蒼きウマ娘 〜ウマ娘朝モンゴル帝国について〜   作:友爪

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後にいうタタール族について

 モンゴル軍がパリの都に入ったのは、大火が鎮火して更に三日間を置いた後だった。慎重である。

 見渡す限り何も無いという平原で育ったモンゴルウマ娘にとって、大都市を無秩序に焼き尽くす狂い火というものが、この世ならざるものに見えたのだろう。

 ルーシの残骸を燃やし尽くした時でさえ、几帳面に一箇所に掻き集めて燃やす、言わば統制された炎であった(それはそれで狂気染みている)。

 その様に、おずおずパリを訪れたモンゴルウマ娘たちであった。

 

 パリ市民はおずおずどころではなかった。絶望である。彼らの王は兵を連れて逃亡し、聖職者に見捨てられ(例外を除き)、財産諸共を失った直後に《地獄の軍(タルタロス)》を迎えなければならなかったのだ。

 

 モンゴル軍勢からは慣例に倣って、指導人の使者(護衛付き)が立てられた。

 使者団がパリの市壁の前に立って「開門されたし」と呼びかけると、徐に門が開き、一人の男が出てきた。

 黒い僧衣を着て、頭頂部を円形に剃り上げている。どうやら十字教の聖職者であるらしい。全身すす(・・)まみれで、顔は真っ黒であった。

 その小太りの中年男は『プラノ・カルピニ』と名乗った。

 

「燃えていましたね」とモンゴルの使者が言うと、カルピニは「燃えてしまいました」とにいっ(・・・)とはにかんだ──その笑みには、何処か不思議な、福々とした人間的魅力があった。

 話の出来る人物らしい。直感で理解した使者は「偉大なるモンゴル皇帝、チンギス・ハーンに目通り許す」と伝え、彼を大ハーンの天幕(オルド)まで連れて行った。

 前後を指導人、左右を護衛ウマ娘に固められて《地獄の軍》の中枢に導かれるプラノ・カルピニの心情は、如何ばかりのものであっただろうか──それを示す文献は残っていない。

 

 いよいよ西洋人が天幕に入れば、意外にも広々した空間の最奥に、青毛のウマ娘が肘をついて座っていた。

 ちょん(・・・)としたものだった──後に彼は語る。

 彼の知る欧州ウマ娘よりモンゴルウマ娘は小柄だった、という他に、肥大化した恐怖の虚像と対比しての意があるのだろう。

 

「こんにちは」

 

 そのちょん(・・・)としたウマ娘が初めに口に出した言葉は、余りにも普通だった。

 暫し呆然とした後、はっとして「こんにちは」と挨拶を返すと、ウマ娘はにこにこしたという。

 

「大ハーンの御前であるぞ」

 

 棒立ちのカルピニに、もはや定型句と化した注意喚起が傍の専属指導人から投げられた(チンギスと初対面の人間は大概こうなる)。

 そして、チンギスは大概次の様に言った。

 

「苦しゅうない、近う寄れ」

 

 人懐こい笑みを露わにして、モンゴルウマ娘の長者は手招きした。素直に従った神父を、皇帝は毛並みと同じ黒い瞳でじっと眺める。

 そのうちに、チンギスは上半身を右に左にゆらゆら揺らし始めた。お耳が、同じ方向に揺らめいた。

 

 天幕内のモンゴルウマ娘、並びに指導人は、ほうと感心した。交流好きな主君といっても、初対面でここまで機嫌を良くする事は稀有である。

 何か、この一見してさえない(・・・・)男から感じ取るものがあった様だ──ただしプラノ・カルピニにとって、いきなり左右に揺れだした蛮族王の姿は、怪しい儀式にしか見えなかった。

 不意に胸に十字を切るや、意を決した様に話し出す。

 

「これこの様に、パリはさっぱり燃えてしまって、何も差し出すべき物は残っておりません。すすの中で疲れ果てた民が残されているばかりです。皇帝陛下におかれましては大変御足労ですが、ここは一つ、引き返しては頂けないものでしょうか」

 

 神父は大変正直に「帰ってくれ」と頼んだ──さながら、西ローマ帝国が風前の灯火と化した五世紀半ば、謎のウマ娘集団《フン族》のアッティラ大王を説得の末に退却させた宗教指導者を連想させる勇気だった。

 事の顛末を考えれば、蛮勇とも言えるかもしれない。といっても、カルピニを代表としたパリ市民は他に何らの術も、望みも持たなかったのである。

 

