蒼きウマ娘 〜ウマ娘朝モンゴル帝国について〜   作:友爪

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あけましておめでとうございます。
ちょっとだけ新年らしいお話です。

そして『しゅ_shu』様より、チンギス・ハーン(ウマ娘)の支援絵を頂きました。
めでたい。


【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/95242955


雷霆のテムジンについて【挿絵】

 うららの春が来た。

 侘しい寒色の景色は去り、色とりどりの風光が咲き揃う。

 お日様が今年も元気になった事をモンゴルウマ娘たちは喜び、蒼々とした天上(テングリ)を拝した。

 のびのび萌える若草を引きちぎっては口に放り込み「あまい」と舌鼓を打って止まない。

 モンゴルウマ娘の一年という感覚は、高原の厳しい冬将軍が去り、草原が青々とするのを見て一巡り(・・・)──というのが支配的であった(勿論、暦上の新年も存在するのだが、地勢に沿った感覚として)。

 

 春恒例のレースが開催される事になった。

 コース選定官(指導人の仕事、国家の重要役職)がパリ近郊を視察し、およそ100キロの進路を確定させると、早速に千人隊(ミンガン)単位で予選が行われた。

 そうして、本年の猛者が選ばれた。昨年の覇者《韋駄天》のジェベの姿は無かったが──

 

 この年は、若ウマ娘(これは往々にして新妻であった)が夫に良き姿を魅せようと特に意気軒昂としていた。勝負服の糊付けと、化粧の色がそれを物語っていた。

 チンギスが猛々しい同胞らを頼もしげに眺めていると、主将格の若者が進み出て言う。

 

「是非とも、大ハーンと並び走りたく」

 

 挑戦的な眼差しである。モンゴルウマ娘がどよめいた──それにつけても、並び走る(・・・・)とは!

《四駿四狗》将軍は大いに憤慨して「不遜なり、下がれ若造」と牽制するも、愛の力を味方に付けた若者は中々下がらない。

 若さ故の向こう見ずであった。

 

 大ハーンや将軍たちが参加を遠慮するのは、脚の衰えからではない。駆けを偏愛するモンゴルウマ娘なのだ。レースに飛び込んでいきたいのは、実に山々である。

 しかし、若人が権力相手に腰が引けて、本来の力が発揮出来ない事を慮り、真摯に努めていたのであった。

 因みに、生前ジェベ将軍は戦と駆けの事しか頭に無かったので度々参加していた。

 

 やはり、大ハーンも遠慮がちである。目を泳がせつつ「私も歳だから」等と、全然らしくもない言い訳を言っていたが、

 

「いえ、我が君。実を申さば、私も久方ぶりに《雷霆》のテムジン、その人の駆け足を見とうございます」

 

 皇帝専属指導人の一声で「何だか若返った気がする」と全く意見を翻した──この指導人は見かけ上に鷹揚であったが、その実、誰より腸を煮やしていたのだった。

 自身の担当ウマ娘が世界最強(・・・・・・・・・・)である事を確信している故である。

 

 かつて高原が戦乱に満ちていた時分──耶律楚材(ウルツ・サハリ)が専属指導人に就く以前の話である。

 とある戦傷から回復して後、長らくテムジンの調子が上がらない時期があった。彼女が苦しむ様子を、ある時、メルキト族(敵対部族、滅亡)の指導人から非常に嫌な言われ方をした。

 果たして、その男は前歯を四本失う(・・・・・・・)事になった。

 後で楚材は「一方的に拳を使った」と主張した。少しの自己弁護もせず、自ずから謹慎に入った。

 この一件はモンゴルウマ娘たちの胸を大いにときめかせ、テムジンが調子を回復させるきっかけにもなったと言う。

 その時から、彼は高原の指導人職の鑑と目される様になった。

 

 かくして、楚材が同僚から生暖かな畏敬の眼差しで見られる中──チンギス・ハーンは皇帝の天幕(オルド)から勝負服を纏って出てきた。

 皆々、はっとした。

 それは澄み渡る蒼天を降ろした様な青であった。

 両の腕には、真紅の双龍が巻き付くという、細やかな刺繍が施されている。

 そして背には金糸の象形を負う。

 炎、太陽、月。

 即ち、大いなる天上(テングリ)と繁栄を共にするモンゴル帝国そのものであり、ウマ娘が大ハーンたる所以である。

 

 大ハーンの鮮やかな勝負服に、若ウマ娘たちは目も眩むばかりであった。チンギスの勝負服自体、初見の者も少なからずだった。

 見ているだけで頬が熱くなり、胸が動悸してくる──モンゴルウマ娘の勝負服というのは、蒼穹の青や、草原の緑が人気である(これは現代でも同じ)。

 しかし当時は、身分毎に生地の発色具合が制限(・・・・・・・)されていた。必然、社会身分の低い若ウマ娘たちは、同じ青や緑でも、鈍い発色の勝負服しか着る事が許されなかった。

