Girls Code×Boys Tone   作:瀬田

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#19:アンサイズニア(前/ボーイズサイド)

「若葉さん、これを」

「えっと……?」

 

 紗夜から手渡されたものは、赤色のネックストラップが付いた名札だった。ホルダーの中には自分の名と写真が入っている。

 

()()用の来校許可証です。今は風紀委員の私の許可の下で校内へ入れますが、当日の朝は先ほど通った事務室でこれを提示してください」

「なるほど……」

 

 当日、とは文化祭のことだろう。

 先日、学生証の控えを求められていたことの辻褄が合って、律夏は短く得心の呟きを漏らした。

 

 花女文化祭を間近に控えて、ひかりを筆頭とする志哲生徒会執行部も花咲川へ出頭する日が増え始めていた。両校の風紀委員である律夏と紗夜は、全体会議を早々に済ませると、廊下や体育館などの巡回ルートを確認しているのだった。

 

「これを周りに見える形で携行しない外部者は不法侵入、ということになります。風紀委員の仕事の一つは、巡回中にそうした者を発見した場合、責任者である私に連絡することです」

「了解です」

 

 花咲川学園は女子校であるので、そういったセキュリティの部分は抜かりなく対策をしている。それでもこうした形で生徒を派遣するのは、監視の目の網を広げるという目的があるのだろう。傍目では制服を着た一般の高校生に見えるので、警戒されにくいというわけだ。

 

「一方で、来校証を持っていても不審な行為、また当校生徒への悪質行為に及ぶ者への対処も同様です」

「事態に緊急性を伴う場合はどうですか?」

「よほどの緊急時でない限り通報を優先してください。危険性が高い場合も、身の安全を第一に」

 

 まるでそのような事態が起こる前提で話を進めているが、紗夜の危機意識が高すぎるので律夏が合わせているだけである。

 事実、その質問を待っていたと言わんばかりに紗夜が補足を次々と解説していくので、律夏はどこかほっとしているのだった。

 

「――地震等の災害が起こった場合のマニュアルも作成しています。読み込んでおいてください」

「……なるほど」

 

 

     ♬

 

 

「若葉さんの巡回ルートはここからです」

「確か地図がありましたよね……ええと」

 

 鞄から紗夜の作ったマニュアルが入っているファイルを取り出す。先ほどの細やかな対応についての表記に加え、校内の巡回ルートに関する地図まで完備している。

 読み進めていけば、律夏の巡回路は校舎東側――それぞれの階を下から昇っていき、そのまま渡り廊下を伝って北側の体育館上部の作業用通路へと延ばされていた。

 

「東側の校舎は高等部生徒のホームルームがあります。それぞれ一階が三年、二階が二年、三階が一年です。妹さん――凪紗さんの所属するクラスも通ることになりますね」

「そのあたりの配慮もあるんですか?」

「いえ、職務上の観点から。来年もこのように巡視の仕事をお願いすることもあると思うので、校内を覚えて頂こうかと」

「……なるほど」

 

 温情を期待していたわけではないが、存外に冷たい目線で返されたので肩を落として言った。

 実際のところ、凪紗のクラスへは巡回中でなく休憩時間に少しだけお邪魔すると、凪紗を通して香澄の熱烈な呼び込みに返答しているので、そのルート自体にあまり関係はない。

 そう結論付ける間にも、ずんずん進んでいくマイペースな上司(紗夜)を小走りで追うのだった。

 

「ここが三階です。奥に進むと渡り廊下が体育館に接続しています」

「体育館では何を?」

「主に発表系の催しですね。凪紗さんたちのバンドも、そこでの発表だったはずですよ」

「……配慮して頂いたんですか」

「違います」

 

 やはり手厳しい返答である。ともかく、これで彼女らの演奏を見逃すことはなさそうなので、()()に感謝しなければなるまい。

 

「第一、まだこちらのシフトが決まりきっていません。もし希望があるならそこで申し出てください」

「結局配慮して頂けるんですね」

「……勤務態度次第ではいくらでも調整できます。良くも悪くも」

「が、頑張ります」

 

 思わず敬礼をしてしまいそうになるくらいには、彼女の眼光は鋭かった。そんな自分の反応(怯え)を見て、紗夜がため息をつくまでが一通りの会話のルーティンである。

 

