Girls Code×Boys Tone   作:瀬田

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#14:(ボーイズサイド)

「兄さん、クライブに来ない?」

「は?」

 

 渾身のシーフードピラフについての感想がなく、少し落ち込んでいると、唐突にそんな質問が凪紗()から飛んできた。

 くらいぶ、とは果たしてどんな意味を示す単語なのだろうか。単語同士の繋がりを解析すれば、『来る』が語尾に接続されるので、場所、または行為を指すと考えられる。

 音から語義を判断してみようか。ライブ、という言葉に接頭辞の『く』が附属したものなのだろうか。そうすれば『く』は何かしらの意味を持つことになる。九、駆、苦……あまり想像のつくものではない。

 それならば、単語同士の発音が融合していると考えることは出来ないか。例えば、『くら』と『ライブ』のように──

 

「あ、有咲の家の蔵でライブをやるんだけどさ」

「……結構考えたんだぞ」

 

 バイト終わり、そこそこに身体を使役したので疲れが溜まっているなかではよく考えた方だと思う。それだけに、解答を導き出す前に答えられてしまったのは何故だか悔しい。

 スプーンに掬ったピラフを口に入れると、ニンニクがよく利いていて空きっ腹に染みるようだった。

 

「ごめんごめん。んで、そのクライブには色んな人を呼ぼうってことになって……香澄は妹の明日香(あすか)ちゃんでしょ、有咲はおばあちゃん、りみはお姉ちゃんのゆり先輩……あっ、あと沙綾が来るんだ」

「へえ。かなりの大所帯だな……待て、そこに(男一人)が行くのか?」

「なに? もしかして気にしてんの? 言っとくけど、ほとんど全員私の同級生でありクラスメイトなんだから、手を出したら──」

「気まずいって話だ。そんなつもりは断じてない」

 

 何が悲しくて妹の同級生に手を出さなければならないのか。第一、その方が気まずいことになってしまう。

 妹の警戒感マックスの目線を、「ライブするってことは、残りのメンバーが集まったのか?」と切り返すことでなんとか往なした。

 

「それがね、香澄と初めて行ったライブハウス(SPACE)で演奏するためにはオーディションが必要みたいで……そこでバイトしてるたえって子に審査してもらおうってことになって」

 まあ、正確には向こうからの挑戦状って感じなんだけど、と凪紗が付け加えて、一口食べた。

 

『SPACEは甘くない』──彼女はそう言い放ったらしい。

 

 聞いた話からまとめれば、動き始めたバンド活動での最初の関門、というところだろうか。件のライブハウスで働いているという子ならば、オーディションの厳しさをよく知っているのだから、まだまだ未熟な凪紗たちに試練を課した、と捉えられる。

 

「クライブの目的はむしろそこにあるってことか」

「そうそう。文化祭の予行演習にもなるし、折角だから、お客さんは多い方がいいかなって」

「なるほど……」

 

 一連の経緯は理解できる。まあ、この都内で蔵のある家に住むバンドメンバーの存在など気になる点は多々あるが、それはこの際些細なものであった。

 

「それじゃあ、蔵をお借りしてる以上なにかお礼のものを持っていくかな」

「あっ、だったら、ライブのあとに食べられるものでもいい? お昼ご飯食べに行こうって話してたんだけど、有咲のおばあちゃんが作ってくれるって聞いて、ちょっと申し訳なくなっちゃって」

「そうするか」

 

 バンド演奏ではエネルギーも使うだろうし、なにより凪紗たちは高校生の食べ盛りである。肉っ気の多いものの方が喜ばれそうだと思った。ついでになにか小洒落た一品でも加えておけば女子ウケもばっちりだろう。

 付け合わせのポテトサラダを頬張りながら考えていると、ふと、凪紗のスプーンがこちらの皿へそろり、そろりと近づいていることに気付く。

 その上に乗せられているものは、ピラフの具のマッシュルーム──

 

「こら、ちゃんと食え」

「いっ、いやあ、いつもバイトでお腹空いてるだろうから、いっぱい食べてもらおうと思って」

「マッシュルームだけプレゼントするな。ほれ」

 

 箸で一つずつ、既に運ばれていた贈り物を返却していく。ついでに大皿からマッシュルームをたっぷり乗せてさらなるピラフをお届けする。

 

「いやあああぁ! だからキノコは苦手なんだって言ってるでしょ!!」

「キノコじゃない、マッシュルームだ」

「同じじゃん!!」

 

 半狂乱の抗議を無視し、凪紗の取り皿にマッシュの大群が主菜のピラフを覆うように乗せていくのだった。

 

