蒼きウマ娘 〜ウマ娘朝モンゴル帝国について〜   作:友爪

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攻城兵器と色目人の活躍について

 

 

 歴史上、呼びつけられた上で放ったらかしをくった軍集団というものは大抵ろくな事をしない。

 悲しきかな現代においてもそうなのである。国際法の概念が生まれる以前では尚更であった。士気を維持するためという名目で、民間人への非人道的行為が公然と容認される場合がままあった。

 

 ニカイア帝国に呼びつけられたキプチャク軍は、その点において稀な部類であったろう。

 ほぼウマ娘駆兵のみで構成される伝統的なモンゴル帝国軍は現地徴発、という名の略奪を行わなかった。特段厳しく禁止されていたという訳ではない。

 単純にモンゴルウマ娘は、補給十分なのに他から奪う、という発想に至らなかった様である。

 

 ではモンゴルウマ娘は全く善玉なのか、かというとそうではない。いざ補給不足に直面したならば、彼女らは一片の容赦も慈悲も無く──恐らく生活活動(・・・・)の一環として、無辜の民から収奪を開始しただろう。

 モンゴルウマ娘にとって、生きるために必要な分だけ奪う事は悪ではない。分不相応に奪うのが悪なのである。

 

 しかし食物繊維(くさ)を炭水化物にまで分解消化出来る微生物と、仲良く体内で共生しているモンゴルウマ娘である。文字通り道草を食っていればそうそう飢える事はない。

 にも関わらず飢えるという事は、ひどい、誰が悪い、それは大将が悪い──という事で、補給不足を現実に起こした大将は無能者の烙印を押されて、部下たちにくびり殺される(草原に血を流さないやり方、袋詰めにして踏み殺すなどバリエーション様々)。

 

 戦争の勝敗は天上(テングリ)のご意志に依るものがあるから負けても仕方無い。だが飯が無い(・・・・)というのは言い訳し難い地上の罪悪である──という理屈である。

 モンゴルウマ娘にとっては、敗戦よりも補給不足の方が罪が重いのだった。

 尤も、そういう分不相応者はチンギス・ハーンによる高原統一の折に一人残らず抹殺されたので、モンゴル帝国軍の補給事情は小綺麗なものであった。皆を飢えさせる大バ鹿者を粛清する事は敬服に値する善政と見なされた。

 

 補給に関する軍規も峻厳である。横流しなどしようものなら即刻厳罰、毛並みを切り取り捨てられる(一方で、味見(・・)くらいなら良いよね、という奇妙な緩さがあった。モンゴル的)。この補給に関する明朗さは、ウマ娘朝モンゴル帝国の興亡に一貫していた。

 そういう道徳観念の中に、モンゴルウマ娘は暮らしていた。

 

 

 さて、今の所は補給十分なキプチャク軍はコンスタンティノープル西側の城壁を包囲したまま、ニカイア帝国におあずけをくっている。

 士気が乱れる事はなかったが、モンゴルウマ娘はただじっと待っている事が大苦手である。遥々長旅をしてきて、今更何もするなと言われても遊牧民の血が騒ぐ。

 筆記係ウマ娘も退屈だったのか、モンゴルの常時まばらなのびのび歴史記録が、待機期間中だけ妙に多い(もっと他の記録を頑張って欲しい)。

 ごろごろしたり、相撲(ブフ)をしたり、さいころ(シャガイ)を振ったり。潮水でも魚が釣れる事を初めて知ったとか、他には犬の記録もある。

 

 犬である。河原毛(ベージュ)を巻いた。

 どうやらキプチャク草原では見られない、もの珍しい犬種だったらしい。これは元々、先のハンガリーにおける《モヒの戦い》がキプチャク軍の完勝で終わった際、屍肉を漁りに這い出てきた犬だった。

 死体のはらわたに鼻を突っ込んでいる所を、さるモンゴルウマ娘が背後から持ち上げて「ひろったひろったひろった」と連呼しながら、バトゥ・ハンの下に持っていった。鼻頭を朱に染めたまま、くんくん鳴いている犬を掲げて「飼っても良いですか?」と聞いた所「いいよ!」と許しが出たため仲間に加わったという。

 そしてモンゴルウマ娘に撫でられたり、(ホニ)肉のおこぼれに与ったりしながら、故郷ハンガリーを遠く離れてコンスタンティノープルまでやって来た犬である。

 

