小さな恋の歌   作:風鈴ちりん

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それはとても晴れた春の日のことです。

私は、公園のベンチでため息をついていました。

 

「はぅぅ」

 

午後のお空は快晴で、きらきらと輝いているのに、私の心はちっとも晴れていません。

曇り空です。

その理由は――練習しているピアノがちっとも上手に弾けないから。

今日も、朝からピアノ教室に行ってきた帰り。

同じ小学校の友達はみんなお外に遊びに行ったのに、私は一人で鍵盤をたたいていました。

きれいな音の出るピアノは好きだけど――指がうまく動かないんだもん。

ママは「もっと練習したら上手になるわ」っていうけど、ちっとも面白くない!

 

「あーぁ、朝からお友達と遊びたかったなぁ」

 

んーと伸びをしました。

その時です。

斜め向かいのベンチに座っているお兄ちゃんが目に入りました。

大学生ぐらいのお兄ちゃんは何かを熱心に読みふけっています。

あ。

あれって――。

私は思わず、目を凝らしました。

お兄ちゃんが読んでいるご本は、「春風スウィング」。

クラスの女の子の間でよく話題になっている少女漫画です。

大人の男の人でも少女漫画読むんだ。

ちょっぴり興味が出た私は、お兄ちゃんを観察します。

体つきが細くて、優しそうな顔立ち。

普段は大人の男の人って怖いなと思ってしまうのですが、そのお兄ちゃんからは怖いって感じませんでした。

 

「春風スウィング、読んでみたいなぁ」

 

思わずつぶやきます。

私のおうちは、ママが厳しく、漫画を買ってくれません。

そのうえ引っ込み思案な私は、友達に「貸して」っていう言葉がなかなか言い出せなくて。

そんなことを考えながらじっとお兄ちゃんの手の中の漫画を見ていると――

 

「ど、どうしたの?」

「え?」

 

お兄ちゃんに声を掛けられちゃいました!

ひゃわわわっ。

ど、どうしよう。

じっと見ていたから、怒ってるのかな?

こ、怖いよぉ。

思わず目を閉じてしまいます。

すると、お兄ちゃんがちっとも怒っていない声で言いました。

 

「ご、ごめん。驚かせちゃったかな。僕のことじっと見ていたから。何かあるのかなって」

 

あっ――。

やわらかい声に導かれて、そっと目を開けると、お兄ちゃんはちっとも怒った表情じゃありませんでした。

それどころか、私にじぃっとみられていて恥ずかしかったのかな?

少し照れたような表情です。

怖くない。

大人の男の人に、はっきりそう感じたのは初めてです。

私は、勇気を出して、言いました。

 

「あ、あの。お兄ちゃんが読んでる漫画……」

「あ、これ?」

「は、はい」

 

こくこくとうなづく私。

 

「君も好きなの? 面白いよね」

 

その言葉に、私は思わずうつむいてしまいます。

 

「あの、えっと、読んだこと、なくて」

「え、そうなの?」

「は、はい。クラスで、お友達が読んでて。私も読みたいなって。でも……」

「でも?」

「ママが、漫画は買ってくれないんです」

 

私は、また俯いちゃいました。

すると。

お兄ちゃんが私の前に漫画を差し出しました。

え?

きょとんとして見上げると、お兄ちゃんが言いました。

 

「よかったら、一緒に読む? 君さえよかったらだけど」

 

!!