 

 ♬

 

 

「若葉くんってさ」

 

 執行部の部室へ向かう廊下、隣のひかりが不意に口を開いた。

 

「こっちに引っ越す前は何かやってたの?」

 

 引っ越しの原因──つまり父親を亡くしたという事実をひかりは知っている。だから、敢えてそちらに触れることを避けたのだろう。彼女の配慮が窺えた。

 

「水泳部でした。夏場は海で遠泳をしたり、結構活動の幅が広かったんです」

「へえー……それでこの筋肉ってわけだね?」

 

 名探偵風の口ぶりで、おそらく自身のそれと比べて二倍近くの太さはありそうな律夏の右腕を指さす。全盛期よりは衰えてしまってはいるが、それでも運動部所属としてのがっしりとした体格である。

 

「練習はハードでしたね。でも、長い距離を泳ぐには不向きだそうです」

 

 力こぶを作るように右腕を持ち上げると、学ランの上からでも分かるくらいに筋肉が隆起した。担任の左門ほどではないが、それでもひかりを驚かせるのには十分だった。

 

「すごいね~。私、筋肉フェチだからそういうの憧れちゃう。あ、でも自分の腕には要らないかな」

「まあそうでしょうね……でも、健康を保つために必要な運動量は守らないと」

「そうそう。もー二の腕なんかぷよぷよで……って、なに言わせんねん!」

 

 素人目にも下手糞な関西弁のツッコミが腹部に刺さる。今日も生徒会長はご機嫌で何よりだ。

 

「って、若葉くん、お腹も凄いじゃん! ちょっと力入れてみて!」

「早く教室行きませんか」

 

 躊躇なく腹回りを触られるのは、(色恋に枯れていても)思春期の男子ならではの羞恥心を煽ってくるのでご勘弁頂きたい。

 

「ちょっとだけ! 指先だけだから!」などと生徒会長としては不穏でしかない発言を受け流しながら進んでいくのだった。

 

 

 

「会長、そろそろ始めましょうよ」

 

 恵がそう促すも、ひかりは律夏の剛腕に興味津々であった。

 

「も、もうちょっと……うわ、マジですげえ……」

「口調が崩れていらっしゃる……そんなに距離が近いと、若葉が勘違いしちゃいますよ」

「え、そうなの?」

「ないです。が、離れて頂けると幸いです」

「ほら、若葉くんは大丈夫だって」

「離れて貰えます?」

 

 この距離の近さはどこかで経験したな、と思えば恵の妹であるはぐみのそれと似ている。

 三年男子の先輩方も、彼女とのコミュニケーションには悶々としたものを抱えているのだろうか。それにしても、一刻も早く離れて頂きたい。時折触れる肩越しに伝わってくるほのかな温もりや、特有の甘い香りは律夏の経験の外にあるもので、端的に言えばそれなりに恥ずかしいのだ。

 

「会長、彼氏さんとかいないんですか?」

「いないよー。だってひまりと会える時間が減るじゃん」

「あ、シスコンだ」

「シスコン副会長にだけは言われたくありませーん」

 

 んべっ、と舌を出すひかり。こんな話をできるあたり、生徒会内の雰囲気は悪くないのだろうが、生徒会長、および副会長揃ってシスコンとなれば、志哲高校の権威は地に堕ちるだろう。

 前にも考えたことがあるが、想像するだけで鳥肌が立つ。

 

「というか、若葉くんも妹ちゃんいるじゃん。どう? うちのひまりより可愛い?」

 

 ポケットからスマートフォンを取り出し、待ち受けにでかでかと表示される少女はひかりとよく似ている。髪型や(どこかとは言わないが)体格の違いからして、恐らくこの子が(ひまり)なのだろう。

 写真の中のひまりはギターらしき楽器を抱えており、もしかすれば凪紗と同じくバンドを組んでいるのかも知れないと思い至った。

 

「可愛い、とは思いますけど、妹さん、バンドやってるんですか?」

「そうそう! 幼馴染の子と一緒に組んでさ、時々ライブもやってるから見に行くんだけど、もーみんな可愛くて……!」

 

 恍惚の表情で滔々とその魅力を語り始めるひかり。おかげで離れてはもらえたが、別世界に行かれたのかもはやこちらに意識が戻ってくることはなかった。

 

「あれは当分帰ってこないよ。どうすんのさ若葉」

「まあ、会長はいつも議題整理が専らだし、俺たちだけでも話すか」

 

 くねくねと珍妙な動きをするひかりを冷めた目で見つめる恵。これに比べれば彼の妹愛など微笑ましいの範疇に収まるのだが、シスコンはシスコンである。

 今年度の花女文化祭に関する書類をファイルから取り出しながら、至って平静に会議を進めていくのであった。

 

