ヴィレッジ 1919   作:ペニーボイス

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妥協

 

 

 

 

 

 

「ヴェェェイ!ヴェェェイ!ざぁこ!ざぁこ!セバスティアンのざぁこ!イクジナシ!ヨワムシ!ヴェェェイ!ざぁこ!ざぁこ!」

 

 

 私はアンジー…つまりはドナに別室に連れて行かれてから、まるで何かの呪文のような罵倒を浴びせられ続けている。

 ドナの腹話術のかわいらしさもあって、ややもすると紳士にあるまじき劣情を抱きそうになる言葉を浴びせてくる理由は未だわからない。

 アンジーはとにかく私を罵倒し続けていたのだが、やがてその理由がわかってきた。

 

 

「ざぁこ!セバスティアンのざぁこ!結局怪物を倒せずに逃げ帰ってきたんでしょ!アンタに怪物の相手なんて無理なんだっての!この、ざぁこ!」

 

 

 アンジーの発言からドナの心配を読み取るに、私は何故自身の考えが彼女に露呈しているのかを疑問に思わなければならなくなる。

 ドナは確実に、私がオルチーナ様に何を提案しようとしているのか既に探り当てている様子だ。

 そう、私があの洞窟に入っていって、あのクソ怪物を倒そうとしていること…そしてそれに伴う危険も察している。

 

 きっと、彼女は本当に怒っている。

 でも彼女は人前で怒ったことも、その感情を表に出したこともない。

 だからこそアンジーにその役を委ねている。

 人に怒りをぶつけたこともない無垢な彼女は、私にどう怒れば良いのか…自身の想いを伝えれば良いのかさえわからないのだろう。

 

 しばらくすると、アンジーの声色が変わり始める。

 ドナはもう限界に違いない。

 表現できない強い想いは、やがて溢れかえって哀しみとなる。

 

 

「ざぁこ!ざぁこ!セバスティアンのざぁこ!ヴェェェイ!ヴェッ………」

 

「………ドナ?」

 

「………………どうして、セバスティアン?…………なんで…わかってくれないの?」

 

 

 突如としてアンジーがガクリと肩を落とし、まさしく糸が途絶えたようになると同時に、アンジーの罵倒はドナの…何かが詰まったようなか細い声に変わった。

 

 

「…………あなたに……何かあったら………私っ…」

 

 

 今度は私が行動を起こすべき番だった。

 私は彼女の方へ歩み始める。

 ドナはアンジーを前に突き出して、私に距離を保つようにジェスチャーを行うが、悪くは思いつつも彼女の頼みは聞いてやれない。

 彼女の目の前まで歩み寄ると、私はアンジーを彼女の手から受け取って側にある椅子に座らせて、身体を硬直させる彼女の両肩に手を乗せた。

 そしてそのまま、彼女のベールに手をかけ、彼女と私を隔てる唯一の障害であるベールを捲る。

 

 

 ドナの白い肌は、彼女がかつて綺麗と呼んだ雪のように透き通っていた。

 その顔に浮かぶ、薄紅色に染まる頬は実際よりずっと紅く染まって見える。

 そして何よりも、彼女の目尻から流れ落ちる涙が、今までの彼女では考えられない表情を形成していた。

 

 

(かわいい)

 

 

 彼女の婚約者として相応しい感性ではないのを承知の上で、それでも私はそう感じざるを得ない。

 そんな私の視線から察したのが、ドナは狡猾な事にその愛らしさを武器に変えてきた。

 

 

「…………行かないで!…セバスティアン、あなたを失いたくないの!」

 

 

 なんたこった、ドナ。

 いつの間にそんなあざとさを身につけた?

