『♪Welcome to ようこそ
今日もドッタンバッタン
そりゃあな。
私は目の前で繰り広げられる人形劇にドン引きしながらもそんな事を思う。
ハイゼンベルクの次に名前があったのは、あのドナ・ベネヴィエントだった。
毎回の事だが、正直彼女の家に行くのは気が引ける。
マザー・ミランダが彼女を実験台にしてからというもの、彼女の対人恐怖はまた悪化の道を辿ってしまった。
そして彼女の人格は変わり、あの庭師をもその手にかけてしまったのだ。
私は"セバスティアン"としてではなく、"デューク"として彼女に会うことにしている。
ありがたいことに、オルチーナ様を初めとする四貴族は私の正体を知っているもののドナには教えないようにしていた。
マザー・ミランダでさえ空気を読んでくれたらしく、ドナからは私に関する菌根の記録にアクセスできないようにしたらしい。
どうやったかは知らないが、少なくともドナは私の事を死んだと思っている。
ドナは"デューク"となった私とも、直に会ってくれていた。
ただそれはベールを挟んで、という話にはなってしまったが。
少々切ないが、それが今の私と彼女のためには最善のように思える。
それに私にとっても、これがせめてもの"ケジメ"のつもりだった。
しかしながら。
それにしてもドナもドナである。
子供向けにやる人形劇の新作……それもカドゥの力で人形達を遠隔操作しながら行うという新しい試みを盛り込んだ企画…を考えたから見ていって欲しいというのは正直嬉しい。
だけどもあまりにこう…血の気が多過ぎないか?
『♪ヴ〜〜ッ、ヴェェェイッ!
高らかに
喧嘩して
本当の
ほら、君も手を
ヴェイ↑ヴェイ↓ヴェイッ↑☆
Welcome to ようこそ血〝ャパリ
今日もドッタンバッタン
夕暮れの
"はじめまして"〜♪(
君のこともっと
目の前で繰り広げられる血まみれの歌と寸劇に私は寒気が止まらない。
寸劇を演じているのは、アンジーを主役に、その"お友達"の人形や、デフォルメされた四貴族とマザー・ミランダ、更にはよくわからないゴリラみたいな男と極めて一般的な成人男性の人形という個性豊かな人形達。
人形達全員でバトルロワイヤルを行うという、この世の末みたいな内容では、子供達が逃げ出す事間違いなしである。
人形達のセンターを陣取るアンジーが歌いきり、華麗にお辞儀をした。
周囲を囲むアンジーの"お友達"や他の人形は勝ち残ったアンジーによってポアされており、私は本当の意味で鳥肌が治らない。
何なんだ、この歌は!?
血〝ャパリ
そもそも遠隔操作とはいえ、コレを本当に村の子供達の前でやるつもりなのかお前ら!?
やめろ、やめてくれドナ!!
そんな「徹夜で考えた甲斐があったわ」みたいな雰囲気醸し出すな!!
控えめに言って戦慄モノだし、本当に悲しくなるからやめてくれい!!!
「………ね、ねぇ。どうかしら、デューク。村の子供達もきっと喜んでくれると思うのだけれど…」
「………うぅぅぅん、どうでしょうなぁ」
「…………(シュン)」
「あああああ!!いえ、とても素晴らしい人形劇ですなぁ!!このデューク、大変感銘を受けました!!子供達の喝采も間違いなしでしょう!!」
「………本当!?………うれしいっ///」
あーもーやだ、本当に可愛いよこの娘。
可愛いけど可愛いが故にサイコパス加減が際立ってるからヤバい。
そもそも村の子供達に人形劇をやるのはマザー・ミランダの誘拐の為であり、その人形劇…つまりは一定の集客が要求される…に、こんなマクベス並みの血みどろ劇をやろうっていう神経が本当に分からない。
どうしてこうなってしまったんだ、ドナ。
たしかに君の感性は昔から変わってるところがあった!
あったけれども何でこう、その感性がこうなる方向にベクトルが伸びてしまうかなぁ!?
