蒼きウマ娘 〜ウマ娘朝モンゴル帝国について〜   作:友爪

32 / 47
愛と許しの伝道について

 聖人列伝を編纂した十三世紀のベストセラー《黄金伝説》に拠れば、聖カルピニは建築途中の教会──後のノートルダム大聖堂(1250年完成)にて、悪しきタタール人を十字教に改宗させたという。

 これを指して《ノートルダムの奇跡》と言い、大聖堂の霊的根拠ともなっている。

 

 ただし、上記に史実性があるかと問われれば何とも言えない。

 少なくとも、プラノ・カルピニが積極的に洗礼(バプテスマ)をモンゴル人に施したという史料は残ってはいない。

 では全くデタラメかと言えば、そうとも限らない。

 チンギス・ハーンがモンゴル高原に帰還して以後、十字教めいた教えを持ち帰った形跡がある。何らかの交流があった事は確からしい。

 しかし、モンゴル軍の書記ウマ娘によって持ち帰られた内容というのも、

 

『西方の天空神(テングリ)は一人しかいなくて優しい』

『無くならないご飯で心が一杯になる』

『頬をぶたれて怒ったら喧嘩になるので良くない』

『ちゃんと謝る人が偉い、許してあげるのも偉い』

 

 等々、果たして布教(・・)と言えるのかどうか極めて怪しいレベルである。

 

 

 

 余談であるが、これらを書き残した書記係──それはタルタル族の《シギ・クトク》というウマ娘である。

 

『いとも尊きチンギス・ハーンはいとも尊い(チンギスの大ハーン就任時)』

 

『何か集団が居たので、近付いてみたら散り散りになってしまって、結局正体が分からなかった(中央アジア制圧時)』

 

『何もしないので、首都の真ん中を通らせて欲しいです。出来ればご飯も下さい(ポーランド王に送った書状)』

 

『何もしてないのにパリが燃えた(パリ炎上について)』

 

『久しぶりにお客さんが一杯でうれしい(東西交流に際して)』

 

 他にも色々──史料上に燦然たる名文の数々を後世に伝えたので、現代の歴史クラスタに妙に愛されているという、奇特な書記係である。

 

 シギ・クトクは、歳若きチンギス(当時はテムジン)がタルタル族を粉砕した折に、戦場で拾われた子ウマであった。

 当時の高原には、見所のありそうな孤児を拾って育てる、という風習が存在したのだ。

 チンギスが高原統一に奔走する間は、耶律楚材(ウルツ・サハリ)に育てられた。そのため、大ハーンとは親子とも兄弟も言えない歳関係だが、ともかく親族の一員として扱われるという、数奇なウマ娘であった。

 

 シギ・クトクが奇特なのは、モンゴルウマ娘に珍しく文字(ウイグル文字)が書けた事である。

 他ウマ娘に褒められる他、本人も誇りに思っていた様で、自ら率先して書記係を務めていた。

 チンギスの《遠駆け》以前は、モンゴルダービーの記録の他、仲間の名前を木片に筆記してあげて喜ばれる──というのが主な仕事だった。

 指導人らには「係を代わりましょう」と度々要請されていたが、断固固辞。大ハーンの親族特権を利用してまで、決して席を譲るつもりは無かったらしい──

 

 

 

 閑話休題。

 総括して、モンゴルウマ娘が十字教に改宗したのかという問いには、はっきり答えようが無い。

 新説を唱えたウマ娘女博士も、これに関しては口を噤んでいる。彼女は確証の無い事柄には一切言及しない学者である。

 一つ断っておく事には──全世界に居るカルピニ派のウマ娘にとって《ノートルダムの奇跡》は紛れも無い史実(・・)なのである。

 証拠も無しで安易に否定する事は、彼女らの純心を傷付ける行為であり、ぽかぽか叩かれたとしても何も文句が言えない──とだけ、筆者から言っておく。

 

 当時のモンゴル人の宗教観についても言及しておく必要があろう。

 彼女たちにあったのは、全く素朴な天上信仰、精霊信仰であった(お天道様と八百万の神、と例えれば我々に分かり易いだろう)。

 空の向こうには偉大な天空神(テングリ)がおわして、全てを見ている。草原には四足の精霊が駆け、力を貰える──それはモンゴルウマ娘の純朴さを表すかの如く、体系化された宗教観では全然なかった。

 

