ヴィレッジ 1919   作:ペニーボイス

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口論

 

 

 

 

 

 モローは塞ぎ込んでしまった。

 無理もない、彼は婚約者を失ってしまったのだ。

 もっとも悪い事に、彼の婚約者は惨殺され、彼はその惨たらしい遺体を目の当たりにしてしまった。

 

 彼は今ドミトレスク城の一室にいて、ドナが彼に付いていた。

 これまで自身がそういったことをされる側だったからか、彼女はどうにかモローの心の傷を癒そうとしている。

 その奮闘の効果があったとしても、モローの傷は癒えるまでに長い期間がかかることだろう。

 ……もしくは、生涯をかけても癒えないかもしれない。

 

 

 

 方や、私はオルチーナ様と共に執務室でマザー・ミランダの手記を読んでいた。

 その内容から察するに、私の危惧はあながち間違ってはいないようだ。

 彼女は娘を失い、理性を喪失してしまっている事だろう。

 

 

「つまり、マザー・ミランダはオットーを救おうとして、自分の娘を死なせてしまった。…なんてこと!」

 

「スペインかぜは非常に強力な感染力を持っています。ですが、彼女が知らなくても当然でしょう。私も軍隊にいたから知り得ただけです。」

 

「…エヴァはまだ幼かった。オットーの事を彼女任せにしなければ…!」

 

「ご自身を責めないでください、オルチーナ様。こうなったのは誰のせいでもありません。…強いて言えば、オットーを追い出した将校でしょう。この村の住人は、誰一人悪くはない。今考えるべきは、マザー・ミランダをどうするか…または、彼女がどこにいるか、です。」

 

「ええ、あなたの言う通りよ、セバスティアン。」

 

 

 オルチーナ様はそこまで言うと、両肘を机につき、例によって"母性"からキセルを取り出して咥え始めた。

 私は何も見ていないフリをしつつ胸ポケットから紙巻きタバコを取り出す。

 

 

「ご一緒しても?」

 

「…ええ。けれど、程々にね。」

 

 

 紙巻きタバコに火をつけて、その煙を吸い込んだ。

 それはオルチーナ様も同様だったが、表情は彼女の方がより深刻そうだった。

 まだ私が成人する前、いたずらっ子のダニエラに手を焼いたオルチーナ様が嘆いた時がある。

「ダニエラ!あなたのせいで来年にはきっと私、お婆ちゃんよ!」

 今のオルチーナ様は"お婆ちゃん"どころでは済みそうにないほど頭を悩ませている事だろう。

 

 

「……例の怪物は山の方へと逃げていったのね?」

 

「はい。残念ながら仕留めることはできませんでした。他の村人に危害を加えてなければ良いのですが…」

 

「今のところ、その手の情報はないから安心してちょうだい。」

 

「…………我ながら情けなく」

 

「いいえ!あなたも危うく、あの怪物に殺されるところだった。生きて帰っただけでも満点をあげたいくらい。……さて。怪物が山の方に逃げたなら…隠れ場所は"あそこ"かしら。」

 

 

 オルチーナ様が思い描いている場所に、私は覚えがある。

 きっと、あの洞窟の事を言っているに違いない。

 

 まだこの地域がオスマン帝国の支配下にあった頃、トルコ化を推し進める帝国の弾圧を逃れるために、主の教えを保たんとする人々が逃げ込んだと言われる洞窟がある。

 中々入り込んだ場所にあり、たしかにオスマン軍は最後まで彼らを見つけることができなかったという伝承が残っていた。

 怪物だって、どこかに隠れ場所を持っているに違いない。

 恐らくは教会には一時的に滞在していたに過ぎず、拠点はきっとそこだろう。

 

 怪物の目的が何かは、私も分からない。

 ましてやマザー・ミランダの目的など。

 そもそも、マザー・ミランダはあの怪物に何かしらの関係を持っていることは容易に想像できるが、その関係というのがどう言うものかもわからない。

 