「……"あの人"が生きていたら、こんな人形劇をもっと一緒に作れたのに………」
それはないぞ、ドナ。
悪いがそんなことは絶対に、ない。
いや、君と人形劇を作るのが嫌なんじゃない。
こんな悍ましい人形劇はシェイクスピアも作りたがらないんだよおっ!!!(泣)
「…………あ、そうだ、デューク。頼んでいた品は…持ってきてくれた?」
「ええ、はい。こちらがご注文いただいた茶葉にございます。」
「ちょっとおおおおッ!可愛いお人形ちゃんの注文は!?」
「ああ、これはアンジー様。ご注文の通り新しいウェディングドレスを見繕って参りました。」
私はドナとアンジーの両方に、それぞれから頼まれた品を手渡した。
マザー・ミランダの"施術"で唯一良いことがあったとすれば、ドナの唯一無二の親友であるアンジーに命が吹き込まれた事だろう。
もうアンジーはドナの腹話術がなくても喋ることができるし、移動することもできる。
孤独なドナにとっては唯一の会話相手ともいえ、私はアンジーがいるからこそ多少なりとも安心を得ることができた。
例え彼女が変わってしまっても、そこにアンジーがいてくれれば、何となく嬉しいのである。
少なくとも、彼女は私の"代わり"を得たのだから。
そう思いながらアンジーの方を見ていると、自然に笑みが溢れていたのか、彼女からこう言われた。
「何見てんのよ、エロ親父!」
「こらアンジー!デュークに向かってなんて事言うの!」
「だって、こんな可愛いお人形ちゃんが着替えようとしてるのを見てニヤニヤしてんだよ!?」
「おお、これは失礼。私はあちらを向いておりますので。」
アンジーから目を背けるために180度反対の方向を向く。
やっぱりドナは可愛らしい。
例え彼女が異形の怪物になって、人格まで変わってしまったとしても、ベールの奥から感じる彼女の可愛らしさはいつまで経っても変わらなかった。
「うっし、着替え終わったよおおお!どう?似合ってるでしょう〜!」
新しいウェディングドレスに身を包んだアンジーの声が聞こえて、私はようやっと振り返る。
そこには私がチェコで仕入れた人形用のドレスを着て上機嫌にクルクルと回るアンジーの姿があった。
ドナは新様式のドレスに身を包んだアンジーに拍手を送っている。
ああ、良かった。
彼女も喜んでくれたに違いない。
「……本当にありがとう、デューク。…そうだ!3人でお茶会するっていうのはどうかしら?」
「ほほぉ、それはありがたいお話ですな。お言葉に甘えましょう。」
ドナが私をお茶会用のテーブルに誘う。
私は椅子の耐久性が心配であったが、有難いことに椅子はどうにか持ち堪えてくれた。
テーブルを囲む他の椅子には、アンジーの"お友達"が何体か座っていて、その事もあってか、私の脳裏に"あの時の"光景がフラッシュバックする。
そう、オルチーナ様、シモン、ドナ、私、それにアンジーのいた、あのお茶会だ。
……ああ、ダメだ、ダメだ。
あの事はもう忘れてしまわないと。
今の彼女はかつての彼女じゃないし、セバスティアン・アッペルフェルドなんていう戦争帰りの運転手はもう死んだんだ。
あの暗くて冷たい洞窟で、怪物に食われて死んだ。
ここにいるのは"デューク"という1人の行商人に過ぎない。
「……デューク?…大丈夫?」
「ええ…ああ!はい、申し訳ありません、少しぼぅっとしてしまいました。」
「きっと疲れているのよ。さあ、お茶をどうぞ。お茶請けもあるから、もしよかったら…」
そう言ってドナは一杯のティーカップとお茶請けを差し出してくれるおいこらちょっと待て。
何だこの黒々しい饅頭は?
「それはね、私とアンジーで考えて作ったの。今度のお人形劇を見てくれた子供達に配る予定の、『血〝ャパリ饅頭』!」
いや、私の見る限り黒いカビに包まれた腐った饅頭なんだが。
頼むから本当にそろそろ正気に戻ってくれ、ドナ。
カビでこんな黒くなってる食べ物初めて見たよ。
もう過食部ほぼほぼ黒カビじゃん!
何なの、これ!
新手の健康保健食品か何か!?