 モンゴル人は犬好きである。羊さんを追う時の心強い友だ。例に漏れずバトゥ・ハンも犬が好きだった。愛犬も沢山いた。

 しかし、どうやら偉大なるチンギス・ハーンは犬を嫌っていたらしいのだ。

 こんな話がある──幼いバトゥが祖母に顔を見せに行った際、飼い犬を連れて行った。モンゴルウマ娘としては真っ当の事である。

 しかし、可愛い孫の横で舌を垂らしている犬を見て、大ハーンは未だかつて見た事が無い深刻な顔をして言った。

 

「バトゥよ。わんころというのは、尾っぽを振っておきながら、腹に飢えたケダモノの本性を隠している姑息な生き物だ。気高い蒼きウマ娘の裔が関わり合いになるものではない」

「そうですか? ほら、こんなにかわいいのに」

「ぴゃ。」

「ぴゃ?」

「下がれ、誰が近付けて良いと言った。であえ衛兵! 何を突っ立っておるか。そのケダモノを他所にやれ」

 

 モンゴルには犬を贈り物として渡す、という風習があった。プレゼントとして外れ(・・)がないからである。

 だが偉大なる大ハーンに限っては好まないという事、これは失礼があってはならない、皆に教えなきゃ──という義務感の下、大ハーンが犬嫌いという情報は瞬く間に帝国影響下の土地に拡散。

 モンゴル帝国影響下の土地という事は、つまりほとんどユーラシア全土である。大陸をぶち抜く様に発達した駅伝(ジャムチ)も拡散を加速させた。

 果てはヨーロッパ人の耳まで伝わり、何をどう曲解されたのか「今度モンゴルが攻めてきたら盾に犬を括り付けて戦おう」という議論が真剣に行われたという記録もある。まるで滑稽話だが、当人たちの藁にも縋る思いがひしひしと伝わってくるので微妙な気持ちになる(モンゴルウマ娘に攻撃を躊躇わせるには案外有効かもしれない。しかし激怒は免れ得ないだろうから、やはり止めておいた方が吉だろう)。

 

 さて、ともかく、ハンガリーの拾われ犬は待機中のモンゴルウマ娘を大いに慰撫したらしいのだが──犬の話をしても仕様が無い。モンゴルの記録に拠っていては、何を書いているのか分からなくなってくる。

 

 

 閑話休題。

 ニカイア帝国と協議の末、《魔王》バトゥ・ハンによるコンスタンティノープル総攻撃は決定された。

 指針の決まったモンゴル人の行動は常に迅速である。黄金の天幕(ゴールデン・オルド)から《万バ不当》スブタイの白いもさもさ頭がのっそり出てきた時、モンゴルウマ娘たちは、また閑暇の慰みにバ頭琴を奏でてくれるのかな、と思った。うきうきして歌と踊りの身構えをする。

 

 違った。大将軍は天幕横に備えられた巨大な陣太鼓を叩いた。皆々はぴくりとウマ耳を音に向けた。告、全軍整列──犬を撫でる手は止まり、即座に軍事行動は開始される。

 モンゴルウマ娘が一斉に動き出す様子は、無秩序に、蜘蛛の子を散らす様にも見えた。但し最終的には、まるで反対の結果をもたらした。

 間もなく、彼女たちは然るべき位置に然るべき装備で、ぞっとする程に秩序立って集合していた。

 

 天幕内からキプチャク草原の主が姿を現した。

《大ハーン》チンギスの孫にして《韋駄天》ジェベの孫。良血中の良血──皇女(プリンセス)バトゥは、父系の祖母譲りの明るく細やかな栗毛を掻き上げ、母系の祖母譲りの凛々とした視線を以て同胞らに臨んだ。

 スブタイ将軍が深々低頭し毛玉になる。幾何学模様めいて整列したキプチャク軍が後に倣った。黒、茶、金のウマ耳林は一斉にぺこりとした。

 若い精気に満ちたバトゥは満足気に頷き、同胞に告げた。

 

「大いなる天上(テングリ)の力にて。我々は遠く駆け、障害を破り、海を回って参った。苦労と思う同胞は、まさかこの中におるまい。それ全て人助け(・・・)のためである。即ち私の意志であり、聚会(クリルタイ)の意志であり、大ハーンの意志である。ウマ娘たるもの、重荷を負い、困り果てた人間さんを捨て置いて何の報いがあろう。果たして、地を行く人が許したとて──」

