留まる事を知らぬチンギス・ハーンの《遠駆け》は、中央アジアに跨るステップ地帯の遊牧民たちを次々と
モンゴルウマ娘たちは、走っても走っても西に大地が続く事に驚き、喜んだ。このまま何処まで真っ直ぐ行けるのか──情熱が冷めるどころか、燃え上がっていた。
《恐怖と寛大》の戦略は、遠駆けにおいても有効であった。
チンギスが道草に粉砕した敗残兵が、散り散りになって諸国に逃げ込み、モンゴル帝国の恐ろしさを大声で言い触らす──これは往々にして誇張されており「額に角が生えている」だとか「人間を八つ裂きにして食べる」だとか「人を平気で踏み殺す(少し本当)」とかいう、荒唐無稽な内容だった。
実際の所、モンゴルウマ娘は虐殺、略奪を好んで行わなかった(相手側の認識がどうにしろ)。
干上がらない程度の租税と食料こそ要求したが、民草には従来通りの暮らしを続ける事を許しており、占領政策としては寛大と言えよう──単純に占領地への関心が薄かったのかもしれないが、それは分からない。
詰まる所、周辺諸国を震え上がらせた噂は、一部を除き事実無根だったが、モンゴル軍は、むしろ
恐怖を煽るほど、先々の進路の制圧が容易になると考えたためだ。
ここで活躍したのがウマ娘指導人──現代では《トレーナー》と呼ばれる人々である。
実は、彼らはバ車に乗って遠駆けに付いてきていた。一部モンゴルウマ娘たちが、トレーナーと離れるのを嫌がって暴れ出したため、アウルクによって後から運ばれてきたのである。
ウマ娘の専門家であるトレーナーは、彼女たちの体調管理に始まり、輜重の分配、遠駆けの日程調整、細々した身辺の世話など、大変重用された。
しかし、チンギスの遠駆けが進むに連れ、別の役割が生じ始める。
モンゴル統一以後、トレーナーは優れた駿メをスカウトするため諸部族を訪ね歩き、何時しか使者の様な属性を帯び始めた、というのは先に述べた。
遠駆けの最中、その使者の属性が急拡大されていったのだ。以降、中継国との事前交渉をトレーナーは一手に担う存在となっていく。
というのも、モンゴルウマ娘たちは事前交渉というものを、いまいち重視していなかった。進んで行けば自然に
『彼女たちが、こんなに無垢でなかったのなら、トレーナーなど無用の閑職であっただろう』
とあるトレーナーの手記である。
彼らが使者の役割を果たしたのは、同じ人間が蹂躙される姿が見るに耐えなかったとも、自由に野を駆けているべきウマ娘が戦をする姿を哀れんだとも言われるが、今となっては知る由もない。
トレーナーたちは、明日にも得体の知れないウマ娘軍団に踏み潰されるかもしれない諸国に赴き、こう説き伏せた。
『決して悪い娘たちではないから、道を塞がない限り無事を保証する──』
その説得を、周辺諸国は全く信じなかったが、裏を返せば超大国による最後通告とも受け取れるため、結局は折れるのだった。稀に折れない国もあったが、その末路は推し量って欲しい。
いずれにせよ結果を見れば、トレーナーの活躍により、実体のない恐怖に捕らわれた中央アジア一帯は、ほぼ無血に近い形で恭順を申し出てくる事になった。