Girls Code×Boys Tone   作:瀬田

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少し空いてしまいました。すみません…


#36:(青薔薇編④)

「お疲れですか」

「ええ、まあ……」

 

 羽丘での文化祭準備作業も佳境、休憩時間に話かけた私に対して、どこかぐったりとした様子の若葉さんが応じた。

 手元にはブラックコーヒーが握られている。

 

「試験勉強なら、時期が少し早い気がするのですが」

「それもそれで必要なんですが、昨日、突然の来客があって。残り物を出すわけにも行かないので、急いで料理をしたり、布団を出したりで忙しかったんです。おまけに今朝はバイトで」

「そうだったんですね。……来客、ですか」

「ええ、妹のバンド仲間で」

「なるほど」

 

 若葉さんのご家庭では、家事を若葉さん──お兄さんが担当している。来客があったら対応の中心になるのは彼、ということだろうか。

 加えて早朝からベーカリーのアルバイトとなると、使える時間も少なくなるわけで、この様子に合点がいった。

 

 ちなみに、今日は校門前の服装検査兼遅刻生徒の指導にあたっていたが、予鈴後、凪紗さんたちバンドメンバーの皆さんが息を切らせてやってきた。我ながららしくないことをしたが、日菜との件で相談に乗ってもらっていることを思い、「お兄さんに免じます」と言って不問にしている。

 

 ただ、それとは別に気になることがあって──

 

「凪紗さんにしては、連絡もなく友人を連れてくるのは珍しいように思います」

「そうですね。しかもあの雨の中傘持ってないなんて、俺もびっくりして」

 

 子供みたいに喧嘩でもしたのかと思いましたよ、と苦笑交じりに当時の混乱具合を表す。

 聞くところによれば、友人というのはバンドメンバーの戸山さんで、バンドのことで揉め事が起きたのではないかと考えた、とのことだった。

 

「実際、仲違いはせずとも少しあったみたいで。

 よく、『方向性の違い』なんて言葉を耳にしますけど……やっぱりバンドをやってると、そういうことってあるんですか」

「否定はしません」

 

 言葉に肯定の色を滲ませて、私自身の経験を思い返す。

 揉め事、つまりメンバーの決裂といえば、《Roselia》の結成当初は、それに近い状態だっただろう。私はもはやそれに目を向ける余裕などなかったし、私情なく音を重ね合わせ続けることだけが演奏のレベルを上げるものだと確信していた。

 

 ──しかし、若葉さんや今井さんたちとの交流を深め、互いを知る中でそれも変わっていった。

 

「若葉さんにとって、今井さんや宇田川さんはどう映りましたか?」

「どう、とは?」

「二人が、バンドメンバーとしてこの先も続けていけるか、ということです」

 

 より詳しく言えば、それだけの熱意があるか、ということだ。

 ダンス部やアルバイトなど、さまざまな活動に身を投じる中で、バンドへの情熱が薄れていく、というのは私も抱いていた懸念だった。

 

「答えていいのかは分かりませんが……あれも一つのスタイル、ってことなんだと思います。やりたいことをやる、というのは自分の自由ですから。もちろん、氷川さんの言うように中途半端にならない、というのが条件であり、責任だと思いますけどね」

 

 考えを整え、並べるような言葉に、私は首肯した。

 おそらく、若葉さん自身はそのような()()()が苦手な性分なのだろう。何か、俯瞰するような物言いだった。

 そして、彼はこうも付け加えた。

 

「ただ、それもダンス部としての話し合いを見ている限り、安心できると思いました。後輩や選抜されなかった人のことを考えて、その気持ちを尊重するって、熱意がないとできないですよね」

「……そうですね」

 

 三年の生徒とともに先頭に立ち、一度はトラブルに迷った部員を牽引する姿を眺めて、そう思う。

 そういう気持ちでどんな活動にも挑んでいるというのなら、それを信じる他ない。

 生き方、考え方の違う人種というのは存外に多くて、おそらく私のような人間にとって、往々にして理解し難い存在なのだろうと思った。

 

