聖人列伝を編纂した十三世紀のベストセラー《黄金伝説》に拠れば、聖カルピニは建築途中の教会──後のノートルダム大聖堂(1250年完成)にて、悪しきタタール人を十字教に改宗させたという。
これを指して《ノートルダムの奇跡》と言い、大聖堂の霊的根拠ともなっている。
ただし、上記に史実性があるかと問われれば何とも言えない。
少なくとも、プラノ・カルピニが積極的に
では全くデタラメかと言えば、そうとも限らない。
チンギス・ハーンがモンゴル高原に帰還して以後、十字教めいた教えを持ち帰った形跡がある。何らかの交流があった事は確からしい。
しかし、モンゴル軍の書記ウマ娘によって持ち帰られた内容というのも、
『西方の
『無くならないご飯で心が一杯になる』
『頬をぶたれて怒ったら喧嘩になるので良くない』
『ちゃんと謝る人が偉い、許してあげるのも偉い』
等々、果たして
余談であるが、これらを書き残した書記係──それはタルタル族の《シギ・クトク》というウマ娘である。
『いとも尊きチンギス・ハーンはいとも尊い(チンギスの大ハーン就任時)』
『何か集団が居たので、近付いてみたら散り散りになってしまって、結局正体が分からなかった(中央アジア制圧時)』
『何もしないので、首都の真ん中を通らせて欲しいです。出来ればご飯も下さい(ポーランド王に送った書状)』
『何もしてないのにパリが燃えた(パリ炎上について)』
『久しぶりにお客さんが一杯でうれしい(東西交流に際して)』
他にも色々──史料上に燦然たる名文の数々を後世に伝えたので、現代の歴史クラスタに妙に愛されているという、奇特な書記係である。
シギ・クトクは、歳若きチンギス(当時はテムジン)がタルタル族を粉砕した折に、戦場で拾われた子ウマであった。
当時の高原には、見所のありそうな孤児を拾って育てる、という風習が存在したのだ。
チンギスが高原統一に奔走する間は、
シギ・クトクが奇特なのは、モンゴルウマ娘に珍しく文字(ウイグル文字)が書けた事である。
他ウマ娘に褒められる他、本人も誇りに思っていた様で、自ら率先して書記係を務めていた。
チンギスの《遠駆け》以前は、モンゴルダービーの記録の他、仲間の名前を木片に筆記してあげて喜ばれる──というのが主な仕事だった。
指導人らには「係を代わりましょう」と度々要請されていたが、断固固辞。大ハーンの親族特権を利用してまで、決して席を譲るつもりは無かったらしい──
閑話休題。
総括して、モンゴルウマ娘が十字教に改宗したのかという問いには、はっきり答えようが無い。
新説を唱えたウマ娘女博士も、これに関しては口を噤んでいる。彼女は確証の無い事柄には一切言及しない学者である。
一つ断っておく事には──全世界に居るカルピニ派のウマ娘にとって《ノートルダムの奇跡》は紛れも無い
証拠も無しで安易に否定する事は、彼女らの純心を傷付ける行為であり、ぽかぽか叩かれたとしても何も文句が言えない──とだけ、筆者から言っておく。
当時のモンゴル人の宗教観についても言及しておく必要があろう。
彼女たちにあったのは、全く素朴な天上信仰、精霊信仰であった(お天道様と八百万の神、と例えれば我々に分かり易いだろう)。
空の向こうには偉大な
モンゴルウマ娘は
モンゴルウマ娘に他文化に対する偏見や先入観は無く、ただ「良し」と思った教えをどんどん吸収した。
その中には当然、新しい思想、技術といったものも含まれていた。
この寛大な合理主義──言い換えれば無頓着な放任主義は、ウマ娘朝モンゴル帝国の最大の強みであり、弱みでもあった。
その姿勢は、後の皇帝《フビライ・ハーン》が、東西ユーラシアのあらゆる文化・民族をひと繋ぎに併呑した《
一方、巨大になり過ぎた帝国が、世代を経る毎にモンゴル民族としての連帯感を喪失し、一つの国としての実体を失ってしまう要因にもなった。
モンゴルウマ娘の性格は、良くも悪くも素朴であった。
さて、そんな彼女たちと十字教との初接触を更に追っていく。
◆
ノートルダム大聖堂(予定地)におけるカルピニ神父の説法は、日毎に傾けられるウマ耳の数が増えていった。
というのも、タルタルウマ娘が「すごく優しい人の話を聞いた」と仲間に触れ込んだためであった。
町の復興作業が休みの日ともなれば、教会にはパリ市民とモンゴルウマ娘が一杯になった。そして、同じ教えを共有した両者の繋がりも更に深まってゆくのであった。
ある時、この場にチンギス・ハーン(プレスター・ジョン)が現れて、教会は騒然となった。そしてカルピニの説教を聞くと「一理ある」と呟いて、聴衆を大いに沸かせた。
チンギスの言葉に深い意図は無く、同胞らが集まっていると聞いて気になったのと、神父の顔を立てるためであったが──パリ市民らは、もっと深い意味に捉えた事だろう。
また後には、耶律楚材を初めとした指導人も合流する様になった。カルピニ個人の話を聞くため、というよりも、これまで全く未知であった西方世界の法理を学ぶためであった。
そして、
諸事情ありつつも、プラノ・カルピニの説教が盛況であった事は間違い無かった。
