ヴィレッジ 1919   作:ペニーボイス

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実験

 

 

 

 険しい山道を登り切ると、洞窟の入り口がある。

 そこにはかつてここに逃げ込んだ聖職者達がオスマンの軍隊から逃げおおせた事を主に感謝して刻んだとされるレリーフがあり、その見事な彫刻が洞窟の目印になっていた。

 私は列の先頭に立って、ソルノクの戦利品である散弾銃の初弾を装填する。

 もう手慣れたものになったその動作をこなしつつも、後ろを振り返って私の指揮下に入った若者達に声を張り上げた。

 

 

「予め説明した通り!必ず2名1組で行動する事!何があってもだ!何度も言ってるが、君たちの誰か1人だけで打ち取れる首じゃない!邪な功名心は捨てる事!」

 

「……奴と2回も"交戦"してるセバスティアンが言うんだ、間違いねえ!俺たち全員であのクソッタレをぶち殺そう!」

 

「「「「はい!!」」」」

 

 

 言葉は汚いが、私のような覇気のない男が1人でやるよりずっと効果のある口添えをハイゼンベルクがしてくれた。

 本当に頼りになる兄貴肌だと、私は思う。

 私としては、そんな頼りになる兄貴肌を他のチームに混ぜておきたかったのだが、ハイゼンベルク自身はあくまで私とチームを組む事を望んだ。

 私の散弾銃では近距離ではとてつもない威力を発揮できても、反面少しでも距離を取られれば効果を著しく失う。

 ハイゼンベルクはオーストリア製のライフル銃を持っていたから、散弾銃を持つ私とは遠近両用の装備が組めるというわけだ。

 勿論、他の2チームもバランスのとれた装備を持参している。

 いずれもどちらか1人がライフルをもって、もう1人は散弾銃または大口径のリボルバーを手にしていた。

 最悪、これで2人1組の場合にもあの怪物に対処できることだろう。

 

 

「それじゃ、始めようぜ。今度はこっちがあのクソッタレを狩る番だ。」

 

「何かあったら必ず大声で知らせろ、それでは前進!」

 

 

 我々武装した6名の若者は、銃とランタンを前に突き出しながら洞窟へと入って行く。

 分岐があれば、そこで初めて分散する予定で、それまではできる限り固まって動く算段だ。

 集団で洞窟に足を踏み入れたものの、やがてオスマンの連中がこんな場所に入りたがらなかったのもわかる気がした。

 外の明るさが届くのはほんの入り口付近程度のもので、後は不気味な暗さに包まれている。

 死角も多く、ここから槍でも突き出されればオスマンの連中はひとたまりもなかった事だろう。

 幸いな事に我々の手元には中世の時代には考えられなかったような近代的な武器があるが、それでも互いの死角をカバーできるよう2人1組を崩さずに慎重に進んでいった。

 

 

「そろそろ30分になる。部隊を休憩させるベキだと思うぜ、司令官殿。」

 

「……ええ、そうしましょう、カールさん。全員停止!私の位置まで集合!」

 

 

 私以外には徴兵経験もないので当然だったが、やはり軍隊生活時代のような動きは彼らに望めなかった。

 4人の若者達はヨロヨロと何かを迷うようにしながらこちらへとやってきたが、私が号令をかけてから集合を完了させるまでに5分近い時間を要したのだ。

 ソルノクでの戦闘の後、私とモローはトアデールの事で酒のやけ飲みをした。

 酔った勢いもあって軍曹への不満をぶち撒けたものだが、いざ彼の立場…"部下"を率いる立場になって初めて軍曹の立場の辛さを思い知る。

 あの会話は軍曹に聞こえてなければ良いが。

 今思うと、恥知らずにも程があった。

 

 

「…よし、点呼を取る。シメオン!」

 

「はい」

 

「ハスキル!」

 

「ここにいますよ」

 

「モスコヴィッチ!」

 

「モスコヴィッ()、です。」

 

「レスコ!」

 

「…………あ、はい、います」

 

「あとはカールさん……とりあえず、全員はいるな。それでは休憩をしよう。」

 

 

