私生活も来年からは落ち着いてくる見込みですので、今回のように大規模に空くことはないかと思われます。
あと、定期投稿ですが月曜0:00に固定したいと思います。紹介欄のメッセージも変更しておきますね。
日が暮れ、涙も枯れて、星々が瞬いて、今度は朝がやってきた。
「ふあ……あ」
凪紗は朝に弱かった。欠伸をして大開きになった口の形そのままに、ふと家の静寂に気が付く。
「そうだ、兄さんはもう出ちゃってるんだった」
律夏《兄》は既に起きたあと、一通りのことを済ませて家を出ている──やまぶきベーカリーでのアルバイトのためだ。
“先に出てます。朝ごはん、しっかり食べていくように”
筆圧の濃い字でそう書いてある。それが声になって、心の奥で鳴り響く。
隣には弁当と朝食の食器が並べられていて、触れると少し温くなっていた──握る拳に、きゅっと力が入るのが分かった。
☆
「おはよー」
「あっ、凪紗!」
クラスの面々と挨拶を交わす。今日は文化祭の準備を行う日なので、それぞれが独特の期待感というか、これから始まる「祭」特有の高揚感が教室に満ち溢れていた。
その中で一際の輝きを放っていた香澄の呼びかけに振り向くと、彼女の膝の上で抱き留められる
「……何してるの?」
「えっと.」
香澄の満足そうな笑みとは対照的に、気まずく言葉を途切れさせるのはやはり沙綾だった。
「だって、ほっといたらさーや、どこかに行っちゃいそうなんだもん」
「い、行かないって……」
頬を擦りつける香澄を受け入れつつも身体を引き離そうとする彼女は、傍にいたりみやたえ、有咲の視線に晒されて顔を朱に染めながら身じろぎする。
──その光景に、凪紗は笑みを零すのを堪えきれなかった。
「……んふっ、ふふふっ……!」
「な、なに?」
「ううん、何でもない──」
心の底から、嬉しいって思ってね。
なんだかそれを伝えるのにとんでもなく恥ずかしくなって、照れ笑いが止まらない。
顔を上げると、そこには五人の女の子がいる──五人とも、かけがえのない、大切なメンバーたち。凪紗にとって、それはもう二度と巡り合えないような、そんな奇跡だった。
彼女らと目を合わせ、心を通わせる。りみが微笑み、たえが頷き、有咲がそっぽを向いて髪をいじる。そして、沙綾を抱きしめる手を解いた香澄が立ち上がる。
「はじめよう。私たちのバンド活動」
「うん! 私たち──《Poppin’ Party》の音楽を!」
凪紗たちの紡ぐ物語が、いま、ここにはじまった。
六人の掌とその声が重なって、その思いが弾ける──ドキドキと、キラキラがその瞬間に溢れていた。
♬
「ライブまであと一週間! いえーい!」
体育館の舞台の上で、香澄はそう叫んだ。相棒のランダムスターも一緒に、その叫びを弦の震えに乗せる。
香澄のいう通り、文化祭の本番はわずかに一週間──十日を切って、学校のいたるところで飾り付けや備品の配置が行われていた。
体育館もそのうちの一カ所で、香澄の背後にはスピーカーやドラムが置かれている。《Poppin’ Party》だけでなく、他のバンド演奏にも使用するのだろう。
「やべー、どうしよう」
「緊張してきちゃった.」
「人、人、人.飲む?」
「あはは、おたえってば」
相変わらずのマイペースぶりを見せるたえを除いて、やはりメンバーは緊張しているようだった。沙綾も経験者とはいえブランクがあるので、リズムを引っ張るキーマンとしての役割には不安があるらしい。
それでも、そんな心配は練習で解消しようと香澄は言う。
「練習は確かに大事だけど、歌う曲が完成してないだろ」
「うぐっ……うわーん!! 凪紗、有咲がいじめるよぉー!」
「残念ながら擁護できないんだよねぇ」
夏の足音の聞こえる6月の昼間、抱きついてくる香澄の熱が苦しい。
それもあって、肩を掴んで彼女を引き離すと、「見放されたぁー!」と大泣きする。
「見放すっていうか、このままだとまずくない?」
「
そう言って、たえは同じく担いできていたギターを掻き鳴らす──中庭で見せた、あの旋律を曲の形にしたのだ。
