Girls Code×Boys Tone   作:瀬田

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#10:1・2・3(前/ガールズサイド)

「前に言ってた、ベースの子の話なんだけど」

「あー、牛込さんのことね。香澄と少し話をしてたんだけど、やっぱり理由は分からなくて」

 

 帰宅後、それぞれの洗濯物を畳んでいると、律夏がそう切り出した。話題は専ら花女での自分のバンドの話だけあって、自然と身体が律夏の方を向く。

 

「少し考えてみたんだ。なんだかうちの学校にはバンド関係者の兄弟姉妹が多い気がして、前に言った北沢とかと話をしてみた」

「ああ、恵さんだっけ?初めて写真見た時は女の子かと思ったよ」

「その他にもな。羽丘にベースをやっている妹がいる生徒会長とか、あと風紀委員の関係で氷川さんっていう花女の人と会ったんだ」

「氷川……あっ、そういえば香澄がギター没収されたときの!」

「やっぱりその子だったのか……」

 

 これは次の定例会議で謝っておかないと、と律夏が呟く。妹としては、思わぬ形で自分の交友関係と接点を持ち始めるきっかけとなったその偶然にただ驚きが残るばかりだが、生憎今はそれを深堀りしている暇はない。

 もはや気恥ずかしさなど欠片も持たず、兄と自分の下着を畳みながら、凪紗は「それで、なにか分かったの?」と訊いた。

 

「ああ。まず、その牛込さんにも兄弟姉妹がいるのか?」

「えーっと、確かグリグリ……私たちが前に見に行ったライブハウスで演奏してるバンドにお姉さんがいるって聞いたよ」

「なるほどな」

 

 りみの姉であるゆりがGlitter*Green、通称グリグリのメンバーであったことは、いつもの昼休みに集まったときにりみ本人が口にしたものだ。

 それを伝えると、律夏は腕を組んで深く頷く。どうやら、彼の中で納得したことがあるようだった。

 

「でも、それと今回の件は、なにか関係あるの?」

「まあ、兄弟姉妹には色々とあるんだよ」

 

 彼はそう前置きして話し始める。

 推測できる限りでは、りみがステージに立つにあたってその障害となる極度の緊張は、ゆりの、さらにいえばグリグリの演奏レベルの高さが原因である――りみにとって、すべてのライブの基準はゆり()にあるということらしい。

 

「生活を共にして、血が繋がっているからこその劣等感が根本にあるんだろうな。姉を理想であり、目標にするからこそ」

「そんなものかなあ。私は思わないけど」

「お前はイレギュラーなんだって。あと、異性なりに比較されにくいっていう点もある」

「確かに……なるほどなぁ」

 

 そうは言ったものの、発言通りに納得がいく訳でもない。

 劣等感とはなんなのだろうか、具体的に経験の少ない凪紗は、それを説明するだけの文章力があっても、そこに想像に足りるリアリティを描くことはできなかった。

 

「逆に、兄さんは感じたことあるの?ほら、私なんでもできるし」

「少しは自重を覚えろ。――さっき話した氷川さんとその辺りの事情が重なってくるんだが、まあ今より精神的に幼かったころはそう思うこともないことはなかった」

「いやあ、照れるなぁ。って、氷川先輩もなんだ」

「褒めてないぞ。そのことで一つ言っておきたいんだが、()()()()()、氷川さんに伝えたんだ」

「えっ……」

 

 多少はからかい半分で話をした自覚があった凪紗は、兄の発言を聞いて、冷や水を浴びせられた気分になった。

 今まで禁句となっていた()()()()について、兄が敢えて口にしたというのだ。

 浮かんでくるのは、疑問ばかり。

 

「な、なんで」

「俺な、指定校推薦を狙うために生徒会に入ったんだ。それで氷川さんとも仕事上のやり取りをしたんだが……どうしても、家の事情で参加できない活動が出てくると説明がつかなくなってくるから」

「っ、それって――」

 

 自分のせいではないか。

 その言葉が出る前に、律夏は静かに、しかし力強い語気で否定した。

 

「違う。大学に行くための手段について選択をしたのは俺だ。だから、その責任はすべて俺にある」

「でも、家事だって、私がやれば」

「今でも十分手伝ってもらってるだろ。これ以上やってバンドにも影響が出てきたら、折角出会えた友達と練習する時間が少なくなる」

「それくらい――!」

「それくらい?」

 