 美しい栗毛に黄金の耳飾りを揺らして、今日は機嫌の良い蒼穹を指す。

「久遠なる天上(テングリ)が許したもうか。重荷を肩代わりするのは、真にウマ娘の冥利なり」

 

 うんうん。得心しているキプチャク草原の同胞たちへ、最後にバトゥ・ハンは最も彼女らしい言葉で締めた。

 

吝嗇(けち)は嫌いだ。盛大に、やれ」

 

『フラアァァァ──』モンゴルの鬨の声が上がった。それは異邦の大地を揺るがす雄叫びであった。

 バトゥは毛玉になっているスブタイを見やると、もさもさの合間に隻眼が頷くのを感じた。皇女は徐ろに佩剣を抜き、前方、コンスタンティノープルの三重城壁へ切っ先を向けた。

 

「放て」

 

 号令一下。キプチャク軍中に屹立していた数多の木造機械装置が一斉に唸りを上げた。分厚い十字教の砦に石弾の豪雨(・・・・・)が降り注いだ。

 

 

 ◆

 

 

 

【挿絵表示】

 

図1.一般的なトレビュシェット

 

 

 遠投投石機(トレビュシェット)

 ペルシア語でマンジャニーク、漢語では回回砲と呼ばれる攻城兵器である。中世当時、火薬が実用化される以前では最先端兵器であった。

 てこを用いて物を放り投げるその威力とは? 果たして、モンゴルウマ娘二人分(具体的に追求はしない)と同じ重さの石弾を三百(メートル)以上も飛翔させる事が出来たという。

 キプチャク軍は、コンスタンティノープル攻略にあたって遠投投石機を二百基(・・・)揃えていた。とてつもない数である。一つ所にこれだけの数を集結させるケースは世界史上に類を見ない。

 しかもキプチャク軍は遠征軍(・・・)である。つまり、野戦でハンガリー王国をこてんぱんにするのと同時並列で、この巨大な機械を遥々運んで来たという事になる。

 

 ジェベ・ウルス(キプチャク・ハン国)の用兵リソース振り分けはどうなっているのかと頭を抱えたくなる──幸い、物資的発展から見たウマ娘朝モンゴル帝国研究の先駆者には事欠かぬので有難く参考にさせて頂く。

 

 長距離運搬に不自由な筈の攻城兵器には、モンゴル式の改良が施されていた。彼女らの徹底的に合理化された遊牧生活のノウハウが惜しみなく詰め込まれ、分解組立に最適化されていたのだ。

 しかし改良なさしめると言っても容易な事ではない、そのためには自然科学への深い造詣が必要になってくる。お世辞にも、文字も知らない素朴なお天道様(テングリ)信仰のモンゴルウマ娘たちに科学知識は無い。

 そこで役を担ったのが、色目人──モンゴルで大雑把に西方の人(・・・・)を指して呼ばれる人々であった(トルコ人もアラブ人も欧州人もアフリカ人も、モンゴル人に言わせれば一緒くたに『色目人』になってしまった。そこに差別的な意図は感じられない。そも人種という概念を細かく気にしていなかった様だ。モンゴル的)。

 

 そして格別モンゴル帝国内で活躍したのはペルシア人である。件の攻城兵器の改良を理論面で支えたのは、ペルシア人の物理、数学、工学者らに他ならない。

 時にペルシアは太古の昔から文明が花開いた土地であり(古代ローマをぼこぼこにした遊牧国家パルティアもペルシアの国)、中世当時の国際語(リングワ・フランカ)といえばペルシア語だった。

 当時の市場調査を紐解けば、チンギス・ハーンの遠駆け以来、ペルシア商人がモンゴル帝国の交易路に続々と入って来ているのが分かる。欧州から中華まで豪快にぶち抜かれた草原の道(ステップロード)が、絹の道(シルクロード)に匹敵する大交易路として栄えた証左であろう。

 

 月星教徒の商人は元々陸上交易を生業としていた背景があり、またウマ娘朝モンゴル帝国には憎き十字軍を殲滅したという事実がある。そして敵の敵は味方理論で武装した恐れ知らずなペルシア商人が、先進的な文化を携えやって来たのだった(なお後にその論理武装はバトゥの従姉妹、フレグのペルシア遠征で粉砕される)。

