ヴィレッジ 1919   作:ペニーボイス

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棄教

 

 

 

 

 

 

 結局、フランチェスカは今に至るまで帰ってきていない。

 少なくとも私が車を走らせる直前まで、ドミトレスク城には彼女の目撃情報すらもたらされていなかった。

 ドナはまだベールを被らなければ外には出られなかったが、それでも自動車を用いた巡回を手伝ってくれている。

 私が村中の道を走らせている間にも、ドナは助手席でベール越し…人気のない場所ではベールをあげて…何かの痕跡がないか見渡してくれていた。

 

 

「どこにもいない…フランチェスカ…いったいどこに………」

 

「朝になっても戻らなかったのはこれが初めてだ。クソ!昨日のうちに探しておけば!」

 

 

 既に村中の人々に、フランチェスカ失踪の報は伝わっている。

 私が車を走らせている間にも、村人達はフランチェスカの名を呼びながらあちこちで彼女を探していた。

 正直、私は今になって後悔している。

 あまりに何度も同じような事があったとはいえ、完全に油断してしまっていた。

 女性が1人いなくなったというのに、どうせ大したことはないだろうとタカを括ってしまっていたのだ。

 

 

「おい!…おい!ドミトレスクの運転手さん!」

 

 

 そんな事を考えながら車を運転していると、誰かが私のことを呼び止めた。

 車のブレーキを踏んで振り返ると、イシュトヴァンの親父さんがこちらに駆け寄ってくる。

 

 

「ああ、ああ、良かった。この前は本当にすまねえ。」

 

「お気になさらないでください、私はこの通りピンピンしていますから。申し訳ありませんが、今は少し忙しく」

 

「フランチェスカの嬢ちゃんだろう?その事で話がある。」

 

「…何ですか?」

 

「ウチのカミさんの言うには、昨日の夜教会に入ってく彼女を見たってらしいんだ。」

 

「教会に?…封鎖されてるはずでは?」

 

「ああ、だから俺もカミさんに変なこと言うなって言ったんだが………あいつは嘘を言ってるようには見えねえ。」

 

 

 フランチェスカが教会に?

 だとすれば、教会の扉には鍵がかかっていたはずだから、その内部にいた人間…マザー・ミランダが招き入れた事になる。

 

 

「マザー・ミランダが彼女を…?」

 

「分からねえ、カミさんが見たのは嬢ちゃんだけだ。」

 

「アッペルフェルド!」

 

 

 親父さんの背後から声をかけてきた人物がいる。

 我が戦友、サルヴァトーレ・モローだ。

 モローは息も絶え絶え車までやってくる。

 

 

「はぁ、はぁ、オルチーナ様がおれとお前を呼んでる。…城まで戻ろう。」

 

 

 

 

 

 

 城まで戻ると、オルチーナ様は一冊の本を片手に執務室で我々を待っていた。

 彼女はその本のある部分を開いており、我々を対面のソファに促すとその内容を読み始める。

 表紙から見るに、恐らくフランチェスカの日記だろう。

 

 

「『…モローは照れながら受諾してくれた。彼ってとってもチャーミング。他の村人達は知らないだけで、彼には彼の魅力があるわ。…マザー・ミランダとは連絡が取れないから、挙式はまだ先になるだろうと思っていたけど、今日のお昼にマザー・ミランダと会った。あんな事があったから、表だって話はできないけれど、夜に教会で挙式について話をしてくれるって。今夜がとても楽しみ。』…これが、フランチェスカの日記の最後のページよ。彼女が帰ってきたら、私は殺されるわね。」

 

 

 日記の内容に、私は衝撃を受ける。

 フランチェスカはどうやらマザー・ミランダと会っていたらしい。

 イシュトヴァンのカミさんから聞いた話とも辻褄があう。

 

 

「セバスティアンもイシュトヴァンのお父上から目撃証言を得たそうね。…少なくとも、フランチェスカが教会に行ったことは確か。」

 

「ああ…!フランチェスカ!」

 

「落ち着きなさい、モロー。心配になるのは分かるけれど、彼女が教会にいるんだとしたら身の安全は心配ないと思うわ。………でも、まだ帰っていないのが気にかかる。…もう潮時ね。セバスティアン、あなたにはモローと一緒に教会を尋ねてきてもらうわ。」

