蒼きウマ娘 〜ウマ娘朝モンゴル帝国について〜   作:友爪

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幕間:フィールドワークと草原の気質について

 

 モンゴルウマ娘が果断を好み、逡巡を嫌うというのは昔から変わらぬ気質であるらしい。

 

 いきなり自分語りで申し訳ないのだが、モンゴルウマ娘の気質を良く示すエピソードであるので、一筆取らせて頂く。

 数年前、モンゴル高原にフィールドワークのため飛んだ時、筆者は冒頭の事を実感したのだ。

 季節は夏であった。中世モンゴル風に言えば「天上(テングリ)の機嫌が良い」絶好の遊牧日和に、筆者は草原の草を踏んだ。

 見渡す限り青々とした真っ平ら、頭上には久遠なる蒼穹が広がっている。

 筆者には事前の約束も何も無かった。先に首都ウランバートルのインフォメーションで尋ねたところ、

 

「遊牧体験をしたいなら、その辺のウマ娘(・・・・・・・)に頼めば良いよ」

 

 との事、他には何も寄る辺ない。一応、第一遊牧民に出会うまでガイドさんのバイクの後ろに乗せてもらう事になった。

 筆者は不安この上なかった。日本で調べた所に拠れば『現地にさえ行けば何とかなる』との事だったが(あのるるぶは無責任だ)、まさかこんな行き当たりばったりだとは想定していなかった。

「大丈夫ですか?」と何度も聞いてしまった。その度にガイドさんは「大丈夫大丈夫」と、無表情な割にまったりした調子で返事をしてくれた。神経の細い日本人には、その調子こそ不安であった。

 

 第一遊牧民が案外早く見付かったのは幸運であったろう(出会えない時は何日も出会えないらしい)。バイクを降りて、羊を追っていたモンゴルウマ娘に話しかけると、途端に耳をぴんと立てて、

 

「お客さん? いらっしゃいっ!」

 

 筆者が自己紹介をする前にぐいぐい腕を引っ張られ、一家の幕屋(ゲル)に連れて行ってくれた。肩が抜けそうだった。

 ガイドさんは「帰りたくなったら電話くれ」と相変わらずまったりした無表情で言い残して去った。

 

 その第一遊牧民は五人家族であった。父、母ウマ、ウマ娘二人、息子一人という内訳である。筆者の手を引いて案内してくれたのは、姉のウマ娘さんだった。

 彼女らは大変に純朴で、親切であった──否、モンゴルの家族は皆そうなのであろう。

 

 ようやく筆者が自己紹介出来たのは、有無を言わせぬもてなしの晩餐時、強かにアルヒ(ウォッカ)の酔いが回った頃の事であった。しかし客人の身の上などモンゴル人はどうでも良さげだった(そういうものなのだろう)。

 

 自己紹介もそこそこに、本題へ入る。

 私はモンゴルの歴史を調べておりチンギス・ハーンの《遠駆け》について是非聞かせて欲しい──頼んだ途端、俄然彼女らは目を輝かせた。

 その喜びようと言ったら、ちょっと書き表す事が出来ないくらいの興奮であった。

 

 長く苦しい戦いの末、高原を統一した《雷霆》テムジンと四駿四狗の勇士(バートル)たち。

 遥か西の果てを夢見て走り出した大ハーンの大志。

 草原を自由自在に駆け抜けてゆくモンゴル駆兵の剽悍な事。

 スブタイ将軍と聖駆士ローランの激突。

 異郷の地での激戦に次ぐ激戦──まるで今見てきた光景の様な臨場感で、彼女たちは大きく身振り手振りをして語ってくれた。

 

 聞き手である筆者も同じく昂った。

 その時、筆者は確かに、匂い立つ大草原の香りと共に《ウマ娘朝モンゴル帝国》の残り香を嗅いだのだ。八百年前の、もはや文献上に覗き見るしかなかったモンゴルウマ娘たちから、逆に覗かれたのだ。

 現代のモンゴルウマ娘の中で、チンギス・ハーンは生きている!

 そして自身も、ダイナミックな歴史の大河に生きている実感に浸り、感動に震え、そして酔い潰れた。

 

 

 遊牧民の生活は実に刺激に満ちたものであった(彼女らにとっては日常なのだろうが)。

 徒歩で羊を追う次女ウマ娘さんの後を付いていこうと試みて疲労に倒れた日があった。一番下の弟さんに相撲(ブフ)で投げ飛ばされて気絶した日があった。大ウケのジェンガで丸一日潰す日もあった。チンギス・ハーンの全高四十(メートル)の白銀立像を鑑賞した日があった。

 一々書くときりがなくなってしまうのでこの辺りにしておく。

 

 取り分け、長女ウマ娘さんは親切にしてくれた。

 見ず知らずの異邦人の手を引っ張ってもてなしてくれた日から、色々世話をしてくれた。楽しくも厳しい遊牧生活に、筆者が音を上げる毎に親しみをもって接してくれた。

 筆者は初め、彼女が中学生くらいのポニーちゃんだと思っていたのだが、聞けばもう十八歳だという。本当にモンゴルウマ娘の年齢は見た目では判断が難しい(母ウマさんも姉妹と大して歳が違わなく見えた)。

 

 滞在して二週間が経とうかという日、ブラシで家族の靴を磨いていた筆者に(それ位しか役に立てなかったのである)、長女ウマ娘さんが寄ってきて言った。

 

「良かったら、ずっと此処に居ても良いんですよ?」

 