「わあ……!」と表情に輝きが宿ったりみは、いつも通り可愛らしくてこちらも笑顔になってしまうが。
「ほら、香澄も急がないと。今、どこまでできてるの?」
「え、えっとお……」
差し出したノートを、有咲とともに覗き込む。
「なんだ、けっこーできてるじゃん。これなら……」
「ち、違うよ有咲。これ、全部の行にキラキラとドキドキが入ってる」
忘れていた。香澄の語彙力は壊滅的──もとい純粋だった。だから、言葉に困ったら例のワードセンスが復活する。
「……」
「有咲でもツッコミを放棄するときがあるんだね」
怒りを通り越して虚無に陥った有咲──いわゆるキャパオーバーというやつだろうか。
正気へ戻すのは後にするとして、この歌詞には修正が必要だろう。
彼女の気持ちをしっかり言語化する──その役割にうってつけなメンバーが、ここには揃っている。
「よし、今日はお泊まりしよう」
「!? 急すぎだろ!」
「有咲が復活した」
そういうたえも、凪紗の発言には少し驚いたようだった。ぽかんとしたりみや沙綾、目を光らせる香澄に、凪紗は続ける。
「練習と、香澄語の翻訳作業が必要だからね」
♬
「ただいまー」
そう言いながら裏の玄関を通っていく沙綾のあとについていく。もちろん、「お邪魔します」は忘れない。
凪紗の提案は突飛なものであったので、アルバイトのあるたえや、姉のゆりと約束事があるりみ、そして謎の貞操を主張した有咲は来ていない。それでも、香澄はその提案に全力で乗ってくれたし、沙綾は快く「ウチでやろうよ」と言ってくれた。
彼女なりに、思うことがあったのかもしれない──それにしても、ここのところ連日山吹家を訪れているが、裏手から上がるのは初めてだ。
「あっ、おねえちゃん! おかえり」
「ただいま、沙南」
「さーなんただいまー!」
玄関へ迎えたのは沙南だった。凪紗は、香澄に続いて彼女にただいまを言うと、少しびっくりした様子であることが見て取れた。
「どしたの? さーなん」
「ただいまとか言うからびっくりしたんだよ。ごめんね、沙南ちゃん」
香澄のキラキラにあてられたことを反省しながらしゃがんで言うと、しかし沙南はそんなことを気にしているわけではなかった。
「おにーちゃんもいるし、おねーちゃんたちもきちゃった」
「?」
「ああー……凪紗、もしかして律夏さんのことじゃない?」
珍しく回転を止めた脳が、沙綾の助けによって再び動き出す。
兄のシフトは通学前の朝か、学校終わりの夕方なので、今はベーカリーで作業をしているはずだ。アルバイトの件は沙南にも伝えているから、その流れで凪紗や香澄も同じくアルバイトとしてやってきたと思ったのだろう。
「なるほどね」
「ごめんねさーなん、私たちはバイトじゃないんだ」
「そうなの?」
「うん。今日は沙南ちゃんのおうちにお邪魔して、お泊まりさせてもらおうと思ってるんだ」
「ほんと!?」
つまりは家に誰かが訪れるのが沙南にとっては嬉しいようだ。香澄に負けない笑顔が光って、凪紗まで嬉しくなってしまう。
「うん、ほんとだよ」と頷くと、膨れ上がった期待が爆発するように、彼女はぴょんぴょんと飛び跳ねるのだった。
☆
「うーむ……とても初心者とは思えないな」
普段の若葉家ではありえない人数が囲む食卓では、色とりどりのご馳走が並べられている。
垂涎の香澄に苦笑しつつ、沙綾の父を唸らせる理由について、凪紗は大方の予想がついていた。
「あら、あなたバゲットなんて作ってたの?」
「いや……これ、律夏くんが作ってくれたんだ。料理を含めてね」
「まあ……!」
驚きに口元を手のひらで覆った千紘。香澄と沙綾も、「まさかここまでとは」という表情だ。
それにしても、これは気合が入り過ぎではないだろうかと思わず苦笑が漏れる。
「凪紗がお世話になるということで、そのお礼になればいいんですが」
そう言いながら、キッチンから出てきた彼がミトン越しに運んでいたものはグラタンだった。そのあとをついてくる純は瞳を輝かせており、すっかり彼に懐いてしまっているようである。
