Girls Code×Boys Tone   作:瀬田

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一カ月が過ぎゆくのが早い…


#40:BLACK SHOUT(青薔薇編⑥)

『──私たちの可能性を判断してください。その目で見て、耳で聴いて、心で決める。簡単なことでしょう?』

 

 セッティングを終え、私たちは湊さんと対峙する──言い放った通り、彼女の残留を懸けて、その見極めを受けるためだ。

 

「……」

 

 言葉はなく、しかし複数の視線が私を捉えていることを肌で感じる。

 そう、湊さんが先頭に立って歌い続けるかどうかは、ボーカルのない、インストバンドとしての演奏によって決まるということ。

 今、その最前線に立っているのは私なのだ。

 

 改めて、その責任の大きさを思い知る。

 

「曲は、どうするつもり?」

「練習中のあの曲にします。他のメンバーも、そのつもりです」

 

 羽丘の文化祭直前、宇田川さんの報告を耳にしてから、遅かれ早かれこのような瞬間が訪れることは予想していた。それは端的に、バンドの岐路と言って差し支えなかった。

 だから、彼女を引き留めるにあたっては相応の実力をもって示す必要があると判断した。

 

「……そう。いつでもいいわ」

「ええ。……皆さん」

 

 頷きを交わし合い、呼吸とリズムを揃えていく。波の重なり合ったタイミングで、演奏を開始した。

 途端に、「あの」感覚──演奏が一点に集約されていく感覚が駆け巡る。それは電流にも似ていて、規律の取れたリズムに乗った一音一音が心を震わせた。

 

 これまで、その場所にいたのは湊さんであり、私たちは演奏の支柱として──旧い感覚で言えば『歯車』として──それぞれの音を集めていたけれど、今はそれが、私の手の中にある。

 

 強烈なプレッシャーが我が身を襲う一方で、痺れにも似た、鮮烈な感情の奔流を無視することはできなかった。

 

 これが、湊さんの抱えていたモノということかしら。

 

 似た立場に立って、彼女の歌声の裏側にあるものを考える。オーディエンスに届けられる激情は、それだけの思いの強さと深さを覗わせていた。

 ならば、そんな思いの向く先──FWFと『音楽の頂点』への強いこだわりをどう説明すればよいのだろうか。

 

 音楽をめぐる私情、これに対するかつての疑いは消え去っていた。

 私にとっての日菜のような、身近な存在との関わりから生まれた劣等感、そして逃避。あるいは若葉さんのような家庭の問題で、できなくなること、義務に縛り付けられることだってある。

 そして、上原さんのように抱えた信念に従って、自分の実現したいものの手段として音楽を捉える人もいる。

 

 皆、生きる限り附いて回る事情に左右される──そうだとしたら、私たちが挑むことはあまりにも私的(プライベート)すぎる。

 

 ──だからといって、諦める理由にはならないわね。

 

 ボーカルの不在という大穴を、あえて際立たせて奏でるギターは、それを埋める湊さんの存在そのものを求めるように唸る。

 感情も立場も無視してがむしゃらに手を差し伸べる私たちの演奏は、醜くも純度の高い、漆黒の叫びだ。

 

 湊さんに視線を投げかける。とらえた瞳には、迷いがまだ見えた。

 

 “揺らぐ視線 守るように

 固く結び 勇気で繋ぐから”

 

 湊さんの背後にあるものは分からない。しかし、先の見えない不安に五人で立ち向かうことはできる。

 

 “例え明日が 行き止まりでも

 自分の手で 切り開くんだ”

 

 かつて紡いだ詞が、直線的なメッセージとなって、湊さんの心を穿つだろう。

 私たちは確かにその信念に共感し、あるいは憧れを抱き、この場に立っている。

 だからこそ、貴女にはRoselia(ここ)にいて欲しい。私たちを音楽の頂点へ導いて欲しい。

 

 “すくむ身体 強く抱いて

 覚悟で踏み出し 

 叶えたい夢 勝ち取れ今すぐに! ”

 

 演奏の幕引きと共に、私たちの意識は湊さんの反応に向けられていった。強い思いを差し向けられた彼女は、それから逃げるようにわずかに俯くのだった。

 

