Girls Code×Boys Tone   作:瀬田

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お待たせしました。26話です。


#26:キミのそばで(前/ガールズサイド)

 夢を見ていた。

 確か昨日は六人とも寝付けなくて、明日のステージのことや文化祭後の期末テストのこと、そのほかにもとりとめのない話をしていたはずだ。

 そのうちに寝落ちしちゃったんだなぁ……と思い返す、その意識が揺蕩う空間はどこなのだろう、という疑問が降って湧いたことに凪紗は気がついた。

 

(あれ……?)

 

 ☆

 

「うわあぁーっ!」

 

 その悲鳴で、微睡みの中にあった意識は急浮上した。

 

「!?」

 

 咄嗟に目を開けて、悲鳴を上げた有咲の方へ向こうとするも、身体が起き上がらない。それどころか、腕すら持ち上がらない有様だった。

 これが噂の金縛り、というやつだろうか。

 

「ううん……どしたの、オッちゃん……」

「誰がおっちゃんだ! つか離せええ!」

「ふふっ、楽しそう」

 

 今も寝ぼけているたえが、一番窓際で眠っていた有咲を抱きしめるのが見なくても分かる。とはいえ、超天然な感想をこぼすりみも加わった意味不明なやり取りは是非とも見てみたいと、視線を左右に動かす。

 

「あ、おはよう凪紗」

「おはよ……う?」

 

 壁側に目を向けると、隣にいた沙綾を見上げる形になる。彼女に限った話ではないが、寝間着姿で普段は結んでいる髪を解いている姿が見慣れない。

 そんな印象を浮かべながら、昨日の記憶が途絶える前を思い出す。沙綾は自分の左隣にいたはずだから、まるでぬいぐるみのように()()()()()()()()腕は、もちろん彼女のものだろう──

 

「昨日は遅くまで話してたから、熟睡だね」

「そんな他人事みたいに……」

 

 熱烈な抱擁をもたらした香澄には悪いのだが、梅雨間近のこの頃では少し暑苦しいので解放して頂きたい。とはいえ、「むにゃむにゃ」「もう食べられないよぉ……」などと漫画みたいな寝言を零している彼女の眠りは深そうだった。

 視線で沙綾に助けを求めるも、そんな口ぶりとともに面白がるような目で返されてしまう。

 

「ふふっ、なんだか姉妹みたい」

「香澄には明日香ちゃんがいるでしょ……ちょっと、香澄! 寝ぼけてないで起きて!」

「むにゃ……あっちゃんあったかーい……」

「あったかいじゃなくて暑いんだってば!!」

 

 結局、香澄とたえが目をこすりながら起きてくるのはその十分後で、《Poppin’ Party》の面々は大慌てで朝食をかき込み、未だ寝ぼけ眼の二人の手を引くように学校へ向かうのだった。

 

 

 ♬

 

 

「まったく……香澄とおたえのせいで氷川先輩に怒られちゃったよ」

「ごめ〜ん……」

「でも、ちゃんと間に合ったし大丈夫だよ」

「そういうことじゃないと思うんだけど……」

 

 お騒がせな六人組が手をつないで登校してきた様子は、もれなくクラスメイトに見られてしまっていた。

 B組の有咲と別れたあと、息を切らして副委員と学級教室に飛び込むと、実行委員の香澄だけでなく副委員と学級委員の不在に何事かと戸惑っていた彼女らは、事情を伝えると「なんだ」と苦笑いで出迎えた。

 

「でも、ちょっと緊張ほぐれたかも」

「確かに。どたばたしてたけど、今日ライブなんだよね私たち」

「それはちょっと緊張感なさすぎじゃない?」

 

 実際、りみの言うことはもっともなのだが、だからといって沙綾のように脱力しすぎてしまうのもそれはそれで不安だった。

 しかしながら、今日はライブだけのための文化祭ではない。クラスの出店のためにも準備はたくさんある。

 

「まあ、がちがちになるよりはいいか。それじゃ、急いで準備しよう! 香澄」

「うんっ! みんな、最高の文化祭にしよう! 絶対絶対、大成功させよう! えいえいおーっ!」

「「おーっ!!」」

 

 香澄の号令に続いて、沙綾がそれぞれの仕事を割り振っていく。

 

「あっ、ちょうどお父さんから連絡があったよ。今校舎前についたって。凪紗、頼める?」

「うん。パンの量を考えたら、ちょっとついてきてもらう子が必要かな。誰か、一緒に行ってくれる?」

「はーい!」

 

