モンゴルの厳罰について
ウマ娘朝モンゴル帝国のヨーロッパ世界への侵入というのは、確かに侵入される側にとって大きな衝撃であったが、同時にモンゴル勢力にとっても驚きの連続であった。
先ず、森林の豊かさである。
中世ヨーロッパ世界は、未だ手付かずの森林が多く残っており、人々は自然の恵みを多く受けた。狩猟、豚の放牧、薪拾い、果物の収穫等々──中世人にとって、森林とは生活に欠かせない環境であった。
母なる自然は、恩恵の受領者を選ばない。荒涼としたステップ地帯出身であるモンゴルウマ娘は「補給し放題」と目を輝かせた。
美味しそうな草花を手折っては鍋に放り込み、湯掻いてむしゃむしゃ食べた。
ご存知の通り、ウマ娘という人類は、
植物の
しかし、ウマ娘は、この酵素を産生する微生物と消化管内で共生しているため、植物から糖質を摂取出来るという訳である(人間とウマ娘でカロリー表示が異なるのはこのため)。
この消化のメカニズムは、他の草食動物と共通であるが──流石に羊や牛といった
糖質不足を補うための穀類、タンパク質のための肉類も食べる必要がある。要は、栄養バランスが大切な事に違いは無いのだった。
しかし、モンゴルウマ娘は人種特性として、他の地域のウマ娘より例外的に
先祖代々、農業に適さない過酷な環境で生き延びてきた事による
モンゴルウマ娘は、茹でてしまえば大抵の野草を消化出来たし、後は数切れの乾パンと薄切り肉を食べれば満足出来た。
移動生活に非常に適した体質だったのである(代わりに動物性タンパク質の消化が少々苦手、肉ばかり食べていると酷い胃もたれを起こす)。
モンゴルの伝統的料理として《干し草の煮込み》というものがある。
これは、刈り取って干しておいた草と、家畜の
各家族や部族毎に微妙に味付けが違う、所謂
干し草と干し肉をメイン食材に据えているため長期保存が可能で、チンギス・ハーンの《遠駆け》の際にも故郷の味として好んで食されたらしい(当然人間は食べられない)。
そういう事情で、自然豊かな欧州世界に入ったモンゴル軍は、殆ど補給の必要が無いくらい現地調達で賄えていたのである。
ヨーロッパウマ娘との交流は、モンゴルウマ娘を特に驚かせた。
モンゴル軍は、遠征途中の村落で度々野営させてもらっていた。その際、村ウマ娘と話しているうちに仲良くなって、戯れに
仕事を手伝ってくれると言うので、有難くお願いすれば、二人がかりで牽引するような荷バ車でも、一人で易々動かしてしまうのだ。
モンゴルウマ娘が尾を立ててびっくりしていると、しかし、直ぐにヨーロッパウマ娘は「お腹が空きました」と頼りなさげに腹を鳴らして、全然動けなくなってしまうのだった。
そして、いざ食卓を共にすれば、モンゴルウマ娘の三倍も四倍もぺろりと平らげるのだった。
高原の勇士たちは、西方の同族の剛力と健啖に感心したという。
容姿にも違いがあった。
ヨーロッパウマ娘の毛並みは、暗色に寄りがちなモンゴルウマ娘と比較して、明るい色が多かった。瞳の色も同様である。
また、上背が高く──
さて、高原の指導人たちは、そんなヨーロッパウマ娘への好奇心を抱かずには居られなかった。
新しい村に訪れる度に、金髪碧眼豊満のヨーロッパウマ娘を取り囲み、様々な質問をしたり、
担当そっちのけで異郷のウマ娘と親しげに話す指導人連中を眺めて、チンギス・ハーンは呟いた。
「うむ、西方のウマ娘も立派なものである。うむ、駆士ローランと同族と思えばこそ、指導人の興味も尽きぬだろう。うむ、見聞を広めるのは良い事だ。うむ、まあ同じウマ娘だがな、うむ」
何かやたらに頷いている主君の横顔を、隣で眺めていた専属指導人の
「恐れながら我が君。今夜は一献、付き合っては頂けませぬか」
「どうした急に。誘うなら、あちら様にすれば良かろう」
「いえ、然程の興味を惹かれませぬ」
青毛のウマ娘は、如何にも関心の無さげな横目で──耳だけを注意深く傾けていた。
「故郷より幾千里の長旅か、また昨今は、我が君と腰を据え語らう機会に恵まれず。些か、心細く思うのです」
「我が半身よ、お前程の男児が情けなし。斯様に小胆な、つまらぬ事を申すとは。下がれ、弁えるが良い」
「専属指導人が、
「……それ程押すなら仕方が無いぞっ」