 

 ♬

 

 

「ごめんなさい」

 

 まず零れ落ちたその言葉が、私たちの動揺を呼び起こした。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ友希那! 突然そんな」

「……何よりも、謝罪が先に必要だと思った。──自分の気持ちを、自分で理解しきれていなかった。あなた達との関係性を認識しきれていなかった。そのことに対して」

 

 演奏を終えて、少なからず高揚と興奮のさなかにあった私の頭脳では、彼女の真意を図りかねていた。じれったくなる衝動を抑えつつ、その一言一言を紐解いていく。

 

「と、いうと、今までの貴女の言動の中に、過ちを認めるということですか?」

「ええ」

 

 少し物言いが冷徹すぎただろうか。今井さんの視線が刺さるが、構わず湊さんは頷いた。

 

「私が音楽の世界に足を踏み入れた理由は、FWFの出場のため。音楽の頂点を目指すためだった。……それができればなんだっていい、そう思っていたわ」

「それって……!」

 

 宇田川さんのまとう悲壮感の通り、Roseliaの結成にあたっては、FWFの出場のためだけに、私たちは集められたということになる。

 確かにその事実が暗示するものは、純粋な無情さだった。

 

「だ、だったら私にも責任があるよ! アタシは……紗夜に言われるまで、ずっと友希那をただ……見てるだけだったんだから……!」

「リサ……いえ、私は──っ」

 

 どこまでも、寄り添おうとする今井さんの存在は、湊さんにとって幸運だっただろう。だからこそ、それに頼らないで、目を背けてきたことを悔いているのかもしれない。

 

 ──だけど、それは過去の話だ。

 

「やり直せばいいでしょう」

 

 弾かれたように、数ある視線が私の言葉に追随する。それに向けて、私は率直な思いを言語化していく。

 

「間違ったのなら、それを認めて次につなげていく、それがバンドとしてのあるべき姿でしょう。迷いがあったのなら、伝えればいい。それだけのことです」

 

 他者を慮ることは人間の能力の一つだが、背景も内心も分からないままでは、知りたい思いは隠れたままだ。

 立場に立って、意思疎通を通して初めてその人が理解できる──このことは、私の学びの一つの成果だろう。

 

 湊さんの立ち振る舞いには迷いがあった。私はその訳を知りたいと思い、尋ねることにした。

 

「貴女の『私情』──FWFに、『頂点』に固執する理由を聞かせてください」

「……」

 

 しばらくの沈黙のうち、彼女が語りだしたのは、バンドマンとして活動を行っていた父親の話。

 

 かつてのプロミュージシャンは志半ばでのバンド解散とともに音楽の道を閉ざした。その無念を受け継ぎ、『FWF』での優勝によって、音楽を極めることによって復讐を果たしたいという。

 

「そ、そんなことが、あったんですね……」

 

 想像をはるかに超えた事情の大きさに、白金さんは吃驚を隠さずに反応した。

 私も似たような心地だった。同じ立場にあって、私がそのような決意にたどり着けるかは分からない──それだけ父親のバンドが好きで、音楽に深い思い入れがあるということだろうか。

 

「結果的に、私はあなたたちバンドメンバーをFWF出場のために利用した、その事実は変わらないわ。だから──」

「だから、Roseliaからは抜ける、と言いたいのですか?」

「そ、そんな!」

 

 力なく頷く湊さん。

 責任を受け入れ、それを果たそうとする彼女の意図は十分に理解できる。潔さも、嫌いではない。

 ──けれど、それは本意ではないでしょう。

 

 まさにそう思った瞬間、彼女は絞り出すように言った。

 

「──でもっ!!!! でも私は……こんな自分勝手で、理想も信念も元を正せばただの『私情』だけど……っ、この5人で音楽がしたい……! この5人じゃなきゃだめなの!」

「「……」」

 

 誰も、何も言わなかった。

 それは驚きからでも、ましてや呆れからでもなく、一つの期待があったから。

 その感情を隠すこともなく、おずおずと宇田川さんが手を挙げて、

 

「じゃ、じゃあ、友希那さん、Roseliaに戻ってきてくれるんですか……?」

 