 声に疑念を滲ませた律夏の視線が鋭くなる。それに射竦められるように、凪紗は二の句を継げなくなった。

 もう何年も見ていない、厳しい表情だった。

 

「それくらいで済ませられるのか?ライブを見に行った日に感じたものは」

「た、確かにそうだけど……それじゃあ、兄さんはっ!」

 

 なんで、私だけ。

 ずっと思っていた。なぜ、凪紗(自分)だけが好きなことに挑戦できるのか――入学するまでは碌に夢を見ることすらできなかった自分が、家族のために水泳()を捨てることすら厭わなかった律夏を差し置いて。

 それを伝えると、律夏は瞑目して、わずかな沈黙ののち、ゆっくりと語りだした。

 

「……それは、お前が妹だからだよ」

「妹、だから?」

「俺が、一度は溺れかけていた劣等感から抜け出して、そして、今こうして行動している理由……全部、そうだ。お前が妹であり、守らないといけない大切な家族の一人だから。それを、()()()()()()()()()()――」

 

 ――父さんと、約束?

 

 最後に明かされたものに絶句する凪紗。それを尻目に、律夏はこのことを誰にも口外しないという条件で、氷川紗夜にも語ったとも言って加えた。

 律夏が忠実に守ろうとしているものは、その時からずっと変わらないということなのだろうか。

 

「言っとくが、そのせいで俺が好きなことも出来ずにいるなんて、それ、俺を見くびり過ぎだから。全部叶えてこそのお前の兄だろ?」

 

 そう言ってのけた律夏は不敵にも笑うのだ。そこに嘘はない――否、そう信じたいだけなのかもしれない――それでも、凪紗の心にひとつの疑いも残さないくらいに、はっきりと応えたのだ。 

 それに相対して、凪紗はつられるように吹き出してしまう。

 

「ふふ……それもそっか。私の()()()()()だもんね」

「おう。てか、お兄ちゃん呼びされたの久しぶりだな。もっかい頼む」

「……シスコン」

「ちょっと?その顔しまってもらえる?ほんとに怖いんだよ氷川さんといい」

 

 凪紗の豹変に慌てふためく律夏。余裕そうな笑みが頼もしくもあり、なんだか腹立たしくもあったので、それを見てざまーみろと内心で舌を出す。

 それでも。

 

 ――ありがとね。

 

 バンドを結成した時、この温かな感謝の気持ちを初めての音にのせて、律夏に届くように響かせたい。凪紗はそう決意したのだった。

 

 

     ♬

 

 

「それでね、二人でね、英語しゃべってね!」

「へえー……」

 

 昨日、丁度凪紗が兄と会話をしていたとき、夕暮れの公園でりみと話をしたことについて、香澄はランダムスターを弄りながらも、楽し気に話している。

 一方、それに対して有咲は例の鋏を片手に盆栽を弄りながら――トネガワといったか――興味なさげに()()()()()()()、無機質な返答で対応していた。

 

「バンドができないのも、ちゃんと分かって」

「あ、それ。牛込さんから聞いたんだ」

「うん。ステージでみんなに見られると緊張しちゃって、お姉ちゃん――ゆりさんみたいにカッコよくできないって言ってた」

「やっぱり……」

「やっぱり?」

 

 りみと直接の会話をしたのは、この蔵の中に集結したバンドメンバー(仮)の中ではほとんど香澄だけである。既にそのことを知っていたというような反応を見せた凪紗に、香澄は首を傾げて疑問を示した。

 

「兄さんに相談してみたんだけど、牛込さんのあがり症って、元はお姉さんと比べてしまう気持ちが原因なんじゃないかって」

「んー……どゆこと?」

「せめてお姉さんと同じくらいになるまでは、ステージなんか無理だって思っちゃうってこと」

「それ、お姉さんも同じだけ練習してんだから実質不可能じゃね?」

 

 鋭い一石を投じたのは有咲である。しかしながら、その手を止めてやはり話をしっかり聞いているあたり、彼女もひねくれていながらいじらしい。

 生温かい目線を差し向けると、「……なんだよ」と、僅かに紅潮した頬と睥睨で返された。

 