 それぞれランタンと銃をすぐ手の届く範囲に置かせてから、私は彼らを休憩させる。

 私も私で胸ポケットから紙タバコを出して火をつけたが、目の前に座るハイゼンベルクが顔を顰めた。

 

 

「お前、なんだそりゃ。デカ女の真似か?」

 

「…オルチーナ様の?……ああ、いえ、軍隊時代の名残りですよ。」

 

「理解できねえな。戦争では死を恐れるのに、その合間では自ら"死の原因"を作ってやがる……そいつは時限爆弾だぞ、やめとけよ。」

 

「プフッ!ゲホゲホゲホッ……ああすいません。仰る内容があまりに的確過ぎて。」

 

「…冗談で言ってんじゃねえよ。ここから帰ったら、そいつはもうやめろ。お前がドナより先に死んだら、俺はお前の事を許せないかもしれない。」

 

「…………」

 

「俺はドナを助けてはやれない。でも、お前だけがドナを助けてやれるんだ。だから俺はお前を助けたくてチームを組んだ……駄々こねて悪かったな。」

 

「いいえ、ありがとうございます。…もし、生きて帰ったら」

 

「そっから先は言うな、新郎さんよ。多分…本当に生きて帰れなくなる。さて、そろそろ行こうぜ。」

 

 

 休憩を終えて、我々は再び歩みを進める。

 より慎重に、より確実に。

 確たる歩みで安全を図りつつ、目標を確実に追い詰めつつあった。

 おかげで我々の進撃は順調に進んでいたのだが、遂に先頭を進んでいた私は立ち止まる。

 そこは出来ることなら避けたかった分岐点で、洞窟はそこから3つの道に分かれているようだった。

 

 

「………やはりか。私とカールさんで右を攻めましょう。」

 

「おう」

 

「左をシメオンのチーム、真ん中はモスコヴィッチ…」

 

「モスコヴィッ()です!」

 

「ああ、すまん、モスコヴィッシに頼む。…繰り返すが、何かあったらすぐに大声で知らせろ。」

 

 

 6名の若者達は、ここで初めて分散する事になった。

 私はハイゼンベルクと共に一番右の洞窟を進んでいく。

 ここまで来た時と同じように、慎重に、慎重に。

 分岐点を通過してからしばらく経ったあと、突然ハイゼンベルクが私の肩を叩く。

 何事かと振り返ると、ハイゼンベルクは人差し指を自身の唇に当てていた。

 

 

「シーッ………」

 

「………」

 

「何か聞こえないか?」

 

 

 再び正面を向いて、ゆっくりと目を瞑って聴力に全神経を傾ける。

 ああ、たしかに彼のいう通りだ。

 地を這うような、特有の唸り声。

 洞窟の内部を形成する禍々しいまでの岩に反響するせいで正確な距離は分からないが、少なくとも私には、墓場を荒らしてフランチェスカを食い殺したあの怪物の唸り声に聞こえた。

 

 

「…"奴"です、間違いない。」

 

「肩の力を抜け、セバスティアン。お前は戦争から生きて帰った。あのクソッタレに散弾を浴びせて、首を切り取って帰るだけさ。簡単だろ?」

 

「だと、良いんですがね。」

 

「とにかく慎重に行こう。奴は近え。」

 

 

 ランタンと散弾銃に暗闇を先行させていくと、唸り声がだんだんと近くなってきた。

 心拍数がぐんぐんと上がっていき、自身の吐息にすら恐怖を煽られる。

 いつ襲われても良いように散弾銃を腰だめに構えてはいるが、誤射だけはしないように引き金から指を外していた。

 だが、そのおかげで私はグリップをいつもよりずっと強く握ることになる。

 

 

 唸り声に導かれて暗闇の中を進み続けると、何故か前方の方から明かりが見えたような気がした。

 そんなはずはないと何度か瞬きをしてみるが、進むたびに前方に煌めく灯りはよりはっきりと見えてくる。

 やがてはロウが溶け落ちる特有の臭いが鼻腔をつき、私はそれが幻覚の類ではない事を認めざるを得ない。

 尚も明かりの方へ進むと、そこは我々のいる穴蔵よりもよほど大きな空間で、その中に机や椅子が並べてある事に気がついた。

 

 

 

「こ、こいつはいったい…」

 

「なんなんだ?」

 