「ん〝ん〝ん〝ッ!も、申し訳ありませんドナ様。私は先程昼食を摂ったばかりでして…」
「あっ…そうよね、ごめんなさい。私ったら、つい…」
「お気持ちはありがたくいただきますよ。…お茶の方はありがたくいただきましょう。」
「ええ。どうぞ召し上がって。」
ドナの淹れたお茶を啜ると、やっぱりどうしても"あの時"の事が脳裏をよぎってしまう。
それもそうか。
彼女の人格はかなり変わってしまったが、お茶の趣味は変わっちゃいない。
あの時彼女がシモンやオルチーナ様や私の前で早口に捲し立ててくれたこのお茶の銘柄を、私はちゃんと覚えている。
ドナの可愛らしい仕草も、声も、そして約束も。
理性が何と言おうと、私はその記憶を捨てる事はできないだろう。
対面を見ると、ドナがお茶を啜っている。
彼女はベールの一部を器用にめくって、こちら側からは口元しか見えないようにしていた。
しかし、その配慮にも関わらず、残酷な事に彼女の顔の左半分下の方が少しだけ私に露呈する。
そこには何かの腫瘍のような痕が見受けられ、そこで私は彼女が何故ベールを外さなくなったのか…その本当の理由を垣間見てしまったような気分になった。
…そんなもの、構うものか!
彼女は私のかつて知ったドナではないかもしれない。
けれど、彼女の顔に何があろうと、私にとってドナはドナなんだ。
戦争帰りの運転手なんぞを受け入れてくれた、大切な幼馴染。
叶う事なら、もう一度素顔で語り合いたい。
私は肥え太り、彼女の顔には腫瘍があろうと、お互いの中身は変わっていないかもしれないと期待してしまう。
ああ、本当にいけない。
だから彼女の家に来るのは気が引けるんだ。
ひょっとするとコレは幻覚か何かを見ているのかもしれない。
これ以上の長居は危険であると、私の直感が告げている。
「………さて、しがない行商人はここらでお暇させていただきましょう。ドナ様、美味しいお茶をありがとうございました。」
「……あ!待って、
お茶を飲み干して席を立ち、ドナにお礼を言いながら出ていこうとした時、彼女に呼び止められた。
…………ん?あれ?今………
「ほかに頼みたいものがあるの、デューク。…その迷惑でなければ、だけど…」
なんだ、気のせいか。
ベール越しにでも、まごついている彼女の表情が容易に見て取れるようだった。
本当の本当に、可愛らしい。
私はいつものように笑みを浮かべたが、それは作り笑いではなかった。
本心からの笑みを浮かべて、ドナの問いかけに答える。
「ええ、勿論!何なりとお申し付け下さい!」
…………………………………
「………本当に鈍いのね、あの男!アンタが本当にただの行商人なら、ドナが会うはずないでしょっての!………ドナ、いつまでこんな事続けるつもり?」
邸宅の窓辺に去りゆく行商人の後姿を見ながら、アンジーがドナに問いかける。
ドナは決してベールを外す事なく、しかし、その目は真っ直ぐ行商人に向けながら応えた。
「……こうするしかないの、アンジー。マザー・ミランダからも言われてるでしょう。…私達が元の関係に戻るのは許されない。」
「マザー・ミランダの言いつけが気になるなら、なんであんな人形劇作るのよ。あんなのじゃ子供達はマトモに集まらない。何言われても知らないからね!」
「…それでも良いわ。もうシモンの時のような間違いは犯したくないもの。」
「シモンは仕方なかったって、何度も言ってるでしょう!気づくのが遅過ぎた!だから、ああするしかなかったじゃない!」
「でも、子供達はそうじゃない。守れるなら…守ってあげたい。」
アンジーは呆れたように天を仰ぐ。
そんな彼女を両手で抱えながら、ドナは再びリビングへと向かう。
円いテーブルの周りに椅子を並べ、そこにアンジーとその"お友達"を座らせて。
行商人が持ってきてくれたお茶をもう一度淹れながら、ドナはアンジーに語りかける。
「………いつか、彼とは一緒になれる気がするの。でもそれは、きっとここでの話じゃない。もっと遠く離れた場所で…」
「ふぅぅぅん…」
アンジーはドナの言葉に"くだらない"と言わんばかりの態度を見せたが、内心は少し違うようだった。
「……その時には、私の事も忘れずに呼びなさいよね。ブーケはこの可愛いお人形ちゃんの物なんだから。」
「ふふふっ…ええ、そうねアンジー。ちゃんと受け取ってね。」
まだ見ぬ夢を語りながら、ドナは優しく微笑んだ。
ああああ!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!ちゃんと後でセバ×ドナさせますから殴らないで殴らないで殴らないで!!
冗談はさておき、ドナ邸の"お友達"も幻覚っぽいんですがドナ嬢を感染した後もやっぱり優しいドナ嬢にしたかったのでついやってしまいました申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません