蒼きウマ娘 〜ウマ娘朝モンゴル帝国について〜   作:友爪

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パリ炎上について

『何もしてないのにパリが燃えた』

 

 とは、放埓なモンゴル帝国の歴史著述において最も有名になってしまった(・・・・・・・)一節である。

 大方「真っ赤な嘘、苦しい言い訳」の代名詞として我々に認知されている。しくじりの自己弁護を試みて「何もしてないのにパリが燃えるわけないだろ」と怒られた──という経験を持つ方も居るのではなかろうか。

 

 つまり「モンゴル軍がパリを襲撃、放火した」という故事は、慣用表現として成立する程に馴染み深い(・・・・・)事実とされてきた。一昔前の教科書には、実際その様に書かれていた。

 しかし、ここ十年程で定説(・・)は大きく覆った。歴史学という分野では、定説が大幅に塗り替えられる事がしばしばあるのだが、中でも最たる事例であろう。

 この、歴史学者として大いに面目躍如をさせたのが、何を隠そう──ウマ娘朝モンゴル帝国研究の第一人者、世界的権威にして自らもウマ娘という女博士なのである。

 彼女はパリ炎上について、主に以下の点を指摘した。

 

・モンゴル軍はルーシ地域を除き、目立った破壊行為を行っていない。

・むしろ金品をばら撒いており略奪欲が無い。

・モンゴルウマ娘の著述は極めて放埓でも、一つとして嘘が無い。

・肝心のパリ側に襲撃の記録が無い。

・襲撃の記述が最初に確認出来るのは、半世紀後のイングランドの史書。

 

 等々である。

 だが、これらは既に先達の歴史家によって指摘された事柄であり、定説を覆すには証拠不十分として、殆ど無視されてきた。

 博士の業績とは、これら状況証拠に、物的証拠を追記した事にある。

 

 博士が偉業を達成するまでには、並ならぬ苦労があった。

 論文発表前夜──自説を補強する証拠探しに行き詰まっていた博士は、その日突然、研究室に山と積み上がった資料を、一冊残らず窓から放り捨ててしまった。

 唖然とする助手を尻目に、博士は研究室を飛び出し、一目散に駆け出したという。

 

 向かった先は──ケルン、アーヘン、リエージュ、ランス等々──即ちモンゴル軍がライン川を渡河してから、パリに至るまでの道程をなぞる町である。

 それらの諸都市で、古い教会へ片端から押し入り、未開の古文書を読破(・・・・・・・・・)して回る。

 不審者が現れたと補導される事も複数回──恐るべき執念で収集した確固たる記録を元に、モンゴル軍の行軍速度を割り出し、パリ炎上の日付と突き合わせた。

 すると、モンゴル軍のパリ到着とは数日間のタイムラグがある事が分かったのだ。到着前に町を襲撃するのは、いくら何でも不可能である。

 

 天運も博士に味方した。

 当時、パリのノートルダム大聖堂の修復工事が行われていたのだが、その際、とある石材の裏側に、

 

『チンギス・ハーンとプラノ・カルピニに感謝を込めて』

 

 という彫り込みが発見されたのである。

 これは従来の「モンゴルウマ娘がパリ復興に協力した」というバ鹿げた俗説が、一挙に信憑性を増す、驚くべき発見であった。

 遂に博士は、これら新発見を引っ下げて、学会に殴り込んだ。その時、学会に電撃走る。非の打ち所が無いプレゼンを披露した後、未だ旧来の説にしがみつこうとしている質疑応答に対して、言った。

 

「ちがう。」

 

 博士は、たった一言、ただし強力な一言で歴史を塗り替えてしまった──筆者も、博士に敬意を表して、以下を新説に則って記そう。

 

 

 ◆

 

 

 博士の新説発表直後「では誰がパリを燃やしたのか?」という当然の疑問が湧き上がった。これは学会のみに留まらず、一般市民にも広まったミステリであった。

 様々な推論が世間に飛び交った。

 

『焦土作戦説』

『フランス王発狂説』

『イングランド陰謀説』

 

 それぞれ魅力的なストーリーテリングが付属されているが、いずれも信憑性があるとは言い難い。

 世界的権威の博士をして、この問題については口を噤んでいる。彼女は確証の無い事柄に関しては何も語らないのだ(かしこい)。

 総じて、突発的な失火(・・)、というのが今の所は最有力である──面白くない、と言われればそれまでだが。

 

 欧州世界において、モンゴル軍が迫る在地住民は漏れなく大混乱に陥った事は先述の通りである──中でも目も当てられない惨事になったのが、フランス王国はパリであった。

 

 先ず、フランス王が逃亡した。

 レグニツァ十字軍を殲滅せしめた《地獄の軍(タルタロス)》が、ライン川の渡河を試みているとの早ウマを受けたフランス王は、脱兎の如く本拠地パリを脱出したのだ。

 敵の姿を見る前に逃げ出すとは、何たる腰抜け──と仏王を非難する声が聞こえてきそうだが、彼にもやむにやまれぬ事情があった。

 発端は、やはり《ワールシュタットの戦い》である。

 