 モンゴルウマ娘は信仰(・・)というヨーロッパ世界の一大問題に関して、極めて寛容であった。

 モンゴルウマ娘に他文化に対する偏見や先入観は無く、ただ「良し」と思った教えをどんどん吸収した。

 その中には当然、新しい思想、技術といったものも含まれていた。

 この寛大な合理主義──言い換えれば無頓着な放任主義は、ウマ娘朝モンゴル帝国の最大の強みであり、弱みでもあった。

 

 その姿勢は、後の皇帝《フビライ・ハーン》が、東西ユーラシアのあらゆる文化・民族をひと繋ぎに併呑した《ウマ娘による平和(パクス・ウマリカ)》を作り出し、空前絶後の繁栄をもたらした。

 一方、巨大になり過ぎた帝国が、世代を経る毎にモンゴル民族としての連帯感を喪失し、一つの国としての実体を失ってしまう要因にもなった。

 モンゴルウマ娘の性格は、良くも悪くも素朴であった。

 

 さて、そんな彼女たちと十字教との初接触を更に追っていく。

 

 

 ◆

 

 

 ノートルダム大聖堂(予定地)におけるカルピニ神父の説法は、日毎に傾けられるウマ耳の数が増えていった。

 というのも、タルタルウマ娘が「すごく優しい人の話を聞いた」と仲間に触れ込んだためであった。

 町の復興作業が休みの日ともなれば、教会にはパリ市民とモンゴルウマ娘が一杯になった。そして、同じ教えを共有した両者の繋がりも更に深まってゆくのであった。

 

 ある時、この場にチンギス・ハーン(プレスター・ジョン)が現れて、教会は騒然となった。そしてカルピニの説教を聞くと「一理ある」と呟いて、聴衆を大いに沸かせた。

 チンギスの言葉に深い意図は無く、同胞らが集まっていると聞いて気になったのと、神父の顔を立てるためであったが──パリ市民らは、もっと深い意味に捉えた事だろう。

 

 また後には、耶律楚材を初めとした指導人も合流する様になった。カルピニ個人の話を聞くため、というよりも、これまで全く未知であった西方世界の法理を学ぶためであった。

 そして、十字軍を殲滅した(・・・・・・・・)事の重大さを初めて知って、顔面蒼白になったという(ウマ娘には良く分からなかった)。

 諸事情ありつつも、プラノ・カルピニの説教が盛況であった事は間違い無かった。

 

「主は仰いました、右の頬を打たれたら左の頬を差し出しなさい──」

 

 その日の説法を聞いたモンゴルウマ娘は、仲間内で視線を交わして、神父に質問した。

 

「神父さま。でもそれじゃあ、やられっぱなしになっちゃうと思います。それに、裏切りは絶対許さないって大ハーンは言っています。どっちが正しいんですか?」

 

 質問に対する首肯と同時に、大勢のウマ耳が一斉にぺこりと上下した。

 モンゴルウマ娘は無邪気な視線であったが、実は欧州人にとっては非常に肝の冷える質問であった。

 安易な答えは、チンギス・ハーンを侮辱する事にも、聖書を否定する事にもなり得たからである。

 市民はごくりと唾を飲んだが、カルピニ神父は恰幅の良い身体に似合の、にいっ(・・・)とした笑みで答えた。

 

「君たちは、喧嘩して友達を傷付けてしまった後に後悔した事はないかな」

「あります。そんなつもりじゃなかったのに、どうしてだろう……って」

「じゃあ、初めからそういう気持ちになる事が分かっていたら、同じ様にしただろうか」

「ううん、思いません」

「私たちは、人を傷付けてしまう時、本当は自分が何をしているのか忘れてしまう事があるんだよ。だから、その時はやり返すのではなくて、友達に思い出させてあげなさい。そして友達が悔いて謝ってきたら、必ず許して、仲直りしてあげるのですよ」

 

 モンゴルウマ娘たちは納得して「はあい、神父さま」と異口同音に言った──そして書記係のシギ・クトクは、何やら一生懸命書き記していた。

 十字教という、愛と許し(・・・・)の教えはモンゴルウマ娘に親和性をもって受け入れられたのである(正確に伝わったかはともかく)。

 だが、次の瞬間に和やかな雰囲気は吹き飛んだ。

 

「神父さま。その《救世主(メシア)》という人は最期はどうなったんですか?」

 