 

「分かりました。マザー・ミランダから応答のない場合は如何致しましょう。」

 

「……ドアを蹴破ってもいい。」

 

 

 あまりに思い切りの良すぎる言葉に、オルチーナ様の方を見る。

 私の表情から正気の沙汰とは思っていない事を感じ取ったオルチーナ様は、領主としてこの判断に至った理由を説明した。

 

 

「彼女には悪い事をしたわ。けれど、1年間何の音沙汰もなかったのに、いきなりフランチェスカに接触するなんて何かおかしい。念のためにあの散弾銃を持って行って。」

 

「かしこまりました。」

 

 

 そこまで言った時、オルチーナ様が立ち上がる。

 そしてそのまま私の側まで寄ってきて耳打ちをした。

 彼女の声は罪悪感に満ち溢れている…恐らく、これから彼女が語る理由から。

 

 

「本当は病み上がりのあなたに行かせたくはない。けれど、モローのあの様子を見て?彼を落ち着かせるには、戦友のあなたの協力が必要よ。」

 

「ええ、分かっています。」

 

「でも…矛盾するようだけれど、無茶はしないで。悩んだ時はドナの事を思い返すのよ?」

 

「はい。胸に刻んでおきます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 村人達は引き続きフランチェスカを探して回っていたので、閉ざされた教会の扉の前にいたのは私とモローの2人だけだ。

 おかげで教会の扉を蹴破るような真似をしたとして、誰もそれを止めることはいないだろう。

 できればこちらからノックした時にマザー・ミランダが招き入れてくれれば良いのだが。

 しかし3回目のノックを終えた後、それが淡い期待に過ぎない事が分かった。

 

 

「マザー・ミランダ!マザー・ミランダ!セバスティアン・アッペルフェルドです!オルチーナ様の遣いで参りました!マザー・ミランダ!開けてください!……クソ、ダメか。」

 

「罰当たりだけど、扉を蹴破るしかないな。」

 

「ああ。一気に破ろう。…マザー・ミランダ、これから扉を蹴破ります!離れていてください!」

 

 

 モローと共に扉の前に立ち、目配せをする。

 3.2.1の合図を行なって、2人は勢いよく扉を蹴破った。

 ダァンッという凄まじい音と共に扉は内側へと倒れ、その重さが埃を舞い上げる。

 私とモローはその誇りに咳き込みつつも、静まりかえっている教会の中へと歩みを進めて行った。

 

 

「マザー・ミランダ!マザー・ミランダ!どちらにいらっしゃるのですか!マザー・ミランダ!」

 

 

 マザー・ミランダに問いかけつつ教会の中へと進むと、ようやく目が慣れてきて、教会の中がよく見えるようになってきた。

 

 

 

 そして、私は驚きのあまり唖然とする。   

 

 

 

 出生前、私とモローは他の8人の若者達共に、戦争での無事をこの教会で祈ってもらった。

 その時の事は今でも覚えている。

 決して派手ではないが厳かで気品のある祭壇に、ステンドグラスの美しい輝き、それにいつもマザー・ミランダが私たちに聖書の一節を読んでくださっていた説教台。

 

 しかし、今ではそれは、完全に破壊されていた。

 それぞれの壊れ方は、自然に落下したり、あるいは偶発的に接触して壊れたような形跡ではない。

 誰かがあらん限りの力を持って、教会の内部に自らの悪意をぶちまけた結果としか思えなかった。

 私は精神科医ではないが、その破壊の状態からはある感情が感じ取れる。

 

 "憎悪"………尽きることのない、底なしの"憎悪"。

 

 その証左と言えるものが、説教台の背後に掲げられている。

 それは聖画像で、描かれている人物には何度も刃物で斬りつけられた跡があった。

 おまけに赤い塗料か何かでこう書かれている。

 "アンタは私を裏切った"

 一体何のことかも分からないが、この様子ではマザー・ミランダとフランチェスカが心配になるのも無理はない。

 

 

「フランチェスカ!返事をしてくれ!フランチェスカ!」

 

「落ち着け、モロー。野盗か何かがいるのかもしれない。」

 

 