「有咲の言う通り、このままだと結局はバンドなんてやるつもりはない、ってことになっちゃうんだよね」

「でもでも!りみりん誘ってくれて嬉しかったって言ってた!」

「社交辞令なんじゃねーの?」

「シャコ―ジレー?」

「マジかよ……」

 

 たまに不安になるくらいの香澄の語彙力に、はじめは意地悪そうな笑みを浮かべた有咲もたちまちたじろいでしまう。

 そんなやりとりに苦笑しながら、凪紗は「まあ本当だとして、それならやりたいとは思ってるんじゃない?」と口を挟んだ。

 

「脈ありってこと?」

「説得は必要だろうけどね。でも、そのためには会って話をしないと」

「あっ、それなら日曜にグリグリのライブあるってりみりん言ってた!」

「ナイス香澄!それじゃあ、二人とも何時集合にする?」

「私も行く前提かよ!」

「えー、有咲行かないのー?」

「……行かないとは言ってない」

「有咲難しい!」

「有咲……」

 

 相変わらずの天邪鬼ぶりは有咲らしいといえばそれまでだが、もはや会話が成立しないくらいには否定から入るスタイルが板についているものだから、改善の兆しが見えないのである。

 それでも、確かに香澄によって変わったものはある。半ば不法侵入だったとはいえ、そのきっかけが有咲をどんな風に変えていくのか、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる名コンビを凪紗はほっこりとした気分で眺めていたのだった。

 

 

     ♬

 

 

 SPACEには、雨脚が強まってくる前に到着することが出来た。天気予報の言った通り、九州地方から東へ長い長い停滞前線――梅雨のような降雨帯ができあがっており、交通機関にも影響が出ているほどであった。

 有咲の家に前乗りして、数時間程早く来た甲斐があったものだ。

 

「沙綾ダメだって」

 

 香澄はスマートフォンの端末に視線を落とすと、ライブに誘っていた沙綾からの断りの通知を見てそう呟いた。

 

「休日は普通店忙しいでしょ」

「だよね~……」

 

 存外落ち込んでもいなかったのは、有咲の助言の通りであったからだ。雨とはいえ客足の増える土日にライブになど行っていられないというのが普通である。

 それも仕方ない、といったふうに頷いた凪紗は、ぽつ、ぽつと音を立てる傘の方を向いた。

 

「それにしても、この暗さ、なんか怖くなるくらいだね」 

 

 雨粒を落とす曇天は陽光を遮り、なんだか不吉なものを予感させるようだった。

 

 

 

 そして、ライブは始まった。

 サイリウムをぶんぶんと振り回す香澄は、相変わらずステージ上で繰り広げられるキラキラした演奏に目を輝かせながら、ときに有咲と凪紗を巻き込んで大はしゃぎだった。

 ため息をつく有咲に苦笑しながら、凪紗はきょろきょろと辺りを見渡す。光源(ステージ)から離れているので見えにくいが、まだあの子が来ていないのだ。

 

「牛込さんはどうしたんだろ?次、グリグリだよね」

「姉ちゃんのとこにでもいんじゃねーの?」

「うーん……」

 

 背伸びをして会場のあちこちを探る香澄だが、それでも見つからないらしい。

 余談だが、少しばかり身長の低い凪紗にはそれができないので、羨ましいと思っていたのは内緒である。

 さて、楽屋で姉のサポートをしているのならば、見つけられないのも当たり前かと思った矢先、大きな歓声が上がった――次のバンドが登場したのだ。

 

「あれ……」

 

 香澄が首を傾げる。ステージ上で勢いよく声を張り上げるのはボーカルの茶髪の女子、つまりゆりではなかったのだ。

 

「グリグリのメンバーじゃないね」

 

 疑問に気付いたのは香澄や凪紗だけではない。有咲、そして一部の聴衆も同様だ。そして、

 

「ね、ちょっと!グリグリが……!」

「マジで!?わかった、すぐ準備しよ!」

 

 ステージの進行を見に来ていた他のバンドのメンバーまでが、なにやら騒然として慌ただしく動き始めている。

 

「? なんかあったのか?」

「わ、わかんないけど……行ってみよう」

 

 香澄の提案に従うように、出口、そして楽屋へと走って向かう。

 窓には、灰色の空が大粒の水滴を叩き付け、雷鳴を轟かせているのだった。

 

 

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