 打ちひしがれたマザー・ミランダはそのままあの怪物に食われてしまった。

 怪物はマザー・ミランダに化けて、フランチェスカを誘い込んで食らってしまう。

 …そんな御伽話なら、フランチェスカがあの怪物を倒さなければ筋が通らない。

 マザー・ミランダは怪物と関係している…それも"同じ側"にいるのではないかという考えが、どうにも頭を離れなかった。

 

 そんな事を考えていると、オルチーナ様が立ち上がる。

 身長2m90cmの人物が立ち上がると否応なく目立ってしまうものがあった。

 彼女はその長身を屈めて、私にある事をお命じになる。

 

 

「怪物がどこにいるにせよ、そのままにはしておけない。マザー・ミランダも同様に放置しておくわけにはいかないわ。セバスティアン、ブカレストに電話を繋いでくれるかしら?」

 

「…ブカレストに?一体何をなさるんです?」

 

「ブカレストには夫の友人達がいる。ツテを頼って、軍を派遣してもらいましょう。」

 

「…!?」

 

 

 オルチーナ様の発案は、私にとっては信じられないものだった。

 

 

「正気ですか、オルチーナ様!ブカレストの役人共はここぞとばかりに貴女の権限を奪いに来ますよ!」

 

「ええ、覚悟の上よ。」

 

「覚悟の上って…いや、ダメです。いけません、オルチーナ様。貴女がやろうとしてることは、ドミトレスク家の終わりすら招きかねません!」

 

「勿論!そのくらい分かっています!大戦の結果世界の秩序は変わりつつある。私達旧秩序の封建体制が、歴史の表舞台を降りる頃合いなの。あなたも本当は分かっているでしょう、セバスティアン!この村は時代に取り残されつつある!」

 

「そうだとしても私はオルチーナ様の運転手として、ブカレストに電話をかけるわけにはいきません!」

 

「領主は領民のことを第一に考えなければならない!侍女が雇えなくても結構!娘達もこれで自分で人生を決められるようになる!良い事ばかりじゃない!さあ、セバスティアン!ブカレストへの電話を繋いでちょうだい!」

 

「ブカレストの司令官に何と説明するおつもりですか!?まさか、村に伝説の狼男が現れたから退治してくれとでも!?御伽噺(おとぎばなし)じゃないんです、軍を寄越してくれるとお思いですか!?」

 

「なら一体どうすると言うのよ!?」

 

 

 私に対案がないかといえばそんな事はなく、いつでもそれを言い出せるように纏めてはいた。

 だが、それをオルチーナ様が簡単にお許しになるとは思えない。

 どうにか説き伏せるしかない、腹を括って口を開いたその時だった。

 

 

「私は」

 

 バァアンッ!!

 

「さっきから聞いてりゃこのデカ女ァ!」

「オルチーナ様以外の統治者なんて考えられねえよ!」

「ブカレストなぞくそ喰らえ!」

 

 

 執務室の大きな扉が蹴破られ、ハイゼンベルクを先頭に多くの村人が押し入ってくる。

 こちらに背を向けたまま、どうにか村人達を抑えようとする侍女達に耳もかさずに、彼らはそれぞれの主張を挙げながらこちらに迫ってきた。

 その様はまるで、領主の圧政に耐えかねた農民の反乱そのものだったが、彼らの主張はその比喩表現とは真逆のようだ。

 

 

「…………Wow…Wow……」

 

 

 あまりの衝撃的な光景に、思わず英語を口にするオルチーナ様。

 私も口をあんぐりと開ける事以外には何もできない。

 なんだなんだアンタ達、町内会みたいな雰囲気で入ってくるんじゃない!

 一応ここは領主の執務室なんだぞ!

