蒼きウマ娘 〜ウマ娘朝モンゴル帝国について〜   作:友爪

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 あけましておめでとうございます。
 今年もモンゴルウマ娘をよろしくお願いします。

 ごりぱん様(@gori_p96)に『モンゴル帝国時代の遊牧ウマ娘』を描いて頂きました。
 片手に羊さん、片手に超暴力……正にモンゴルウマ娘! 本当に素晴らしいです、ありがとうございました。

【挿絵表示】

図. モンゴル帝国時代の遊牧ウマ娘



ノルマンディーの戦い
西の果ての海について


 

 春先にパリを進発したモンゴル軍は、久々の長距離移動にうきうき気分で足を動かしていた。

 花の都で多くの新婚夫婦も誕生し、ただ暦の上での春というだけではない瑞々しい快速の行軍である。

 

 チンギス・ハーンが西の果ての景色を求めた《遠駆け》も終点に近付いていた。

 西の果ての景色──実はモンゴルウマ娘たちはそこに何が在るのか、パリに滞在していた時に地元人から聞いていた。

 果たして、()があるという。

 

「母上は、あんなつまらんものが見たいのですか?」

 

 第四皇女トルイが率直にチンギスへ尋ねた。大ハーンは、小首を傾げる娘の額に愛らしく揺れる流星をちらと見て「ううん」と、肯定とも否定とも取れない様な低い声を出した。

 ボルジギン氏族の親子は大軍の先頭を自らの足で並び走っている──背後には数万からの精鋭が続く。彼女たちの靴が大地を打ち、土煙を巻き上げ、何もかも薙ぎ倒して往く音は雷霆の如くであった。

 ぼんやりした回答に、トルイは「ふぅん」と母の横顔を奇異の目で見詰めてから、興味を失った様にまた前方に臨んだ、が、それも長続きせず辺りをちょろちょろ動いて種々の将軍たちに構ってもらおうとしていた。チンギスは苦笑する。

 

 草原に住むモンゴルウマ娘は意外にも『海』というものを知っていた。高原からちょっくら(・・・・・)南東に走って行けば見る事が出来たのである。

 そして大洋を眼前したモンゴルウマ娘の胸中に興るのは大いなる感動、では全然ない。

 

『臭い水たまりにちゃちな砂漠がくっ付いている』

『草も生えない不毛の土地』

『ざぶざぶうるさい』

『しょっぱい』

 

 というのが遊牧ウマ娘の海洋に関する一般見解だった。

 彼女たちにとって「だだっ広くて何にもない」というのは、なんて事もない普通の眺めである。船で漕ぎ出すなんて事は発想すら出てこない(モンゴルウマ娘は乗船を大変怖がった)。

 走る事は出来ないし、羊さんを放す事も出来なければ、わんころと遊ぶ事も出来ない。その上、乾燥した爽やかな風に親しむモンゴルウマ娘にとって、湿って生臭くて潮っぽい海風は気持ちの良くないものだった。

 そんなつまらない領域に用など無かったのである。トルイの娘──フビライより前の草創期モンゴル帝国は全く草原の国だった。

 

 チンギスの左斜め後方から「わっせわっせ」という掛け声と共に、四人担ぎの輿(こし)が近付いて来た。輿の上には白茶のもさもさ駁毛玉──未だ冬毛から換毛の済まないスブタイ将軍があぐらをかいている。

 

「御頭上から無礼仕る」

 

 輿の分だけ高い視点からスブタイは大ハーンに語りかけた。通常ならば無礼千万、毛並みと四肢を引き裂かれて当然の所──《万バ不当》の大将軍は足が遅くて皆に置いていかれてしまうので、やむなく基本輿移動なのだった。

 己より高い位置から畏まる冬毛のスブタイを、チンギスはじろりと睨んだ。鋭い眼光で殊更ぐりぐり睨め付ける。輿の担ぎ手は息を呑んだ。

 

 チンギスは親友のもさもさ毛並みを撫でたいなと思った。刈り取り前の羊さんみたいだった。ちょっと位なら良いかな。頼んだら断らないだろうな。わたし大ハーンだし。でもスブタイは恥ずかしくて赤くなっちゃうだろうから、やっぱり止めておこう──

 

 チンギスは、人生の苦渋を舐め尽くした過去に裏打ちされた堅牢な忍耐力を用いて、ぐっと我慢した。

 そして担ぎ手が張り詰めた沈黙に耐え切れなくなった頃、ようやく大ハーンは「許す」と応じた。その草原の覇者然とした重々しい許諾を拝して、大将軍は報告を始めた。

 

「先程の川を越えまして後、別部族の領域に踏み入って御座います」

「確か、何といったか」

「ノルマンディー部族長(・・・)との由」

「飲まんで良い?」

「ノルマンディー」

「のるまんでぃ……」

「そはフランス国の大部族長と申します」

「障碍のあらんや」

「先遣にチラウン殿を遣っておりますれば、もう間もなくかと」

「うん」

 