「まったく……その調子で()()妹さんとうまくやっていける若葉さんが羨ましく思います」

「羨ましがるなんて、氷川さんにしては珍しいですね」

「そうでしょうか」

「勝手な印象ですみません」

「……周りからは、そう見えているのでしょうか」

 

 今の季節が冬だったら、彼女の吐く息の広がりがよく分かっただろう。それくらい大きな嘆息は、彼女が直面し続ける問題に対しての懊悩を如実に示すものだった。

 

「例の問題ですか?」

「ええ、まあ。……この仕事が終わったら、少しお話してもいいでしょうか」

「大丈夫ですよ」

 

 苦笑する口元を隠してそれに応じると、紗夜にもそれが伝わっていたことに気が付いた。

 

 まったく同じ問題を共有しているというわけではない。事情が違えば、分かり合えないことも往々にしてある。それでも、わずかな繋がりがあれば、ともに進んでいくことはできる。

 

「助かります。……それでは、行きましょうか」

「ええ」

 

 先を歩く紗夜の揺れる翡翠色の髪が、落陽を弾くように輝く。

 その眩しさから目を離したとき、ふと壁に張られていたものに気付いた。

 

「これ……」

 

 鮮やかな配色で彩られた()()はおそらくフライヤーであろう、文化祭でのライブを告知するものだった。

 それが凪紗たちのものであることが分かったのは、でかでかと配置されている星に載せられたメンバーの名前――中心の香澄、そして鋭角の頂点にある凪紗、りみ、たえ、有咲、そして沙綾を見たからである。

 

「――ん?」

「どうかしましたか?」

 

 前を歩いていた紗夜が自分の声に振り向いて、不審な目をして問いかける。しかし、答えられなかった。なぜ、()()の名前が載っているのか、目の前の事実を現実と認められなかったからだ。

凪紗からは何も聞いていないのはともかく、()()()()がそんな簡単に解決できるとは思えない。

 

「……どうやら、問題があるのは若葉さんも同じようですね」

 

 すべてを察したような紗夜の表情に、律夏は小さく頷くしかないのであった。

 

 

     ♬

 

 

 紗夜にファーストフード店へ誘われるとは、思ってもみなかった。

 彼女や凪紗たちの行きつけとは違うようだが、家の方角にある都電駅近くのハンバーガーショップに入ると、いつも張り詰めた印象を与える彼女の表情がほのかに緩んだ気がした。

 

「……それで、何から話しましょうか」

 

 窓側の席に腰を下した紗夜はそう言った。トレーはコーラとフライドポテトを載せていて、彼女にはなんだかひどく不釣り合いに見えた。

 人の印象はなんとも主観的で身勝手なものだと、律夏は自分事ながら辟易していたのだった。

 ともかく、彼女の言葉に答えなければ。

 

「とりあえず、氷川さんのお話を伺いますよ」

「そうですか。……それでは」

 

 紗夜はポテトを一口齧ると、「厚切りというのもあるのね……これもなかなか」と零してから語り始める。

 

()()お話以来、悩みについて深く考えることが多くなりました。努力を欠いたつもりはありませんが、日菜はいつも、私の努力を軽々と飛び越していく」

「妹さんもギターを?」

「はい。最近はどうしてか受けることになったアイドルの選抜オーディションに合格して、そこでガールズバンドとしての活動を始めたらしく」

「……なんというか、規格外なんですね」

「あなたの妹さんもでしょう?」

 

お互いに嘆くように息を衝く。眉尻の下がった表情は、日頃強気な彼女にしては珍しく思われた。

 

「私もちょうど、バンドを組み始めたところなので、どうも比べられている気がして……」

「そうなんですね」

 

これには少し驚いた。初めて触れる話題だったことに加え、紗夜はソロギターだと思い込んでいたからだ。

 

「意外、でしょうか」

「顔に出てましたか」

 

苦笑しながら、ストローに口をつけてアイスコーヒーを吸い上げながらも考える。初めて会った紗夜に抱いた心象は、自己を高めるのに余念のない、孤高のギタリスト。

ひたむきといえば聞こえはいいが、きっとその演奏は、痛みを孕んでいる。

そんな風に、思っている。

 

「……まあいいでしょう」

 

仕方なしと紗夜はコーラを飲もうと、グラスを傾ける。

氷に炭酸の気泡がぶつかって、弾けるような音がする。それが大人びた紗夜の風格を大きく揺らがせてしまう。

きっとまだ、理解なんてできていないのだろう。等身大の彼女は、自分の思うよりもずっと遠くにいて、その大きさを見誤っていたのだ。

 