 と、言う。湊さんはおそらく、「それが許されるのなら」と言いたげだ。

 普段の様子とは結びつかないしおらしい態度が何だかおかしくて、しばらくその様子を眺めていたかったが、いい加減決着をつけたい。助け船を出そうと、わざとらくため息をついて注目を集める。

 

「戻るも何も、元から湊さんはRoseliaのボーカルです。……これからも、何も変わりはしない。そうでしょう?」

「……! そうだよ! ね、燐子?」

「は、はい……!」

 

 確固たる事実を認め合い、頷きを交わす私たちを、湊さんたちはきょろきょろと見回す。

 そうしているうちに、宇田川さんがそれに気付いてはしゃぐのは、不思議なことではなかった。

 

 

 ♬

 

 

「あー、明日から試験期間かぁ」

 

 羽丘での文化祭報告を兼ねた集会後、上原さんが退屈そうな声を伸ばした。

 聞くところによれば、志哲では7月を待たずに期末試験が行われるという。

 

「他校に比べて早いのですね」

「紗夜ちゃんとこと羽丘は7月に入ってからだよね。なんでウチだけー?」

「この間、『面倒ごとは早く終わらせて、とっとと夏休みにさせろ』って左門先生が言ってましたよ。ホントかどうかは分からないですけど」

「もー、勝手だなぁ」

 

 頬を膨らませた上原さん。しかし、別の話題を見つけたのだろうか、「そうだ!」と手を叩いた。

 

「対バンのことだけどさ、そろそろ計画を進めたいんだよね」

「というと……参加バンドを決める、みたいなことですか」

「まあ、例年のスケジュールから予定の見積もりをするくらいならできるかな。でも、多分やり方とか機材とかが揃ってないから、まずは設営とかのノウハウ? をまとめとかなきゃ」

「悲しいかな、うちはイベントごとには興味なしですからね……」

 

 進学率や実績を最大の価値とおく教育方針には少なからず合理的な側面を感じる部分もある。

 しかしながら、上原さんの主義主張とは相容れないようで。

 

「ただ勉強するだけだと塾とか予備校でいいじゃんってなっちゃうよねぇ。だって、高校生活って一度っきりだよ!? 楽しみたいじゃんっ」

「それもそうか……」

 

 意外なことで、若葉さんもそれに納得した様子だ。……いや、単に授業を面倒だと思っているだけなのかも知れない。

 

「ま、バンドなら実際に入ってる人もいますし、きっと力になってもらえますよ。……だよね?」

「必要なお手伝いはします」

「おー、それは心強いよ!」

 

 ありがたやありがたや、なんて手を合わせる仕草をする上原さん。些かオーバーな表現だ。

 

「といっても、他校の私や鰐部さんが主導となるのも気が引けますし、何より許可が下りないのではないですか?」

「あー、そうだね」

 

 専門性の高いこととなると、結果的には他校の生徒が中心となった運営形態となる不安もある。あくまでも会長の上原さんを主軸とした会場展開を行うためには、必要な知識を身につけておかなければならない。

 会話の淀みに、すかさず若葉さんが提案を差し込んだ。

 

「この際、細かい要望がある場合は参加バンドに用意してもらうとして、大まかな会場設営に留めておくのはどうですか。幸い、まだ時間はあるので」

「そうだね。とにかく、ライブってどんな感じ? ってのが分からないと用意もできないわけだし」

 

 ハコである会場や舞台の整備に徹し、残りの部分はリハーサル段階でできる限りの要望を叶えていく方針ということか。前例のない催しに対する試みとしてはそれで十分なのだろう。

 

 時間軸を今に引き戻して、しておくべきことはライブの概観をつかんでおくこと、ということだ。

 それならば、と考える。

 

「……あの、提案なのですが」

「うん?」

 

 ふいに立ち止まって呟いた言葉は、思っていたよりもか細く漏れた。多分聞き取れなかったのだろう、上原さんたちが首を傾げる。

 ──このところ、本当にらしくないわね。

 

 そんな思いを抱えながら、私は切り出した。

 

 

 ♬

 

 

「ねえ」

「……?」

 

