Girls Code×Boys Tone   作:瀬田

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新章スタートです。時系列的に同じポピパとロゼリアについて複数視点で進めていきます。
投稿時は一つの章にまとめていますが、バンドごとの方が見やすい場合は後で分けておきますね。


第2章
#29:God Save The Girls(綺羅星編①)


「……」

 

 神妙な目つきで、声も出さずに沙綾が何かを見つめている。

 それがお目当ての()()であるということが、何となくだけれど分かった。

 

「電子ドラム!? かっこいい~!」

「へえ、こんなドラムあんだ……」

 

 私と近くの棚を物色していた香澄が目を輝かせる。有咲もローテンションながら、興味があるようだ。

 

 メンバーが集まり、完全体になった我らが《Poppin’ Party》は、早速六人での蔵練に入ろうとしていたけど、先にやらなければならないことがあって——それが、沙綾のドラムの確保だった。

 文化祭は急ぎの用だったので、主に学校で練習を繰り返していた。先生の特別許可も降りたことに加えて、有咲の家に寄っていたのでは時間が惜しかったからだ。

 

 ひとまず大きな山場を乗り越えた私たち。だから、これからずっと一緒にやっていく楽器(相棒)は、慎重かつできるだけ良いものを選びたい。

 そういう意味で、沙綾のお眼鏡に適うこのドラムがよさそうだ。安心安全の国産だし、どれどれ、値段は——

 

「「高っ!?」」

 

 しまった、値札に驚きすぎて、香澄と声が被ってしまった。

 ギターとは訳が違うんだな……そもそも私のは父さんのを使わせてもらっている訳だし。

 

「沙綾、すごい高いよ!」

「さすがに六ケタはね……」

「うーん、これは無理だけど、こっちなら——」

 

 立ち上がった沙綾が目を向けたのは、初心者用のスターターセット。

 仕上がりはさっきのに劣る部分はあるかもしれないが、一通りの機能は揃ってるっぽいし、何よりお値段もお手頃。

 

「……安い?」

「安くねーし!」

 

 有咲のツッコミが入る。……そうだよね、冷静に考えて五万円は安くない。さっきのと比べてっていうだけで、つまりは相対評価ということ。

 もし買えなさそうとなるとバンド存続の危機だ。不安になってきて、沙綾を伺う。

 

「沙綾、大丈夫そうなの?」

「うん。貯金と、あと足りない分は母さんたちが出してくれるって」

 

 なるほど、と私。「よかったね」とりみ。

 ライブを見に来てくれた沙綾のご両親は、彼女の演奏を見てなんだか安心していたようだった。

 それが本来の娘の表情だと、好きなこと(バンド)に打ち込むことが大事だと、そう考えて応援してくれているのかは、私には分からない。

 だけど、沙綾自身の選択がこうして形を成していることが、私には価値あるものだと思えた。

 そして、その決断に()()()が関わることができて、本当によかったと思ったんだ。

 

「沙綾」

 

 これにしようかな、と話しているところに、おたえの呼ぶ声が聞こえる。

 

「これ面白いよ!」

 

 そう言いながら叩く音は、スティックの一振りごとに変化している——って、すごい、毎回音が違うんだ。

 

「あー、いいね! かっこいい」

 

 スローンに腰掛けて微調整した沙綾は、おもむろにリズムフレーズを刻んでいく。

 ハイハットの音に、ぱっと明るい笑顔が浮かんだ。

 

「どう?」

「すごくいい! これ、いいかもっ」

 

 その笑顔のままに、早速ご購入の検討をされるご様子。ウキウキだなぁ。

「でも、お高いんでしょう?」と有咲がおどけて値札を覗き込むと、十一万の文字……。

 

「高えーっ!」

「うーん……まあ、やっぱりこうなるよねぇ」

 

 十万円は、一般高校生向きのお金じゃない。

 バンド、っていうか楽器ってなんでこんなにお金がかかるんだろう。有咲のキーボードも一級品の盆栽を売って何とか買えたくらいだから、相当するだろうし。

 

 ふと、兄さんが預けてくれた通帳のことを思い出す。今は厳重に保管していて、滅多なことがない限り使うことはないし、バンド関係で使ったとしてもしっかり使い道を記録している。

 労働は自分の労働力と時間をお金に代えることだ。つまり、あれは兄さんが私のために費やした時間に等しい。

 あれを使うにはそれなりの理由がいるし、つい躊躇ってしまうことも事実。——それでも、それくらいの価値が私にあるって考えてくれていたんだよね。

 

「ローン地獄?」

「さすがに……」

 

 不穏な単語に、緩んだ頬が元に戻る。

 とにかく、この値段はなかなか手が出る金額ではなさそう。そう結論付けようとしていたところ、沙綾の背後からぬっとぬいぐるみが現れて、

 

