ヴィレッジ 1919   作:ペニーボイス

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生贄

 

 

 

 

 

 散弾銃を腰だめに構えて、地下室への階段を急いで下る。

 私のすぐ後ろにはランタンを掲げたモローが続き、おかげで地下室の様子が分かってきた。

 そこは本来、飢饉に備えて村の食糧を貯め込んでいる倉庫だったのだが、しかし恐らくは殆どは消えて無くなっている。

 広くなった倉庫の中には簡単なベッドが3つ並べてあるのが確認できたし、その内の一つのサイドテーブルにはまたしても手記が置いてあった。

 

 

「いったいどういう事なんだ、説明してくれ!」

 

 

 もう意味が分からないと言った感じのモローの方を振り返る。

 その表情は混乱と困惑で疲弊していた。

 

 

「マザー・ミランダは主の教えに従って、オットーを保護した。村人達から理解されない事を承知の上で…自らを犠牲にして彼を守ったんだ。だがオットーはスペインかぜだった。我々が前線にいた頃、あの病の話は聞いたろ?」

 

「ああ。感染が広まりやすいって噂も流れてた。一個大隊全員が感染したとか…」

 

「オットーのスペインかぜのせいで、恐らくマザー・ミランダは娘さんを亡くしたんだ。」

 

「…!そ、それじゃあ…」

 

「教会の様子もこれで説明がつく。主の教えに忠実であろうとしたばかりに、彼女は娘を失った。あんなことをしたくなるのも当然かもしれない。もし、私が彼女の立場なら……今頃気が触れている。」

 

 

 オルチーナ様の言った通り、軍隊に必要なのは"個人の意志よりも集団の忍耐"である。

 つまりは、軍隊は基本的に集団として行動を取るのだ。

 これは決して個人では成し遂げられない物事を遂行するという利点もあるが、欠点ももちろんある。

 一例を挙げるとすれば、集団として行動するからには、何がしかの感染症が広まりやすいという事。

 軍隊と集団感染は切っても切り離せない。

 パレスチナでナポレオンのフランス軍はペストによって壊滅させられ、ルーマニア軍はバルカン戦争においてコレラで6000人を失っている。

 東西を鉄道網によって繋いだドイツ帝国軍が、スペインかぜの患者を輸送していたとしてもおかしくはなく、養豚場などという感染に理想的な環境で働いていたオットーが羅患するのは必然だったのかもしれない。

 

 

「それじゃフランチェスカはっ…!」

 

「まだ分からない。だけどマザー・ミランダは気が触れているだろうから、その彼女と接触したということは………ッ!?」

 

 

 物陰から"何か"が飛びかかって来た時まで、私は自身の従軍経験に感謝したことはなかった。

 狭い塹壕での白兵戦の経験から、散弾銃を盾にして飛びかかってきた"何か"の第一撃を躱す。

 第一撃が躱された事を察した"何か"は、そのまま散弾銃に掴みかかり、私は"何か"と散弾銃を挟んで対峙する事になった。

 "何か"は、まだ若者であるはずの私にとってすら力強く、こちらへの圧迫を強めていく。

 ランタンで照らし出されるそれに、私は見覚えがある。

 狼を連想される銀の毛並みに、低い響くような唸り声、そして………あの、黄色く濁ったような光る両目。

間違いなく、それはあの墓地で出会った怪物だ。

 

 

「モロー!モロー!手を貸してくれ!この化け物を…ッ!」

 

 

 怪物は唸り声を咆哮に変えつつ、私を徐々に圧倒していく。

 鋭い牙が私の顔面を噛み潰さんと迫って来て、私は顔を左右に流しながらどうにか怪物の鋭い牙から逃れるのがやっとの状態だ。

 やがては怪物の腕力が私のそれに打ち勝って、私は仰向けに押し倒される。

 

 

「モロー!何やってる!クソ!クソッ!」

 

「ちょっと待ってくれ!」

 

 

 視界の端ではモローが何かにまごついているような様子が見てとれた。

 怪物の圧倒的なパワーの前に、私の腕はもう既に限界に近い。

 奴の牙は段々の私の鼻先へと迫っていた。

 否応なく守勢に回される中、私の脳裏にはドナの微笑みがよぎる。

 こんなところで死んでたまるか!

 

 

「おい!モロー!何してる!何でもいいから、とにかくやってくれ!」

 

 

 私は渾身の力を込めて怪物を自分から押し離す。

 これでもう私の抵抗は限界だ。

 次に怪物が同じように腕力を加えれば、私はあの牙の餌食になってしまうだろう。

 幸運な事に、モローの救援が間に合った。

 

 ズドンッ!!

 

 とてつもなく馬鹿でかい音が地下倉庫にこだまして、怪物は吹っ飛ばされる。

 フルサイズライフル弾の直撃を受ければそれは当然のことで、怪物はボロ切れのように転がっていき、私は起き上がって散弾銃を構える。

 モローはオットーが装備していたであろう長大な歩兵銃を構えていて、銃弾を怪物に命中させた後、素早く廃夾と装填を済ませていた。

 

 怪物は吹っ飛びはしたものの、すぐに立ち上がり、目にも止まらぬ速さで階段の方へ向かう。

 

 

「助かった、モロー!奴を追おう!」

 

「あ、ああ!」

 

 

 モローと共に階段を駆け上がり、逃げる怪物を仕留めようと追いかける。

 だが怪物は非常識な程の速さで階段を登りきると、今度は数あるステンドグラスの窓のうちの一つを突き破って、教会の外へと逃げ出していった。

 すかさず破れた窓から散弾銃を突き出して銃撃するが、ペレットが直撃しなかったのか怪物はそのまま平然と逃げおおせていった。

 

 

「畜生ッ!……はぁ」

 