 その誘惑は私にとってあまりにも…毒毒しいまでに甘ったるい。

 ドナが私と婚約を結んだ後、その対人恐怖は信じられないほど良好な過程を経ていたから、もしかすると彼女は人の心を察する術を身につけたのかもしれない。

 皮肉にも彼女の新たな特技が、否応なく私を苦しめている。

 

 

「約束したでしょう?…自分を大切にしてって………」

 

「………ああ。だけど、この村で軍隊の訓練を受けた若者はもう私しかいない。あと何人かも必要だが、私は絶対に行かなければ。」

 

「……モローに任せてもいいじゃない!」

 

「いや。彼はダメだ。きっとフランチェスカの事で復讐心が燃え上がる。…シルヴェストリを?」

 

「…ええ」

 

「あいつは親友のロシェを殺され、敵への復讐に駆られて塹壕を飛び出して、そのまま砲弾で死んでしまった。モローを連れて行けば我を忘れて怪物を追いまわす。そしてそれは共に戦う味方さえ危険に晒す事だろう…君は彼の側にいてあげてくれ。」

 

「………いや!……ああ、その……あなたと離れるのが嫌!もう…私は置いて行かれたくないの…」

 

 

 もう、彼女の抱擁を受けるのは何度目だろう。

 それでも、この抱擁はこれまでのそれとは違う意味を持っている事は、想像に難くない。

 彼女は両親に"置いて行かれた"。

 だからもう大切な人を失いたくはない。

 それは分かるが、それでも私は自身の決断を突き通さねばならないのだ。

 

 

「………行ってはダメ。行かせないわ!」

 

「大丈夫、私は絶対に帰ってくる。出征した時だってそう約束したし、ちゃんと守ったろう?」

 

「今度も無事に戻れるとは限らないっ…!」

 

「どうか信じてくれ、ドナ!」

 

 

 しばらくの沈黙。

 秒針はそんなに進まなかったはずだが、この短い時間は実際よりも遥かに永く感じた。

 するとどういうわけか、ドナは袖で涙を拭うと、私の首後ろに手を滑らせ、こちらへの距離をグッと縮めてくる。

 そして………

 

 何か柔らかなものが額に当たった。

 彼女は雪のような肌を真っ赤に染めて、それでも私の目を真っ直ぐに見据えている。

 その瞳は悲しみに暮れながらも、私への期待を込めているように見えた。

 

 

「………この続きは、戻ってから。実を言うとね…あなたの事だから、こんなことを言われるのは分かっていた。できれば思いとどまってほしかったけど………うぅん、あなたにそんな事できるはずがない。だって…」

 

「………」

 

「1番の背信は、友への裏切りでも、家族への裏切りでもない。自分自身…そう、あなた自身に対する裏切り。…あなたは不埒な人間ではないもの。自分を裏切って、私の言う通りにならないことは分かってた……認めたくなかっただけで。」

 

 

 彼女の両手が、私の首筋から両腕へと降りてくる。

 最後には、彼女の両手が私の両手を握っていた。

 

 

「………ええ、分かってる。村のためには、もう手立ては残されていない。外部からの助けは見込めない以上、私達でどうにかするしかないもの。あなたが必要なのは火を見るよりも明らか………でも…いえ、だからこそ、どうか約束してほしい…」

 

「………ああ、約束しよう、ドナ」

 

「…無事に生きて帰ったら、一緒に商売をしましょう。私がお人形を作って、あなたが売りに行くの。…かつて、私の両親がそうしたように。」

 

 

 彼女はそう言って微笑んだ。

 なんて素敵な笑顔なんだろう。

 怒った顔も、泣いてる顔も可愛いらしいが、やっぱりはにかむように微笑んでいる笑顔が、何よりも勝って可愛らしい。

 ああ、本当に………

 

 

(かわいい)

 

 

(かわいい)(かわいい)(かわいい)(かわいい)

(かわいい)(かわいい)(かわいい)(かわいい)

(かわいい)(かわいい)(かわいい)(かわいい)

(かわいい)(かわいい)(かわいい)(かわいい)

(かわいい)(かわいい)(かわいい)(かわいい)

 

 

 

 