「あなたは欲しくな~る……どんどん欲しくな~る.」

「ううっ……」

 

 おどろおどろしい声で催眠術を試みていた——リィ先輩だった。

 

 ☆

 

 学割効きすぎじゃないかな。誘惑効果って意味でも、割引って意味でも、両方。

 そんなことを思いながら、部品の入った紙袋を持って歩く。

 

「ぶつけんなよー?」

「そーっと、そーっと.」

 

()()())背の低い私とりみの分を少なくしてくれたのは、嬉しくもあり複雑な気持ち。

 結局、ドラムは組み立てて蔵に置くことになっている。沙綾は「本当にずっと、いいの?」と聞いたけれど、

 

「全然。どうせ毎日くるっしょ」

 

 と有咲は快諾だった。

 

(毎日、か……)

 

 梅雨の晴れ間に、水玉模様のような青空が覗いている。

 それを見上げながら、そんな会話が、なんだか現実味を帯びていないように聞こえてしまう。

 横断歩道を踏む足が揃って、私たち六人はここにいて、同じ道を歩いていることを自覚させる。

 

「狭いところですが」

「お前が言うなぁ!」

 

 ここまで色んなことがあった。

 たえの言葉に笑い合う沙綾の表情に、もうほの暗い影が差すことはなくなっている。そのことが、なんだかほっとしたというか、胸の中が温かくなるというか。

 もしかしたら、ご両親はそんな気持ちなのかもしれない、なんて思っていると、いつの間にか香澄が隣にいた。

 

「どした?」

「……ポピパ、集まったなぁって」

 

 滲み出る感情をそのままにして、香澄はそう言った。私も、同じ気持ちだった。

 

「もしかして、それ《Poppin’ Party》の略?」

「はぁ? なんつったか分かんなかったんだけど」

「コピペだよ。コピペ」

「それは言ってねーだろ!」

 

 本当の意味で、私たちは——()()()は、ここから始まるんだ。

 共有したこの思いが、これからどんな形を作っていくんだろう。そのことが、とても楽しみに思える。

 不器用に、たくさんの遠回りをしてやってきたのかもしれないけれど——ここから始まる毎日に『ありがとう』を言えるくらいには、今、私はこの日々を楽しんでいるのだ。

 

 

 ♬

 

 

「ねえねえ、新曲作ろうよ!」

 

 一通りの音を合わせてみて休憩していると、香澄がそんな提案をしたので、みんなが反応を向ける。

 

「また?」

「うん! 六人でライブ! って感じの」

「ライブするの?」

「SPACE?」

「SPACE!」

 

 綺麗なオウム返しが決まった……。

「突っ走りすぎ」との有咲の言葉通り、後先考えていない感じはあるけれど、正直魅力的な提案だった。

 

「でも、バンドやるからにはいろんな人に聞いてもらいたいよね?」

「う……」

 

 私たちは小さくともバンドだ。

 バンドを組む以上、引っ込み思案とか蔵弁慶とか言ってられないわけで、やっぱり目標はライブだ。

 そのためには、新しい曲を作ってライブハウスに持っていくことがよい方法になるはず。その舞台がSPACEっていうわけだ。

 

「そこ、そんなにいいの?」

 

 ふと、気になった沙綾が訊いてきた。そういえば、沙綾はまだ行ったことなかったっけ。

 

「うん! みんなで一緒にわーってなってサイコー! 行く?」

「今から?」

「あっ、今日グリグリ出るよ」

「ほんと!?」

 

 相変わらず擬音たっぷりな香澄。それと、りみによればゆりさんたちのライブがあるらしい。でも、今から行って予約とか間に合うのかな? 

 一人で考え込んでいると、スマホのバイブレーションが聞こえてきた。

 

「? おたえ、携帯鳴ってるよ?」

 

 香澄が指を差す通り、おたえの携帯の画面が光って誰かの名前を通知している。

 それを取って見つめたおたえは、「SPACEからだ」とタイムリーな名前を告げた。

 

「今日ってバイトの日じゃないよね? 何かあったの?」

「呼んでる……」

「は?」

 

 戸惑いを隠さない私たちに、おたえは言うのだった。

 

「スタッフが、全員インフルエンザで倒れたって」

 

 ☆

 

 いつか見た、色とりどりの輝きが溢れるサイリウムの光の海を、私たちは舞台の後ろから眺めている。

 

 香澄と私たちの熱意が伝わったのか、オーナーはスタッフのいないSPACEの開店準備を任せてくれた。

 有咲と香澄、沙綾は接客を担当していて、残った私たちは会場の音響と照明が仕事だ。

 

「うう……」

 

 不安げな声を漏らすのはりみ。さっき、照明の操作を間違えてたからだろう。頑張って……! 