 

 思いっきり悪態を吐いて、次いで深呼吸をする。

 怪物は誰もいない方角…最終的には山の方へと逃げていき、その方向から考えるに新たな犠牲者は出ないことが確実であったので、私はひとまず安堵した。

 本当に危なかった。

 もしモローが後少しでも遅ければ、私はあの牙の餌食になっていた事だろう。

 

 

「本当に助かった、モロー。もう少しで、あの怪物のマティーニ・ランチになるところだった。」

 

「悪かったよ、ドイツ製の歩兵銃なんて扱った事なくて」

 

「そういう意味じゃない。本当に感謝してる。」

 

 

 実際、モローがいなければどうなっていたことやら。

 私とモローは怪物が戻ってこない事を確認すると、再び地下室へと戻る。

 私は手記を手に取って、ランタンに照らしながら読んでみる事にした。

 

 

『エヴァが死んだ。…私は主の教えを守ろうとしてオットーを助けたけれど、主は私のエヴァを助けることがなかった。オットーも衰弱していく一方。…いったい何のために?私は持ち得る全ての術をつかって彼を救おうとしただけなのに…どうして…………』

 

 

「………やはり、か。マザー・ミランダは娘さんを失った。耐えられるはずもない。」

 

「可哀想に…ところで、アッペルフェルド………何か臭わないか?」

 

 

 モローに言われて初めて、私は地下倉庫全体を覆っている異臭に気がつく。

 何かが腐ったような、そんな臭いがする。

 私はモローと共に、地下倉庫の中を調べてみる事にした。

 あの怪物が何か動物を持ち込んだのかもしれない。

 

 教会にはもう一つランタンがあったので、私はそれに火をつけて、二手に分かれて調べを始める。

 私は地下倉庫の入り口付近を調べ、モローは奥の方へと進んでいった。 

 

 並べられた簡易なベッドは、もうしばらくは使われていないようだった。

 汚れたシーツの上に埃の層ができていて、少なくとも1ヶ月はここで寝ている人間がいなかった事意味している。

 しかし同時に、このベッドの"使われ方"に関しては、通常では考えられない特徴が見受けられた。

 それはベッドの両端から鎖で繋がれた枷のような物がある。

 スペインかぜの熱に魘されたオットーが暴れた…?

 いや、それにしたって不自然だろう。

 そもそもオットーはどこへ行ったのだろうか。

 手記にはもう、マザー・ミランダの娘さんが亡くなった旨の記載がある事を目にしている。

 オットーは衰弱していると書かれていたから、恐らくは死んだのだろうか。

 そうなると余計にこの枷の存在意義がわからない。

 衰弱した病人に枷をかける?

 マザー・ミランダが娘の死の原因をオットーに求めて痛めつけた?

 だがベッドに血液の類が見受けられない以上、それも考え辛い。

 

 

 ランタンの明るさは十分ではなく、私は手記を持ち帰ってからドミトレスク城で読むのが良いと判断した。

 手記にはオットーがどうなったかについても記載されているはずだ。

 そうなればこの枷の事、或いはオットーの運命…更には、あの怪物についての記載もあるかもしれない。

 

 

 

「………フラン…チェスカ!?」

 

 

 そこまで考えたところで、疑問符を含んだモローの叫び声が聞こえた。

 どうやらフランチェスカを見つけたらしい。

 だが、モローの声色の様子から、私はフランチェスカが決して良い状態にはない事を想像せざるを得なかった。

 モローは信じられないものを見たと言わんばかりに彼女の名を繰り返し読んでいる。

 

 

「フランチェスカ!フランチェスカ!おい!フランチェスカ!」

 

 

 途方もなく嫌な予感がして、私は大急ぎで地下室へと戻って行く。

 予感的中。

 モローは倉庫の奥の方にいて、両膝をついて殉教者の死を悼むように嘆いている。

 彼のズボンの膝部分が赤く染まるほどの血溜まりができていて、何かが腐ったような臭いが辺りを覆っていた。

 

 肩で泣いているモローの傍にあるランタンが、全てを照らし出していた。

 それは、変わり果てたフランチェスカだ。

 いや、フランチェスカかもしれないと言った方が良いような気もする。

 身体のほとんどをおそらくはあの化け物に食われ、まさに肉塊と呼ぶに相応しいような状態になってしまっていた。

 

 

「………モロー…まだわからない。彼女がフランチェスカかは」

 

「いいや!!フランチェスカだ!!クソォッ!!このペンダントは彼女の母親の形見だったんだ!彼女が手放すはずはない!クソ!クソ!クソ!フランチェスカ!どうしてなんだ!くそおおおおッ!!」

 

 

 モローの肩に手をかけて落ち着かせようとする。

 知恵を絞って、せめてもの可能性を示唆しようとした。

 だが、彼は私の手を振り払い、この遺体がフランチェスカのものである事を証明する。

 彼は狂ったように泣き叫び、その途方もない悲しみを、これ以上ない方法で表現していた。

 私は、もう戦友にかけてやるべき言葉も見つからない。

 惨殺されたフランチェスカの遺体から動こうともしないモローを尻目に、私はマザー・ミランダの手記を手に取って階段を登る。

 彼はしばらく落ち着くまであのままにしておく方がいいかもしれないとさえ思ってしまった。

 

 ドミトレスク城に戻り、オルチーナ様に報告する。

 その後彼女や村の男達と共に教会に戻ると、モローはまだフランチェスカの遺体のそばにいたが、幾分かは落ち着いたようだった。

 悲しみに暮れる彼を立たせて教会から連れ出すと、村の男達がやってきて変わり果てたフランチェスカを運び出した。

 …猫背の漁夫にして私の戦友であるモローは、こうして再び孤独な人生へと戻ったのだった。

 

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