 練習の合間、私にそう声を掛けたのは湊さんだった。

 今日はダンス部の練習で今井さんと宇田川さんが不在、参加していた白金さんも次回以降のスタジオ予約で離席している状況だ。

 もの静かないつもの光景──最も、私的な会話を禁じていた張本人の私たちにとっては当たり前だった光景──で、湊さんの行動は珍しく映った。

 

「別に、些細なことなのだけど、貴女のことよ」

「私、ですか?」

「ええ」

 

 訝しげな思いが表情に出ていたのだろうか、気まずそうな様子にそう思う。しかし、話の中身が私自身だと聞いて尚更疑念が深まる。

 

「貴女に聞いておきたいの。……最近、何かあったのかって。心境の変化、とでも言うのかしら」

 

 その言葉に、ピンときた。

 

「それは、『私情』のことですか?」

 

 湊さんは首肯した。

 

「レストランで、貴女は音楽を始める私情を認めたわ。それをバンド活動に持ち込むことも同じく。今日のリサやあこのように」

「それが、心境の変化に関係している──そう考えたのですね」

「出会った時の貴女なら、そんなことは認めるはずもないわ。それが正しかったか、間違っていたかは別として」

 

 湊さんの推察は否定しようもない事実だ。私は頷いたが、それを確認したかったわけではあるまい。

 

「そうですね。あなたの言う通り、音楽に関する私の考えは変わりました」

「私が聞きたいのは、そこにどんなきっかけがあったか。貴女の信念を揺るがすほどのものが何かを知りたいのよ」

 

 交差する視線の中、聞かせて頂戴、そう瞳が訴えかけているのが分かる。

 

「……信念、そのような大仰なものではありませんよ」

「それでもいいわ」

 

 

 それならば、語るしかないと思った。

 

 ☆

 

 私のこれまでの人生は、ずっと競争でした。それも、心の中で、勝手に競ったつもりでいるだけの孤独な闘いでした。

 

 私には双子の妹がいます。彼女は私よりもずっと要領が良く、天賦のセンスがあった。

 認められ、愛されるあの子がただ羨ましくて──そんな嫉妬もあったかもしれない。けれど、両親はこんな凹凸のある私たちを平等に扱ってくれたのです。

 

 ──だからこそ、それに甘えている自分が許せなかった。

 

「貴女が音楽を始めたのは、その競争のせい、ということ?」

「正確には、私は逃げたのです。比べられる関係から」

 

 違う高校に通っているのもそう。悪意なく追いかけてくるあの子を振り切りたくて、ただ逃げたかっただけだ。

 

「最も、今では日菜もバンド活動を始めることで元通りになりましたが」

「そうなれば、貴女の音楽に対する態度は、なお熱を帯びていくことになる」

「ええ。どんな練習だって苦にならなかった」 

「……貴女の演奏は、そんな過去を経て生まれたものなのね」

 

 負けたくない。私が代用品に成り下がらなくて済むのなら、なんだってする。

 そんな負の感情の発露がエネルギーとなって、今の自分があるのだとしたら、皮肉なことだ。

 そう思いつつ、かつての自分の姿に苦笑を漂わせた。

 

「今も、この考え方に大きな変化はありません。ただ、私が私でいられるものを見つけようともがく醜さも、私にしかないものだと思えるようになった──それが、私の『変化』なのでしょう」

 

 瞑目し、思い浮かべるのはあの日のこと。

 夕景に溶けゆくような儚さで彼が口にしたこと。

 

 それを伝えるには、すべてを理解したとは言えなかった。だからせめて、出会いの顛末くらいは説明しようと、彼のように、言葉を選んでいく。

 

「風紀委員の活動で、他校との交流の中でよく話をする方と出会ったんです。かつては私と同じような悩みを抱えていて──色々な事情があって、夢を諦めたこともあったと、伺いました」

「その人が、乗り越える方法を教えてくれたということなの?」

「ええ。……ただ、正確には、乗り越えてはいないのです。日菜との問題も解決していません。それでも、向き合い続けようとする決心がつきました」

「そうだったのね」

 

 明かしたことに、神妙な反応が返ってくる。

 しばらく考えたのち、彼女はぽつりと零した。

 

「……貴女がそこまで影響を受けた人間なら、会ってみたいわね」

「……は?」

 

 

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