 呼びかけに、ちょうど手が空いている二人が応えてくれた。

 

「はぐみ、空いてるよ!」

「ワタシもです!」

「ありがとう、はぐみにイヴちゃん」

 

 お互いに同級生の兄を持つはぐみと、最近アイドルバンドに参加したというイヴを連れて、正門で待つベーカリーの車に向かうことにした。

 聞けばはぐみもバンドを組んでいるらしく、この学校どころかこの地区を超えて全国でガールズバンドが流行しているらしい。しかも、アイドルとして事務所に所属するイヴをはじめ美少女ばかりなのだから、驚くばかりだ。

 

「ナギサさんもとても美人ですよ!」とのお言葉を頂戴しながら、凪紗はバンドとして求められる実力がビジュアルの分野にまで広がることを予感して身震いするのだった。

 

 ☆

 

「おはようございます!」

「ああ、おはよう」

 

 軽自動車のバックドアを開けて待っていた亘史──沙綾の父親だ──は、こちらに気づくと手を振って応じた。

 

「凪紗ちゃん。受け取りのサイン、もらえるかな?」

「はい」

 

 注文書に名前を書き入れて、はぐみたちにパンを運んでもらうように頼む。今日一日に売る量なので重さがあるだろうが、元気なはぐみとアイドル活動のレッスンを受けているイヴにとっては些細なことであったようだ。

 

「おお、はぐみちゃんも同じクラスだったね。凪紗ちゃんと一緒に、沙綾をよろしく頼むよ」

「うんっ! はぐみもがんばるよ!」

 

 やまぶきベーカリーのある商店街の斜め向かいには、はぐみの実家である北沢精肉店もあったことを思い出す。

 それはそうと、頼もしい彼女らに運搬を頼んだのは、聞きたいことがあったからだ。

 

「あの……兄は、ちゃんとお手伝いできているでしょうか」

「ああ、やっぱり律夏くんの話か」

 

 考えが顔に出ていたのだろうか、亘史は凪紗の質問に淀みなく言葉を返していく。

 

「本当によく働いてくれているよ。仕事上、どうしても朝は早くなってしまうから心配だったんだが、寝坊や遅刻はないし、接客も含めてテキパキ動いてくれて。沙綾もはじめは不安で起きてきていたけど、あまりに仕事を覚えるのが早いものだから、安心するどころか驚いていたよ」

 

 それを聞いてほっとする。考えてみれば、去年までは部活の朝練で夜明け前に家を出ていくことも珍しくなかったし、接客は別のバイト先で培ったものがあるのだろう。

 律夏自身が提案したこととはいえ、結果的は自分が認め、頼ったのだ。もし何か問題があれば、バンド活動にも関わるし、その責任を取らなければならない──凪紗はその覚悟を決めていた。

 

「よかったです。──あの、もし兄だけでは大変だったら、私も手伝いますから」

 

 それを口にすると、亘史は目を丸くしていたが、やがてそれが笑顔に変わった。

 

「凪紗ちゃんたちにまで心配させてしまっているようで申し訳ない。幸い、律夏くんだけで十分に助かっているよ」

「そ、それでも、沙綾をバンドに引き入れたのは私なので」

 

 律夏が沙綾の代わりになって、それで問題が解決するわけではないということは、兄妹の間で考えていたことである。

 労働力としての代わりでも、それは家族としての役割の代わりにはならない──全くの他人が沙綾と入れ替わることで生まれる戸惑い、仕事を覚える期間のコストを、二人は憂慮してきた。

 もしそれが山吹家のひとたちにとって負担と映るなら、この提案はなかったことになるかもしれない。だからこその責任だった。

 

「いいや、これはお世辞ではないよ。それに、僕も千紘も、ずっと思っていたことなんだ。大切な時期に、沙綾(あの子)に無理をさせてしまっているとね」

 

 だから、律夏がその支えとなり、凪紗たちが沙綾を再び大好きな音楽の世界へ迎えてくれたことに、本当に感謝していると亘史は言う。

 

「……沙綾が音楽を続けることを選ぶ、その背中を押してくれたのは、ご家族の皆さんです。そういう意味では、私こそ感謝しています。──本当に、ありがとうございます」

「……そうか。それなら、良かった」

 

 短く呟いた亘史の眼は、父親としての愛情に溢れた、娘を思いやる眼だった。

 凪紗より一回りも二回りも、それ以上に大きな体躯はちょうど亡き父親の面影に似ていて、凪紗はふと、自分にもそのように思ってくれていたのだろうか──おそらくそうだったのだろうと、寂しさを感じずにはいられなかった。

 

 

 ♬

 

 

「いらっしゃいませ! 1-Aカフェ、オープンです!」

 

 香澄の元気のいい挨拶から、その日の営業が始まった。

 開店前から溢れていた焼き立てのパンと、練習で淹れていたコーヒーの香りが多くの客を集め、用意した席はほとんど埋まってしまいそうだった。

 

「わあ、このパンおいしー!」

「やまぶきベーカリーのパンです! 何個でも食べられちゃいますよ!」

「おすすめはどれ!」

「ん〜、メロンパン、クリームパン、チョココロネ、あんパン、ミルクデニッシュ……」

「あはは。それって全部?」

「えへへ! 全部です!」

 

 愛嬌のある香澄の接客は、(おそらく、アルバイトには向いていないだろうけど)来客の人々に人気だった。「香澄ってば」と笑いながら、それを傍目で見ていた沙綾と手分けして注文を届けていく。

 ちなみに、エプロンを着た沙綾の仕事ぶりは凄まじいもので、なにかスイッチのようなものがあるのかもしれない。

 

「いらっしゃいませ、ご注文は……って、あれ?」

 

 席に座っていたのは、どこかはぐみと似た髪色をした男子生徒──よく見れば兄と同じ制服を着ていて、向かいには女子生徒がいた。

 

「あっ、もしかして若葉の妹──凪紗さんかな」

「えっ、この子が!?」

「あ、はい。私が若葉ですけど……兄をご存知ということは」

 

 そこまで言いかけると、カーテンで仕切られたバックヤードから「にーちゃん!」と声が聞こえた。

 

「はぐみも同じクラスだったね。頑張ってる?」

「うんっ! はぐみはね、らてあーと? 作ってるよ!」

 

 ほら、と見せてきたコーヒーカップには、謎のクマのような動物の模様が浮かぶ。なんだか憎めない可愛らしさがある。

 

「おっ、ミッシェルだ……って、そうじゃなくて。ごめん、若葉さん。僕、北沢恵です。今日は志哲高校の生徒会役員として、花女の文化祭の手伝いに来ているんだ」

「そうだったんですね」

 

 いつも兄がお世話になっていますと返すと、少し驚いたような表情を浮かべた恵は、「さすが若葉の妹さんだ」と苦笑する。なんだか兄の同類と思われているようで、凪紗としては不服であった。

 

「ねえねえ、私も紹介してよ」

「ああ、そうでした──こちら、僕や若葉と同じ生徒会で会長をしている、上原先輩だよ」

「どうもー! 上原ひかりです! ひかり先輩って呼んでね!」

「うんっ! ひかり先輩、よろしくねー!」

「は、はい。よろしくお願いします、ひかり先輩」

「……」

「どうしたんですか?」

 

 突然言葉を失ったひかりを不思議がる恵。事実、なんだか外見からにぎやかな人なのだろうと(事実そうだった)思っていたが、それにしては不審なくらいに、急に押し黙った。

 そうかと思えば、

 

「……今日から私の妹ってことで、いい?」

「いや、良くないですけど……」

 

 そんな会話が繰り広げられるので、やはり律夏(変わり者)の周りには変わり者が集まるのだろうなぁ、と凪紗はひとり感想を抱いているのであった。

 

 ☆

 

 その後、ゆりやひなこなどの来客を捌き切ってシフトを終えた凪紗たちは、文化祭を楽しむべく校舎中を巡ってゆく。

 有咲主演の舞台劇(金のがちょう)や、三年生のお化け屋敷、他の出店での体験は、凪紗にとって久しく忘れていたものを呼び起こした。

 

 六人が揃うと、こんなにも見える世界が違うんだ──

 

 高鳴る鼓動は、ステージを控えている以上に、この瞬間に対して自分の心が躍っている証明だと、そう思うことができた。

 

「……ああっ!」

 

 ふと、香澄が声を上げる。

 

「なんでお姉ちゃんに()会うかなぁ……」

「あっちゃん可愛い〜!」

 

 視線の先には、メイド喫茶の看板を片手に、給仕服に身を包んだ明日香がいた。

「よかったね、あっちゃん」と隣の女の子(クラスメイトだろう)に茶化されて、「よくない!」と照れ隠しをする様子が可愛らしい。

 初めて会ったときは春の部活体験中で、香澄と一緒だとどちらが姉だかわからないくらい大人びていたが、中学生らしい一面も持っているようだ。

 

「写真、撮るよ」

 