「俺はそういう、あらゆることに挑戦して、というのが苦手で。上辺で他人を理解したつもりになってこんなこと言うのは、なんというか恐縮ですが」

「私も同じ感想です。それに、傷つけるようなものでなければ、その考えも人それぞれなのでは」

 

 私の言葉に、彼は少し表情を軽くした。そして、先程の発言を思い出す。

 

「……そもそも、若葉さんはアルバイトを掛け持ちして、生徒会も家事もこなしているのですから、理解できるのでは?」

「まあ、それは家の事情に合わせてしていることですから。……それを言うなら、氷川さんこそ」

 

 視線から逃げるように、目を逸らす。

 

「……もしや、部活とかやってたり」

「……弓道部を、少し」

「やってるのか……」

 

 相好を崩した若葉さんの苦笑が止むことはなかった。

 弓道は、精神統一の一環で取り組んでいることでもあるので、バンドと無関係というわけではない。けれど、結局、私もバンドとは違った私情を根拠にして、音を奏でている。それを隠していただけだった。

 

「そういうことも知っていく中で、メンバーの人となりや音楽に対する姿勢も分かってくるんだと、俺は考えてますよ」

「はい」

 

 その言葉はいつかの焼き直しだが、私にとっては再確認の意義が大きかった。

 上原さんの文化祭にかける思いに触れ、今井さんや宇田川さんとの出会いを通し、彼の言葉が本当に意味していたことが分かってきたのだ。

 

 そして、私がこれまで素通りしてきた出会いの中の落とし物を、一つずつ拾い上げている──例えばそれが、休憩時間の談笑であり、連絡先の交換であり、知らない一面の発見だった。

 

 上原さんはああ見えてはっきりした意思があり、実現のための行動力がある。

 北沢さんは誰とでも打ち解けられる一方で、発言を注意深く選んでいる。

 若葉さんは感情の揺れ動きが小さいように見せているが、多くのことを他人から鋭敏に感じ取っている。

 

 それならば、《Roselia》のメンバーはどうだろうか。

 日菜は、どうだろうか。

 

 私が今まで見て、描いてきた彼女らへの心象は一面的でしかなく、理解しきれていないところがある。

 音楽で頂点を目指す以上、私は踏み出していかなければならないのだろうと思う。

 

「──おーい! とりあえずこっちはまとまったから集合しよう!」

 

 上原さんの呼ぶ声がする。生徒会室の前方では、件の問題に関係する面々が、どこか納得した表情を浮かべている。

 

「ひとまず決着、ということですかね」

「ええ。交渉決裂という形を回避できて、何よりです」

 

 若葉さんは缶を置いてのそりと立ち上がる。

 まだ眠気を引きずっている彼が、なんというか冬眠明けの熊のようで、思わず笑いが漏れてしまった。

 

「……なにか」

「いえ、なんでも。行きましょう」

 

 頭上に疑問符を浮かべる彼を背に、私は歩き出した。 

 

 

 ♬

 

 

「……ってわけ。とりあえずはこれでお互い合意だね」

「ああ、良かった」

 

 北沢の説明に、若葉さんが胸を撫で下ろす。表情が変わらないので、不思議がる周囲の人々の視線を集めている。 

 

「いやー、それにしても、バンド演奏とダンスを同時にしちゃうっていうのは名案ですな〜」

「でしょー? もっと褒めていいんだよ?」

「えらいえらい〜」

「うへへへ……」

 

 青葉さんに頭を撫でられて恍惚感に浸るひかりさんは、もはや年長者としての威厳も、発案者としての尊厳も備えていなかった。

 冷たい目線を浴びせられる姉を見ていられず、羽沢さんがフォローを入れる。

 