 またぞろ筆者は感激した。

 その文句を知っていた。帝国時代から変わらぬ異邦人への社交辞令(・・・・)である。かつての巨大なモンゴル共同体は、その寛容性を以てあらゆる文化を併呑し、やがて現地色に染まり分解していった。

 それがまさか現在でも用いられているとは意外であった。これでこそフィールドワークに来たかいがあったというものだ。

 

「ありがとう、嬉しいよ。でも気持ちだけ受け取っておく」

 

 と謝意を伝えると、長女ウマ娘さんは怪訝そうに首を傾げて離れていった。

 その夜、筆者は彼女の父親にアルヒ(ウォッカ)をしこたま飲まされ潰された。母ウマ娘さんは男二人を眺めて微笑んでいた。

 

 それからというもの、長女ウマ娘さんは度々「此処に住みませんか?」とか「ずっと泊まってて良いんですよ」とか言ってくれた。旅人に心労をかけまいとする温かい心遣いに、筆者は都度に謝意を述べた。

 だが、同様のやり取りを交わしたある日──にわかに彼女は烈火の如く怒り出したのである。

 筆者はいきなり胸ぐらを掴まれて激しく揺さぶられた。

 

「私が何回も誘っているのに、はっきり答えないのは卑怯だ。ああ情けない。ぐずぐずせず言いなさい!」

 

 まるで火山噴火の様な剣幕だった。筆者がウマ娘に手をあげられたのは小学生以来──まして分別のついた年齢のウマ娘としては尋常な事でない。

 筆者は考えた。どうやら日本人的な遠慮の文句(・・・・・)がモンゴル人には伝わらなかったらしい。

 モンゴルウマ娘は果断を好み、逡巡を嫌う──その文化を承知していたのに、こうまで怒らせてしまったのは全く筆者の落ち度だった。彼女の言う通り、本当に情けない事であったと思う。

 此処に至り、筆者ははっきり言葉にして返答した。

 

「ごめん。自分は国に帰らなければならないから一緒に住むことは出来ない。本当にごめん!」

 

 脳みそをぐらぐらさせながら、それでも大声で言った。

 長女ウマ娘さんは、すっと沈静化した。そして胸を掴まれ宙に浮いていた筆者の足を地面に下ろした。

 

「……それなら良いんです。もっと早く言って下さい」

 

 そして咳き込む筆者の背中を撫でつつ「ごめんね」と謝ってくれた。こちらこそ、と言いたかったが、むせ返ってしまってそれどころではなかった。とことん情けない。

 

 それから彼女は以前程にはコミュニケーションを図ってこなくなった。蒼穹をぼうっと眺めている所に近付くと、眉をしかめて小走りで去っていく──という風な事が頻繁にあった。

 筆者が落ち込んでいると、妹ウマ娘さんや弟さんが慰めてくれた。

 

「姉さんは怒ってないよ」

「嫌いになったんじゃないと思う」

「……でも元はと言えば自分が悪いんだ」

『それはそう』

 

 遊牧民の妹弟は容赦無かった。

 

 そうこうしているうちにフィールドワークの成果がある程度形になった(決して遊んでばかりいた訳ではない)。一月以上お世話になった家族と別れの日が訪れたのである。

 実に楽しい毎日であった。家族と抱擁し別れを惜しんでいると、最後に母に背中を押された長女ウマ娘さんが前に出てきた。険しく眉をしかめている。

 筆者としても、このまま喧嘩別れでは辛かった。果たして何を言ったものか。迷っていると、不意に彼女は筆者の手を取った。

 

「また会えるでしょうか?」

 

 その目には薄ら涙をたたえて──筆者は思わず手を握り返して答えた。今度は、はっきり目を見て。

 

「次は是非日本にいらっしゃい。自分は何時でも歓迎します」

「本当ですか」

「本当ですとも」

「きっと、きっと行きますっ」

 

 最後は彼女に似合う太陽の様に明るい表情で、筆者の手をぎゅっと握ってくれた。手が潰れそうであった。

 間もなく、来た時と同じガイドさんがバイクで迎えに来た。後部に乗り、暫く走った後で顧みると、長女ウマ娘さんはまだ手を振ってくれていた。

 手を離す訳にもゆかず、筆者は心の中で手を振り返した。

 

「楽しかったかい」

 

 空港での別れ際に、ガイドさんが尋ねてきた。短く端的に「はい」と答えると、

 

「そりゃよかったね。また来なよ」

 

 相変わらず無表情のまったり調子でガイドさんは言った。

 

 

 あれから数年経った。

 筆者はフィールドワークの経験も元手に、ウマ娘朝モンゴル帝国について歴史をまとめている。

 この時節柄、長女ウマ娘さんと再会を果たせてはいない。だが時々パソコンにメールが届く。曰く、再会の日を待ち焦がれているとの事だ。その熱っぽい文面を読む度、筆者は元気を貰っている。

 

 当時十八歳であった彼女は立派な成人になっている事であろう(見た目には分からないかもしれないが)。

 来日が叶った際には、筆者の好物である天丼を、贔屓にしているUmarEATSで頼んで食べさせてあげようかと思っている。

 そして、あの社交辞令を投げ返そう。

 

「君さえ良ければ、ずっと此処に居ても良いんだよ」

 

 迅速果断の草原のウマ娘は筆者の様にぐずぐず逡巡したりせず、次の瞬間ぱっと気持ち良く「否」と答えるであろう。

 今日も果てなき大草原を駆けている事だろうモンゴルウマ娘を思い描きつつ、筆者は再会の日を夢想している。

 

 

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