 

 私とハイゼンベルクは顔を見合わせて呆然とする。

 こんな荒れた洞窟の奥に誰かが住んでいることなど想像もしていなかった。

 それはどこからどう見ても、決してあの獣が隠れ住んでいるような場所ではない。

 大きな長方形の机は4つ綺麗に並べてあり、その上にはフラスコやビーカー、それに幾つかの書類さえ見受けられる。

 それらを照らす蝋燭に火が灯っていることが、そこに誰かしらの人間がいることを指し示していた。

 

 

 私は机の上にある文章の内の一つを手に取ってみる。

 それはどうやら一枚のメモ書きで、いくつか項目がカルテのように並んでいた。

 メモ書きを照らす明かりの明度は十分だったが、だからこそ私はその内容を見て息を呑む。

 文章の筆跡は、明らかにマザー・ミランダのそれだった。

 

 気づけば、あの低い唸り声は鳴りを潜めている。

 私はハイゼンベルクに見張りを頼みつつ、文章をよりよく見えるように蝋燭に近づけた。

 

 

 

『経過記録:被験者 オットー・ギーゼブレヒト(以下、被験体ö)。試作品"カドゥ"を被験体öに投与、以下に記録を示す。

 

 ・1日目 被験体öに対し、試作品培養液を静脈注射にて投与。悶え苦しみ初め、拒絶反応を起こす。スペインかぜとの関連性は?

 

 ・2日目 被験体öは理性を失う。全身から灰色の体毛、歯は牙に変化。スペインかぜの症状は見受けられないが、極めて危険な凶暴性を示す。

 

 ・3日目 相変わらず被験体öとの対話は不能だが、こちら側からコントロールは可能。事後は研究手段としての活用を行う予定。…完全な失敗作。

 

 ・4日目 被験体öは適合さえ不完全。試作培養液というけいたいに問題があると判断する。副要因は絞り込めないが、別の方法を模索………寄生体との合成、外科的投与が理想的か?』

 

 

 

 いったい、なんなんだこの文章は。

 マザー・ミランダの筆跡で書かれた文章に、私はあまりに深い衝撃を受けた。

 この文章に書いてある事が事実だとすれば…

 

 あのクソッタレの怪物は、マザー・ミランダがオットーを素体に生み出したものだという事になるだろう。

 

 

 背筋が凍るような思いだった。

 たしかに。

 たしかに、私は彼女はきっと狂ってしまったと思っている。

 だが、まさか彼女があんな恐ろしい怪物を作り上げる事までは予想だにできない。

 そもそも、"カドゥ"とはなんだ?

 オットーに投与して、何を確かめたかった?

 そんな疑問符ばかりが頭を駆け巡る。

 

 

「おい、セバスティアン。これを読んでみろ。」

 

 

 そう言って、ハイゼンベルクが私にもう一枚文章を渡した。

 そこにはこう書いてある。

 

 

 

『本日、被験体öに死体を掘り起こさせた。新型"カドゥ"を投与するも効果なし。死体への直接投与・蘇生は挫折。

 

(中略)…本日、被験体öが負傷して戻る。散弾銃による銃撃痕あり。修復能力は期待値を大幅に下回る。

 

(中略)………本日、試験体F確保の為、被験体öを使用した捕縛を試みたが、被験体öが暴走したために頓挫した。試験体Fの喪失は痛手だが、被験体öの傷に修復が見られる。………生身の人間?

 

 

 

 最後の文字に下線が引いてある事実が、私をよりゾッとさせる。

 いったい、マザー・ミランダは何を考えている?

 この文章を読む限り、もうマザー・ミランダを被害者とは考えられなくなった。

 彼女は怪物の犠牲になったどころか、怪物を生み出して利用したのである。

 死体を掘り起こさせ、私に銃撃させ、そしてフランチェスカを襲わせた。

 彼女は完全に"黒"だ。

 

 

 そう確信した時、遠くの方で悲鳴が聞こえた。

 続いて、獣の咆哮が耳をつんざく。

 若者達の内の誰かが、邪な功名心とやらに駆られたに違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 













明日と明後日更新が途絶えるかもしれません…月曜日には上げたいと思いますのでよろしくお願いします
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