 そんな事を思っていた時、ハイゼンベルクがオルチーナ様の前まで大股開きでやってきて声を張り上げる。

 

 

「分からねえのか、デカ女!ブカレストの役人共はアンタさえ排除すれば、機械的な統治システムに容赦なくこの村をぶち込むぞ!」

 

「……な…ハイゼンベルク!あ、あなたのような自由主義者にとっては、それが理想ではないの?」

 

「良い加減にしっかりしろ!アンタらしくもねえ!この村に必要なのは急造品の議会じゃなく、思慮深いアンタのような指導者だ!領民の事を思ってる割には肝心なところが抜けてやがる!」

 

「………そ、そんな」

 

「それに、新聞読んでねえのか!?ポーランドとウクライナはボリシェビキ共と全面戦争の真っ最中だぞ!?今頃、ブカレストの司令官はポーランドとウクライナが持ち堪えられるかどうかでヤキモキしてんだよ!ボリシェビキ共がポーランドを平らげたら、矛先はこっちに向くだろうからな!こんな辺鄙な村の与太話になんか付き合う暇はねえ!」

 

「…………」

 

 

 ハイゼンベルクの言う事は、あまりにも現実的だった。

 軍隊を送ってもらうにせよ、洞窟に隠れたであろう謎の怪物を引き摺り出して退治してくれなどという理由では、鼻先で笑われて終わる事だろう。

 ましてや隣国が共産主義者と戦争中なら、その要求はあまりに馬鹿馬鹿しいと言わざるを得ない。

 

 彼が淡々と並べる事実と、あくまで彼女の統治を支持する村人達の行動に、オルチーナ様は胸を打たれたような様子だった。

 彼女は再び席に座り、ハイゼンベルクに問いかける。

 もし彼女の献身が何の意味もなさないなら、どんな手を打つべきかと。

 

 

「……じゃあ、どうしろっていうの?あの怪物を放置するわけにもいかないでしょう?」

 

「第一、こんな事になったのはアンタだけじゃなく、俺たち村人全員のせいだ。誰もミランダを助けようとはしなかったからだ。だからこの件は俺たち全員でカタをつけなきゃならねえ。」

 

「でもよぉ、村の男達全員で行って、全滅したらどうすんだよ!?」

 

「相手はとんでもねえ巨体のバケモンなんだろう?俺たち全員いても無理じゃねえか?」

 

「バカ!誰が巨体だなんて言ったんだ、こんな小さなゴブリンだって聞いたぞ?」

 

「ゴブリン?いや、ワシが聞いたのはオスマン軍が攻めてくると…」

 

「はいはい、お爺さん。露土戦争は終わりましたよ」

 

「はぁ…まったく!この村の連中は()()だな!」

 

 

 ハイゼンベルクの言葉の後に、村人達が勝手に相談を始めて収拾がつかなくなりつつあった。

 誰も彼もが勝手に訳の分からないデマカセまで口走り、世論の大迷走が始まっている。

 ハイゼンベルクは天を仰ぎ、ため息混じりにそう言った。

 あの、だから、アンタら…ここは町内会じゃないとアレほど…

 

 まぁいい。

 私は勝手に町内会を始めている村人達と目頭を押さえて天を仰いでいるハイゼンベルクを無視して、オルチーナ様の側まで歩み寄る。

 机に項垂れている彼女の耳元に顔を近づけると、私は先程言おうとした提案を伝えることにした。

 

 

「オルチーナ様、村人の何人かは気づいていますが、ただただ人足を送り込んでも、犠牲者が増えるだけという可能性もあります。」

 

「ええ、それはそうだけれど…」

 

「ですから、私としましては…是非ともこのセバスティアンに怪物を」

 

「おだまりやぁあああアアアッ!!」

 

 

 

 突然、とんでもない叫び声が耳をつんざいて、私は思わずそちらを見る。

 村人達も一気に"町内会"をやめ、そちらの方を振り返った。

 その叫び声を放った人物は、村人達を超えた奥にいる。

 私は彼女を見て、思わず目を疑った。

 

 

「………ドナ?」

 

 

 そこには顔をベールで隠したドナがいて、彼女の抱えるアンジーが憤然とした態度を取っている。

 そして今、彼女はドナとしてではなく、"アンジーとして"私の方に話しかけてきた。

 

 

「セバスティアン!可愛いお人形ちゃんから話があるの!こっちに来てもらえる?」

 

 

 どういう風の吹き回しかは分からなかったが、ただ一つ言えることがあるとすれば。

 ドナとアンジーは間違いなく上機嫌ではないと言うことだろう。

 

 

 

 

 

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