「お礼なんていいのよ。それこそ、純たちも沙綾もお世話になっているわけだし……ねえ、お父さん?」
「ああ。それに、店の方も。まだ一日目だっていうのに、ここまで店の仕事を任せられるなんて思っていなかった。本当に助かっているよ」
「お役に立てたようでよかったです」
安心からか、僅かに微笑んだ律夏は、普段の無表情からすれば珍しいといえた。
凪紗としても、それに喜ばしさと誇らしさを覚えるのと同時に、新しい生活が始まることに対する覚悟が生まれていた──それは、彼の時間を自分の時間に投資している事実に強く結びついている。
ふと、隣を覗き見る。そこには、多分似たような表情をしている沙綾の姿があって、互いの瞳の中に映る自分の姿に頷きあうのだった。
「あの、律夏さん。少しだけいいですか」
彼女はそう声を上げた。視線をこちらに向けた律夏は、その先を知ってか知らずか、「話なら、食事しながらどうかな」とだけ返したのだった。
沙綾が決意を秘めた面持ちで告げたことは、おおむね先日の凪紗の思いと同じだった。
もともと、この春から始まった凪紗(たち)の高校生活を支えるべく、律夏は行動している。それまでの生活があっけなく崩れ去って、追い続けていた夢が儚く消えていく瞬間がどれだけ恐ろしいものか、夢の大きさと尊さを知った今では分かるから、彼の苦しみが、沙綾にも、そして香澄にも伝わっているようだった。
どれだけの痛みを伴うか、凪紗は、たぶん香澄も知らない。だから、沙綾にしか言えない「ありがとう」だった。
「本当に、ありがとうございます」
「気にしないで──っていうのも無理があるかな」
苦笑した律夏は、敢えて頭を下げる沙綾を止めはしなかった。その代わりに、言葉を続ける。
「正直、この提案をするとき、不安だったんだ。実現するかという可能性以上に、家族を守る選択をした沙綾ちゃんの思いを無視してしまうんじゃないか」
沙綾の思いは、まさに律夏の思いでもあった。
やりたいことや、憧れた世界がある──それとは裏腹に、守りたいものがあった。だから、思いに目を瞑ってでも、変わらなければならなかった。
「それでもこうすることを決めたのは、兄として凪紗を支えてやらないといけないと思ったことが大きい。ただ、それは凪紗が沙綾ちゃんや香澄ちゃんたちをバンドメンバーとして選んだからだ。隣に立ってくれる友達を凪紗はずっと探していて──そういう意味では、俺の方こそ、二人にありがとうって言わないといけないよ」
「顔を上げて」と、料理をよそった皿を渡しながら律夏は微笑みかける。自然と、沙綾の眦がわずかに潤んだ。
それはかつての彼女から見ることができなかった、色づいた感情そのものであることを思って、
──ああ、やっぱりこうしてよかった。
凪紗は、その決意が意味を成したことを確信したのだった。
「……さあ、お話もこれくらいにして、頂きましょう?」
「そうだな。いただきます」
「「いただきまーす!!」」
手を合わせた
湿っぽい話題とは真逆の明るさがなんだか可笑しくて、お互いを見つめた凪紗たちは笑ってしまった。
「ね、私たちも」
「うんっ!」
「「「いただきます!」」」
料理はもちろん美味しくて、それでもこれから始まっていくバンド活動と、隣に立つ彼女たちの姿が現実になったことに胸が高鳴ってしまう。
期待と希望、ついでに涙──これでは味が分かったものではないと、凪紗は心のなかで少しだけ兄に謝った。
♬
「ねー、凪紗」
「ん?」
食事が終わると、千紘から言われて一同は順番に入浴を済ませた。
沙南は香澄と一緒に、体格の小さい凪紗も沙綾と入って、髪を乾かしているときだった。
ちなみに、肩身の狭そうにしていた純は律夏に泊まっていって欲しいとすがっていたが、凪紗たちのことや、風紀委員の準備が残っているとやんわり断られてしまっていた。
「歌詞のことなんだけど」
「おっ、なんとなく決まってきた?」
「うん……」
喜ばしい話題のはずなのに、香澄はどこか神妙な面持ちだった。
