蒼きウマ娘 〜ウマ娘朝モンゴル帝国について〜   作:友爪

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遠駆けの内実について

 モンゴルウマ娘による空前の《遠駆け》は、先述の通りチンギス・ハーンという個人の驀進を契機に開始された、というのが一般伝承である。

 だが、モンゴル高原の社会背景を見た時、やむにやまれぬ事情が浮かび上がる。

 

 そも、先の内紛はウマ娘の人口増加を口火に燃え広がった、という話は前述の通りである。一部族長に過ぎなかったテムジンが台頭し、大ハーンとなったのも、内紛があったからこそである。

 苛烈な草原の縄張り争いは、ウマ娘の人口増加に一時歯止めをかけたが、チンギスが草原を統一した今、モンゴルダービーの成功も相まって、ウマ娘増加は以前にも増して右肩上がりとなってしまった。

 チンギス・ハーンの統一とは、その実、内紛の根本的な解決になっていないばかりか、むしろ真逆に作用したのである。

 

 国家統一の英雄が健在なうちは圧力も抑えられようが、いずれモンゴル高原はウマ娘で溢れ返り(それはそれで魅力的ではあるが)、元の木阿弥は必至であった。

 そういった背景事情があり、社会的矛盾を解消するためモンゴルウマ娘たちが領土拡張に走り出したのは、むしろ当然の帰結と言えるのではないか。

 つまり、ウマ娘朝モンゴル帝国の《遠駆け》とは個人の驀進のみには由来せず、人口増大による《民族移動》の側面が多大にあった事を忘れてはならない。

 

 兎にも角にも、一度走り出した精強なモンゴルウマ娘たちは、周辺諸国にとって天災そのものであった。

 先ず遠駆けの中継地(・・・)にされたのは、モンゴル高原の直ぐ西隣にある異民族国家である。異民族と言っても、同じモンゴル系であり、生活スタイルも大きく違わなかった。

 

 隣国は、唐突に驀進してきたモンゴルウマ娘に天地驚愕した。押っ取り刀で戦備えをしたものの、結果は全くの鎧袖一触であった。ただの一度の接敵で秩序崩壊し、散り散りとなる。

 この会戦の様子を、隣国側の記述では地獄の軍団が攻めてきたかの様な絶望感に満ちた長文で残しているが、対してモンゴル側の記述は簡素である。

 

『何か集団が居たので、近付いてみたら散り散りになってしまって、結局正体が分からなかった』

 

 上文の『近付いてみた』が、どの程度の勢いだったのか筆者には甚だ疑問であるが──この様な温度感の齟齬は、今回に終わるものではなく、以降の会戦の大概が類似した記述に終わる。そのため、当時の会戦の推移を後世に読み解くには、モンゴル側ではなく、もっぱら相手側の記録を頼る事となっている。

 ともかく、初めての対外戦争の圧勝により、チンギス自ら鍛えた近衛兵は、対外的に十分通用しうると自認を深めたのだった。

 

 会戦の大敗北を受け、隣国の宮廷は大混乱に陥った。土壇場で権力闘争が顕在化した挙句、すったもんだで王が暗殺されるという惨憺たる結果となる。

 亡国の大臣が、ボロボロになった軍(とは 最早呼べなさそうな)を引き連れて、チンギスの野営地へ投降しに来た時、モンゴルウマ娘たちは出立の準備を整えた所であった。

 王の生首を差し出して、大臣は額を地面に擦り付けた。謝罪だか弁明だか分からない長々とした言葉を、チンギスは耳を後ろに伏せて(・・・・・・・・)じっと聞いていたが、話が終わると言った。

 

「なるほど。スブタイ、此奴を袋詰めにせよ」

 

 スブタイと呼ばれた《四駿四狗》筆頭のウマ娘は、有無を言わせず大臣を担ぎ上げた。喚く所を二三発殴って大人しくさせてから、ずた袋に詰めて地面に放り投げた。

 それから百人隊に向け「駆けよ」と命じると、百のウマ娘が袋の上を駆け抜けた。暴れていた袋は、大人しく(・・・・)なった。

 