「主は仰いました、右の頬を打たれたら左の頬を差し出しなさい──」
その日の説法を聞いたモンゴルウマ娘は、仲間内で視線を交わして、神父に質問した。
「神父さま。でもそれじゃあ、やられっぱなしになっちゃうと思います。それに、裏切りは絶対許さないって大ハーンは言っています。どっちが正しいんですか?」
質問に対する首肯と同時に、大勢のウマ耳が一斉にぺこりと上下した。
モンゴルウマ娘は無邪気な視線であったが、実は欧州人にとっては非常に肝の冷える質問であった。
安易な答えは、チンギス・ハーンを侮辱する事にも、聖書を否定する事にもなり得たからである。
市民はごくりと唾を飲んだが、カルピニ神父は恰幅の良い身体に似合の、
「君たちは、喧嘩して友達を傷付けてしまった後に後悔した事はないかな」
「あります。そんなつもりじゃなかったのに、どうしてだろう……って」
「じゃあ、初めからそういう気持ちになる事が分かっていたら、同じ様にしただろうか」
「ううん、思いません」
「私たちは、人を傷付けてしまう時、本当は自分が何をしているのか忘れてしまう事があるんだよ。だから、その時はやり返すのではなくて、友達に思い出させてあげなさい。そして友達が悔いて謝ってきたら、必ず許して、仲直りしてあげるのですよ」
モンゴルウマ娘たちは納得して「はあい、神父さま」と異口同音に言った──そして書記係のシギ・クトクは、何やら一生懸命書き記していた。
十字教という、
だが、次の瞬間に和やかな雰囲気は吹き飛んだ。
「神父さま。その《
異邦人以外の全員が凍り付いた。カルピニ神父さえ例外ではなかった。
モンゴルウマ娘は対極である。
「おバ鹿だなあ。生きているうちに優しかった人は、家族の皆に看取られて、
「あっ、そっかあ」
「救世主さんは、絶対幸せな最期に決まってるよ」
「きっとマルタちゃんとマリアちゃんに看取られたんだね」
考察に盛り上がっているモンゴルウマ娘たちを前に、神父は独り胸に十字を切った。
千年前から変わらず、この話は宣教師の関門であった。経験豊富なカルピニと言えど、緊張せざるを得ない難関なのだ。
無垢なる異邦人たちは、輝く眼差しで神父に回答を求めていた。そして、神父は静かに語り始めた。
──最後の晩餐の辺りで、モンゴルウマ娘から笑顔が無くなった
──ローマ総督ピラトによる裁判の辺りで、目が潤み始めた。
──十字架を担ぎゴルゴダの丘を登る辺りで、瞳から光が失せた。
──そして、マルタとマリアの目の前で磔刑に処された時、涙と慟哭に地面をのたうち回った。
教会内は地獄絵図と化した。
「ああああっ、どうしてええぇぇ!」
「そんなのないよ、そんなのってないよ!」
「ユダッ、貴様ユダアァッ!」
「優しい先生が、どうしてよりにもよって!」
「ひどいよおっ、ひどすぎるぅ!」
悲しみに暴れ回るモンゴルウマ娘を、神父は胸を潰す思いで見つめていた。
昔、幼いシスターウマ娘も全く同じ様な反応をしていた事を思い出していた。
十字教の宣教師とは、無垢なウマ娘に対して、この様な残酷な話をしなければならない過酷な職業であった。その胸の苦しみに耐えられる者のみ、布教活動を続ける事が出来る、名誉ある役目であった。
この日はどうしようも無いので、説教は終わった。のたうち回るモンゴルウマ娘に神父はくれぐれも言い残す。
「明日は続きを話しますから、必ず来なさい」
号泣しながら「むりぃ」と嘆く彼女らであったが、翌日になると結局集まっていた。泣き腫らした光の無い目元で、話を聞くことに怯えている。しかし、どうしても続きが気になるのだった。
そしてプラノ・カルピニは、一層力を込めて語り出す。
《
ウマ娘の喜びは半端でなかった。
諸手を上げて、歓喜の奇声を上げながら教会を飛び出し、町中を駆け回った。
今度は喜びの涙を流して、脇目も振らず全力で走るウマ娘集団に、教会に集まっていなかった人々は驚愕して道の端に退避する。
そして、恐らく主が復活した話を聞いたのだろうと察した。こういうウマ娘は、千年前から度々見られたのである(何なら現代でも居る)。
落ち着きを取り戻すまで走り回ったモンゴルウマ娘は、やがて教会に戻って来た。前日の絶望が嘘の様に、表情が澄み渡っている。
大いに悲しみ、大いに喜んだウマ娘は、何にも増して美しい──これぞ宣教師の生き甲斐であると、カルピニ神父の胸は一杯になった。
そんな時であった、明らかに異質な、怯えきった叫びが教会にこだました。
ある町の男が転がり込んできて、皆に何か訴えようとするも、がちがちと歯の根が鳴って上手く声が出ない。
心配した近くのモンゴルウマ娘が背中を撫でてあげると、ようやく男は声を出した。
「遂に来た、来てしまった。《
今度は、パリ市民が叫ぶ番であった。忘れていた恐怖と、財産の全てを焼き尽くした大火がフラッシュバックした。
神父の制止も効力を上げず、恐慌して散り散りになってゆく。
しかし、モンゴルウマ娘は一切動じなかった。慌てる道理は一切存在しない。
不意に、ぴくりと、ウマ耳を同じ方向に向ける。瞬間的に皆の表情が鋭いものに変化した。
それは、高原の戦士を招集するスブタイ将軍の太鼓であった。