 基本的に来る者拒まずのモンゴルではあるが、ペルシア人の流入が更に加速したのは、やはりバトゥ・ハンの婿取り(・・・)が分水嶺であろうと諸研究者は見なしている。

 それは以下の様な話だ。

 

 

 とある若きペルシア商人が、故郷エスファハーンで一財産を築いた。それなりの貯金額を眺めた時、人が考える事は古今同じ様で、つまり彼は人生の区切りと思い旅行がしたくなった。

 何はさておき先ずはメッカ、エルサレムと、月星教徒としての聖地巡礼を果たした後、次にアジア世界に興味を持つ。

 どうやらアジアでは新興のモンゴルというウマ娘国家が栄えているらしい、ひとつ見てみたいものだ──その若さ故の冒険心か、或いは無鉄砲がペルシア青年の運命を変えた。

 

 彼はラクダに乗ってシリアを北上し、アナトリア半島の付け根を縦断し、黒海に漕ぎ出した。着岸したるはクリミア半島のヤルタ港(ヤルタ会談の舞台で著名)、そこからまたラクダに跨り陸路で北上、キプチャク草原に入る。

 かつてルーシと呼ばれた見渡す限りなんにも無い原生草原に思いを馳せ、そして果てなき東方アジアへと愛駝の鼻を向けたのだった。

 東進するに従って野生のモンゴルウマ娘と出会う事が増えてゆき、とうとうジェベ・ウルスの首都サライへ至る。モンゴル西翼の都の有様を、彼は、

 

「何処を見渡してもウマ娘と羊だらけだ、ここが天国かもしれない」

 

 と率直な感嘆を著している。

 長居したい気持ちは山々だったものの、青年は旅の途上にある事を自分に言い聞かす。数日間休憩をして、再び出発しようとした、その時であった。

 ラクダの鞍上に在る彼の瞳に、きらりと光が射し込んだ。おや何の光だろう──首を動かして辺りを探ると、向こうの方でモンゴルウマ娘集団が野駆けをしている。

 その先頭を走るウマ娘の黄金の耳飾り(・・・・・・)が、日光をぴかぴか弾いているのである。

 嗚呼のびやかで綺麗だなと和み、その娘を眺めていると、ウマ娘たちは鞍上の視線に気が付いた様だった。ウマ耳を寄せ合って、何やらひそひそしている。邪魔したら悪いと思い、旅人は立ち去ろうとした──が、しかしモンゴルウマ娘集団は、いきなり旅人を猛追して来たのだ。

 

 たまげたのはペルシア青年である。愛駝の手綱をしばく間も無く、恐るべき連携でたちまち包囲されてしまった。

 彼の脳裏にはモンゴル帝国の黒い噂が走マ灯の様に駆け巡る。そうして浅黒い肌を青くさせたペルシア青年の前に、あの黄金の耳飾りを付けたウマ娘が、ずいと進み出た。耳飾り以上に、目がぎらぎらしている。

 たまたま友達と野駆けをしていたウマ娘──バトゥ・ハンの言葉は、果たして、

 

「いま私の走りを見たな? お前も今日からモンゴルだ」

 

 青年の旅は終わった。

 

 

 年頃になったというのに結婚へ関心を示さず、叔母にして後見人チャガタイ・ハンにも小言を言われていたバトゥの婿取りは、周囲に大変祝福される所であった。

 本人曰く「しびれた。」との事で、要は一目惚れだったらしい──不思議とモンゴル皇族は異民族を伴侶にしたがる傾向がある。太宗チンギスの半身こと耶律楚材も契丹族の出身である。すると大ハーンの血脈が子孫を駆り立てるのかもしれない。

 

 そして、これは何度でも強調しておきたいが──モンゴルウマ娘が旅人を強引に伴侶にしてしまうのは社会秩序と天上(テングリ)に対する重罪であった。

 貞操観念の極めて堅固なモンゴルウマ娘であるから、例え良さげな男を持って来ても、きちんと手順を踏み結婚を周知させて、天と地とに祝福されなければ正式な夫婦にはなれなかった。

