ヴィレッジ 1919   作:ペニーボイス

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不意打ち

 

 

 

 

 

 

「正直言うとね、セバスティアン。ここに来るたびに不安になるの。」

 

 

 ベネヴィエント家の邸宅に向かう道中、助手席に座るオルチーナ様がそう切り出した。

 彼女は後部座席よりも助手席に座る事を好む。

 おかげで少しばかり窮屈そうではあるが、車からの眺めはそこが一番良いらしい。

 

 

「…………ドナの事ですか?」

 

「いいえ……今度こそ彼女の家の天井に大穴を開けちゃうんじゃないかって。」

 

 

 吹き出しそうになったのを必死で堪えた。

 だが鼻から息が漏れ出たようで、オルチーナ様は微笑みを浮かべる。

 

 

「今のは笑っていいのよ、セバスティアン」

 

「オルチーナ様、不意打ちは卑怯です。」

 

「ふふふふっ…まぁ、ドナの事を心配していないわけじゃないわ。特にご両親が死んでからは、私やヨーゼフと話す時以外は、あの人形(アンジー)を通じてしか話さなくなってしまった…」

 

「え?そんなに酷いのですか?」

 

「残念だけれど。…この前ドナを送ったそうね?」

 

「…申し訳ありません、つい放っておけず」

 

「セバスティアン。あなたなら、私がその事で怒ることはないと知っているでしょう。…別に構わないの。今回の招待も、その時のお礼だと言っていたわ。」

 

「なるほど、それで…」

 

「あなたと話せばきっと彼女も喜ぶ。もしかすると"症状"も良くなるかもしれない。」

 

「彼女の邸宅に行くのは久しぶりです。……正直に言うと、私も不安なんですよ。」

 

「どうして?」

 

「徴兵に応じたばかりに、アンジーに殺されるんじゃないかって。」

 

「あはは!セバスティアン、あなた!不意打ちは卑怯よ!」

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 ベネヴィエント家の邸宅に到着したのは、ちょうど午後3時前くらいだった。

 門の前では庭師のヨーゼフ・シモンが我々の到着を待っていて、ドイツ製の高級車が門前で止まると、この礼儀正しい老人は深々と頭を下げる。

 

 

「お待ちしておりました、オルチーナ様、セバスティアン様。ご足労をおかけしたご無礼をどうかお許しください。」

 

「気にしなくていいのよ、シモン。ドナの事は私たちが一番良く知っている…そうでしょう?」

 

「ええ、ええ、大変有難い限りです。セバスティアン様、お車は…」

 

「セバスティアン、で構いません。私にお気を使う必要はありませんよ。」

 

「……戦争で逞しくなられましたな。モローの坊やも活き活きとしているように見える。私も若い頃はオスマンとの戦争に」

 

「はいはい、シモン。露土戦争での武勇伝なら何度も聞いたわ。セバスティアンを案内してちょうだい。」

 

 

 シモンの案内で車を指定の場所に駐車し、私は再びオルチーナ様と合流して、3人でベネヴィエント家の門をくぐった。

 この門を潜るのもいつぶりだろう。

 出征を伝えに言った時、普段は決して外に出ないドナが私をここまで送ってくれた。

 シモンからは助言を受けたのを覚えている。

「あなたはまだお若い。戦争では恥や外聞など気にしてはなりません。何かあったら、必ず伏せなさい。そして、生きて帰るのです。」

 私が生きて帰ってこられたのはシモンのおかげでもある。

 この老人の助言の通りにして、何度助かったことか。

 モローの動向に注意していたこともあってか、私は危ない場面に遭遇しても生き延びる事ができた。

 

 

 3人で邸宅の中に入り、ドナの部屋へと向かう。

 やがてその部屋のドアが見えてくると、シモンが一歩先に出て、彼女の部屋のドアをノックした。

 

 

「ドナ様、オルチーナ様とセバスティアン様がお見えになりました。」

 

「……来てくれたのね!」

 

 

 部屋の奥から喜色を含んだ声と、バタバタという足音が聞こえる。

 次いでドアが勢い良く開き、ドアの近くに立っていたシモンを吹き飛ばしてしまった。

 老人は「ぶへらッ!?」とかいう絵に描いたような断末魔と共に転倒する。

 そちらに注意を取られていたからか、目の前から両腕を広げて迫ってくる人物の存在に気がつかない。

 

 

「セバスティアンッ…!」

 

 

