、とある戦で私の戦車(チャリオット)を引いていた。でも途中で、川を渡る事が出来なかった……水が怖かったんだ。けれど、もし渡れていたら、私はとうの昔に死んでいた。あの娘の欠点に、私は救われたのだよ」

 

 子ウマの頭を撫でながら、王は続けた。

 

「欠点が人の命を救う事もある。本当に世の中は、何が幸いするか分からない。だから、他人と比べて得意でない事を悩んだり、或いは指を差す事に意味は無いのだよ。

 それよりも、自分に出来る事を一生懸命にやり遂げた駆士ローランや、その姿を称え歌に残したスブタイ将軍の様に、自分の役割を果たし、それを認められる人になりなさい」

「……うんっ。私は、私だけの方法で、きっと王様の役に立ってみせます」

 

 子ウマは、ごしごし涙を拭うと、その内に決意の焔を宿したのだった──心機一転、考えを改めた彼女は、王宮の図書館に入り浸る様になった。

 国内随一の学者である改悛王の図書館には、古今東西の貴重な文献が集積されていた。

 昼はお日様の下に出て、夜は蝋燭を灯し。友人らが駆士ごっこに傾倒する間、彼女は朝から晩まで羊皮紙を繰り続けた。

 王の足跡に付いて行く、絶対に付いて行く──その様な覚悟が窺い知れる様だった。

 そのせいで、視力は更に弱化したが、主君から眼鏡(当時最高級品)を下賜されると、ウマ娘は歓喜してますます勉学に打ち込んだ。

 

 図書館の書物をすっかり読破すると(その吸収力には王ですらたまげた)、今度は王宮の政務を手伝う様になった。

 手伝いは書類運びや、筆写から始めた。当初こそ、芸術品デストロイヤーの友人と比較して「大人しくて気が利く良い子」程度の認識であった。

 しかし、徐々に政務の要領を掴んだ彼女が、政治的な意見をする様になると事情は変わる。

 

 王宮政務官たちは、ウマ娘が政務を行う事に強い違和感を覚えたのである──これは中世ヨーロッパ世界の男尊女卑社会と、人間とウマ娘の役割分担に寄った価値観であり、彼らが特別差別主義者だった訳では無い。

 王宮内を堂々行進するミニ・レグニツァ駆士団を横に、一人の政務官がその事について具申すると、王は満面の笑みで、

 

「良いではないか」

 

 と、伝家の宝刀(・・・・・)で以て一刀両断した。

 改悛王の公認を得た彼女は、以降、友人らとは別方向で活躍する事となった。

 

 眼鏡のウマ娘は、辣腕をめきめきと発揮させた。

 老臣も形無しの知識量に担保された彼女の雄弁は、政務官たちを唸らせた。革新的政策を次々発案し、その内の幾つかは実際に採用された(他は革新的過ぎて不採用。貴族内閣制、憲法制定等々、時代を先取りし過ぎて理解されなかったもの多し)。

 微塵の妥協を許さないストイックな姿勢は、なかなか周囲をたじろがせたが──ふとした瞬間に見せる優しさや、王に甘える姿にやられる(・・・・)男も多かった。

 

 こうして実力を認められた彼女は、ポーランド競馬の開催責任者等、重要な役職を遍歴した後、内務副大臣にまで出世したのだった。

 

「私は改悛王に二度救って頂いた。一度は生命を、二度は人生を」

 

 眼鏡ウマ娘は、何時も周囲に言っていたという。

 実際、古代ローマ帝国以降、ウマ娘が政治の表舞台で活躍するのは、明確な記録に残される限りではポーランド王国が初であった。

 彼女の後を追う様にして、ポーランド王国では政務に参加するウマ娘も散見される様になる。

 眼鏡ウマ娘の存在が『ウマ娘はとにかく駆ける種族』という既成観念を崩す一助となった事は疑い無い。

 

 

 ◆

 

 

 さて《第二次レグニツァの戦い》の敗北から、丸二年間缶詰めで勉強させられた貴族子弟たちである。

 民族の成り立ちから、王国の成立、政治体制の推移等々──命懸けで叩き込まれ、彼らの考えは変化していた。

 

 学べば学ぶほど、自分らの行いが如何に愚かで世間知らずだったか、骨の髄まで思い知ったのである。

 改悛王は「勉強しろ」と言ったが、その意味を理解した彼らは、顔から火を噴く程に恥じ入るばかりであった。

 

 眼鏡ウマ娘による中世最高水準の教育指導の合間に、長い時間を割いて「改悛王が如何に偉大な存在であるか」という熱弁に、特に彼らは感じ入った。

 過去の愚かな自分を悔い改めた事、その後の猛勉強と、輝かしい業績について──貴族子弟らは、一人の男として王に憧れ、敬虔な十字教徒として賛美して止まなかった。

 何時しか自然に、眼鏡ウマ娘を「先生」と仰ぎ、勉学に熱中する若者の姿があった。

 

 丸二年の缶詰め生活の後、再びポーランド王の前に引き出された子弟らは、自ら王に跪いた。

 その顔付きは、以前とは比べ物にならぬ位に精悍であった。成長したリーダー格の若者が代表で言う。

 

「この二年間、己の愚劣さを思い知る日々でございました。我ら一同、心から畏まり、改めて王に謝罪致します。首を刎ねられ当然の我が身なれど、願わくば政務の末席に加えては頂けませぬでしょうか。せめても罪滅ぼしのため、粉骨砕身の覚悟に御座います」

 

 深々と頭を下げる彼らに対し、王は深く頷くと、各々に書簡を配った。

 不思議に思った貴族子弟らが、その封を解けば、

 

『接収した領地を、正当の所有者に返還するものなり』

 

 という内容であった。

 驚愕に目を見張る彼らだったが、王は何も言わず、ただ慈愛に満ちた笑みで見つめた。

 傍らに立つ先生──眼鏡ウマ娘が言った。

 

「今や、知識も正当性も、貴方がたに勝る領主は居ません。先祖代々の土地に戻り、上手く治めなさい。相談があれば、遠慮無く申し出る様に……二年間、よく頑張りましたね。もう私から教える事はありません、卒業です」

 

 ここに至り、子弟らは各々が号泣し、広大無辺なる《改悛王》の慈悲に感謝し、永遠の忠誠を誓ったのだった──

 

 

 その後、彼らは父祖の土地に戻り、領民に敬愛される統治者となった。

 老年に差し掛かった改悛王の治世を良く支え、何時しか《改悛王の賢人衆》と呼ばれる様になった。

 領内が発展するに伴い、必然、肥大し複雑化する政務であったが、後に宮宰(・・)にまで上り詰めた眼鏡ウマ娘(せんせい)と都度合議を開き、政治方針を決定、共有した。

 

 実際の所、広大な国土を治める程には、中世の()()()は未成熟であり、故に各地の領主に自治を任せざるを得ない──というのが中世封建社会である。

 諸侯は己が利益のみを追求し、しばしば相争う、というのが通常の所(例、神聖ローマ帝国)、ポーランド王国は諸侯同士の高度な連帯があったと言える。

 

 この封建領主と宮宰による合議に基づいた政治システムは、後の子孫にまで継承された。

 後世、ポーランドに特異な政治を指して《黄金の自由》と呼ばれる基礎となったのである。

 




 眼鏡ウマ娘のくだり、感想からパクりました。
 許して。
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