特段押した訳でもなかったが、自ずと全力で下がったチンギスである。その尾っぽは、根元から千切れんばかりの運動である。
「ハーンとして度量を示さねばならぬ故な」
聞かれもしないのに繰り返し周囲に言いふらすと、その日の午後から一切の面会を謝絶した。
そうして、トレーナーと差し向かいに酒杯を傾けるのだった。
皇帝の
どんちゃん騒いで、いよいよ夜が白めば、適当に折り重なって雑魚寝したのだった。
昼前までひっくり返っていた両名が天幕が開くと、面会謝絶を食っていたモンゴルウマ娘が一斉に詰め寄せた。
あれやこれやと報告を受ける皇帝は、眠たそうに目を擦る。尾っぽの先を弄りながら、唇を尖らせて言った。
「全く私は呆れ果ててしまった。我が半身の図々しさたるや。貴重な時間を割くに飽き足らず、私の
この言を聞いた伝令ウマ娘は、報告を終えた後、すっかり耳がしょぼくれてしまった──翌日から、モンゴルウマ娘たちの様子が
元気溌剌、何かにつけて一番になりたがる娘が、普段の半分も走らないのに「もう疲れちゃったもん」と膝を抱え込んでみたり。
強弓使いで鳴らし、勇猛さを尊敬される娘が「弓が重くて引けないよお」と急に非力になってみたり。
或いは、怠けがちの娘が、いきなりやる気を出して、明らかに過重な荷物を背負い「むぎゅうっ」と潰れてみたり。
何時も少食で済ませるのに「何だかお腹が空いちゃったあ」と、平素の何倍ものご飯を掻き込んで、お腹を壊してみたり。
とかく様々な症状で、モンゴル軍全体が
軍団士気はどん底を這い、行軍速度は通常の人間軍と同じ位にまで落ちてしまった。
慌てた指導人たちがケアを試みても、モンゴルウマ娘たちは、ぷいとそっぽを向くばかりで効果無し──そして、士気の下がりきった軍団で、遂に事件が発生する。
とある二名のモンゴルウマ娘が、村落の
一貫して軍隊規律の権化であったモンゴル軍に、初体験の動揺が走った。
幸か不幸か目撃者が居たため、事件の犯人は即刻ひっ捕らえられ、大ハーンの御前に転がされた。
捕縛された二名を《四駿四狗》将軍を初めとした、錚々たるモンゴル首脳が取り囲む──息も詰まる剣呑な雰囲気の最奥に、チンギス・ハーンは玉座に肘をついていた。
「厳罰を避けられてか」
口火を切ったのは、最古参の将軍《独走》のボオルチュである。
芦毛の奇人で周知される彼女も、この時ばかりは深刻な面持ちだった。
「人間さんを力ずくに
普段飄々とした彼女の言であればこそ、事の重大さが浮き彫りにされる様であった。「尤も、尤も」と周囲も賛同の気配である。
下手人らは、青い顔でぶるぶる震えて何も言えない。
「ボオルチュ将軍の言い分、一々明白である」
皇帝が低く言った。
その言葉は強かな怒りに満ちて──おらず、平素の穏やかな響きであった。
しかし、その声の調子こそが、臣下たちには何より恐ろしかったのだ。
残酷な、ぞっとする様な決断を下す時、チンギス・ハーンは何時でも穏やかである事を、皆が知っていた。
その平穏無事な調子で命じた。
「この者らを、
聞いた途端、下手人は短く悲鳴を上げた。周囲の臣下ウマ娘にさえ、恐怖のさざ波が広がる──まさか、何という苛烈な処罰をなさるのか。
「どうか、どうかお許しを……」
「他の罰は何でも受け入れます。ですから、そればかりは……」
縛られたままに懇願する罪人に、皇帝は全く興味を失った様に、のびのびと欠伸をした。
二名の顔に絶望の色が満ちた。縋る様に、横に並び立つ皇帝専属指導人の顔を見つめた。一度発せられた大ハーンの決定に申し立てられるのは、まず
だが、指導人は視線に気付かない素振りである。となれば、最後の望みは──
「恐れながら、スブタイがチンギス・ハーンに申し上げます」
大将軍が、ずいと一足歩み出た。
縛られ転がされた両名の間隙を通り、一挙に最前まで進み出る。
そして剣の鞘に手を掛けた──《四駿四狗》将軍以下、高原の戦士たちは、にわかに柄を握って全身を緊張させる。
「将軍、一体何のおつもりか。控えられい」
血色を失した近衛ウマ娘が、むしろ懇願する様に言った。
将軍は、ただ黙して眼光を閃かせた。それは彼女の迅雷の剣の如き鋭さである。