 まあ、驚いた。

 オルチーナ様や私にもこんな不意打ちはできはしない。

 勿論突然抱きつかれたことに驚きもしたが、抱きついて来た人物を見て余計に驚く。

 それはドナで、彼女の対人恐怖症を考えれば私には思いもよらない行動だったのだ。

 彼女はいつも通り、喪服を思わせる黒い服に身を包んではいたものの、既にベールを外してその素顔をさらけ出していた。

 

 

「………ド、ドナッ」

 

「無事に帰って来てくれて…本当に良かった!」

 

 

 この衝撃的な行動には無論嬉しく思ったものの、現時点で気にかかるのは吹き飛ばされた老人である。

 シモンはもう、決して若くはない年齢だった。

 ところが彼の方を見ると、どうだろう。

 手を差し伸べるオルチーナ様と、差し伸べられるシモンは

「大丈夫、シモン?さぁ私の手をお取りになって?」

「あぁオルチーナ様!私めがもう少し若ければ」

 などと、熟年ラブロマンスを繰り広げている真っ最中である。

 すると私の視線に気がついたのか、ドナが大慌てでシモンの方へ駆け寄った。

 

 

「ああ!ごめんなさい…シモン!……つい興奮してしまって…」

 

「いえいえ、大丈夫です、この程度!オスマンに砲撃された時に比べれば大したことはありません。」

 

 

 そうは言いつつもシモンは鼻血をダラダラと流している。

 オルチーナ様がハンカチを取り出してその鼻血の処置をしようとする中、老人は健気にも勤めを果たさんとしていた。

 

 

「そ、それではお嬢様、私めはこの辺で」

 

「待って、シモン!……実はあなたの席も用意したの。…その………こんな機会もそうそうないから……」

 

 

 シモンはオルチーナ様からハンカチを受け取って鼻血を拭き取った。

 そして今鼻先を襲っているであろう激しい痛みにも関わらず、ここ数年でいつぶりかというような笑みを浮かべる。

 

 

「…………ええ、ドナ様。それでは、喜んでお言葉に甘えましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああもおおおおおおお心配したのよセバスティアン戦争に行くなんて言い出した時は気でも触れてしまったのかと思ったけれどあなたはあなたでちゃんと勤めを果たしたのねそれってとても素晴らしい事だと思うロシュやツェラーンは残念だったけれどあなたやモローが無事で良かったところで話は変わるのだけれどこのお茶はシモンに頼んでロンドンの有名なティーブティックから取り寄せたの少し変わった風味だけれど美味しいでしょうねぇアンジーもそう思わない『ヴェェェイ!(裏声)』ほらアンジーも美味しいってそういえばこの前面白い話を聞いたのだけれどポーランド人は家の電球を変えるのに1人が電球をもって99人が家を回すらしいのうふふふふふ面白い人たちねああそうだこの前教会で狼にでくわしたって本当私その話を聞いた時は生きた心地がしなかったわ大丈夫怪我はないそうだ怪我で思い出したのだけれど」

 

 

 

 お茶会のテーブル席に座るオルチーナ様とシモン、それに私は口をあんぐりと開けて微動だにできない。

 普段他の村人とアンジーを通じてしか話す事がなかったはずのドナは、ドイツ軍が使っていたマクシム機関銃を思わせるほどの饒舌っぷりを発揮している。

 私もあの機関銃には心底怯えていたが、あの手の兵器は連射しすぎると何らかの不具合を起こすことも知っていた。

 それはドナの場合も同じようで、彼女はやがて突如として話すのをやめ、次いで口をポカンと開けている我々を見回すと、焼きついた機関銃の銃身のように真っ赤な顔になり、顔を両手で覆い隠してこう言った。

 

 

「…………嫌……私、つい……」

 

(かわいい)

 

(かわいい)

 

(かわいい)

 

 

 これが何らかの評価会であれば、3者とも同じ回答の札を挙げていたに違いない。

 しかしながらオーバーヒートを起こしたドナをそのままにするわけにもいかないので、まずオルチーナ様が咳払いをして口を開いた。

 

 

「んっんんっ…あなたが元気そうで何よりよ、ドナ。そして、お茶会に招待してくれてありがとう。」

 

「…………こちらこそ…ありがとうございます。」

 

「…それじゃあ、あなたはセバスティアンと積もる話もあるでしょうから、私達"高齢者"は席を外させてもらいましょう。」

 

「………ええ、そうですな。ドナ様、美味しいお茶をありがとうございました。」

 

 

 オルチーナ様はそう言って、シモンと共に部屋から出て行ってしまった。

 気のせいかオルチーナ様はシモンに目配せをしたように見える。

 なんだろう、熟年ラブロマンスの続きでもやるのだろうか?