 一方で、ステージにはゆりさんたちが進み出てきた。彼女たちの姿を視界に捉えて、オーディエンスの盛り上がりは最高潮に達したようだ。……あっ、まずい、りみの背中がますます丸くなってる。

 

「力抜きな」

 

 オーナーがりみの肩に手を置いた。

 準備中は結構厳しい言葉を投げかけられて萎縮しきっていたりみも、この土壇場で強く励まされると安心したのだろうか、力のこもった表情を見せた。

 何度も注意を受けた私たちだったけど、裏を返せばしっかり仕事を教えてもらったってこと。分からないところはやって見せてもらったし、実践練習を何度もさせてもらえた。

 親切というよりも、人の動かし方がうまいなあ、なんて感想を抱いていた私だった。

 

「さあ、やろう」

 

 頷き合って、ステージ上の状況へ集中を注ぐ。

 マイクスタンドの前に立つゆりさんは、スタジオの熱視線を一身に集めながらも、目のあった私たちへウインクを送る余裕があるらしい。

 演奏技術でもライブパフォーマンスでも、私たちとは雲泥の差がある──それは、きっと豊富な経験に裏打ちされていて、オーディションを受けてもいない私たちとの間には、まだまだ遠い距離が横たわっていることを実感させた。

 

 それでも、いつか追いつきたい。

 

 その思いが、胸の奥でメラメラと闘志の炎を燃やし続けていた。

 

 

 ♬

 

 

「……」

 

 ライブが終わり、私たちはすっかり放心してしまっていた。

 

「す、すごかった.」

「うん。ゆりさんたちもすごかったけど、《Roselia》も、すっごい迫力だった」

 

 経験者であるたえですら、聞きながら言葉を失うくらいのレベルの高さ。

 特に氷川先輩とボーカルの湊さんは別格だ。演奏の正確さだけじゃない、勢いというか、聞き手に訴えかけてくる、嵐のように凄まじい熱量。

 ライブ中に目が合ったときは驚いていたようだったが、それに構うことなく質の高い演奏を続けていた。

 

 大歓声のうちに帰途についた観客の中には、どう見ても高校生じゃない——ビジネススーツに身を包んだ音楽業界の人もいた。

 ——あ、頭がくらくらしてきた。というか、りみはもうショートしちゃってるし。

 

「さあ、引き上げるよ」

「は、はい」

 

 微動だにしない(できない)私たちに、オーナーは声を掛ける。それに従って踵を返そうとしたとき、視界の端にはステージから出ていく《Roselia》の姿があった。

 俯くベースのメンバーが、栗色の髪から覗かせる表情に、私たち三人は顔を見合わせた。

 

 ☆

 

「香澄、気をつけてね」

「うんっ。だいじょぶだいじょぶ!」

「本当かよ……」

 

 エントランスへ戻って受付のみんなと合流してから、今日の売上をまとめたキャッシュボックスを届ける香澄と有咲に合流した。

 心配性な有咲だけど、スキップしそうなくらいに明るい(ちょっと猪突猛進気味な)香澄の背中を見ていると、逆に不安になってしまうのは分かる。

 

 オーナーはRoseliaの控室にいるよ、とゆりさんたちに教えてもらった通り、彼女の姿が開いた扉の隙間から見えてきた。

 その様子を目にした瞬間、私は部屋に飛び込みそうになった香澄の口を塞いだ。

 

「オーナ……んぶっ」

「しっ、今話し中かも」

 

 そーっと扉から顔だけ出して覗き込む。予想通りの姿を確認して振り返ると、私たちは顔を見合わせて事態を盗み見る——もとい、見守ることに決めた。

 

「——っ、ぐすっ」

 

 まず聞こえてきたのは誰かの泣き声。あれだけの演奏をした後なのに、なぜ? 

 ともかく、その主は氷川先輩ではないだろうな。

 

「オーナーの背中で見えないけど……泣いてる、のか?」

「うん……」

 

 ただならぬ雰囲気に、香澄は眉尻を下げて有咲の言葉に応じた。それはRoseliaのメンバーも同じようで、どんな言葉を掛けたらよいか、迷っているように思われた。

 ただ、氷川さんの真剣な眼差しが気にかかった。——メンバーを、じっと窺うような眼差し。

 

「おい、凪紗。演奏してる様子、見てたんだろ?」

「え? うん」

「それなら消去法で分かるんじゃねーか? ほら、ちょうど4人は見えてるわけだし」

「なるほど。確かにそうだね」

「有咲、天才!」

 

「ばか、バレるから静かにしろ!」と有咲。いつもの照れ隠しだ。

 そんな彼女の言葉通り、周りに集まった氷川さんたちメンバーを記憶と照らし合わせていくと、残りの一人がベースの人だということに気付いた。

 