南無三──近衛ウマ娘が肝を据えた、その時、スブタイは鞘ごと剣を引き抜いて膝を折った。
その剣を、勢い良く地面に叩き置いた。空手となって深々跪きたるは、最敬礼の姿勢である。
「無礼である、下がられよ」
我に返った指導人らから非難が轟々浴びせられる。だがスブタイは下がらない。それが叱責ではなく、自分を心配した言葉であると分かっているから、スブタイは下がらない。
《万バ不当》のスブタイは、我が身を労る事、些かも無し。
「おおスブタイ、言いたい事があるのだな。遠慮なく申せ」
チンギス・ハーンは、耳をくりくり動かして、にこやかに親友を迎えた。
懸命な非難の声が、水を打った様に静まった。唾を飲み込む音すら聞こえそうな静寂で、スブタイは暫し沈黙していた。
周囲の者をして、耐え難い沈黙である──スブタイ将軍の
「然らば忌憚なく申し上げまする」
漸く、駁毛のウマ娘は口を開いた。
「この二名は紛うことなき罪人なれど、幾多の戦場で武勲を立てた勇士に御座います。大ハーンへの忠孝篤くして、心胆剛直のウマ娘であります。
此度の件は、魔が差した故の愚行に相違ありませぬ。一時の過ちで得難い勇士の尊厳を奪う事は、軍権を預かる身としても甚だ惜しき事。
この上は、一兵卒への降格、向こう数年の競バ参加権の剥奪にて贖わせるが宜しいかと」
言い終えると、スブタイは益々頭を垂れて、益々毛玉になった。
下手人二名は、大将軍直々に庇われた事に感涙を流しつつ、共に額を擦り付けて再び懇願した。
「
しかし、終始穏やかに朋友を眺めていた皇帝に、慈悲の色は存在しなかった。
「スブタイよ。ウマ娘は、人間さん無しに生存出来ぬ生き物だ。だから仲良くしなければいけない。先祖代々の習わしぞ。
が、そこな奸物は、事もあろうに
私は裏切り者を赦した事は、ただの一度も無い。一度もだ。これから変えるつもりも無い」
話は終わりだと、軽く手の平を振った主君に、スブタイは食い下がる。
「さりとて、かの如き苛烈な処罰、軍の士気をも関わりましょう」
チンギスの顔から笑みが抜け落ちた。
瞬間、息も詰まる様な威圧感が、空間に満ちた──危惧した事が起こってしまったと、皆は思った。
「士気だと」
チンギスは、一切の温かみを失った、真冬の氷河の様な冷たさで確認した。
「罪人を罰すれば、
皆は硬直して何も答えられない。「成程」無機質な表情で、スブタイの前に置かれた剣をじっと見つめた。
失言である。さしもの大将軍も冷や汗を一筋流した──そも、スブタイ含め全ての将軍というのは、チンギス・ハーン個人が所有する軍権を
言わば、借り物の軍である。それを弁論の盾とするのは、全く不遜の振る舞いであった。
皇帝は目を細めて、低く言った。
「スブタイ、我が友よ。お主は
周囲のウマ娘は震え上がった。
本当におしっこをちびってしまった者もいた。
特に青くなったのは下手人二名である。
自分を庇ったばかりに、敬愛して止まぬ将軍が今にも連座されようとしている。ならば、黙って罰を受け入れた方が、まだしも面目が守れよう──その覚悟を口にしようとした時、スブタイは顔を上げて、刃にも似た鋭い眼光を閃かせた。
「然るべき理由があると、大ハーンが認められるのであれば、私は一向に構いませぬ」
恐怖の
チンギスはゆらりと立ち上がり、その青毛を揺らした。数歩前に出ると、跪くスブタイ将軍の両肩を掴む。
氷河の様に底冷えする眼差しを、間近で将軍に注ぎ──不意に呵呵と笑った。
「うん、今日もお前はスブタイであるな!」
心底愉快そうに、掴んだ親友の肩を叩き、揺さぶった。
「宜しい、その豪胆に免じよう。だが、全体を赦す事は出来ぬ。然らば、
「は……大ハーンのご慈悲に、心より感謝致しまする」
「立て。何時までもそうしていては、高原一の将軍の沽券に関わろう」
チンギス自ら手を取って、駁毛玉を立たせた。
そして皇帝は微笑みながら、全く何気なく置かれていた剣を引き抜き、親友に手渡した。
「お前がやるのだ」
──モンゴル軍の刑の執行は非常に迅速であり、残酷なまでに効率化されていた。高い軍隊規律を保つ要因の一つと言えよう。
例によって、罪人は即刻河原に引き出された。
岸辺に座らされ、目隠しが付けられようとすると、彼女らは断固として拒否した。
