ヴィレッジ 1919   作:ペニーボイス

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落日

 

 

 

 

 

 

「ハスキル!レスコ!怪物は倒した!もう帰るぞ!」

 

 

 私とハイゼンベルクは洞窟の暗闇に向かって叫びながら、帰り道を探している。

 もうこれで村人が襲われる事はないだろうが、かと言ってハスキルとレスコを置いて出るのは私の信条が許さなかった。

 シメオンとモスコヴィッシは可哀想な最期を迎えたが、ハスキルとレスコが生きているなら、私は彼らを見つけ出して連れ帰らなければ。

 

 

「………返事がねえ。もしかすると、ハスキル達はシメオン達の前に…あの怪物に」

 

「死体を見たわけじゃありません!彼らが死んだかどうかは分からない、何としても見つけましょ……ッ…!」

 

「興奮すんな、傷口が開いちまう。…まあそうだな、お前にはあいつらを………」

 

 

 ハイゼンベルクが突然話すのをやめて、彼のライフル銃が地面を叩き向ける音が聞こえた。

 何事かと振り返ると、信じられない光景が広がっている。

 ハイゼンベルクは何者かに背後から拘束され、その首筋には彼が装備していたであろう銃剣が当てたれていた。

 

 

「なっ…おい、ハスキルか?冗談にしても悪質過ぎるぞ。」

 

「………ふふっ……ふはははははっ!」

 

 

 ハイゼンベルクを拘束した人物が高笑いをした時、私はそれが誰であるのか悟ってしまう。

 私は信じられず、暗闇の中で目を凝らした。

 

 

「………マザー・ミランダ?」

 

「ふん…戦争から戻ったか、セバスティアン。オットーを倒すとは…逞しくなったものだ。」

 

「おい、セバスティアン。この女はイカれてやがる…俺ごと撃っちまえ。」

 

 

 ハイゼンベルクがそう言うと、マザー・ミランダは銃剣を首筋に近づける。

 私はシメオンの持っていたリヴォルバーを片手に持っていたが、オーストリアの大柄な1870年型リヴォルバーでは、片手で正確な照準をつけるのは無理難題だ。

 ハイゼンベルクは私に目配せを続けるが、私は躊躇せずにはいられない。

 

 

「………マザー・ミランダ、何故こんな事を…」

 

「オットーは死にかけていた。私は彼を救ってやった。」

 

「違います、マザー・ミランダ。オットーの事だけじゃない。何故こんな…」

 

 

 そこまで言って、マザー・ミランダが人質越しに私のある一点を見つめていることに気がついた。

 それは私の左肩で、そこには血の染みた包帯に包まれた噛み傷がある。

 マザー・ミランダはその負傷部位を見て、とても興味深そうな表情を浮かべていた。

 

 

 

「………おや?()()()()()()()()()()()?」

 

「ええ……一体なんの話」

 

 

 ドスッ!!

 

 

 マザー・ミランダの言葉に自分の傷の方を向くと、何か重い金属が胸元にぶち当たって、いつか感じたあの痛みに襲われる。

 慌てて胸元を見てみると、マザー・ミランダがハイゼンベルクの首筋に当てていた銃剣が、私の胸に深々と突き刺っていた。

 

 

「…………うそ…だろ……またかよ」

 

「ミランダてめぇッ!!クソッ!!大丈夫かセバスティアンッ!!」

 

 

 あの時と同じように全身の力が抜けて、私はまず両膝立ちになり、次いでその場に倒れ込んだ。

 ハイゼンベルクが喚き散らしながらミランダと格闘を始めたようだったが、私の意識は次第に遠のいていく。

 目の前が暗闇に染まる中、最後に口にした言葉。

 それは私の最愛の人の名前だった。

 

 

「……………ドナ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減に目を覚ませ」

 

 

 マザー・ミランダの声が私を深い眠りのようなモノから引き上げた。

 気づくと私はオットーと交戦する前に発見した、あの研究室にいる。

 私は仰向けに寝かせられ、手足は枷で拘束されていた。

 頭も固定されているが、目は自由に動かせたので、私は視界の端にマザー・ミランダを捉えることができる。

 

 

「マザー・ミランダ……これは一体…」

 

「不思議には思わぬか?」

 

「………はい?」

 

「痛みは感じるか?……傷はそのままか?」

 

 

 そうだ、私はマザー・ミランダに銃剣を投げられて串刺しになった。

 命中箇所は胸元で、生死に関わる負傷部位だろう。

 しかし何故か痛みはなく、傷口があるはずの場所に何かの穴が空いているような感覚もない。

 それどころかオットーに噛まれたはずの左肩さえ、何の痛みも感じなかった。

 

 

「…………これは、いったい…」

 

「エヴァが死んだ後、私も娘の後を追おうとこの洞窟へ辿り着いた。例え教えに背くとしても、神は私を裏切って娘を取り上げたのだ。そのくらいの背信は許されると思った。」

 