 しかし、この物言いが功を奏した。

 少し前、チンギスは実際にバチカン使節団を迎えている。

 彼らの書簡は婉曲表現が過ぎて、心気素朴なモンゴルウマ娘には全く解読不能であった(バチカン公文書館に写しが残っている、現代の我々からしても殆ど意味不明)。

 今回の様に、率直で端的な表現の方が理解しやすかったし、何なら好感触だった。モンゴル人は吉事にしろ凶事にしろ、常に廉直を好む民であった。

 完全に理解した──という風に、チンギスは、ゆらゆらしながら言った。

 

「そちの言い分、成程あいわかった。とかい(・・・)の食べ物が何たるか、楽しみにしていたが是非も無し」

「え……いや、何とも、これは有り難き事」

 

 カルピニは目を丸くした。「ならば貴様らの血を啜ってくれるわ!」という類の返答があると思っていたのだ。

 更に、慮外の言葉は続いた。

 

「ならばそなたら、雨風も凌げぬのではないか。予備の幕屋(ゲル)なら些か、ある。狭かろうが、詰めれば寝れない事もなかろ。組み上げておく故、皆を呼んでくるが良い。ああそうだ、飯も煮ておこうか」

 

 早速あれこれ指示を出し始めるモンゴル皇帝に、神父は衝撃を受けた様に、思わず尋ねた。

 

「まさか、あなた方は《地獄の軍(タルタロス)》の筈なのに……」

「たるたる?」

 

 大ハーンはきょとんと首を傾げた。

 

タルタル族(・・・・・)ならば、お隣の部族だが……大昔から、それは強いウマ娘でな。大いに苦戦したわ。今では、私を一杯支えてくれている。

 かく言う私はモンゴル族(・・・・・)だ。まあ昨今成り上がった部族であるからな、知らぬのも無理からぬ」

 

 実の所、十三世紀初頭において《モンゴル族》という名は、それほど世間に通りが良くなかった。というのも、モンゴル族は元々弱小部族であり、チンギス・ハーンが爆速で高原を統一するまで全く無名と言って良かった。

 それよりも、八世紀の昔から高原に大勢力を築いた《タルタル族(韃靼)》の方が、遥かに著名であった。

 

 とはいっても、遥か西欧においては両者無名の集団であり、区別がつく筈もない。《地獄の軍(タルタロス)》と発音上の混同もあった。やがて、彼らにとって恐ろしい東方の遊牧民全般を、大雑把に一括りして《タタール族》と呼称する事となってゆく。

 

 ともかく重要であったのは、この時チンギス・ハーンが《地獄の軍》である事を否定し、素性の知れない東方の民《モンゴル族》を名乗った事であった。

 

 カルピニ神父は狐につままれた心地であったが、最終的には大ハーンに言われた通りにした。

 パリの都に残され、今も怯えているだろう人々を呼びに戻ったのである。

 無論、市民は疑心暗鬼であったが、消火活動の最大の功労者たる神父の言葉を一蹴する事も出来ない。何より、屋根と食物が無いのは目下切実であった。

 疑念と現実がせめぎ合った末、先ず様子見で少人数がモンゴル陣営に連れられてきた。

 さて、予備の幕屋を組み終わり準備万端だったモンゴルウマ娘たちは、嬉々として叫んだ。

 

「どうぞうちにいらっしゃい、甘いニンジンが御座います!」

「いいえうちにいらっしゃい、しこたま酒壺を積んでいます!」

「それよりこちらはいかがです、ご飯を山盛りにしてますよ!」

 

 モンゴルウマ娘たちは、それぞれ(チーム)に分かれて、お客人の腕が抜ける位に引っ張った。

 そうして引きずり込まれた幕屋の中には、嘘偽り無くご馳走の山と、温かい歓迎が待っていた。

 存分に歓待を受けたパリ市民の偵察隊(・・・)は、非常に感激して街に戻り、家族や友人を連れて来た。

 そして夕刻の頃にもなると、モンゴル陣営は二つの文化が大変賑やかに交流する場となったのである。

 

 モンゴルウマ娘、というより遊牧ウマ娘全体に共通するのだが、お客人を大歓迎する文化を持っていた。

 単純に交流好きであるのが一番に来るのだろう。しかし一方では、どれだけ客人をおもてなし(・・・・・)出来るかで人徳が示されるのだ、と強く意識していたのである──言わば、身内同士で見栄の張り合い、という側面を含んでいた。

 そのためモンゴルウマ娘の間では、何時でも来客の取り合いになるのだった。

 

 因みに。何故だかタルタル族の幕屋にはお客さんが一人も来てくれなかったので、タルタルウマ娘は物凄くしょんぼりしたという。

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