 もし「返してきなさい」と言われれば、素直に従う他には、追放されるしかない。況や、婚前交渉などもってのほかである。 

 その原則に皇族も野良も関係無い。バトゥも一族に知らせた上で婚姻を結んでいる(チャガタイ・ハンはちょっとだけごねた、姪子に結婚して欲しいのかそうじゃないのかどっちだ)。

 なおこの時、夫側の意志は全く問題にされない。当然である、中世の結婚に娶られる側の意志など尊重される筈がないのだ。そこに愛があるかは、また別問題として扱うべきであろう。

 

 さて、青年の旅がいきなり終了しましたと言っても人生まで終わる訳では無い。ひょっとバトゥ・ハンの婿になってしまったペルシア人であったが、境遇は人生の墓場(・・・・・)とは程遠く、意外にも自由を束縛される事はなかった。

 妻は日頃羊を追って外に出て、ついでに政治をしていて全然家に帰って来ない。その間は全くの自由時間である。

 始まりがショッキングだっただけに肩透かしをされた心地の青年であったが、それがモンゴル流だった。元は欧州フランス出身という先輩方も彼の肩をそっと叩く。

 新郎は自由時間を本業に充てる事にした。つまり商売である。彼は故郷ペルシアに向かってこう宣伝した。

 

「モンゴルは商いのしやすい素晴らしい国です。道中は安全、関税は安く、しかも信教は自由です。ですから皆さんいらっしゃい」

 

 まるで本当の事しか言っていない誠実なコマーシャルである。効果は抜群だった。謎の新興超大国への商売に二の足を踏んでいたペルシア人たちは、同郷の士の声を頼りに、こぞってやって来た。

 そして色々な理由から永住するに至る──どんな理由があるにせよ、第一に、やはりモンゴルは平和で暮らしやすかったのである(因みに、弾力性に富んだ月星教徒とは裏腹に、十字教徒は全然来てくれなかった。モンゴルウマ娘は訝しんだ)。

 

 新天地に移り住んだペルシア人たちは、先進的な自然科学をモンゴルに伝えた。そうして受け止めた知識を、モンゴルウマ娘たちは瞬く間に帝国全土で共有する。それは大ハーンの犬嫌いがあっという間に拡散された経路と完全に同じであった。

 モンゴルの吸収力には凄まじいものがあった。新しい知識に対する拒否反応というものがなかったのだ。西方人を全部まとめて『色目人』にしてしまう、ある意味での懐の深さは、知識に関しても同様であった。

 

 そうしてペルシアから導入された最新科学の、ほんの一端が《コンスタンティノープル奪還戦》における、キプチャク軍の総勢二百基という途方もない攻城兵器の群れとして結実したと言えるだろう。

 

 

 ◆

 

 

 さてもコンスタンティノープル西方に陣取るキプチャク軍に号令が下ると、遠投投石機(トレビュシェット)から射出された二百の石弾が、一斉に帝都の城壁に降り注いだ。

 それら一発一発が、堅固な石壁を抉り取る猛威を振るう。破壊の豪雨が去った後には、もうもう立ち昇る土煙の中に、ほとんど原形を保たない防御塔と、不自然な沈黙だけが残った。

 壁上の衛兵らは、隣の塔の有様に愕然とする暇も無い。信じ難い、信じたくない早さで再装填を済ませたキプチャク軍に、例の号令が下る──全くの波状であった。

 

 コンスタンティノープルに籠る《ラテン帝国》軍にとって、キプチャク軍の鬨の声は地獄の叫喚であり、降り注ぐ巨石は魔王の憤怒であった。

 帝都の城壁は、この千年間、夷狄(いてき)を阻み続けてきた。屈強なアラブウマ娘を山の如く従えた《ウマイヤ朝》ですら、遂に陥落させる事は出来なかったのである。

 これは十字教徒にとって論議無用の事であった。古来コンスタンティノープルは神の加護を受けた都市だった。第四回十字軍がこれを落とす事が出来たのは、十字軍が神の加護を上回ったためであった。正しい信仰を持たない異教徒共に、この神聖都市が落とせる法理が無かった。

 

 しかし、事実、そのコンスタンティノープルがモンゴル帝国によって脅かされている! 轟音と共に崩れる城壁以上に、彼らの心の深層を固める壁が、がらがら音を立てて崩れ去っていった。