 私は自分でそれが途方もない空想であると感じながらも散弾銃の初弾を装填する。

 野盗などいるものか。

 オルチーナ様の統治は、閉鎖された教会に野党が忍び込むのを許すほど杜撰なものではない。

 彼女がこの村の領主でいる内は、あんな粗野な連中は村に近づいただけで存在を露呈してしまうだろう。

 

 それに、昨日マザー・ミランダがフランチェスカを教会に招待した事実とも矛盾する。

 そもそも第三者がこの事態に関わっている理由を挙げれば、否が応でも突拍子もない原因を挙げなければならない。

 違う。

 この破壊は第三者によって行われたものではないだろう。

 

 では、誰が?

 まさか、マザー・ミランダ?

 私の記憶にあるマザー・ミランダは、常に清らかな心を持った柔和な人物である。

 そんな人物がこんな物の壊し方をするのを想像できない。

 

 もし、これをやったのがマザー・ミランダなら、何故こんな行為をした?

 周囲の村人達からの嫌がらせに嫌気がさした?

 "裏切った"というのは誰も周囲から彼女を守ろうともしなかったから?

 これも違う。

 言い方は悪いが、村人の反対を押し切ってオットーを保護したのは彼女の方だ。

 当然嫌がらせを受けると知っていたし、こんな事をする前にオルチーナ様に相談したことだろう。

 

 

 本当に何故なんだ?

 どうしてこんな事になった?

 そもそも彼女達は無事なのか?

 

 そんな事を考えていた時、説教台の奥に何かの手記らしきものがあるのを見つけた。

 周囲に何の脅威もない事を確認してからそちらの方へ向かい、手記を手に取る。

 1ページ目を開くと、それがドイツ語で記載された日記だと言う事に気がついた。

 

 

 オルチーナ様は無学な青二才であった私に、上流階級式の教育を施して下さった。

 私は国語の他に、ドイツ語と、簡単な英語も覚えている。

 これは前線では捕虜を尋問するのに役立った。

 戦争初期にオーストリア兵が捕らえられると、私はよく将校殿に呼び出されたものだ。

 

 ドイツ語の日記に眼を通す。

 始まりは1914年のハンブルクから。

 オットー・ギーゼブレヒトという若者の下に、軍の徴兵票がやってきたところから始まっている。

 彼は訓練の後、西部前線に配属された。

 ところがフランスの後方地帯での休暇中に、彼は現地の娘と駆け落ちしようとして軍からの脱走を企てた。

 結局憲兵に捕まってしまった彼を、上官は銃殺しようとしたが、ちょうど東部前線が始まったため、そちらへの移動を命ぜられたようだ。

 

 日記を飛ばしながら読んでいくと、最後の方で彼は軍の任務の中でも殊更不快であろう、糧食用の豚の飼育という任務に当たらされており、不品行は治っていなかったと思われる。

 そして、更に日記を進めていくと、今度は彼が悪寒や倦怠感、咳に悩まされ始めた事が分かった。

 

 最後のページは、悲惨な内容で終わっている。

 彼は上官に野戦病院への後送を願い出たが、既に野戦病院は満杯であると言われた事、そして装備一式と僅かな食料を手渡されて、部隊から離れるよう命ぜられていた。

 

 

「何か…あったのか?」

 

 

 教会の内部を一通り調べ終わったモローがこちらへやってきてそう尋ねた時、私の中で全てが繋がってしまった。

 そうか、それなら説明はつく。

 教会内部の破壊、"アンタは私を裏切った"の文字、それにマザー・ミランダの娘さん。

 何てこった………フランチェスカが危ない。

 

 不思議な表情でこちらを見つめるモローに、私は応える。

 

 

「……オットーは部隊から()()したんじゃない。()()()()()んだ。」

 

「え?………なんでそんな事に…」

 

「それは…恐らくは、奴がスペインかぜだったからだ。」

 

 

 そこまで言った時、教会の床の下から何かが割れるような音がする。

 私は釈然としていないモローを置いて、急いで祭壇の奥にある地下室への階段へ向かって行った。

 取り返しのつかない事になる前にどうにかしなければ。

 なんといっても、きっとマザー・ミランダの気は狂ってしまっているに違いない!

 

 

 

 

 

 

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