 たえがカメラを構える。「はい、いらっしゃいませー」と謎の合図でタイミングを掴みかねていると、先程の明日香の言葉の端に妙な部分があることに気がついた。

 

「明日香ちゃん、香澄に()って、他に誰か来てたの?」

「そうなんです……ついさっき、このカッコで宣伝に出たばかりのタイミングで、律夏さんに」

「……なるほど」

 

 忸怩たる様子で明日香が零す──身内、というか知人に見られるのが一番恥ずかしい格好で──ように、おそらく風紀委員の見回り中に遭遇してしまったのだろう。

 兄も悪気はない──強いて悪いとすれば明日香の運が悪かったとしか言いようがないが、思わず申し訳ない気持ちになった。

 

「なんだ。明日香の彼氏かもってクラス中大騒ぎだったのに」

「そんなに騒いでないでしょ! だいたい、彼氏とかいないし」

「あはは……」

 

 ひとつ下とはいえ、まだ中学生の明日香とあの見た目の律夏が()()()()ことになったら、取れる限りの手段を講じなければならなくなる。

 凪紗は密かに覚悟を決めた。

 

「そっか、律夏さん、朝から来てるんだよね?」

「そうそう。仕事でね」

「なんか大変そうだな……」

 

 有咲が言う通り、やることは多く大変な仕事であるようだが、こなさなければならない理由がある。

 それこそが自分たちなのだと改めて心に刻むと、沙綾と目があった。

 

「──だからこそ、私たちも頑張らないと」

「うん。ライブ、絶対成功させよう」

「うんっ!」

 

 再び決意を心に宿し、全員でそれを分かち合っていると、ステージの集合時間が迫っていることを告げる携帯のアラームが鳴った。

 楽しい時間が緊張を打ち消してくれていたが、一同はそれを思い出す。

 

「よし、行こう。きっとみんな、見に来てくれるよ」

 

 凪紗の言葉に、頼もしい仲間たちの笑顔が応えた。

 

 

 ♬

 

 

「うひゃー……結構来てんじゃん……」

「どうしよう……」

 

 舞台袖からライブステージを覗いた有咲が、額に汗を浮かべるように言った。

 出番は、今演奏を行っているバンド、《CHiSPA》のすぐ後である。

 

「夏希たちの演奏、すっごく上手……」

 

《CHiSPA》は沙綾が以前に所属していたバンドだ。音楽歴も中学からで、《Poppin’ Party》より長い。

 それだけに、この後の演奏に対する期待が上がってしまうのではないかと、有咲やりみは不安顔だった。

 

「大丈夫! 今日のためにいっぱい練習してきたんだし」

「そうそう! ……って、沙綾?」

 

 対照的に元気な香澄とたえが、しかし沙綾の表情を見て首を傾げる。沙綾は今もステージで輝く夏希たちを見つめていた。

 

「っ、あー、ごめんごめん」

「沙綾……」

 

 その場の誰もがわかっていたことだが、一度はかつての仲間たちから離れた経験がある彼女にとって、演奏後の彼女たちと対面することは、やはり心の重荷となるだろう。

 取り繕っても、その不安は消し切ることができない。

 

「やっぱり、ちょっと考えちゃうんだ。負い目っていうか……勝手な行動で、迷惑かけちゃったから」

 

 当時を思い返しているのだろうか、心苦しさが滲み出る表情がそこにあった。家族のためだとはいえ、事実が変わることはないと、責め立てているように見えた。

 

「……大丈夫」

 

 ふと、香澄が沙綾の手を取った。

 

「なっちゃんたち、きっと分かってる。家族のことを大切にする沙綾も、音楽が大好きな沙綾も」

 

 ライブは最高の盛り上がりを見せたのち、ドラムのかき回しで終わりを告げる──瞬間、静まり返った場内にオーディエンスの叫び声が充満した。

 次は、《Poppin’ Party》の出番だった。

 

「次のバンドも楽しんでってー!」

 

 大歓声に答えるように声を張り上げた夏希が、メンバーと一緒に舞台を去る。向かう先はもちろんここだった。

 

「……沙綾」

「ナツ……フミカとマユも……っ!」

 

 目を見開いた夏希たちに、沙綾は振り乱れる髪も厭わず頭を下げた。それは贖罪なのかもしれない──もう一度、この道を歩んでいくことを決意した、彼女なりの──

 

「ごめん……! 私……っ!」

「……顔、上げて」

 

 静かにそう言った夏希は、沙綾へ近づいた。

 

「楽しかったよ」

「え……?」

「沙綾とのバンド、楽しかった。沙綾とバンドができて、すっごく楽しかったよ。……沙綾は?」

 