 部下の裏切りにより母を失っているチンギスは、裏切り行為を生理的に嫌っていた。隣国のいざこざなど欠片の興味も無かったが、裏切り者を生かしておく事が世の中の益にならない事を知っていた。

 

 一連のむごい光景を、大臣に付いてきた兵たちは、絶望を通り越して乾燥した目で眺めた。ふみふみ(・・・・)されて動かなくなったずた袋に、自分の未来を重ねていた。

 道草に一つの王朝を滅ぼした──という自覚の皆無なチンギスは、そんな亡国の兵たちに向け言った。

 

「そんな事よりも、これから西へ遠駆けに行くのだが、この中に付いて来たい者はおるか……でも疲れている様だから、先に飯だな」

 

 腹一杯まで飯を食わされ、潤いを取り戻した殆どのウマ娘たちは、涙を流して「付いて行かせて下さい」とチンギス・ハーンに跪いた。皇帝は尾を振って快諾した。

 

 近現代以前、ウマ娘というのは軍事、並びに社会生活で極めて重要な役割を果たしていた。重駆兵、軽駆兵、伝令、運搬、他様々な社会流通。加えて、ウマ娘の人的資源の回復は、出生率の問題から人間に比べ倍以上の時間を要する。

 軍隊は壊滅し、王は殺され、ウマ娘までも引き抜かれては、国家として立ち行かなくなる。

 そういう訳で、西の隣国は完全に滅亡し、モンゴル軍は労せず兵力を増強した。

 

 

 一方その頃、モンゴル高原には、皇帝が《遠駆け》を始めたという情報が伝わっていた。

 それを耳にしたウマ娘たちは、大急ぎで戦支度を始めたという──これは好戦性というより、どうやら《遠駆け》をチンギスの考案した新種の競バか何かだと勘違いしている節があった。

 

 以降も度々同様の疑念に突き当たるのだが、モンゴルウマ娘の、素朴というか、牧歌的というか──そういう気質が筆者にはなかなか理解し難いものがある。

 しかし、ウマ娘朝モンゴル帝国研究の第一人者にして、世界的権威、加えて自らもウマ娘という女博士に曰く、

 

「わかる。」

 

 との事なので、深く考える事はよそう。

 閑話休題。

 チンギス・ハーンの《遠駆け》に合わせ変化した国家体制の強みとは、正にその兵站能力にある。

 古今東西、軍隊の進軍速度とは兵站能力に限定されるというのが常識である。しかし、元来遊牧民で移動生活のノウハウがあり、そこにウマ娘の運搬能力が加わった時、モンゴルの兵站能力は従来の常識を覆した。

 

 モンゴルの兵站部隊は、補給基地から兵糧を運ぶ、のではなく、補給基地ごと移動(・・・・・・・・)した。

 

《アウルク》と呼ばれる兵站部隊は、解説すれば単純明快で、通常の遊牧生活から軍事行動に必要なもの以外を省き(あるいは足して)巨大化させたもの、である。

 その移動の迅速たるや、人間軍隊の最高速度を遥かに上回った。モンゴルウマ娘特有の持久力、忍耐力がそれを可能にしたのだ。

 事実、アウルクへの奇襲を試みた敵軍が、あっさり行方を見失ってしまい、探しているうちに補給任務を終えたアウルクが引き返してきて、それを襲おうとして再び見失ったという。

 

 この二度見失う(・・・・・)という伝説を残した、モンゴルウマ娘の牽引するアウルクによりチンギスの《遠駆け》は支えられていた。

 周辺諸国が目論んだ『兵站線が伸びきった所を叩く』という淡い期待は、脆くも崩れ去ったのである。

 

 中世最強の兵団と、最速の兵站部隊を伴ったチンギス・ハーンの《遠駆け》は、最早留まる事を知らなかった。

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