「………………」

 

「……そして、この洞窟で菌根と出会った。」

 

「…菌根?」

 

「ああ…この菌根には不思議な力があった。傷を癒やし、老いを止める。そして私が菌根に触れた時、それが蓄えていた情報が私の中に流れ込んできたのだ。」

 

「………マザー・ミランダ…正気ですか?」

 

「正気だとも!これが正気でなくてはなんだ!」

 

 

 マザー・ミランダはすっかり変わってしまっていた。

 口調も、覇気も、人格さえ。

 少なくとも、今の彼女は1913年に両親の墓前で会った人物とは異なる人物であるとしか思えない。

 

 

「…神はその教えに従った私を裏切ったのだ!ならば死した娘を蘇らせることはその復讐と言える!……分からぬか、セバスティアン。菌根は死した人間さえ蘇らせることができるのだ。」

 

「……イカれてるッ…」

 

「ふん…まあ良い。お前もじきに理解するだろう。お前たちは菌根の恩恵に浴する最初の村人になるのだから。」

 

「………"最初"…?どういう意味だ!?」

 

「何故私がオットーに死体を掘らせていたと思う?…菌根は傷を癒すが、()()()()()()()()()()()()。」

 

「ま、まさか!」

 

「ようやく気づいたか。もうまもなく村ではスペインかぜが流行することだろう。さすれば、菌によって治癒される村人は私を崇拝の対象にする。そうなれば、私の研究はより促進されるのだ。」

 

 

 オットーが掘り起こした死体には、何人かの村人が触れたはずである。

 触れはせずとも、死体に付着したスペインかぜはその衛生環境も相まって容易に増殖することだろう。

 前線で聞いた私の情報が正しければ、スペインかぜは人から人へと容易に伝播する。

 そうなれば村全体への感染は免れない。

 

 

「マザー・ミランダ!何という事を!」

 

「心配するな、セバスティアン。菌は不老不死の恩恵を与える。だが残念なことに、この菌には適合性があるようだ。オットーにはなかったがな…」

 

「………」

 

「新しい投与方法を開発した。ハスキルとレスコにはもう試したが、奴らはダメだった。」

 

 

 マザー・ミランダはそう言いながら、どこからか瓶に入った何か黒い物を取り出して私に見せる。

 そこにはメモが貼ってあり、そしてそのメモには『カドゥ』という文字が記載されていた。

 

 

「…だが、何度も言うがお前は心配しなくとも良い。ハイゼンベルクもそうだが、お前には素養があると見ている。」

 

 

 マザー・ミランダが手袋をして、メスやハサミと言った外科手術用の道具を取り出し始めた。

 私は何をされるのかようやく悟り、精一杯暴れては見たが、固く縛られた枷はびくともしない。

 

 

「ふふっ…暴れるな。受け入れるのだ。さすれば、永遠の命が与えられん。」

 

 

 

 冷たい金属が私の腕の皮膚を裂く。

 もちろん痛みも感じたが、それよりも容易に想像できる悍ましい未来の方が、私の断末魔を加速させた。

 しかしどれほど叫んでみても、マザー・ミランダは実験をやめるつもりはないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドミトレスク城

 

 

 

 

 

 

「ああ、セバスティアン…どうか無事に帰ってきて…」

 

「心配ないさ、ドナ。アイツならきっと帰ってくる。」

 

 

 

 震えるドナの肩に、モローが手を当てて励ましている。

 オルチーナ・ドミトレスクは居ても立っても居られないような感情を抑え込み、キセルを片手にまだ連絡はないものかと電話機の前を行ったり来たりしていた。

 目の前で震える花嫁の新郎にして、オルチーナ自身にとっても息子のような存在が、今は狼の巣穴にいる。

 この場の全員が彼を心配していたし、だからこそ電話機のベルが鳴った時、オルチーナは迷うことなくすぐに受話器を取ったのだ。

 

 

「ドミトレスク!」

 

『…………』

 

 

 電話から応答はない。

 不気味な沈黙に眉を顰めていると、最後に耳にしたのが遥か昔に思えるような、そんな声が聞こえてきた。

 

 

『久しぶりだ、オルチーナ・ドミトレスク』

 

「………マザー・ミランダ!?」

 

『セバスティアン・アッペルフェルドを探しているとか…彼は洞窟にいるが、迎えが必要だ。車で来てもらいたい。』

 

 

 電話はそこでプツッと切れる。

 マザー・ミランダの口調は明らかに変わっていたが、しかしあれほどの悲劇を体験すれば無理もないかもしれない。

 そう思ったオルチーナは、モローに声をかけた。

 

 

「モロー、車の運転は?」

 

「アッペルフェルドほどじゃありませんが、一応できます」

 

「なら、運転をお願い。ドナも準備して。セバスティアンを迎えに行きましょう。」

 

 

 

 3人の男女はこうして洞窟へ向かった。

 そこに何が待ち受けているのか知りもせずに…………

 

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