どうしよう。

すごく嬉しいです。

男の人と一緒にご本を読むなんて、いつもの私だと、怖い~って逃げちゃってるはずだけど。

お兄ちゃんと一緒なら、怖くないって思いました。

 

「い、いいの?」

 

恐る恐る問いかけると、お兄ちゃんがうなづきました。

私は、ベンチを立ち上がりました。

斜めのベンチのお兄ちゃんの隣に――ぽすんっと腰掛けます。

わぁ。

お隣に座ると、お兄ちゃんの体が大きいって、すごく感じます。

ほかの大人の人よりも少し細いと思ったけど、それでも、やっぱり体が大きくて。

大人の人なんだって思うと、なんだかドキドキします。

 

「最初のページから読むよね?」

 

お兄ちゃんはそう言って、自分が読んでいたページを閉じて、最初のページを開いてくれました。

優しいなぁ。

そう思うと、もっと胸の奥が、ドキドキしてきました。

一巻を読み終えて、お兄ちゃんがご本を閉じると、もう夕方になっていました。

 

「あ、あの、お兄ちゃん、今日はありがとうございました」

 

ぺこりとお辞儀をします。

 

「漫画、面白かった?」

 

実は、お胸がドキドキして、内容があまり頭に入ってきませんでした。

でも、そのことをお兄ちゃんの言うのはなんだか恥ずかしくて。

 

「と、とても面白かったです」

 

私はそう答えます。

 

「よかった」

 

お兄ちゃんがにっこりと微笑みました。

その笑顔を見ると、またお胸がドキドキしてきます。

こ、こんなの、初めてです。

私、どうしちゃったのかな?

 

「じゃ、俺は帰るね」

「あっ」

 

お兄ちゃんが帰っちゃう。

もう、会えないかも――。

そう思うと、胸の奥がきゅぅんと痛みました。

 

「あ、あのっ」

 

自分でも気が付かないうちにお兄ちゃんのシャツの裾を握っていました。

 

「お、お兄ちゃんは、ほかの漫画も、持っていますか?」

 

思わず、そんなことを問いかけます。

 

「う、うん。漫画は好きだから」

「ま、また。ここで会って、い、一緒に読ませてもらえませんんか?」

 

じ、自分でも、そんな大胆なことを言うなんて信じられません。

でも、気が付いたら、そう言っていたんです。

言ってから恥ずかしくなって、私は赤くなったお顔を両手で隠しました。

ど、どうしよう。

変なこと言っちゃったかも。

わがままだって、怒られちゃうかも。

でも、お兄ちゃんはやっぱり、やさしい笑顔で。

 

「うん。いいよ」

 

そう言って、私の頭を撫でてくれました。

 

「漫画が大好きなんだね」

「ふわぁ……」

 

お兄ちゃんの大きな手。

頭を撫でられると、ぽわぽわってします。

 

「僕は近所の大学に通ってるんだけど、授業のない日はよくここで漫画読んでるから。えっと、君は……」

「な、なずなでしゅっ」

 

はう。

緊張して、舌をかんじゃった。

慌てて言い直します。

 

「あ、あの、今のは間違いで……。か、上原なずなって言います。え、えと、さくら小学校4年1組です」

「あはは。なずなちゃんか」

 

お兄ちゃんが、私の名前を呼んでくれました。

また、お胸がドキドキっとしてきて、ほっぺが熱くなります。

 

「僕は、洋一。北野洋一だよ」

 

お兄ちゃんのお名前、教えてもらっちゃいました!

 

「それじゃ、また一緒に漫画読もうね、なずなちゃん」

「は、はいっ」

 

お兄ちゃんが手を振って帰っていきました。

お兄ちゃんの後ろ姿が見えなくなるまで手を振っていた私は、お兄ちゃんが見えなくなると、そっとつぶやきます。

 

「洋一、お兄ちゃん」

 

ひゃぁぁぁぁ。

なにこれ、なにこれ。

お兄ちゃんの名前をつぶやくと、もっともっとお胸の奥がドキドキしてきたの。

私はその日、これまで感じたことのない不思議な気持ちでおうちに帰りました。

おうちに帰って、ベッドに寝ていると、お兄ちゃんのお顔が思い浮かんできて。

なんだか恥ずかしくて、枕にお顔をうずめて、足をパタパタってしちゃいました。

 

 

 

 

 

 

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