蒼きウマ娘 〜ウマ娘朝モンゴル帝国について〜   作:友爪

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遠駆けの開始について

 何時もの如く、古参八人の将軍(親しい友人でもある)を伴って、チンギスは野駆けをしていた。昔と異なるのは、背後に数万からなる近衛兵団が付いて来ている事だった。

「本日は日和も良いため、大規模な軍事演習を行いましょう」今朝ほど、将軍から聞いたチンギスが、浅く首肯したためである。

 

 確かに今日は日和が良かった。日は暖かく、風は爽やかだ。何時もより一層、モンゴルの平原が青々としている様だ。

 絶好の野駆け日和ではないか──艶やかな青毛の尾を揺らして、チンギスはにやりとした。まだテムジンと名乗っていた頃から、この丹田から湧き上がる感覚が色褪せた事は無い。

 

「四駿四狗よ、私に追い付けるか」

 

 言うが早いか、チンギスは独り駆け出した。《四駿四狗》と呼ばれた、全モンゴルウマ娘中でも特に優れた八人将軍は、応と勇んで追いかける。主君の唐突な駈け競べにも慣れたものだった。

 

『オーッ、ハイッ!』

 

 直後には将軍麾下の大隊長が、全隊に号令した。完全武装の数万の軍勢は、土煙を巻き上げ、恐るべき速さで行軍を開始した。加えて、その行軍は長かった。全速を維持したまま、二十キロを走破しつつあった。

 

 チンギスの背中を追っていた将軍は、不意に、主君が小高い丘で停止しているのを認めた。

 即座に全軍停止の命令が下され、近衛兵団は全軍同時に停止した。その秩序には目を見張るものがあった。

 将軍の一人が、チンギスの横に並ぶと、目下を商隊の一団が通過している様子が見えた。どうやら大量のニンジンを運んでいるようだ。

 それに目がないモンゴルウマ娘たちは、唾液が口内に噴出する感覚を覚えた。

 

「彼らに聞きたい事がある」

 

 皇帝が言うと、直ちに軍団から十人小隊が選ばれ、丘を駆け下った。

 突然現れて追いかけてくる兵隊に、異国の商人は恐れ慄いた。すわ盗賊かと勘違いしたのである。慌てて逃げようとする背中に、モンゴルウマ娘が一本矢を放った。矢は商隊の先頭をゆく人間の、目前の地面に突き立ち、逃げる気力を失わせた。

 

 ふん縛られてチンギスの眼前に突き出された商隊長は、明らかに戦慄していた。チンギスが縄を解くように言うと、将軍が剣を振り下ろして縄を切った。

 一瞬斬殺されると思った商人は青ざめ失禁して、まだ生きていると気が付くと命乞いを始めた。

 

「荷は全て差し上げます、どうか命ばかりは」

「ニンジンだな」

「はい、かの高名なチンギス・ハーンに献上するべく、遥々南方より旅して参りました。大ハーンのご尊顔に免じて、どうかお慈悲を」

「ならば遠慮なく貰い受けるぞ」

 

 チンギスが商人の目の前に放った皮袋は、地面に落ちると重い金属音を立てた。商人は困惑しながら、袋を開けると、中身は銀で満たされていた。

 

「大義である。野駆け中に思わぬ喜びをもたらしてくれた褒美だ」

 

 未だ事情を飲み込めないでいる商人は、取り敢えず命を奪われる事は無さそうな雰囲気に安堵した。

 数台の荷車が豪快にひっくり返され、すっかりあけられた大量のニンジンを平等に分配せよ、との命が下った。兵たちは、御馳走を独り占めしない大ハーンの厚恩に感謝しながらニンジンに舌鼓を打った。

 

「ところで、南方の商人。聞きたい事がある」

 

 自らもニンジンを齧り、ご機嫌そうに耳を跳ねさせながら、チンギスは問うた。

 商隊長は畏まって応じた。

 

「何なりと」

「そちの参った南方の果てに何かある」チンギスは南を指差した。

「都城と、その周りに住む人々がございます」商人は答えた。

「北方の果てに何かある」チンギスは北を指差した。

「凍った森があるばかりでございます」商人は答えた。

「東方の果てに何かある」チンギスは東を指差した。

「大海が広がります」商人は答えた。

「では、西方の果てに何かある」チンギスは西を指差した。

「西方……」商人は答えられなかった。

 

 四駿四狗が、一斉に剣に手を置いた。皇帝の質問に言い淀むとは、それだけで大罪である。商人は再び震え上がった。

「苦しゅうない、下がれ」チンギスが手を振ると、今度は逆に両肩を抱えられて退場させられた。空になった荷車を引き、一目散に元来た道を引き返す商団を眺めつつ、チンギスは再び八将軍に問うた。

 

「西方に何かある、知る者はおるか」

 

 将軍らは目を合わせてから「存じませぬ」と、はっきり答えた。

 皇帝は高らかに笑って言った。

 

「旅商人も、四駿四狗も知らぬと申すか。されば、この目で確かめる他あるまいな」

 

 丘の上で再び西方を指差した。

 

「私には願いがある。この『草原の道』を、ただ真っ直ぐにひた走った時、ウマ娘は何処まで行けるものか。モンゴルを東の端だとすれば、西の端まで、誰にも邪魔されず、真っ直ぐに。道々では好きに飯を食えれば、どれほど気分が良かろうか」

 

 チンギスは剣を抜き放ち、剣先を高々と掲げてから、勢い良く西方を示した。刀身が陽光を映し、玉を散らした。

 大英雄が軍勢を前に剣を掲げる姿は、神々しさを帯びて、モンゴルウマ娘たちの目に焼き付いた。

 

「私は覚ったぞ。今こそ、願いを叶える時である──駆けを愛する者は私に続け!」

 

 剣を掲げたまま駆け出す大ハーンを目の当たりにして、何時もは有無を言わず後に続く四駿四狗も、この時ばかりは思わず跪き、大声で問うた。

 

「我が君、我が君! 何処へ行くのですか!」

 

 青毛の皇帝は、たなびく髪と尾を引いて、振り向かず答えた。

 

遠くまで(・・・・)!」

 

 八将軍はハッと気が付いた。チンギスというウマ娘は、大ハーンだ、皇帝だという以前に、一人の生粋の競走バなのだと。

 彼女こそは、ウマ娘の中のウマ娘(・・・・・・・・・)なのだと。

 付いていきたい、付いていかせて欲しい──共に走らせ給え!

 

『オーッ、ハイッ!』

 

 将軍、いや、チンギスの親友たちは、大きく掛け声して、先頭を走る友人の足跡を追った。その後ろには、モンゴルの勇者たちに魅せられた近衛兵団が、一斉に続いた。

 

 史上空前の《遠駆け》は、こうして始まったのだ。

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