 思わず視線を吊り上げた言葉は、沙綾にとって、大きな意味を持っていたようだった。

 身を震わせて、沙綾は一人静かに涙を流した。

 

「っく……楽しかった! 大好きだったよ……!」

「うん。そう思ってくれてると信じてた」

 

 かつての仲間は、笑顔で言った。そして、フミカが後で控えていたショートカットの女の子を呼ぶ。

 

「この子、新メンバーのサトちゃん。恥ずかしがり屋だけど、演奏は派手」

「そ、そうかな……?」

 

 沙綾が抜け、《CHiSPA》は変わっていく。それでも──

 

「私たちは大丈夫。だから沙綾、自分を許してあげて。──ほら、みんなが待ってるから」

 

 促されて沙綾が振り返ると、そこには新しい仲間がいた。それぞれの楽器や楽譜を背負って、沙綾を迎えている。

 

「うん……! ありがとう!」

 

 その光景を、ずっと凪紗は覚えているかもしれない。沙綾を見送った夏希が、走り出す背中を見つめる表情を。

 一抹の寂しさ、そして何かを願う気持ち──”まかせたよ”と、言われた気がした。

 

「……さあ、行こう! 私たちのライブに」

「うんっ」

 

 頷き合って足を踏み出す、まさにその瞬間だった。

 

「……おい、凪紗、携帯鳴ってね―か?」

「うわっと、本当だ」

「こんなときに……?」

 

 有咲の言う通り、僅かな振動がポケット越しに伝わってくる。

 友達はこの時間にライブに出ることを知っているはずなので、直前に掛けたりしないはずだ。画面が通知する兄も同じくで、まさか通話で激励でもあるまい。

 タイミングが悪いのはともあれ、「ごめん」と頷いた全員に許可を取ってコールに出る。

 

「はい。私だけど」

『凪紗』

「って、兄さん?」

 

 凪紗の言葉に、メンバーのみんなが驚きの目を向けた。

 

『今、ステージの進行はどうなってる?』

「もう次が私たちだけど……兄さん、いないよね?」

 

 不思議に思っていたのだ。風紀委員の仕事でホール上部の監視周回のついでに見に来ると聞いていたのに、彼の姿は見当たらない。

 それを問う凪紗の言葉に、何やら息を切らして律夏が答える。

 

『ああ……すまん、少しイベント中の事故があって──今向かってるんだが、その感じだと始まってすぐには間に合わないかも知れない』

「っ……」

 

 言葉を失ってしまう。

 まさかとは思っていたが、それが現実に起きたことだとは思えなかった。兄なら、絶対に来てくれると思っていたから。

 

『本当にすまん。だけど、行くよ──絶対に、歌を聞きにいくから。間に合わせてみせる』

 

 凪紗の落胆はメンバーにも伝わっており、不安げな視線へと変化していた。

 それは電話越しの律夏も同じようで、だから、あえて強い意志を向けたのだと分かった。

 

 そうだ。

 

 たかが妹のライブ──だけど、今回だけはそうもいかない。彼が見つけてくれた夢と向き合った成果を、絶対に見せたいのだ。

 そのために、今彼は走り続けている。どんなことが起きても、それを乗り越えようとしている。

 私にできることは、ただ弾くことだけ──奏でる音に、祈りを込めるだけ。

 

「分かった。……私、待ってるから、絶対に来て」

『おう』

 

 その言葉とともに、通話は途切れた。だけど、託した思いが繋がっている気がした。

 

「……凪紗ちゃん」

 

 おろおろと呼び掛けたりみと、他の四人に確信をもって応える。

 

「行こう。届けたい人は、ずっと待ってるから」

「!」

 

 彼女たちは自分を見て、はっとしたように目を見開いた。しかし、しばらくするとそれも微笑みに変わっていく。

 なんだか視線が生暖かい。

 

「……え、なに?」

「ふふっ、何でもないよ!」

「そうだね。行こうか」

「ちょ、なになに!? 気になるんだけど!!」

 

 そう言って、先を歩いていく香澄と沙綾。

「凪紗ちゃんのおかげで緊張とれちゃった」と言いながら、横で笑うりみ。

「心配させんなよな……」と呆れ顔の有咲。

「やっぱり、大好きなんだね」と何かに納得しているたえ。

 

 六人がその賑わいのまま、光溢れるステージの上へ吸い込まれていった。




今更なんですが、作者は割とバンドリやってます。リリース初日からやってるくせにランク低いけど……
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