 私は心霊現象なるものなど信じはしないが、流石にここまで来ると"何か"を感じるなと言う方に無理がある。

 振り返ってドアに向かい、私とドナだけの部屋の扉を開けると、オルチーナ様やハイゼンベルクその他大勢の村人達や侍女までもが、ドアのこちら側へ転がり込んできた。

 本当に盗み聞きがお好きなんですね、オルチーナ様。

 

 

「………んっ、ンンッ、セバスティアン、私は何も聞いてないから安心して。」

 

「……………分かりました。では改めて。オルチーナ様、是非とも私にあの怪物の件をお任せください。」

 

「仕方ありません………あなたは私にとっても我が子同然よ。生きて帰らなかったら許さないから覚悟なさい。」

 

 

 一瞬、その場合はあの世で具体的に何をされるのか真剣に考えてしまった。

 大きな鉤爪で追い回されたりするのだろうか?

 …ふざけてる場合じゃないな。

 

 

「かしこまりました!」

 

「…それで…あなた1人だけでは荷が重いということを、あなた自身よく分かっていると思うのだけれど…モローがダメなら、一体誰を連れて行くの?」

 

 

 これでハッキリ分かったが、オルチーナ様と村人達はかなり最初の方から盗み聞きをしていたのだろう。

 寧ろ私とドナがこの部屋に入った瞬間から聞き耳を立てていたような気もする。

 ドナは再びベールを降ろして恥ずかしがっているが、この際それは無視しよう。

 今こそ、私の案をオルチーナ様にお話ししなければならない。

 

 

「私は少なくとも、6名前後の人足が必要だと見ています。それを2名1組の3個チームに分けて洞窟を探索するんです。こうすれば犠牲は少なくて済みますし、運が良ければこちらが先に怪物を見つけられる。」

 

「それじゃあ、まずは俺が行くってのはどうだ?」

 

 

 ハイゼンベルクが手を挙げて群衆の中から進み出た。

 正直彼なら私も安心だったが、それに伴う懸念もある。

 

 

「カールさん、お気持ちは嬉しいんですが、あなたは村で唯一のエンジニアです。」

 

「んな事言ってる場合じゃねえだろ!…それにだな、俺ぁこう見えても射撃は得意な方だぜ?」

 

「分かりました、ハイゼンベルク。あなたにもお願いしましょう。他に進み出てくれる方はいるかしら?」

 

 

 オルチーナ様が群衆の方へ振り返ると、既に4名の村人が進み出ていた。

 どうやら彼らも覚悟を決めているらしい。

 私は軍隊生活で部下というものを持つ立場にはいなかったが、彼らの事も必ず生きて帰さねばならないと思った。

 その献身が無駄にならぬように。

 そして再び悲劇を生まぬように。

 

 

「それじゃ、総大将。作戦を説明してくれ。」

 

 

 ハイゼンベルクがそう言って、ニヤリと笑う。

 この頼もしい技術屋の笑みに安心感を覚えつつ、私は彼らへの説明を始める。

 この探索は、軍隊でいうところの掃討戦だ。

 人数はずっと少ないが、やり遂げられる見込みは十分にある。

 私は自身の案を彼らに話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………

 

 

 

 

 

「この役立たず!」

 

 

 女がそう叫んで、怪物は吹き飛ばされた。

 まるで車に轢かれた犬のような悲鳴をあげ、地の上を転がっていく。

 しかし女はそんな怪物の様子に何一つ気にもとめていないようすだった。

 

 

「…………………だが、彼らも来る。彼らが来れば、我が悲願もようやく最初の段を登ることができるだろう…ああ、なんと待ち遠しい。」

 

 

 女の口元が歪に曲がり、邪悪な笑みを含ませた。

 いくつかの計算は外れたが、物事は彼女の思惑通りに進みつつある。

 今のところは、彼女にとってはそれで十分だった。












セバス「おぼろおえおえええええっ!」

作者「え?なになに?モローの件で内臓吐きすぎて苦しいって?」

セバス「おええっ…」

作者「んじゃもう一回砂糖でも吐いとけ!」

セバス「おぼえええええええッ!」
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