「私には、ギターしかなかった。それに気付いて、焦って――同じような境遇にある若葉さんの考えを知りたくなったんだと思い至ったんです」

 

紗夜はそう言った。それでも、彼女の期待するものに応えられる自信はなかった。

 

「……俺は氷川さんの演奏を何一つ知らないんです。なんなら、ギターのことだって 何一つ分からない」

 

紗夜と、その妹の距離を音楽で計るのなら、彼女らのバンドもまた、同様である。だからこそ、彼女の至る立場に踏み入れることができないのだ。

 

「似たような境遇にあるとはいえ、私たちは随分違っていたということです……だからこそ」

「?」

 

紗夜は言葉の続きを口にする代わりに、自らの携帯端末の画面を見せてきた。

画面には、紗夜を含めた五人の少女が、それぞれの楽器の前に立ち、カウントを合わせていた。

 

「――聞いて、知ってほしいのです。私たちの音を」

 

 

     ♬

 

 

演奏は圧巻の一言に尽きる。

まだオリジナル曲はないが、どのパートも個性を失うことなく、鮮烈な色彩を放ち続けていた。

素人目にもレベルの高い演奏のなかで、スポットライトに照らし出される紗夜のギターがひとり妖しげに光り、叫ぶ――

 

「……すげぇ」

 

紗夜の前では抑えていた高校生(年相応)の口調が漏れ出すのを自覚して、しかしそれでも直そうとも思えないほどに、律夏はその世界に引き込まれた。

中央でマイクを握る灰色の髪をした少女が、こちらに訴えかけるような強い情動を歌声に乗せて手を伸ばす。

その姿、その音楽はまさに艶麗と呼ぶ類のものだった。

 

「先日のライブの録画なのですが……どうでしょうか」

「高校生のレベルを超えてますよ。完成度が()()()と違いすぎる」

「ありがとうございます。……ただ、最後はある意味当然ではないでしょうか。経歴も違うのですし」

 

頷く。紗夜の言葉は律夏としても理解できるもので、比較対象として凪紗たちの演奏は相応しくないということ

だろう。

 

「完成度でいえば、もちろん。ただ――」

 

それなら、何故比べてしまったのだろうか。どこに差異を見出したのか。

紗夜の端末が映すライブの中で、その答えを探そうと、視線を左右に動かし続けて、気が付いた。

それはある意味、予想した通りのものだった。

 

「あの子たちと、表情が違うような気がして」

「表情?」

「ええ」

 

コーヒーの肴《あて》にポテトは合わない。

思わず顔をしかめた律夏に、ますます不思議そうな様相を深めた紗夜だった。

 

「……なんというか、演奏のハイレベルさに追われているような、そんな感じがします」

 

サビの盛り上がり、演奏が一気に加熱、加速するその瞬間を止めて彼女に傾ける。

ドラム、キーボード、そしてベースの三人を中心に、ある種の苦痛すらをも思わせる面持ちが見てとれた。

 

「ここは何度も練習を積んだフレーズです。本番の緊張もあったのではないでしょうか」

「ええ。だから個人のミスが許されない。そのあまり、誰もが他のメンバーの音を聞く余裕がなくなっているんじゃないでしょうか」

 

改めて、その数秒前から再生してみる。

やはりメロディ自体の完成度は高い。練習の賜物なのだろうが、そこに凪紗たちのような表情はなかった。

 

「凪紗さんたちには、それがないと?」

「さっきも言った通り、演奏自体を比較することは難しいと思います。……だからこそ、難度の高い演奏での違いが目立つように感じる」

 

ポテトを摘む手を止めていた紗夜の反問に頷きつつ、そう答える。

 

「あの子たちはまだ、個人的な技術に関して氷川さんたちに遠く及ばないでしょう。それでも、なにか音楽に対する信念のようなものを、ひとつに共有している気がするんです」

「信念の共有……」

 

混じりけのない赤銅色の液体に目を落とすと、透き通った光が乱反射していた。

一直線を描く光の軌跡は、それぞれが交じり合うことなく、大きな氷塊にぶつかって、その(ことごと)くが砕けていく。

それをじっと見つめていた。

 

「……少し、心当たりがあります。全員の演奏がひとつの音楽に集約されていく感覚――見えない力に引っ張られるみたいに」

「バンドとしての完成は、その延長上にあるものではないでしょうか?」

 