 そう思っていると、ドナの方から私に話しかけて来た。

 

 

「………ねえ、セバスティアン…私……あなたにまた会えて……とても嬉しいの。」

 

「私も嬉しいよ、ドナ。」

 

「こんな風に…ベールを挟まないで話せるのも………いつぶりかな?」

 

「出征以来…そうか、もう4年になる。…君は随分美しくなったね。」

 

 

 改めてドナの方を見ると、出征前も綺麗だった彼女の顔立ちは、4年の月日を経てより美しさを増しているように見えた。

 何と言えばいいだろうか?

 この4年間は彼女に、淑女たる女性としての気品を与えていた。

 ベールと月日を隔てたその先で、彼女は"可愛いお年頃の女の子"から、"品位ある大人の女性"へと変貌を遂げていたのだ。

 なんて素敵な女性だろう、私は心からそう思える。

 

 

「………っ…やめて、セバスティアン。……この4年間、ずっと…あなたの無事を祈ってた……勿論他の人の無事も祈っていたけれど………あなたは格別に…」

 

「そうか、ありがとう。とても…嬉しいよ。」

 

 

 それからしばらくの間、部屋には沈黙の時が流れる。

 お互いに何か語りかけることもなく、ただただ時計がチクタクチクタクと時を刻む。

 何か面白い話はないか…そうだこの前カサンドラにお披露目したパイロットの話でも。

 そう思った時、ドナの方から先に問いかけて来た。

 

 

「…………ねえ……もしも…だけど…」

 

「ああ」

 

「もしも………お互いに…その……一緒になれたら………」

 

 

 ドナの顔が可愛らしくはにかんでいる分、その問いかけは苦々しく感じられる。

 それは私にとってあまりにも甘い毒であったからだ。

 確かに彼女は魅力的だ。

 それは整った顔立ちに限った話ではない。

 私は幼い頃から、彼女の清らかな心と優しい性格に触れ合ってきた。

 毎日彼女の優しさに触れ、癒されることができれば…また、彼女を喜ばせ、笑顔にすることができればどれだけ幸せだろうか。

 でもそれは叶うことのない幻想でしかない。

 

 

「…ダメだ、ドナ。その気持ちは嬉しいけど、私は一介の使用人に過ぎない。君にはもっと相応しい相手がいるはずだ。」

 

 

 いつもの…いや、4年前の彼女なら、シュンとした顔になって、静かに「…そう」とだけ答えた事だろう。

 ところが今日の場合は異なり、ドナは意外な行動に出た。

 私の答えに食い下がって来たのだ。

 

 

「…………それなら!………もし…もしも、私たちの間に、立場の差がなかったら?」

 

 

 ドナにそう問われ、私はそのあまりに魅力的な妄想の虜となる。

 もし、彼女と私の間に何の障壁もなければ?

 その答えは勿論…………

 

 私は急に気恥ずかしくなり、テーブル越しに身を乗り出した。

 どうにか彼女の瞳に目を合わせ、そしてまっすぐ瞳を見据えて、絞り出すように、彼女の問に応える。

 

 

「………それなら………もちろんYESだよ」

 

 

 途端にドナの顔がポッと赤くなり、彼女はどこからかベールを取り出して、素早く顔を覆い隠してしまった。

 それと同じくらいのタイミングで、部屋の外から「オウッショア!」という雄叫びが聞こえたような気がしたが………

 

 

「……ドナ、何か飼ってるのか?」

 

「………」

 

「ドナ?」

 

「ワタシハカワイイアンジーチャンダヨ?」

 

 

 ドナは返事をせず、アンジーが代わりに返事をする。

 国宝級の腹話術がものの見事に崩壊しているあたり、彼女も相当照れくさかったのだろう。

 そういうところも、本当に可愛らしい。

 

 しばらくするとオルチーナ様とシモンが戻ってきて、お茶会はお開きとなる。

 ドナは最後まで、アンジーに全てを任せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの娘もそろそろ結婚を考えてもいい頃ね。」

 

 

 帰りの道中、オルチーナ様がそんな事を言い出した。

 もし彼女と一緒になれたなら。

 それは叶わぬ夢と知りながら、つい物思いに耽ってしまう。

 そのままでは事故を起こしてしまいかねないから、私はあくまでドナの問題として返答することにした。

 

 

「彼女の事です。きっといい相手と結ばれますよ。」

 

