国内の統一、またモンゴルダービーによって、チンギス・ハーンは名声の絶頂期を迎えた。また、ウマ娘としても完全に円熟し、モンゴル高原で最も俊足であると称された。
自らダービーウマ娘として参加しては、何人も追い付けない結果を叩き出していた。
「もはや我が君の脚には風ですら及びますまい。勝るとすれば雷くらいのものでしょう」
モンゴルダービー後、舞を披露したチンギスは、大宴会での側近らの世辞には浅く頷くだけで、さほど興味を示さなかったという。チンギスの関心は常に広大な草原に向いており、その場のおべっか等に興味は無かったのだ。
一説には、帝国の統治にすら関心が無かったとされるが、モンゴルダービーの画期的成功に見られる計算高さをうかがえば、俗説であると言えよう。
この頃、チンギスは政治からやや手を引いており、若いモンゴルウマ娘たちとの交流を温めていた。
ゲル中での政治活動は、過去の辛い経験を想起するためだったかもしれない。
モンゴルダービーを見事走り抜いた、優秀な若者たちを供回りに、日がな一日野を駆け回り、獲物を狩り、酒を飲んだ。
時には未来ある後輩たちに、父から教わった理論と、先の戦争での経験を伝え、実演を混じえ教導してみせた。若者たちは、喜んでそれを吸収する。
まるで、ただ遊んでいるかの様な振る舞いで、益々政治は疎かになるばかりだった。史上ままある様に、偉業を成した英雄が暗君になってしまうのか──と、周囲の凡愚は噂したが、間もなくチンギス・ハーンの英雄たる所以を思い知る事となる。
どうやら大ハーンが若者を引き連れて野駆けしているらしい。
名高いチンギスである、噂は直ぐに高原に知れ渡った。ならば寛大な大ハーンのこと、自分も加え入れて頂けるかもしれない──と徐々にチンギスの供回りは増えていった。チンギスは笑顔でそれを迎え入れる。
ややもすると、チンギスと共にありたい、と主張する若者は後を絶たなくなった。
部族長たちは思った。大ハーンの元にやるのに、生半可な者を送る訳にはいかない。どうせなら選りすぐりのウマ娘を──やがて、チンギスの『供回り』は、もはや規模的に『軍団』と呼べそうなまでに膨れ上がった。
このままでは統制が取れなくなるため、供回り初期メンバーによって段階的に組織化された。何時しか、チンギスの遊びに付き合う『供回り』は、皇帝直属の『近衛兵団』に変態した。
初期メンバーはそのまま将軍となり、チンギスから教導された理論を、今度は新兵たちに教えた。チンギスの思想、戦術は、軍団の隅々にまで行き渡った。
モンゴル軍精鋭中の精鋭は、こうして生まれたのだった。
高原の統一、モンゴルダービー、近衛兵団──チンギス・ハーンの偉業の下地は、全て整ったのである。