ヴィレッジ 1919   作:ペニーボイス

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最終話 "解放"

 

 

 

 

 

 あれから、もう100年近くになる。

 1世紀もの間に、村は跡形もなく変わってしまった。

 マザー・ミランダがあの後も実験を続けた結果、村人達の多くが異形の姿になり、そうはならなかったオルチーナ様やハイゼンベルク、モロー、それに…ドナも、かつて私が知っていた人々ではなくなってしまった。

 

 彼らはマザー・ミランダの実験によって人智を超えた能力を手に入れたが、代わりにもとの人格を完全に破壊されてしまった。

 モローの背中には醜悪なコブが生え、ハイゼンベルクは人間を機械と結合するようになり、かつてフランチェスカが言った戯言は現実になって、そしてドナまでシモンを手にかけてしまっている。

 

 マザー・ミランダはオットーを通じて蔓延させたスペインかぜの治療薬と称して、村中に菌をばら撒いた。

 この村はもう治らない。

 治す手立ては、もう何一つ残されていない。

 

 

 

 かつての村の記憶を思い、悲嘆に暮れた日々もあった。

 だが、もう悲しみの涙は枯れ果ててしまっている。

 今、私の心にあるのはある執念だ。

 

 

 

 あの後、マザー・ミランダの実験台になった私は今では四貴族と呼ばれている連中と同じように、人智を超えた力を手に入れた。

 どうやら、私には適合性があったらしい。

 ただ、四貴族の面々と同じように、私にも欠点もある。

 

 私は"カドゥ"によって、信じられないような耐久性を得た。

 銃弾やナイフ、或いは爆発物によっても傷一つ負わない脅威の耐久性を。

 マザー・ミランダの言うには、オルチーナ様と同様に代謝能力が異常に向上した結果とのこと。

 しかしその代償に、私は大量のエネルギーを必要とするようになってしまったのだ。

 短期間に大量の食べ物を食べなければ、身体は崩壊してしまう。

 だから次から次へと食べていき…まぁ、当然の結果ではあるが、目も当てられないような肥満体になってしまった。

 

 そう考えるとオルチーナ様が少々憎らしく思える。

 彼女も代謝が向上したなら、私と同じような副作用があってもいいのではなかろうか?

 いったいなんだって私だけこんな…まぁ、いい。

 肥え太ったオルチーナ様なんて見たくもない。

 今では遠巻きに眺める彼女の姿は、私と100年前の村を繋ぐ数少ないの光景のひとつだ。

 

 

 ともあれ、能力を得た私を、マザー・ミランダは中途半端な失敗作中の失敗作と呼んだ。

 エヴァはもちろん肥え太ってなどいなく、おまけに私には耐久性以外何らの能力もないからだ。

 おかげで人格は元のまま維持できたのが唯一の救いではあるが。

 彼女はあろうことか、用済みになった私を研究室から追い出して、そのまま村に帰させやがった。

 加えて残念なことに、マザー・ミランダの被験体として長々と拘束された私がようやく村に帰った頃には、私の大切な人々はすでに四貴族と成り果てていたのだ。

 だからせめて何か、この村を過去の記憶と結びつけるような働きをしたいと考えた。

 

 

 

 

 私はあの日ドナと約束した。

『無事に生きて帰ったら、一緒に商売をしましょう。私がお人形を作って、あなたが売りに行くの。』

 だから、その約束だけは…例え変わり果てたドナが覚えていなくても守る事にした。

 

 全てが約束通りにはできなかったが、できる限りのことはした。

 私はこの変わってしまった村で唯一の行商人となったのだ。

 そうやって、この村で起き続ける悲劇とは距離を置いて生きてきた。

 でも、どうやらそれも今日で終わりらしい。

 

 

 これからここにやってくるある男を、私は出迎えなければならない。

 菌根から共有される情報によると、マザー・ミランダは遂にエヴァを復活させる方法を見出して、そのためにこの男の大切な娘を誘拐したようだった。

 ローズマリー…いい名前だ。

 つい妄想してしまう。

 もし、私とドナとの間に娘がいたら?

 いったいどんな名前をつけただろうか?

 "エーデルワイス"…そう名付けたに決まっている。

 それは"大切な思い出"を意味する花の名前。

 もう届かぬ思い出にはなってしまったが、きっとあの時の彼女なら喜んでくれたに違いない。

 

 そろそろ、足音が聞こえて来た。

 私はこの男を助けねばならないが、助け過ぎてもならない。

 所詮は私もマザー・ミランダの実験台に過ぎない存在だからだ。

 少々歯痒いが、これで皆が"解放"されるなら、私は許される限りで全力を尽くそう。

 

 

 

 足音がいよいよ近づいだ時、私は随分と重たくなってしまった身体をゆっくりと起こして扉を開く。

 

 

「んんんっしょぅお」

 

 

 男は怪訝な顔をして、私の方を見ている。

 そりゃそうだろう。

 こんな肥満体がこんな狭い空間から転がり出て来たら誰でもそんな顔をする。

 だが私は行商人。

 商売に必須の笑顔は、何があっても忘れない。

 

 

「お待ちしておりましたよ、ウィンターズ様。」

 

「………なぜ名前を…?」

 

「この村では、あなたはもう有名人ですからねぇ…噂じゃ娘さんをお探しだとか。……確かに、こちらの城はあやしい雰囲気ですな」

 

「ああ、お前もな」

 

 つい吹き出しそうになる。

 紛う事なきド正論だ。

 

「私は商いをしているだけ。」

 

「……ここで?」

 

 

 男は不信感を隠そうともしていない。

 まあ、こんな魔女の鍋のようになっている村で、商売しようなんて正気の沙汰でもないから当然か。

 しかしここは男の信用を得なければならない。

 そうでなくては話が進まないではないか。

 話が進まなければ、皆は解放されない。

 解放されなければ…私もこの100年間待った意味もない。

 

 

 ハプスブルク家はこの地域…大した実入りも見込めないオスマンとの最前線…に誰かを配置しなければならなかった時、ドミトレスク家を『公爵』という貴族の最高位を餌に使って釣り上げた。

 無論、それは実態の伴う物ではなかったが、ドミトレスク家は表面上、公爵家であったのだ。

 私はオルチーナ様と養子縁組した…だから、私の新しい名前に使ったところで文句を言われることもないだろう。

 もう私はセバスティアン・アッペルフェルドではない。

 マザー・ミランダに囚われた時にその名の人物はこの世から消え去った。

 今の私の名前は………

 

 

 

「ああ申し遅れを。『デューク』と申します。いかがです?武器に弾薬、傷ぐすり…欲しい物は何でも、提供しましょう。」

 

 

 

 良き商人は自分の欲望を相手に悟らせないようにしておくものだ。

 だから私はこの言葉の続きを言わないでおく。

「代わりに、私にとって大切な人々を"解放"してください」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







今までこの駄文を読んでくださり誠に有難うございました!
皆様より沢山のご感想やご評価をいただき、本当に嬉しく思います。
最終話を最初に書いたから書き始めたので予想より早く終わりました。
感想欄ではとても鋭い方々がこの結末を予想されてたので「な、なぜ分かるんだ汗」と思ったり笑
感想・評価・お気に入り登録をして下さったのがとても励みになりました。
今まで本当にありがとうございました








尚、蛇足で没にしたコメディネタ的なのを書こうと思ってますので、お楽しみいただければ幸いです

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