「無粋な事をしてくれるな。首が軽くなる最期の時まで、この目で見ていたいのだ」
高原の勇士らしき、毅然とした態度である。白刃を握って、苦々しげなスブタイを気遣って言う。
「むしろ名高きスブタイ将軍の手にかかれる事、誉れと致しまする。どうか、ご容赦のなきよう」
駁毛の将軍は無言で頷く。
二人の内心は、痛い程に想像出来た。遠征の道半ばで、一体どれだけ無念であろうか。魔が差したとはいえ、モンゴルウマ娘にとって禁忌を冒した己が、どれだけ情けなかろうか。
スブタイは何も語りかけなかった。決意が鈍りそうであったからだ。
故に無言で、遂に白刃を振り上げ、そして──
髪と尾を半分
余りにも非情に、さらさら流されてゆく自慢の毛並みを見て、強がっていた両名の涙の堰は決壊した。大粒の涙が、とめどなく頬を流れ落ちる。
「あああ……私のお毛々ぇ……」
「どうして……どうして……」
二人の悲痛な泣き声は、何時までも
読者の皆様におかれては、首を傾げている事だろう。
なので、ウマ娘の毛並みについての文化史を少々解説する。
ご存知の通り、現代においてもウマ娘は生まれ持った毛並みを非常に大切に思っている。
個人に頓着の差こそあれ、極めて重要なアイデンティティである事には変わらない。
ウマ娘にとって、髪型を大きく変える行為が『大きな決意』であるとか『人生の岐路』とかを象徴するのは、周知の記号であろう。
馴染み深い所では、映画《赤兎千里行》において、呂布への恋に破れた赤兎バが、紅玉を溶かした様な自慢の赤毛を、肩口でバッサリ切り落とす場面がある。
このシーンは、呂布への深い想いと、もう戻る事は出来ないという強い失望を象徴しているのだな──と全世界のウマ娘は、感じ入ったらしい。
記憶に新しいのは、数年前《驚愕! 半年に一度染毛するウマ娘》等と散々ワイドショーで騒がれたネタである。
「そんなの個人の自由でしょ、とやかく言われる筋合いはありません。私は好きな色が多いので」
と主張する染毛ウマ娘に対し、歯に衣着せぬ辛口で知られるウマ娘コメンテーターは、耳をぴょこぴょこ憤慨させて言った。
「親から貰った毛並みをこんな風に、信じられません。第一ね、毛が痛みますよ。こういう事をする娘は、きっと辛い経験して、心が歪んでしまったのでしょうね。トレーナーさんに酷い振られ方をしたとか」
大方こんな風なコメントで、世間一般のウマ娘に賛否両論の嵐を巻き起こした──筆者としては、そういう激論に巻き込まれた男性コメンテーターの困惑顔の方が印象深い。
「彼女の子供の頃の写真を見て下さい。艶のある鹿毛じゃあないですか。無理に染毛する必要なんて全然ありませんよ。どう思いますか?」
ぽかんとしている所に、いきなり話を向けられた男性コメンテーターは、とにかく何か言わねばならないと思ったのだろう。
「本当にそうですね。個人の自由と言っても、限度があると思います。あなたの様に綺麗な毛並みであれば、きっと自信が持てるのでしょうが……」
数ヶ月後、彼はウマ娘コメンテーターと電撃結婚を発表したので、実に目出度い事であった(発表会見で、同じ様にぽかんとしていたのが気になったが)。
以上の通り、近現代の自由主義の台頭に伴い、価値観が緩和された現代においても毛並みについては重大事なのである。
まして中世においては、想像に難くないだろう。
ウマ娘朝モンゴル帝国に限らず、髪と尾を『切り取り捨てる』という刑罰は、死刑に匹敵する重罰という価値観が当時普遍的であった。
本人が意図せぬ形で、毛並みを切り取り捨てられるのは、この上ない恥辱と、尊厳を奪われる事に他ならなかったのである。
転じて、己の尾毛を使用した品(ミサンガ等が世界的に広い例、モンゴルではバ頭琴が代表)を贈る事が、如何に信頼を寄せた行為であるのか理解されよう。
さて、厳罰によって軍規を粛清したチンギス・ハーンは、被害者の男性を訪問した。
謝意を表すため、国家の重鎮をぞろぞろ引き連れ、かごに山盛りのニンジンを持参して、家の戸を叩いた。
「あ、はい。どうもありがとうございます」
と、モンゴルウマ娘たちを快く許したと伝わる。
四駿四狗には、死ぬまで友人に尾毛を贈り続けたやべー将軍が居たらしい。