 チンギスが短く頷いた丁度その時「きいきいっ」という鳴き声と共に、一匹の鷹さんが前方の空から飛来した。頭上に弧を描くのは惚れ惚れする位に青々とした見事な翼である。

 あれは《鷹眼》チラウンの頼れる相棒に間違いない。

 隊伍を組んで走るモンゴルウマ娘たちは一同空を仰いで、飛翔の軌跡を注視した。一度、二度、三度──鷹さんは旋回して「きいっ」と鳴き、元来た方向へ飛び去っていった。

 それを見送ったウマ耳の林が一挙にきゅうっと絞られた。モンゴル軍の快速が急激に落ちた。みるみるうちに隊伍の型が変形していく。長蛇陣から、魚鱗陣へ──数万からのモンゴル軍は恐ろしい程の整然さで警戒態勢へ移行した。

 

「障碍を認む」

 

 輿上の冬毛大将軍が今見たままを言い、大ハーンは無言の首肯で以て返答した。どうやらノルマンディー部族長とやらは、己の領地を易々と通すつもりはない様であった。

 

「お手紙を出しますか」

「止そう。私がお手紙を出すと色目人は怒り出す」

「そこが解せぬ所。普通は貰ったら嬉しいものですのに」

「うん……」

 

 皇帝は《ワールシュタットの戦い》前に送られてきた絶縁状の山を思い出してしょんぼりした。

 モンゴルウマ娘の常識(・・)では、素性の知れぬ旅団を相手にする時、先ずは丁寧に挨拶をして、客人ならばもてなし、敵ならば殺す──というのが基本的礼節であった。しかし草原地帯を出てこの方、この作法が通じず戸惑う機会も多い。

 ただ移動してるだけなのに、何がそんなに定住民の怒りを掻き立てるのか遊牧ウマ娘には理解出来ない。西方色目人の戦を好む()()()は、モンゴルウマ娘を恐れさせる所すらあった。

 

「チラウンが戻ったら委細聞こう。お主は我が軍を統括すべし、注意を怠るべからず」

「諾」

 

 スブタイは輿上に畏まって、再び「わっせわっせ」と掛け声する担ぎ手四名と一緒に下がった。

 速やかに矢の伝駆が飛び交い、大将軍の令が下される。モンゴル軍の行軍速度は更に低下し、一兵卒まで軍装が整えられた──モンゴル軍は移動しながら(・・・・・・)万端整える事が可能であった。

 そうして小走り程度(とはいってもウマ娘ペースで)の完全な臨戦態勢となった頃、スブタイはようやく輿を降りて、大きな身体をもそもそ動かし始めた。その腹にトルイがぴょんと飛び付いて顔を埋めた。

 

 

 一人になって、チンギスは先のトルイの質問を思い返していた──母上は海なんてつまらんものが見たいのかと。

 

 見たいとも。

 

 チンギスは胸の中で明朗に回答した。

 彼女にとっては、地の果てに待っているのが海だろうが陸だろうが、或いは壁だろうが崖だろうが、全然関係の無い話であった。

 真っ直ぐ往く(・・・・・・)

 その一点のみ重要だった、ずっと昔から決めていた。

 

 この《遠駆け》を開始した時から。

 モンゴルダービーを開催した時から。

 高原を統一した時から。

 諸族を滅亡させた時から。

 義姉妹(アンダ)に裏切られ、そして殺した時から。

 我が半身に出会った時から。

 ウマ娘の同胞に慕われ出した時から。

 奴婢(どれい)に落とされた時から。

 ボルジギン氏族に見捨てられた時から。

 幕屋に幽閉された時から。

 母を殺された時から。

 駆けが好きだと気付いた時から。

 ウマ娘として産まれた時から。

 

 某の切っ掛けがあってとか、途中から想う様になったとかではない。ただ昔から決めていただけだ。微塵もぶれてはいない。

 言うなれば、魂の形なのである。

 こうと決心した場所に向けて驀進する──モンゴルウマ娘一匹として一抹の疑念を抱いた事もない。そう生きる事が好きだった。そのために全身全霊を振り向け、あらゆる妨げを粉砕するのは至極当然の営みだと思っていた。

 その様に当前である所の理由をちまちま聞かれるのが昔から面倒くさかった。正確に言葉にする自信も少なかったし、伝わるものとも思われなかった。

 

 敵を皆殺して大ハーンに登極した。

 説明は以上である。

 

 第一、固い決心であればあるほど言霊を外に出してしまうと、胸の内で薄らぐものだとモンゴルウマ娘は信じていた。

 故にチンギスは己が半身である耶律楚材に「だいすき」とか、腹を痛めた四皇女たちに「かわいい」とか言った事すら、あんまりない。

 その位であるから、心の根っこ部分について他人に尋ねられた時には極力ぼやかす様にしていた。どうしても応じなければならない場面には、

 

「モンゴルだから。」

 

 と仕方無しに言った。

 この常套句は特に意味は無いのだが、不思議と質問者は得心した様に平服するので、ともかく便利ではあった。

 

 ノルマンディー部族長(・・・)

 その西の果ての名士も、チンギス・ハーンに駆ける意味を尋ねるであろうか。

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