 

 ♬

 

 

「シスコン……姉妹への偏愛、ということでしょうか」

「ええ。どうも志哲(うち)の生徒会にはその手の者が多くて」

 

 花女の文化祭まで一か月を切った。志哲高校では生徒会や一部役職に就く生徒を動員し、そのサポートにあたる。

 その筆頭である律夏は、会場巡回のための段取りの最終調整を紗夜と行っていた。

 

「そういえば、三人とも妹さんがいらっしゃいますね」

「まあ、俺はそういうのはないですけど」

「……」

「何か?」

 

 呆れた表情で見返されるので、思わず疑問が湧いてくる。妹との仲は悪くない。が、()()()()()()はない、というのが律夏の主張であった。

 それはともかくとして、聞いておきたい話が一つ。

 

「そういえば、妹さんとはどうですか」

「あなた方のように親密とまではいきませんが、それでも会話の機会が増えた気がします。……もっとも、今までは私が日菜を避けていたようなものなので」

 

 紗夜の自嘲は笑みをもたらすことなく、むしろ自責といったほうが適当であった。

 日菜──凪紗のように、多くの分野で才能を発揮し、紗夜の努力を軽々と飛び越えていく存在は、それに近く親しい関係にあるものを苦しめてきた。しかしながら、紗夜は自己に清廉であろうとするために、嫉妬や劣等を抱く自分を憎んでいる。

 

「話を聞く限りは無理もないと思いますが」

 

 実際、若葉家の兄妹事情も、何かのきっかけで()()なっていたのかも知れないと思うと、律夏自身も紗夜と似たような悩みを抱いていたのだろう。

 同性、同い年、そして双子──紗夜の境遇と心中を思うと胸が痛む。

 

「あなたは、劣等感から始まる努力があっても良いと言いました。たとえその言葉を私が受け入れたとしても、今の私が日菜に対して向けるべき感情ではない──そう思うのです。もっと努力を続けて、あの子と対等にならなければ」

 

 紗夜は、日菜に対して自分が対等ですらないと感じているらしい。そこまでの才能を持つ者が恐ろしいと思った。

 同時に、紗夜が何において日菜と比較されているのかが気にかかった。

 

「そういえば聞いてなかったんですが、対等、というのは何においてなんですか?」

「……すべて、というのが正直なところですが、敢えて挙げるならば、学業、そしてギター、です」

「ギター?」

 

 前者は措くとしても、後者の話は興味のある話である。ここ最近はギターやらライブやらという単語を耳にする機会が多いな、と思いながら訊いた。

 

「中学生時代や、高校の進学にあたって日菜とは常に成績で比較されてきました。両親も日菜の才能についてはよく理解しているので、引き合いに出すようなことはなかったのですが──」

「その配慮がむしろ苦しさを助長してしまった、というわけですか」

 

 紗夜は短く首肯し、それに代わるものとして、日菜と比較されないギター、ひいてはバンド活動を選択した、とも言った。

 

「諦めた訳ではありません。勉学も両立してこその活動ですから」

「なるほど」

 

 書類作成にはお決まりのブラックコーヒーを一口啜ると、苦味ばかりが残った。

 双子は生まれてからずっと比べられ続ける存在なのかもしれない。何かが違えば、それはどちらかが劣っているということなのだから。

 それは紗夜にとっていくら目を背けても変わらない残酷な真実であり、立ち向かい続ける強さを持ち併せる紗夜だからこそ、その苦しみが長く尾を引くのだろう。

 理由はあれど、その環境を途中で脱してしまった律夏には真の意味で彼女を理解することはできない。どんな慰めや同情も意味を成さないものだと悟って、せめてそれを見守るしかないのかも知れない。

 

「……俺にできることはないかもしれませんが、たまには休んでください。文化祭本番で倒れられたらきついですから」

「体調管理も風紀委員の職務の内ですから、心配いりません」

「仕事広いなぁ……」

 

 凛とした表情は彼女の魅力の一つなのだろう。だが、その裏側にある苦悩を、律夏は知っている。

 ならばそれを共有しておくくらいが、自分にできる精いっぱいなのではないかと、そんなふうに考えていた。

 

「……それでも、こうして話を聞いてくれる方がいるだけで、私は助けられていますよ」

「……そうですか」

 

 どうやら、考えていることを読まれてしまったらしい。いつになく柔和な笑みを向けられるのには慣れておらず、律夏はそう答えて仕事に移るのだった。

 

 

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