 当時のパリの都というのは堅牢な市壁(・・)で囲まれた、正しく城塞都市(・・・・)であった。

 王のお膝元であるだけに物資も豊富だった。仮に籠城戦を仕掛け、攻囲に不慣れなモンゴル軍が疲弊した所を叩く事は、決して不可能ではなかっただろう。

 しかし、それも援軍ありきの構想である──無論、仏王は国内諸侯に救援を要請するも、諸侯団は雁首揃えて出兵を拒否した(・・・・・・・)

 先の十字軍には少なからずフランス諸侯が参戦しており、その末路は皆の知る所であった。

 

《ワールシュタットの戦い》の政治的被害というのは、勃発地のレグニツァ平原(ポーランド西部)までの距離に概ね比例している。

 主戦場となったポーランド王国では、国内諸侯が死に絶え、政治機構は完全崩壊。だが後に、燃え尽きた灰の中から不死鳥が蘇るが如く《改悛王》という傑物が現れた。この奇妙な事例は、塞翁がウマとでも言うべきだろうか。

 西隣の神聖ローマ帝国では、ポーランド程の死傷者は出なかったが、皇帝と中核戦力たる重駆兵隊が尽く討死。以後長きに渡る内乱と、皇帝不在の大空位時代が訪れた。隣人に殺される危機が先に立って、モンゴル軍への対処どころではなかった。

 

 そして更に西方のフランス王国はというと──実は再建不可能なダメージを受けた訳ではなかった。王と諸侯とが一丸となれば、勝率はともかく、モンゴル軍に抗し得る兵力は温存されていた。

 しかし、距離に拠る影響の差に関係無く、欧州各地に平等に与えられたものがあった。

 

 ウマ娘朝モンゴル帝国への絶大な恐怖(・・・・・)である。

 

 フランス王国内では、なまじダメージが少なかった分、口伝えに恐怖のイメージが際限なく拡大した。

 今まさに東方から迫って来ているのは、神の威光すらものともせず、地上世界に地獄を運んでくる悪魔(ルシファー)という事になった。

 チンギス・ハーンと麾下モンゴルウマ娘は、十字軍の尊き血を啜り、益々以て力を増しているらしい、と囁かれた。

 諸侯団が援軍を出し渋るのは、ある意味当然だった。誰でも命は惜しい。

 

 援軍無しの籠城戦ほど、絶望的な戦は存在しない。

 抗戦の術を失ったフランス王には、その絶望的戦いに身を投じるか、パリを脱出するしか選択肢が残されていなかった。そして、やむなく後者を選んだのだった。

 彼は決して、初めから卑劣な選択をした訳ではなかったのだ──実は第三の術として、城門の一切を開放して悪魔を歓待する(・・・・・・・)というものがあったが、上記の流れを踏まえれば、全く埒外である事はお分かり頂けるであろう。

 

 そうして、あろう事か首都を逃げ出す(・・・・・・・)という汚辱に塗れた仏王は、深い失望に沈むと同時に、パリ奪回の執念にめらめら燃えていたという(まあ実際に燃えたのはパリの方だったが)。

 

 王の決断が卑劣であろうとなかろうと、残された市民はたまったものではなかった。見捨てられた事実には全く変わりがない。

 しかも脱出の際、守備兵すら根こそぎ引き抜かれてしまったので、頼もしかった市壁すらも一転無用の長物と化していた。

 近く《地獄の軍》に尊厳まで蹂躙される未来が容易に想像出来た。

 

 俗世に裏切られた市民たちが、我先に教会へ集い、神に救いを求めたのは至極自然の心理だったろう──しかし、救ってくれる筈の教会はもぬけの殻だった。

 身の危険を嗅ぎ付けた聖職者たちは、フランス王よりも先にパリを逃げ出していたのだ──市民から徴収した浄財によって。

 

 市民は聖俗両方に裏切られた。彼らの全てを支えていた土台が、音を立てて崩壊した。

 嘆き悲しむ暇もなく、町の何処からか火の手が上がった。恐らく、単純な火の不始末であった。

 市壁の内側は悲鳴と怒号で満ちた。

 大混乱の中、風に煽られ炎は瞬く間に広がった。ろくな消火活動も出来ぬまま、火事は市民のなけなしの財産を焼き尽くした。

 泣き面に蜂、弱り目に祟り目とは、正にこの事であった。

 

 パリの都は丸三日も燃え続け、鎮火したのは四日目の朝であった。

 王に捨てられ、神にそっぽを向かれ、財産は燃えた。

 そして、遂には《地獄の軍》がやって来た。先頭に立つのは、夜闇の様な青毛のウマ娘であった。

 今や、パリ市民は泣いたり笑ったり出来なくなっていた。彼らの精神的支柱は、完全にへし折られていた。もうどうとでもなれ──という投げやりの極致であった。

 

 

 しかし、チンギス・ハーン率いるモンゴルウマ娘は、彼らの想像とは全く異なる姿をしていたのである。

 

 

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