 有り得てはならない現実を直視した彼らは、これが十字教の同胞たる東ローマ帝国の都を劫掠した報いか、と思った。罪悪感を喚起させるには少々遅い様だった。

「神よ!」ウマ娘朝モンゴル帝国に対面して、十字教徒は毎度同じ言葉を叫んだ。やはり大体の場合が手遅れであった。

 

 

 変わってキプチャク軍団である。

 遠投投石機の腕が大きく弧を描く度、高い城壁がぼこぼこ崩れて行く様子に、モンゴルウマ娘は大ウケだった。

 笑っていた。上手い冗談を聞いた時と同じ様に振舞った。特に防衛塔の崩れる轟音が鳴ると、わっと足を踏み鳴らして興奮していた。向こうの城壁と同じ位に地面がぼこぼこになった。

 

 弁明という訳でもないが、彼女らには彼女らなりの文化がある。

 歴史上の遊牧ウマ娘は地球上のあらゆる地域で超破壊を行ったが、それは彼女らが固定資産(・・・・)の概念をいまいち理解していない事に原因がある。それは仕方が無いだろう、生まれ育った環境の違いである。

 遊牧ウマ娘は、何なら「土地が平らになった方が牧地が増えて羊さんが喜ぶ」位な前向きな捉え方をしているのだ。

 そんな彼女らの目には、そびえ立つ堅牢な建物、というのは如何にも不自然に映った。不愉快まではゆかずとも、とても不思議であった。そして、それが派手に崩壊する時──遊牧ウマ娘の中に抗い難いおかしみが生じる、らしい。

 

 なお余談であるが、筆者がモンゴル高原にフィールドワークをしに飛んだ折、現代のモンゴルウマ娘は『ジェンガが崩れる様子』を大いに笑っていた。その弾ける様な笑顔を見るに、決して意地の悪さから笑っている訳ではないという事を、私は保証する(非電源かつ直感的ゲームという事でたまたま筆者が持ち込んだものだが、あんまりウケるので置いて帰ってきた)。

 

 そしてまた一つ、自然科学に裏付けられた投石機が作動し、防御塔が崩落した。

 巨大な投石機の根元に付けられた装填車(中にウマ娘が入って走ると弦を巻き取る仕組み、ハムスターが回しているあれの親分)から、モンゴルウマ娘がひょっこり顔を出す。

 

「当たった? 当たった?」

「大当たりぃ」

「ねえ、次は私にやらせて」

「ちょっと、私が先よ」

「あなたはさっきやったでしょっ」

「私も私も」

「こらぁ! 喧嘩しない、順番です」

「はーい」

 

 百戸隊長へ素直に従い、装填車前に行列を作るモンゴルウマ娘たちである。上官に逆らうと問答無用で尾っぽを切り落とされるからだった。

 その後方で、バトゥ・ハンも遊牧ウマ娘の感性に漏れず石壁が崩れるのを愉快気に見ていた。

 ほんのり頬が紅潮している。牛の角をくり抜いた盃で《魔王》バトゥは、捕虜から搾り取った真っ赤な生き血──ではなく、真っ赤なグルジアワインを嗜んでいた。

 コーカサス山脈の向こう側より、黒海海運を経て舶来した葡萄酒はバトゥ・ハンの好物であった。フランスの血を引く尾花栗毛(きんぱつ)や碧眼を持つ近習ウマ娘たちも、大きな(かめ)から好き好きにワインを掬って飲んでいた。たちまち中身が空いてしまうと、ラクダさんがおかわりの甕を運んできた。

 そしてバトゥに付いて酌をしているのは、ペルシア出身のハン専属指導人である──この文化のごった煮(・・・)感が、端的にジェベ・ウルスという国を表している様であった。

 

「そんなに面白いものですか」

 

 モンゴルウマ娘に言わせる《ラクダの王子様》こと、ハン専属指導人が聞いた。率直な疑問という風だった。バトゥは「うん」と首肯して、反対に聞いた。

 

「そちは面白くないのか」

「ええ、はい」

「ふうん、勿体無いな」

 

 感想を押し付ける訳でもなければ、気分を害したという雰囲気でもなく、バトゥは盃を傾けた。彼女は世界に様々異なる知見が満ちているという事を知っていたし、その事が好きであった。

 バトゥは、皆に装填車の順番が巡るだろうかと案じた──しかし、その行列が解消されるためには、コンスタンティノープルの城壁が三枚だけで足りないのは、もはや誰の目にも明らかであった。

 

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