「と、ところでそのアイデアって、何がきっかけで思いついたんですか?」

「あ、それはね、僕たちのお店のコラボ商品がきっかけなんだけど、今日も持ってきてるんだ」

 

 そう言って、先日のコロッケパンに加えてホットドッグを取り出した北沢さん。「ご試食どうぞ!」の声に、一同が沸く。

 一つ、懸念を抱いていた私は、今井さんたちが座る机に近づいた。

 

「あっ、紗夜!」

「お疲れ様です」

 

 近くに腰掛ける。隣の宇田川さんは姉妹で味の感想を言い合い、二人の共演を楽しみにする掛け合いが聞こえてきた。

 

「今回はありがとね。一時はどうなるかほんとに不安だったし」

「発案者は上原さんですから。……それに、いくら合同ステージとはいえ、バンドの演奏する曲に合わせて振り付けを変えるのは、文化祭までのスケジュールを考えると難しいのでは」

「そうだね……」

 

 私の問いに、今井さんは否定で返さなかった。

 もちろん、全面的にダンス部が不利な条件ではなく、バンド発表──《Afterglow》も一曲を削り、盛り上がりに欠けてしまうのではないか、という不安を抱えたままステージに臨むことになっている。

 しかし、部員を率いる立場の今井さんは、その数だけの不安や不満と向き合うことになっているはずだ。

 

 少し考えて──言葉を吟味して、だろうか──今井さんは私に向き直った。

 

「難しい状況だからこそ、私たち上級生が頑張らないと、って思うんだ。一年生たちはこれが初めての発表の子も多いし、今まで選抜の機会がなかった子も、ここまで練習を頑張ってきたから」

 

 事情が分かってから、今井さんは変更された選曲に、自ら挑むことを宣言したという。

 それに共感した同級生、そして宇田川さんと、その同級生……というように協力が伝播し、提案は実現したのだ。

 

「反対していた部員はいなかったのですか?」

「もちろん、最後まで反対した子もいたし、その気持ちも分かるんだ。でも、やっぱりさ……って話をして、精一杯、真剣な気持ちが伝わるようにしたつもり」

「……」

 

 ひかりさんを中心とした賑わいが遠く聞こえてくる。その距離を感じさせたのは、今井さんの瞳が決然とした意思を秘めていたように見えたからだろうか。

 その瞳の輝きには既視感があって──ライブ後の反省会で見せたそれと同じものだった。

 

「……やはり、人の印象とは勝手なものですね」

「え、今、何か言った?」

「いえ。文化祭、成功を祈っています。……頑張って下さい」

 

 ぽかんとした彼女の表情は愉快だった。

 

 さて、そろそろ完全下校の時刻が近づいている。声を掛けようとしたところで、

 

「あ、あの!」

 

 と呼ぶ声がした。宇田川さんのものだった。

 

「はい?」

「あ、えと……ちょっと、相談したいことがあるんです」

 

 背後で首を傾げる今井さんと、私の心境は同じだった。

 

 

 ♬

 

 

「友希那さんが……

 スーツの女の人と、ホテルで……話してて……」

 

 以前訪れたファミリーレストランで、宇田川さんは唐突にもそんな風に切り出した。

 これだけでは内容が伝わらないが、合流してきた白金さんの面持ちを見る限り、深刻な状況のように思える。その中心が湊さんであるのならば猶更、バンドの今後のことを考えると看過できなかった。

 

 私は、話の中核につながるように言葉を選ぶ。

 

「湊さんにだってプライベートはあるでしょう。別に、不可解な行動ではありません」

「……もしかして、そこで何か聞いたの?」

 

 今井さんの言葉に宇田川さんたちは、揃って頷いた。

 盗み聞きということなら褒められた行為ではないが、その内容が重大ということだろうか。

 