氷が溶けていき、からんと音を立ててその形を崩す。

 

知識も根拠もない律夏の仮説を、しかしながら、紗夜は神妙な面持ちを隠さず露わにしながら聞き入っていた。感覚的な問題なので、言語化して理解するのは難しいのだろう。

 

「他人の音を聞く、というのは演奏の一環として行う目的以上に、音を通して他人(メンバー)を知ることができる、という意義が大きいと思うんです」

「他人を知る、ですか?」

「ええ。バンドとしての目標は別にして、個人が音楽に向ける思いはそれぞれ違うものでしょう。思いの方向といい、熱量といい」

「バンド活動に私情を持ち込むということですか?」

「それはバンドの方針によって違って良いのではないでしょうか。凪紗()たちは、学校生活を共にしているので、そもそも結成理由が私情でしょうけど」

 

つい先ほどといい、自分の言葉に眉を顰めているこの瞬間といい、紗夜は心の揺れ動きが顔に出やすいのだろうか。

彼女の所属するバンドには、こうしたスタイルは馴染まないらしい。

 

「バンドごとの考えには否定しません。ですが、私たちの――Roseliaの活動に、私情は要らないと考えています」

「では、バンドの目的は?」

「頂点に立つこと――妥協のない、完璧なバンドを組んでこそ、達成できる目標です」

「なるほど」

 

力強い紗夜の言説を、律夏は否定することはなかった。むしろ共感さえしていたのだ。純度の高い、固い意志を秘める彼女の瞳に。

だからこそ、その弱さを知っていた。

 

「それなら、氷川さん個人の考えはどうでしょうか。音楽を続ける私情と言い換えてもいいかもしれません」

「それは……っ」

 

紗夜のことをずっとソロだと思っていたその根拠は、先ほど垣間見た演奏技量よりも、彼女を構成する精神的な側面の方が大きい。

一つの技術や分野を極められる人間はそう多くない。大抵は社交性や人間関係の構築と引き換えに、妥協のもとにその個性を失っていくことがほとんどだろう。

そういう人々には、あどけなさ、幼さとして映ることもある。子供らしいと切り捨てられることもあるかもしれない。

それでも諦めきれない気持ちを、その純情を律夏は知っている。

 

「……私が、音楽を続ける動機には、必ず日菜の問題がついて回る……そういうことでしょうか」

「ええ」

 

紗夜はバンド活動に私情を持ち込むことを非効率、不純なものと捉えているようだが、これに些か疑念を抱く。

どんなギタリストもバンドのためだけに生まれたわけではないだろう。音楽に触れる理由だって、それに限った話ではない――律夏は言外にそれを伝えようと、ゆっくりと噛み締めるように首肯した。

 

「演奏者は単なるバンドの部品ではない、と言えばいいでしょうか。それぞれの事情がパフォーマンスに影響することもあるだろうし、考え方が対立することもある」

()()()()()とは、ある意味メンバーの私情を知って、音楽に対する姿勢を理解する――結果的に、それがバンドの目的を達成することに繋がるということですね」

「その通りです」

 

相変わらず飲み込みが早い紗夜は、一を聞いて十を知る理解力が備わっている。日菜という彼女の妹はこれ以上だと考えると末恐ろしくなった。

 

「私情を持ち込むとそうしないのとにかかわらず、他人の音を聞くことで、その人を理解できるかもしれない――他人に自分を理解してもらえるかもしれないのではないでしょうか」

「……私は、別に理解してもらおうと思っているわけでは」

「もちろん、氷川さん個人にとってそれが必要かどうかは別の問題です。けれど、バンドが頂点に立つためには必要なことです、きっと」

「そう……ですね」

 

一先ず彼女の理解を得た、ということだろうか。ガーリックの香るフライドポテトに再び指を伸ばしたのを一瞥して、律夏は内心で胸を撫でおろしたのだった。

 

「それにしても、ここのポテト旨いですね。味の種類も多いし」

「! そ、そうですね。系列店の中では珍しいメニュー展開を行っているようで、特にサイドメニューのバリエーションに力を入れているらしいです」

「へえ……」

 

いつになく饒舌になった紗夜に目を見開く。

恐らく好物なのだろう。機嫌を損ねたときは供物として献上しようと心に決めて、続く話に耳を傾けるのであった。

 

 

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