「………きっとそうね。…でも心配だわ。あの娘がまともに顔を合わせて話せるのは、私やシモン、それにあなただけ。」

 

「ええ。」

 

「会話のない結婚生活なんて地獄そのものよ。言っておくけど、私にユーモアのセンスがなかったら、ゲオルゲ・ドミトレスクの結婚生活は3週間がいいところだったでしょうね。」

 

「………はぁ」

 

「あなたなら…もし、あなたが彼女と結ばれてたら、とても良い結果になると思うけど?」

 

「ははっ。私は彼女とつり合いませんよ。ただの運転手ですから。」

 

「そう?…()()()()()()()()()()()()。」

 

 

 私は思わず急ブレーキをかけて車を停止させた。

 勿論こんな事をするなんて、運転手としては決して褒められたものではない。

 それでも私は予想外の不意打ちのために、真相を問わなくては気が済まなかった。

 

 

「どうして知ってるんです!?」

 

「…な、何のことかしら?」

 

「惚けないでください、オルチーナ様!何故あの事を知っているんです!?」

 

「その………あなたの言葉の節々…かしらね」

 

 

 オルチーナ様の目線は明らかに宙を泳いでいた。

 "やり手"の領主でも、この類いの話となると綻びを生じさせてしまうようだ。

 私はそのまま食い入るようにオルチーナ様に問いかける。

 

 

「さっきの会話で察したと!?…オルチーナ様、差し出がましいようですが、アッペルフェルド家の男はそれを信じるほど愚かではありません!」

 

「ああ!もう!分かったわよ!…白状します。私とシモンで、隣の部屋からそっと聞き耳を立ててたわ。」

 

「うぇっ!?いつからですか!?」

 

「最初から最後まで。私とシモンが席を外した時、不思議に思わなかったの?…熟年ラブロマンスでも楽しんでいると思った?」

 

 

 オルチーナ様とシモンが隣の部屋から聞き耳を立てている様子が容易に浮かんだ。

 2人とも愛のキューピッドのつもりだったに違いない。

 これを熟年ラブロマンスと呼ばずに何と呼ぶ!?

 

 

「シモンったら興奮しちゃって大変だったわ。『行け!今だ、若造!お前の想いの丈を伝えるんだ!……ああ!何でそうなる、この腰抜け!』って。」

 

 

 私は恥ずかしさのあまり、昼間のドナのように顔を両手で覆った。

 まさか全部"仕組まれていた"とは。

 

 

「………ねえ、セバスティアン。これは、その…あなたへの嫌がらせなんかじゃない。あなたにその気があるなら、どうかドナとは一緒になって欲しいの。」

 

「それは…私だってできることならそうしたいです。ですが、私は」

 

()()()使()()()?…セバスティアン、私はあなたを引き取って以来、そんな目であなたを見た事はないわ。」

 

「しかし…」

 

「ええ、そうね。()()()()は違う。でも、こういう話ならどうかしら。"オルチーナ・ドミトレスクはある日、当時15歳の少年を養子に取った"。」

 

「!?」

 

「実を言うとね、セバスティアン。必要ならいつでも養子縁組をできるように根回しをしてあるの。…もしあなたにその気がないのなら…或いは他に望む相手がいるのなら、私はあなたの想いを尊重したい。」

 

「………」

 

「私は自分の人生を自分で選べなかった。きっと娘たちもそうでしょう。…だから、あなたには好きな人生を選んで欲しいの。でも、もしあなたさえ良いのであれば、ドナと一緒になってあげて。彼女には家族が必要よ…それも、ちゃんと顔を合わせて話せる家族が。」

 

「…ドナは…彼女はよろしいんですか?…その…私を受け入れてくれますか?」

 

 

 今度はオルチーナ様が両手で顔を覆う番だった。

 彼女は呆れたように天を仰ぎ、ため息混じりに言葉をひり出す。

 

 

「信じられない!ほんっとうに!そういうところまでクリスティアンにソックリね!私が彼の背中を押さなかったら、あなたきっと産まれてないわよ!?」

 

「父が…?」

 

「ええ!そう!あなた達親子揃って鈍すぎるのよ!ドナはとっくの昔にあなたを受け入れてるわ!」

 

 

 

 

 

 今日は何度も不意打ちを食らったが、どれも不愉快なものではなかった。

 時にそれは福音であり、今日の私にとっては"夢が叶った瞬間"だった。

 




ドナ嬢のキャラをバベルの塔レベルで崩壊させましたすいません汗
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