「あっ、もしかしてあの人——」

 

 思い出される光景。ステージを去るときの表情を思い起こすと、その意味が分かってくる。

 彼女はきっと、涙をこらえていたのだろう。

 

「なんかあったのか?」

「私には分からなかったけど、多分演奏中に失敗しちゃったんだと思う。終わった後、すごい辛そうにしてたから」

「凪紗にも分からなかった、って……ライブ盛り上がってたし、そんなに大きいミスじゃなかったんでしょ?」

「うん。それでも、ミスはミスだよ。そのことは、あの人が一番分かってるんじゃないかな」

「「……」」

 

 軽々と口にしたけれど、色々な意味で私たちとは違う世界の話で——言った私でさえ、二の句を継げなくなっている。

 零した音にすら、責任を感じて涙を流す彼女と、文化祭の私たちには、とんでもない差があるのだ。

 

 部屋の中では、オーナーの力強い口調。

 

「今この瞬間、目の前のアンタたちがどんなステージを()りきってくれるか——それを楽しみにしてるんだ。

 ——演りきったんだろ?」

 

 それは落ち込むメンバーに対しての激励だったのかもしれない。だけど……

 

「求めるレベルが違いすぎる……香澄、うちら、本当にオーディション出るのかよ」

 

 有咲が香澄の本心を問う。

 私たちはまだ一年生だ。オーディションを見送ったって、それでバンドが解散になってしまうわけじゃない。たくさん経験を積んでからでも間に合うだろう。

 それもまた一つの選択肢なのだと、私も思う。それでも——

 

「……私は、やりたい」

 

 香澄は言った。

 

「オーナーの言葉を聞いて、私、どうしてもここで、すぐにライブやりたいって思った。確かにRoseliaの演奏、すっごい上手いけど.!」

 

 言葉に詰まる彼女の気持ちに沿って、できるだけ言語化してみる。

 

「オーナーがバンドに懸ける熱い思いに応えたい。ここでライブするってことは、そういうことだよね」

「うん! それが一番、キラキラドキドキするから!」

「……っ、はあ、またそれかよ.」

 

 いつもの言葉を聞くだけで、なんだか大丈夫って思えるっていうか——本当なんなんだろ、この自信。

 謎の気持ちがおかしくて笑ってしまう。

 

 嘆息する有咲だったけど、それ以上に反論することはなかった。多分、賛成してくれたんだと思う。

 後は、残りのみんなの意見だけど——

 

「うん、私も賛成」

「え……あっ、おたえ!」

「私も。香澄たちの気持ち、分かった気がするから」

「沙綾……」

「私も、今度は勝手にじゃなくて……ちゃんと認められて立ちたい」

「りみ」

 

 いつの間にか三人が傍にいた。その最後にいたりみの言葉が、心に強く響いてきた。

 ポピパの中では、りみが一番SPACEを長く知っている。だからレベルの高さも、ステージに立つときの緊張感も、オーナーの思いも、全部分かっているのだろう。

 同じ経験をしている私たちよりも、その理解はずっと深いはずだから。

 

「みんな……! うん! ここでライブしよう!」

 

 この気持ちが連れて行ってくれる場所を私たちはまだ知らなくて——だから、言ってみたいと思う。いつだってそれを導いてくれた香澄の言葉に、みんなが頷いて決意を固めた。

 

 そんなときちょうど、控室の扉が開かれた。

 

「あら……」

「わっ、お、お疲れ様です。氷川先輩」

「ええ。凪紗さんこそ、お疲れ様です。今日は、スタッフの代理だそうですね。機材担当、ありがとうございました」

「いえ。私たちも、先輩方の演奏を見て、大きな学びになりました。これからも頑張ってください」

「ええ、お互いに頑張りましょう。……お兄さんにもよろしく」

「はい」

 

 短い会話を交わして頭を下げると、Roseliaの皆さんが帰っていく。氷川さん、すごい注目されてる。バンドメンバーの交友関係には興味あるか。

 涙の跡が残るベースの人に、ボーカルの人。バンドの中だと年少なのか、背の低い同級生くらいの子、そして——

 

「あれ……」

 

 顔が見えなかったが、頭を上げて気付いたのは、澄んだ長い黒髪の女の人。先輩かな。

 後ろ姿でも分かるくらいおどおどしている——なんというか、腰の低そうな様子である彼女に、どこか目に覚えがあった。

 私はそれを、ぼーっと眺めていたのだった。

 

 




というわけで二章一話でした。
正直ペースが続かない気がしてます。投稿が途切れたら申し訳ないです。
基本これまで通り月曜0:00に投稿予定ですので、更新してみてなかったらそういうこと、ということで……
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