 もし背伸びして鮮色を着ようものなら「ずるい」と諸先輩方に嫉妬されてしまう。

 チンギスの如き、目が覚める様な青色は、それこそ大ハーンのみに許された色だったのである。

 

 チンギスも、久々に勝負服を着れて嬉しそうであった。夜の帳を切り取った様な漆黒の毛並みを、しきりに揺らしていた。

 目が眩み、ほうと嘆息している同胞たちに向けて言う。

 

「ほれ並べ。野駆けじゃ、野駆けじゃ」

 

 当初遠慮していたとも思えないはしゃぎぶりで、同胞たちの尻を叩いた。

 そうして横一列に、モンゴルウマ娘は大地を蹴った──

 

 

 

 ゴールを切ると同時、若ウマ娘の主将は頭から地面に倒れ込んだ。疲労の極による吐気に、暫し立ち上がる事が出来ない。

 何より、心が打ちのめされていた。

 

 同時、大ハーンは余裕綽々に酒杯を傾けていた。

 地面に敷いた絨毯にあぐらして、予選落ちした四女トルイ(未だ本格化前、晩成型な母の血脈もあるだろう)に髪を梳いてもらっていた。

 心地良さそうに親孝行を受けていたチンギスは、若者の到着に気が付くと、軽快に腰を上げた。倒れた若者の手を取り立たせる。

 

「目出度や! 今年の福ウマは汝ぞ。どれ、触らせておくれ」

 

 そう言って、若者の汗ばむ頬をぺたぺた触った。《雷霆》の影を拝む事すら出来なかった後着者は目を丸くした。

 

 高原のウマ娘には、年初めのレースに勝利した《福ウマ》には一年分の福が約束されるという伝承がある。

 その福にあやかろうと、皆は福ウマを触りたがった。

 更に福ウマは、見るだけでも縁起が良いと言われる。宴会に出れば大変にもてなされ、挨拶回りでもちやほやされ、指導人にはモテる(というか、これが彼女らの言う()の正体という気がする) 。

 生涯に一度でも──と福ウマを夢見るモンゴルウマ娘は古今に数多。高原の勇士を決する《モンゴルダービー》とも性質を異にする、格別のレースなのだ。

 

 しかし、チンギスは今年の《福ウマ》を惜しげも無く配下に譲るつもりらしい。

 当然、若者は皇帝に問う──自分はあなたの影も踏めなかった、否、勝負にすらなっていなかった。なのに何故、名誉を放棄なさるのか。

 するとチンギスは、全く生意気な若者の両頬をつねって、呵々と笑った。

 

「大ハーンに福は不要である」

 

 頬っぺをつねられながら、若者ははっとした。この鮮烈なウマ娘の気色を見て、彼女はようやく思い出した。

 今、目の前に立つモンゴルウマ娘は何者なりや?

 彼女こそ、戦乱の嵐吹き荒れる高原に平和をもたらした勇士の中の勇士にして、高原の覇者。

 伝説の祖先、蒼きウマ娘の生まれ変わり。

 この西方の果てまで同胞を導いた夢の先導者。

 

 大モンゴル国(イェケ・モンゴル・ウルス)

 初代皇帝チンギス・ハーン。

 

 嗚呼、大いなるかな乾元!

 若者は改めて居住まいを正し、跪いた。

 

「度々の無礼千万、陳謝したとて謝りきれませぬ。私は、おしなべて大ハーンに従います」

 

 心底畏まり言った。

 するとチンギスは低頭した臣下に聞く。

 

「お主、私に負けて悔しいか」

 

 若者は、すっと顔を上げる。モンゴル皇帝は、柔和で、そして恐ろしい目で真っ直ぐに彼女を見つめていた。

 若者はモンゴルウマ娘らしく、あれこれ逡巡せず応えた。

 

「悔しゅう御座います!」

 

 正直だった。

 チンギスは蒼天に大口を開けて笑った。福ウマにして新婚の若者の毛並みをくしゃくしゃ撫でた。

 

「なら良し、なら良し」

 

 大ハーンは、自身の軍団に新進気鋭の若者が育っている事を、心から誇りに思ったのである。

 

 

 

 

 そうして決まった今年の《福ウマ》を一撫でしてやろうと、同胞らが揉みくちゃにしている景色を、チンギスは少し離れた所から眺めていた。

 右隣にトルイが寄って来て「でも私は母上が福ウマだと思います」と一寸悔しそうに言って、腕にくっついた。

 母が苦笑していると、左隣に専属指導人が寄って来た。

 

「お喜び申し上げます」

 

 柔らかく微笑んで、小さい黄色の花を一輪差し出した。

 チンギスは無言でそれを受け取った。眉を顰めようとして、やっぱり失敗した様な表情で、匂いを嗅いだり、花弁を撫でたりしていたが、最後に口に放り込んだ。

 むしゃむしゃ咀嚼して、ゆっくり嚥下し、

 

「あまい。」

 

 とだけ言った。

 

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