 異邦人以外の全員が凍り付いた。カルピニ神父さえ例外ではなかった。

 モンゴルウマ娘は対極である。

 

「おバ鹿だなあ。生きているうちに優しかった人は、家族の皆に看取られて、天上(テングリ)の草原でのんびり暮らせるんだよ」

「あっ、そっかあ」

「救世主さんは、絶対幸せな最期に決まってるよ」

「きっとマルタちゃんとマリアちゃんに看取られたんだね」

 

 考察に盛り上がっているモンゴルウマ娘たちを前に、神父は独り胸に十字を切った。

 千年前から変わらず、この話は宣教師の関門であった。経験豊富なカルピニと言えど、緊張せざるを得ない難関なのだ。

 無垢なる異邦人たちは、輝く眼差しで神父に回答を求めていた。そして、神父は静かに語り始めた。

 

 ──最後の晩餐の辺りで、モンゴルウマ娘から笑顔が無くなった

 ──ローマ総督ピラトによる裁判の辺りで、目が潤み始めた。

 ──十字架を担ぎゴルゴダの丘を登る辺りで、瞳から光が失せた。

 ──そして、マルタとマリアの目の前で磔刑に処された時、涙と慟哭に地面をのたうち回った。

 教会内は地獄絵図と化した。

 

「ああああっ、どうしてええぇぇ!」

「そんなのないよ、そんなのってないよ!」

「ユダッ、貴様ユダアァッ!」

「優しい先生が、どうしてよりにもよって!」

「ひどいよおっ、ひどすぎるぅ!」

 

 悲しみに暴れ回るモンゴルウマ娘を、神父は胸を潰す思いで見つめていた。

 昔、幼いシスターウマ娘も全く同じ様な反応をしていた事を思い出していた。

 十字教の宣教師とは、無垢なウマ娘に対して、この様な残酷な話をしなければならない過酷な職業であった。その胸の苦しみに耐えられる者のみ、布教活動を続ける事が出来る、名誉ある役目であった。

 

 この日はどうしようも無いので、説教は終わった。のたうち回るモンゴルウマ娘に神父はくれぐれも言い残す。

 

「明日は続きを話しますから、必ず来なさい」

 

 号泣しながら「むりぃ」と嘆く彼女らであったが、翌日になると結局集まっていた。泣き腫らした光の無い目元で、話を聞くことに怯えている。しかし、どうしても続きが気になるのだった。

 そしてプラノ・カルピニは、一層力を込めて語り出す。

 

 

救世主(メシア)》は三日の後に復活した。

 

 

 ウマ娘の喜びは半端でなかった。

 諸手を上げて、歓喜の奇声を上げながら教会を飛び出し、町中を駆け回った。

 今度は喜びの涙を流して、脇目も振らず全力で走るウマ娘集団に、教会に集まっていなかった人々は驚愕して道の端に退避する。

 そして、恐らく主が復活した話を聞いたのだろうと察した。こういうウマ娘は、千年前から度々見られたのである(何なら現代でも居る)。

 

 落ち着きを取り戻すまで走り回ったモンゴルウマ娘は、やがて教会に戻って来た。前日の絶望が嘘の様に、表情が澄み渡っている。

 大いに悲しみ、大いに喜んだウマ娘は、何にも増して美しい──これぞ宣教師の生き甲斐であると、カルピニ神父の胸は一杯になった。

 

 そんな時であった、明らかに異質な、怯えきった叫びが教会にこだました。

 ある町の男が転がり込んできて、皆に何か訴えようとするも、がちがちと歯の根が鳴って上手く声が出ない。

 心配した近くのモンゴルウマ娘が背中を撫でてあげると、ようやく男は声を出した。

 

「遂に来た、来てしまった。《地獄の軍(タルタロス)》が攻めて来たんだぁ!」

 

 今度は、パリ市民が叫ぶ番であった。忘れていた恐怖と、財産の全てを焼き尽くした大火がフラッシュバックした。

 神父の制止も効力を上げず、恐慌して散り散りになってゆく。

 

 しかし、モンゴルウマ娘は一切動じなかった。慌てる道理は一切存在しない。

 不意に、ぴくりと、ウマ耳を同じ方向に向ける。瞬間的に皆の表情が鋭いものに変化した。

 

 それは、高原の戦士を招集するスブタイ将軍の太鼓であった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。