いつもの星耳スタイルはどうやっているの、なんて茶化した言葉が喉まで出かかっていた凪紗は、慌ててそれを引っ込めたのだった。
「……もしかして、“キラキラドキドキ”の話?」
「えっ、なんでわかったの!?」
「いや、なんとなく」
苦笑交じりに答える。香澄が
「私ね、今すっごいドキドキしてる。みんなで歌って演奏したら、絶対キラキラすると思う。全部が楽しくて──それで」
その瞬間、凪紗は目を疑った。それまでの彼女が、まるで別人に映ったからだ。
瞳は銀河のような無限の輝きを湛えたまま、こちらをゆっくりと見据えてくる──ともすれば、圧倒されそうだった。
「私、いろんな人に支えてもらってるんだって気づいたの」
「! ……うん。そうだね」
いろんな人。それは誰のことだろうか。
凪紗にとっての律夏や、沙綾にとっての山吹家のひとたち、ゆりや万美、明日香かもしれないし、そして──
「最初は一人でワ―ってなってたけど、今はみんないるから。……有咲とりみりんがいて、おたえも凪紗も一緒で」
不意に言葉を途切れさせた香澄が振り向く先は、まさに今、部屋の扉を開けたばかりの沙綾だった。
「さーやも、ここにいるから」
「うん」
頷き合って、笑みがこぼれる。心臓の刻む確かな律動が、二人にも響き渡って一つになるようだった。
「私、この気持ちを歌詞にしてみたい。もう離さない、離したくないっていうくらい、ドキドキする気持ち」
「手伝うよ。私たちの気持ち、私たちの言葉で伝えたいから」
あと一週間で、今日立った壇上がステージに変わる。
SPACEでグリグリが立ったものとは違うかもしれないけれど、それでも、たくさんの人が聴きにくる、光溢れるステージになる。
沙綾がベランダの窓を開け、夜闇に足を踏み入れる。
「……私、星みたいに輝く香澄たちを見て、思わず目を逸らしてたんだ。もう届かないものだって決めつけて––一人で辛くなって」
言葉とは裏腹に、バルコニーの縁に手をついて星空を真っ直ぐ見つめた彼女。後を追った香澄と一緒に手を包むと、その震えの大きさが伝わった。
「もう叶わないって、どこかで言い聞かせてた。家族のことを支えることの方が大切だからって……それは本当のことかもしれないけど、夢を見ることが怖くなってたんだ」
今となっては過去の自分の想いを反芻しているのか、苦々しさを噛み締めながら言った。
そんな彼女を、凪紗はどうしようもなく抱きしめたくなって──
「さーやっ」
「沙綾!」
気付けば、手のひらを重ねるに留まらなくなって、夢中でそうしていた。それは香澄も同じだった。
とくん、と、一つになった鼓動がたまらなく心を穏やかにしていく。溢れる温もりに浸りながら、沙綾の頬に流れた光芒が、夜空の星を映し出す姿を見た。
「星……きれいだね」
「うんっ。キラキラしてて、ドキドキする!」
「ふふっ、香澄はそればっかりじゃん」
くっつきあって、手を重ね合って笑い合う。その瞬間が愛おしく、尊いと感じられた。これから続く時間を、可能な限りこの気持ちで満たしていきたい──そう願った。
「……香澄、凪紗、ありがとう。二人が背中を押してくれたから、また前を向くことができたよ」
「ううん。説得してくれたのは凪紗だよ」
「私も、兄さんに協力してもらっているから」
「うん。確かにそうかも知れないけど、私にとっては入学式の日、クラス発表のときに出会ってくれたことに、“ありがとう”って言いたいの」
凪紗は思わず、はっとさせられた。
沙綾の言葉は、自分がずっと思い続けていたこととまったく同じだったからだ。それがたまらなく嬉しいものだったことは、言うまでもない。
「うわぁ!? ちょ、ちょっと凪紗……!?」
正面から抱きつく凪紗にうろたえる沙綾。それを見て、「あーっ! 私も私も!」と続く香澄。
湿気を帯び始めた夜風では、その熱を冷ますことはできなくて、三人はシャワーを浴び直す羽目になるのだった。
一章が終わったら、サブタイトルの元ネタ公開しようかなと思ってます。
みなさんがおすすめの曲があったら教えて下さい(露骨)