「は、はい……。そ、その、スーツの女の人、というのは……音楽業界の方、らしくて……。み、湊さんをスカウトしたいと、その条件として……『()()()()()()()()()()()()で、FWFのメインステージに立つこと』だと、言っていました」

「……!」

「そ、それって……」

 

 今井さんの言葉に被せるように、宇田川さんが言う。

 

「あこ、よく分かんなかったんですけど、それって、あこたちが《Roselia》としてステージに出られなくなっちゃうってことなんですよね? だから、気になってて……」

 

 その発言──残酷で不都合な事実を突きつけている──に対して、私たちは言葉を失ってしまった。

 私自身、文字上をなぞって滑り落ちるような理解力でしかそれを捉えられなかった。

 

 湊さんがスカウトに乗ることになれば、《Roselia》ではなく、彼女一人がステージに立つことになる──そうなれば、私たちはどうなるのか。

 会話の内容が事実だとすれば、湊さんの行動は整合的とはいえない。

 

『私達なら、音楽の頂点を目指せる』

『自分たちの音楽を』

 

 それなら、なぜあんなことを言ったのか。あれは、FWFに出場するための嘘で、そうするためには何をしたっていい──私たちはその道具に過ぎない──ということなのだろうか。

 分からない。理解できない。理解したくない──またも私は、時間を無駄にしたのかもしれないということを。

 思考の中にある論理の道筋が悉くかき消されると、代わりにどろりと苛立ちが溜まっていく。

 いけない。そうなっては──私がここで怒りのままに振る舞っても、何も解決しない。それどころか、メンバーの不和を強めるだけだ。今だって宇田川さんは、不安を滲ませながらこちらを見つめているのだから。

 

 感情の発露を限界まで抑えつけているとき、今井さんは言った。

 

「ちょっと待って。友希那の意見も……」

 

 その言葉にハッとする──そうだ。肝心の湊さんの答えを聞いていない。

 これはあくまで勧誘(スカウト)の話であり、湊さんは、それを受けたとは誰も言っていないのだから、《Roselia》が今後の活動を続けられなくなったと決まったわけではないはずだ。

 

 裏を返せば、私たちの今後は、彼女の行動に握られている。ならば、私は──

 

「……今井さんの言う通り、湊さんの意見を聞いていません。この話が本当のものになるかどうか、それが分からない限りは」

「で、でも、友希那さん、すぐには答えられなかったから──」

「言ったでしょう。音楽には、必ず()()がついて回ると。湊さんはそれを練習に持ち込むことを認めていなかったとはいえ、そういう部分があったはずです。……彼女の迷いには、それが関係しているのではないかと、私は思います」

 

 そう言いながら、私は今井さんに目を向ける。彼女はぎょっとしたような反応を見せた。

 

「わ、私?」

「今井さんは、湊さんの幼馴染なのでしょう。何か、知っていることがあるのではないかしら」

「え、えーっと……」

「具体的な内容は、本人から聞きます」

「……そうだね。たぶん、っていうか絶対、あるはず」

 

 湊さんが私に近い考えを持っている──かつて私情を隠そうとした私のように。

《Roselia》の、バンドとしての結束と完成には、それを知る必要がある。そのために、この問題は必ず解決しなければならない。

 まず、私が成すべきことは──

 

「はじめに確認させてください。私たちは《Roselia》として、五人で音楽の頂点に到達することを目標とする……これに間違いはないですね?」

 

 三人は頷く。

 

「ならば、文化祭後の練習でそれを湊さんに問いましょう。……そのために、今井さん。あなたには、必要なことを湊さんに伝えてもらいたい」

「必要なこと?」

「幼馴染として、あなたの思いつく言葉で、湊さんを《Roselia》に引き留めてほしい──中身は問いません」

「! うん、分かった!」

 

 不安はなくなったわけではないが、ひとまずそれを口にする者はいない。

 まずは文化祭をやり切る。そのことだけを、今は使命とおいて私は掌を握りなおしたのだった。

 

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